第230話 亡き友のために
デュークの窮地を救うように、二人の戦いにグリゼルが割って入ってきた。
思いもよらない強敵の出現にオーロットは当然のごとく動揺の色を見せていた。
(こ、こいつは……どういうわけか人魚どもに加担しているドラゴンじゃないか。さっきまでオレたちの船を潰していたはずなのに……なぜここに……?)
明らかにデュークを救うために現れたこの状況。
オーロットからしてみれば、二人の関係性など皆無のため、グリゼルがわざわざここに来た理由が分からずにいた。
「……小僧。まずはその物騒なものを地面に置いてもらおうか?」
「――っ!?」
グリゼルから出された突然の要求に、オーロットは素直に応じるべきか迷っていた。
(この発言は……やはりこの男を助けるための要求……。こいつらの関係についてはまだわからないが……さて、どうするか)
考えを巡らせている中、オーロットは少しでも多くの情報を得るためにグリゼルに話しかける。
「オレたちの戦いに割り込んできてよく言いますね。あなたにとってこの男は、それほど大事な存在だとでもいうのですか?」
「……妙な詮索はしないことだ。お前に残された選択肢は二つ。一つは武器を置いてこのまま去るか、またはオレの言葉に背いて殺されるかの二択だ」
生か死か、究極の二択を迫られ、オーロットが出した決断は……、
「……そうか。ならオレがとる選択はこれだ!」
グリゼルの要求を無視し、構えていた槍を満身創痍のデュークに向かって突き放つ。
(お前の要求など誰が呑むか! どのみちこいつを生かしていては、のちのち計画に支障が出るはず。だったらオレは、このままこいつを殺して即座に離脱する! それしか道はない!)
自身が考え抜いた三つ目の選択肢を取ることを決断し、今まさにそれを実行しようとしていた。
「ハアアァァッ!」
「……愚かな選択をしたものだ。
デュークを守るため、グリゼルは複数の種を海にばら撒く。
すると、グリゼルの魔法がかけられた種は急成長していき、やがてデュークたちを中心に辺りの海を埋め尽くすほどの木々へと成長する。
「お、おのれぇぇー!」
二人はその木々の成長に巻き込まれ、オーロットはこの余波を受け、デュークを仕留められる最後のチャンスを失ってしまったばかりか、グリゼルの策略により、木々の中に閉じ込められてしまった。
「無事か……デューク」
九死に一生を得たデュークのもとに、グリゼルはすぐさま駆け寄り、安否を確認する。
「……ああ。すまない……な。情けねえところを……見せちまった……」
(……まだ息はあるようだな。……だったら)
今すぐ治療が必要なデュークを新しく成長させた植物などで覆い隠し、樹木を器用に操作しながらデュークの船まで送り届ける。
「だ、大船長っ!」
(後のことはあいつの
船まで送り届けたことを確認した後、グリゼルはオーロットを閉じ込めていた木々を解放する。
「よう……。覚悟はできているだろうな?」
「……くっ」
足場はできたものの、これらはすべてグリゼルの支配下にある。
これでオーロットはもう逃走という選択肢を失ったも同然であった。
「その傷じゃどのみち、オレから逃げられるなど不可能だ。すぐにお前を始末して、また別の場所で大暴れしてやるぜ」
「なぜ……」
「……?」
「なぜ、オレたちのジャマをする! この戦争はお前にとってまったく関係のない戦いのはずだ。なぜここまで人魚どもに手を貸し介入する? あの海賊のためか!」
「……今のあの海賊とは直接的な関係はねえよ。……強いて言えば、この海にはオレたち竜人族が敬うべき偉大な存在がいるとだけ伝えておこう」
「……ハア。厄介なところに派遣されたものだ。……仕方ない」
そう言うと、オーロットは懐から血のように赤い液体が入ったビンを取り出す。
「この傷を見て勝ったとは思わないことだ。……こんなものすぐに治る」
すると、取り出した瓶のふたを開け、入っていた液体を口に含みながら一気に飲み干す。
「……ほう」
驚くべきことに、その液体を飲んだ後、体が白く光りだしたと思ったらオーロットに付けられていた傷の数々が消え去り、全快の状態へと治っていく。
「これは驚いたな。それはポーションの類か?」
「こいつは一般では流通しておらず、教会の者にしか与えられない最上級ポーションというやつだ。ひとたびこれを飲めばどんなに損傷を受けてもすぐに回復してしまう代物だ」
(……なるほどな、それで傷が……。ディアナのヤツが聞けば大喜びしそうな代物だな)
しかしこれで、優位性というものが薄れてしまった。
体力が全快してしまえば反撃される恐れがある。だというのに、グリゼルはむしろこの状況を喜んでいるように見えた。
口角を上げながら笑みを浮かべ、少しばかり高揚した様子も見せている。
(さっきの戦いぶりを見ていたが、こいつが例の聖杯騎士か……。さあて、どれだけオレを楽しませてくれるかな)
教会の最高戦力である聖杯騎士と戦えることにグリゼルは大いに喜んでいたようだ。
『――グリゼル! お主、なにをしておる!』
『……ディアナか?』
そんなとき、グリゼルのもとへディアナからの念話が送られてきた。
『勝手に持ち場を離れてどこに行っておるんじゃ!』
『うるせえな……。今目の前に聖杯騎士の一人がいるんだよ。こいつを野放しにするとヤバそうだから相手をしないといけないだろう』
『せ、聖杯騎士が……? フィリアから送られてきた情報じゃと、もう一人はオルディスに上陸して暴れているそうじゃから、ここでお主が止めてくれればあるいは……』
『そういうことだ。マスターたちは訳あって、まだ戦いに参加できない状況だ。それまでの間はオレたちが好き勝手暴れて思う存分戦場を荒らしてこいとのお達しだからな。好きにやらせてもらうよ』
実はこれより少し前にグリゼルとディアナたちのところに、フィリアからの念話が送られてきていた。
そこで、ことの顛末や今後の流れについてなどの打ち合わせも済ませていた。
『……それよりもそっちはどうなんだ? 確かアーティファクトの所有者の行方を追っているんだろ? 成果はどうなってんだ?』
ディアナは今、浮上してしまったオルディスをなんとかするため、その元凶であるアーティファクトの行方を追っていた。
そのことを知ってグリゼルは指摘するが、どうもディアナは言いづらそうに口を閉じていた。
『……っ? どうしたんだ?』
『……ざ、残念じゃがまだ分かっておらぬ。奴らも巧妙に魔力を消しておるのか、まったく感知できぬ状況じゃ。今は一隻、一隻しらみ潰しに船を沈めているところじゃが、これだけあると埒が明かん』
『……ただ魔力を辿るんじゃなく、もっと
行方が分からず困り果てている中、突然グリゼルがアドバイスのような言葉を投げかけてきた。
『……どういう意味じゃ?』
『別にやり方にケチをつけているわけじゃねえよ。……ただ視点を変えて探せばどうだって話だ。マスターの話じゃ、ヤツらは高度な幻術を使って誰にも気づかれずにオルディスに攻め込んできたって言ってたろう。向こうにはそれだけの技術があるんだからお前が気付いていない方法で隠れているんじゃないか?』
『……ふむ、一理あるな』
『……っと。話はここまでだな』
『……っ?』
『どうやら向こうの準備が整ったようだな。さっきも言ったようにこっちは相手をしなくちゃいけないからしばらく連絡はつかないと思ってくれ』
『承知した……。フィリアたちが来るまで精々やられないよう祈っておるよ』
『……ハッ! 余計なお世話だ!』
その言葉を最後に、グリゼルは念話を切る。
そして、自身が倒すべき相手のほうへと再び目を向けた。
「なんだ? 待っててくれたのか?」
「……当然だ。仮にもオレは聖杯騎士だぞ。不意打ちのようなマネをしてはオレの騎士道精神に傷がついてしまう」
「それはありがたいことだがいいのか? お前のその槍の
「……フフ、残念だったな。所有者の体力が回復したくらいでブリューナクの効果がリセットされるはずがないだろう。所有者自身が能力を解除しない限り、こいつの威力がどこまでも上昇していくぞ」
「……そいつはアテが外れたな」
そう口にする割には、グリゼルの顔はそれほど残念そうではないように見える。
(……それにしてもさっきのは少しカッコつけすぎたな。神龍様のためだなんて大層なことを言いやがってこの口は……。本当はもっとシンプルな答えなのにな)
実のところ、先ほどの発言はグリゼルの本音ではなく、真意は別のところにあった。
(オレが持ち場を離れてまであのガキを助けたのは、単純にあいつが遺していった名前と誇りを受け継ぐ唯一のニンゲンだからな。……今は亡き戦友のために大先輩のオレが一肌脱ぐしかないだろう)
かつて一緒の船に乗り、数々の死線を乗り越えてきたバームドレーク海賊団初代船長――バルトロのためという理由だけでグリゼルは動いていた。
「ドラゴン狩りは初めてだが……ここでお前を倒せば箔が付くのは確かだ。悪いが、倒させてもらうぞ」
「生意気なことを言うな、若造が! やれるものならやってみやがれ!」
デュークからのバトンを受け継ぎ、グリゼルとデュークとの戦いの火蓋が切って落とされた。
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