第229話 不屈の聖騎士

 デュークの強烈な一撃を喰らい、オーロットは大きなダメージを受けてしまった。

 体がよろめき倒れそうになるが、歯を食いしばり足に力を入れることで、なんとか倒れずに済んだようだ。


(……なんだいまの攻撃は? さっきまでの弾丸とは全然違う。まるで剣による攻撃を受けたときと同じ痛み……。武器の形態が変化したところを見ると、あの攻撃はアーティファクトの能力によるものなのか?)


 ダメージを負いながらもオーロットは、先ほどの攻撃について冷静に分析していた。


「……な、なかなかの攻撃だったぞ……褒めてやろう」


「……っ」


「出来損ないのアーティファクトだと思ったが、どうやらオレの勘違いだったようだな。斬撃を飛ばすなどという芸当、熟練の剣士でもない限りできない技だというのに、それを難なく繰り出すとはな……」


(……なに言ってるんだこいつ?)


 称賛の言葉をかけてくるオーロットに対してデュークはというと、なぜか冷めた目で彼を見ていた。


(今のはただの『魔法の矢マジック・アロー』だぞ……。まあ、銃剣の剣の部分に付与させながら飛ばしたせいで斬撃の形のように見えてしまうから勘違いするのも当然か……)


 新たな形態――「ブレード・フォルム」は接近戦にも対応できるようになっただけでなく、新しく剣の部分にも魔法を付与させることが可能となった。

 単純に一ヶ所から二ヶ所に増えたように見えるが、明確に用途が異なる。


 従来の形態では、魔法を付与させることで攻撃にも防御にも変化する特殊な弾を放つことができるが、ブレード・フォルムでは攻撃に特化した形態となっている。


 魔法を付与すると爆発的に威力が跳ね上がり、初級魔法でも上級にも対抗できるほどの威力を誇る。


 先ほどの攻撃も剣に「魔法の矢」を付与させた状態で放った結果、斬撃のような形となってオーロットに強烈な一撃を喰らわせることができた。


(……勘違いしているなら、この状況を利用しない手はないな)


 新たな悪巧みを頭の中で思い浮かべながら銃剣を構える。


「どうした? オレが斬撃を飛ばしただけで怖気づいたのか?」


「……バカなことを。その程度でオレが怯むと思うなよ」


 ただの強がりかと思ったが、表情に変化がないところを見るとどうやら本心で言っているようだ。


「……そうか。それなら再開と行こうか」


 戦闘を再び始める合図を鳴らすように銃剣から発砲音が鳴り響いた。


「――っ! ……ん?」


 引き金を引く音が聞こえたため、弾丸が飛来してくるのに備えて防御態勢を取るが、発砲音だけで肝心の弾丸を視認できずにいた。


(……空砲か? ――ガハッ!?)


 空砲を疑った瞬間、鎧越しに突如として伝わる衝撃と痛みを受け、オーロットの体が再びよろめきだす。


「……い、いまのはまさか……銃弾? そんなバカな……いったいどこから?」


「――っ! ――っ!」


 パアン。パアン。

 発砲音が二回ともデュークを発信源として鳴り響く。


 今度は目を凝らして視認しようとするが、その形や影すらも捉えることができなかった。

 ……そして、


「ガァッ! グッ!」


 目に見えないものの対処などできるはずもなく、デュークが放った弾丸を二発とも直接喰らってしまった。


「……う、うぅ……」


 鎧越しとはいえ、何度も喰らったせいか、ついにオーロットは地に膝をついてしまった。


(……な、なんだあれは? さっきまで視界に捉えていたというのに急に見えなくなってしまったぞ。……まさか)


 ここでオーロットはある推測に至る。


(幻術系の魔法を銃弾に付与させているのか? 他者の目を欺くあの魔法を使ったのなら見えなくなるのも不思議ではない……)


 一つの仮説を立てた後、オーロットはすぐさま対抗策へ移る。


「――っ!」


(――来た)


 再びデュークが引き金を引いた瞬間、すぐにオーロットは横に大きく飛んだ。


「……ほう」


(どうやらオレの仮説は正しかったようだな。幻術系の魔法で銃弾の姿を隠していたなら対処は簡単だ。銃を放つ瞬間に射線から離れればいいだけのことだ。馬鹿正直に受ける必要もなし、最初からこうすればよかったんだよ)


 少しだけ後悔をしながらも、これでデュークの攻撃は見切ったと確信した。


「……それじゃあこれならどうだ?」


 オーロットにはもう通用しないというのに、デュークは再び同じ攻撃に出る。


(鈍い奴だ。だが、何度やっても同じことだ)


 先ほどの光景を繰り返すように銃を放つと同時に横に飛びながら射線に外れる。


「無駄なことを……。今度はこっちの番――なっ!?」


 反撃の機会が来たと思い、打って出ようとしたところに、背後から弾丸を撃ち込まれた。


(ば、バカな……。完全に射線から外れたはず……。まさか、弾道を変化させたのか!)


「……あの顔……初見だっていうのにもう気付いたようだな」


 オーロットの予想は当たっていた。

 最初の見えない弾丸は、オーロットを捕まえるときにも使った「幻影化ミラージュ」という幻影魔法の一種。そして次に放ったのは、「幻影化」と「追尾付与ホーミング」を融合させた特殊弾。

 これにより、たとえ回避したとしても自動的に追尾するため、回避不能の弾丸へと様変わりする。


(もし、オレの予想が当たっているとしたら、この距離は少しマズいな……)


 今のような馬鹿げた弾を続けざまに撃たれてしまえば、対処することは不可能に近い。オマケにデュークとの間合いも離れているため、相手に安全圏からの攻撃を許してしまうことになる。


(……だったら近づくまでだ。ちょうどいいダメージを喰らったところだし、オレの聖槍の真の能力を見せてやろう)


 この状況を打破する手立てを思いついたオーロットは、身体強化の魔法をかけつつ勢いよく前に出た。


(――っ! 野郎! 離れていると不利と分かって前に出てきやがったな。……だが)


 オーロットの武器である槍からはなんの力も感じ取れない。

 先ほどのような神聖魔法を組み合わせた攻撃を繰り出してくるのかと一瞬身構えたが、これであれば十分対処できる。


(通常の攻撃ならさっきみたいにシールド・バレットで動きを止めることができる!)


 そう思い、回避ではなく迎え撃つことにした。


「『シールド・バレット』」


 魔法障壁を付与させた弾丸を連続して撃つ。


「ハアアァァッ!」


 それに対抗するようにオーロットも自身の槍を振るう。

 デュークの弾丸とオーロットの槍が衝突した瞬間、弾丸は障壁へと姿を変え、オーロットの行く手を阻む。


「オオォォォッ!」


 しかし一つ目の障壁を簡単に突破されてしまう。


(まだだ!)


 絶えず特攻するオーロットの前に第二、第三の弾丸が襲い掛かる。

 その弾丸は再び魔法障壁となって立ちはだかる。


「甘いっ!」


 二つ目の障壁を突破され、ついに三つ目に突入する。

 しかし、ここでオーロットの攻撃が止まった。三つ目を前にして障壁を破壊することができずにいた。


(……防いだ!)


 そう信じ疑わずにいると、


「……ここからが本番だ!」


「……っ?」


 瞬間、これまでオーロットの前に立ちはだかっていた障壁にヒビが入る。


「……なっ!」


 そのヒビは次第に大きくなり、ついには粉々に砕け散ってしまった。


「ハアアァァッ!」


 予期せぬ出来事に直面し、思わず怯んでしまう。


「ガアアァァッ!」


 向かってくる槍に銃剣で迎え撃とうとするもオーロットに読まれてしまい、防ぐこともできずオーロットの槍はデュークの肩を貫いた。


「こ、この……クソ野郎がっ!」


 肩に走る激痛に耐えながらオーロットを追い払うために銃口を向け、勢いに任せて全弾放つ。

 オーロットもこれ以上の追撃は難しいと考え、デュークから槍を引き抜き、弾丸を躱しながら後退する。


「ハア……ハア……」


 今度はデュークのほうが強烈な一撃を喰らってしまい、痛みのあまり肩で息をしていた。


「あの程度でオレの槍が止まると思うなよ」


「テメエ……手でも抜いてやがったのか?」


「……ああ、なるほど。さっきはあの方法でオレの槍を止めていたからそう思ったのか。だが、残念。それは見当違いだぜ」


「……っ?」


「これこそ、オレが持つ聖槍――『ブリューナク』の能力。こいつは所有者がダメージを負えば負うほどそれに比例してブリューナクの力が高められていく能力を持っている。つまりだ……深手を負っているオレの槍を止められる奴はいないってことだよ」


(……な、なんだよ……そのバカげた能力は。傷を負うごとに力が増すなんて、もはやそれは、聖槍っていうよりも魔剣や妖刀と大差ないだろ!)


 おおよそ教会の人間が持つような武器ではないと思う一方、下手をすれば絶大的な力を秘めている武器ではないかと、デュークは肝を冷やした。


(こ、こいつは……長引けば長引くほどオレが不利になる。……だとしたら方法はただ一つ。致命的な一撃を与えてヤツを倒すしかない)


 もはやそれしかデュークが勝つ手立てはなかった。

 そしてデュークには、一つだけ一撃でオーロットを倒すことができる方法があった。


(……あれを使うしかない。あれを使うのは久しぶりになるが、そうしないとこっちの身が危ない)


 デュークは、奥の手を隠しつつ次で勝負を決めようとしていた。

 その想いが通じたのか、オーロットもブリューナクを構えつつ真っ向から迎え撃とうとしている。


「オレにここまで傷を負わせるとは……さすがはバームドレーク海賊団の船長といったところか。褒めてやりたいところだが、この戦いで勝つのはこのオレだ!」


「舐めるなよ、若造がっ! 勝つのは……オレだ!」


 互いに勝ちを譲らない中、周囲に底知れない緊張感が漂い始める。

 次の一手で勝敗が決まるかもしれないこの状況で、先に動いたのはオーロットだった。


「ハアアァァッ! 《ルミナス・ウルヴァリン》!」


 ブリューナクに凄まじい光を纏わせながらオーロットが特攻を仕掛けてきた。


「お前のその槍は……オレには届かないぜ」


 するとデュークは、二丁の銃剣を一つに合わせようとした瞬間、さらなる形態へと姿を変え始めた。


「武装変換――《バスター・ライフル》」


 二丁の銃は、一丁の長銃へと様変わりし、その銃口からは計り知れないほどの魔力の塊が今もなお蓄積され続けている。


(この形態にもはや弾丸は必要ない。……必要なのは純粋な魔力のみ)


 自分の中にある魔力すべてをライフルに注ぎ込む。

 こうしている間にもオーロットが近づいてきているのが見えているが、それでも魔力を装填する手を決して緩めなかった。


 ……ザシュ。


「――ガハッ」


「……どうやらお前の奥の手を喰らう前に勝敗は決したようだな」


 デュークの最後の攻撃より前にオーロットの槍が届いてしまった。

 心臓に一突きされるところを咄嗟に避けて、躱したもののそれでもオーロットの槍は確かにデュークの体を貫いた。


 貫かれた箇所からは血が絶えず流れており、致命傷に近い傷を負ってしまう。


「大技に時間をかけすぎたな。悪いがこの勝負はオレの――」


「気が早いぜ……。オレはな……この瞬間の待っていたんだよ」


「――なっ!?」


「この武装は、本来は狙撃用の形態でな。威力はあるが、放出まで時間がかかるから動く相手に当てるのは難しい代物なんだよ。……だが、相手の動きを止めてしまえば、そんなの関係ねえだろ」


(――し、しまった)


 気付いたときにはもう遅かった。

 密着したこの状況では、たとえ攻撃をされたとしてももはや回避できる距離ではない。

 それを証明するかのように、ライフルの銃口がオーロットに当てられた。


「こいつで終わりだ……。《バスター・カノン》!」


 ドオオオォォォンッ。


 瞬間、二人を中心に凄まじい爆発が突如として起きた。

 氷の戦場は今の爆発で砕け、それと同時に高波が発生し、海が暴れ狂っていた。


 ザァー、ザザー。

 しばらくすると、あれほど暴れていた海もおとなしくなり、辺りが静寂に包まれている。


 爆発によって生じた煙も晴れ、その中に生存者の姿があった。


「……ハア……ハア……」


 そこには氷の上に疲労困憊の状態で横たわるデュークの姿があった。

 幸運なことに、海に落ちることなく、砕けた氷の戦場の一部の上に吹き飛ばされ、命拾いをしていた。


「……ハア……勝った」


 長いため息の後、デュークは静かに勝利宣言をした。


「……安心するのはまだ早いぞ」


「――なっ!?」


 戦いはまだ終わりではなかった。

 煙が完全に晴れると、血だらけの姿へと変わり果てたオーロットがデュークの前に立っていた。


 デュークとそれほど変わらない傷を負ったオーロットは、しきりに肩で息をしながらブリューナクを振りかざす。


「今の一撃……効いたぜ……。だがな……勝つのはこのオレだ」


(……ハア。……オレの……負け……か)


 もはや指一本すら動けない状況で、この攻撃を防ぐことなどできず、ついにデュークは勝負をあきらめてしまった。


(まあ、致命傷に近いダメージを与えられただけでよしとするか。……あとはオレの仲間がなんとかしてくれるだろう)


 負けを悟り、デュークは静かにオーロットの槍が来るのを待っていた。


「……さらばだ。悪名高き大船長よ!」


 振りかざしていたオーロットの槍が無情にもデュークに襲い掛かる。


「――悪いがこれ以上そいつに、手を出さないでもらえるか?」


「――っ!?」


 底知れぬ殺気、そして威圧感が突如として降り注ぎ、恐怖のあまりオーロットの手が直前で止まる。


 恐る恐る見上げてみると、そこには空を覆うほどの巨大な体躯。獣を思わせる鋭い牙にひときわ大きな二本の角。

 羽をはばたかせながら竜化したグリゼルが殺意を込めた目でオーロットを睨み付けていた。


「……死にたくなければ、その物騒なものをしまって跪きな……小僧っ!」

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