第228話 氷の戦場

 たった一人の人間の手によって、バームドレーク海賊団は甚大な被害を受けてしまった。

 この状況を打破すべく、船長デュークは銃を握りしめながら前へと出る。


(……さて、まずはあいつを引きずり込まないといけないな)


 遠くのほうで暴れまわっているオーロットを捕まえるため、デュークは銃を前方に向けながら魔法の詠唱を始める。


「『視覚強化』……見つけた、あそこだな。……それでお次は『飛距離強化』+『追尾付与ホーミング』+『チェーン・バインド』オマケで『幻影化ミラージュ』も付けておくか」


 自身だけでなく、弾丸に複数の魔法を付与させながらオリジナルの弾丸を完成させた。

 そして、その弾丸をオーロットへと向けて照準を定め、


「《発射ショット》!」


 静かに引き金を引いた。


 パアン。

 乾いた銃声が鳴り響き、それと同時に弾丸が放たれた。


 発射された弾丸の底面からは、チェーン・バインドによる鎖が銃と繋がるように伸びていく。その弾丸は減速することなく、海の上を飛来していく。

 ……そして、


「捕まえた!」


 見事、遥か先にいるオーロットの体に弾丸を命中させた。

 強化されたデュークの視界からは、弾丸に付与されたチェーン・バインドにより、体の一部を拘束され、動きが制限されてしまったオーロットの姿が見えていた。


「さあ、こっちへ来い!」


 綱引きの要領で繋がっている銃ごと引き寄せながらオーロットを引っ張り出す。


「……よう、ずいぶんと好き勝手してくれたな」


 引っ張っていく動作を何度も繰り返していくうちに、ついに手が届く距離までオーロットとの距離を詰めることに成功した。


 デュークは、オーロットを拘束している鎖を高く上げ、一度オーロットを上空へと飛ばした後に、その勢いのまま用意していた場所までオーロットを移動させようとする。


「ハハハッ! お前がならず者どもの親玉か!」


 拘束されている状態だというのに、オーロットは威勢のいい声を上げながらデュークに問いかけてきた。


「だったらなんだっていうんだよ!」


「ようやく見つけたぞ! よくも我らの計画の障害となってくれたな!」


「ハアッ!? なんの話だ! とにかくお前は……こっちへ来い!」


「オレの進む道はオレが決める! だれかが敷いたレールなどまっぴらゴメンだ!」


 鎖ごと投げ飛ばそうとするデュークの動きに対して、オーロットは必死の抵抗を見せる。

 空中にいるというのに、デュークから伝わる力に対抗しながら逆にこっちから距離を詰めてきた。


「我が一撃を喰らうがいい! 海賊風情が!」


 携えていた槍を構え、デュークとの距離を縮めながら槍による一突きを加えようとする。


「させるかよ! 《シールド・バレット》」


 もう一丁の銃を構え、そこから先ほど発射した弾丸とはまた別の弾丸を放った。


「――なにっ!?」


 弾丸は銃口から離れて数秒が経った後、弾丸から術式が発動し、魔力障壁が展開される。

 その障壁は、オーロットの前へと立ちはだかり、行く手を阻んでいた。


「ハアアァァッ!」


 一瞬驚きを見せたもののオーロットは勢いを止めることなく、魔力障壁に向かってやりによる一撃を加える。

 オーロットの一突きを前にしても防御する障壁だったが、オーロットから絶えず送られている力により、障壁にヒビが入り始める。


「……チッ!」


 デュークはこれを見ると、続けて第二射、第三射と、弾丸を放ちながらオーロットの進行を食い止めようとする。


「――くっ!」


「……よし!」


 一発目、二発目の障壁入り弾丸が突破されたが、三発目にしてようやくオーロットの力の動きが止まった。

 これを好機と見たデュークは、すかさずオーロットを用意していた場所へと投げ飛ばした。


「ぐあああああぁぁっ!?」


 今度こそ抵抗する術をなくしてしまい、されるがままとなったオーロットは、大声を上げながら空を飛び、最終的には海上に用意された氷のフィールドへと投げ落とされてしまった。


「くううぅっ! 力不足であったな。……無念!」


「よく言うぜ……。身動きの取れない空中にいたっていうのに、あんなバカげた力で抵抗するようなヤツが力不足だと……。笑える話だな」


 オーロットに続いて、デュークもこの場所へと足を入れる。


(……完全に孤立した場所か。船があんなに遠くにあっては、簡単に近づくことはできないな。……もちろん、助けに来ることすら難しいだろうな)


 デュークとオーロットがいる場所は、戦場からは離れた場所に位置している。

 そのため、すぐ近くに船など見当たらず、誰にも邪魔をされることのない場所に二人は立っていた。


「……もしかしてだが、この場所はオレのために?」


「不本意だが、その通りだ。あのまま暴れられて大事な部下たちが被害を受ける様なんか見たくねえからな」


 この氷のフィールドは、部下に命令してデュークが作らせたものだった。

 氷結弾によって作られたフィールドは実に広大なうえに頑丈でもあるため、オーロットを足止めするにはもってこいの戦場でもある。


「ほう……どうやらお前、聖杯騎士のオレとの一騎打ちを望んでいるようだな。……面白い。お前の策に乗ってやろうではないか!」


 逃げも隠れもせず、オーロットはデュークの策に自ら乗り込むつもりでいた。



「とりあえず、当初の目的は達成したな。残りの奴はあいつらに任せて、オレはこいつの足止めに徹しなくてはな」


 簡単に言ってみるが、デューク自身、それが本当にできるのか少しだけ不安を覚えていた。


(聖杯騎士を相手にオレがどこまでいけるのか……オレにもわからねえ。いくつもある噂から察するに、一人一人が過去に実在した勇者と同等の力を持っている猛者ばかりだ。……ん?)


 聖杯騎士を前にして、勝算がまったくない状況の中、ふとデュークはある変化に気付く。


(ヤバいな……こりゃあ。手が震えていやがる。ビビっている……いやこれは、武者震いってやつか)


 オーロットが相手だからか、銃を握る手が震え、その手からは汗が湧き出ているのをその身で感じていた。


(思えばいくつもの傘下を持つほどの大海賊団となってからというもの、戦闘を下の者に任せてばかりでオレ自身が前に出ることなどめっきりと減ってしまったからな。グリゼルのときは圧倒的な力の差を見せつけられ、すべてを出し切る前にやられてしまったが……今回は違う)


 実のところ、デュークは強者と戦うことに飢えていた。

 死力を尽くし、自分を楽しませてくれるような、そんな強者に出会えることを心から望んでいた。


 グリゼルのときには、残念ながらそれが叶わなかったが、目の前にいるオーロットならそれが叶うはず。

 そう思うと、次第に冷静さを取り戻していき、先ほどまで震えていた手が止まっていく。


「……なんだ、来ないのか? だったら、こっちから行かせてもらうぞ!」


 棒立ちのまま攻撃する素振りを見せないデュークに、痺れを切らしたオーロットは、先制攻撃を仕掛けてきた。


「ハアアァァッ!」


 覇気のこもった声を上げ、鋭い刺突の攻撃がデュークに襲い掛かる。


「《ガスト・ショット》」


 二丁の銃を氷の地面に向け、両方の引き金を引く。


「――っ!?」


 二つの弾丸が地面に直撃した瞬間、突風が舞い上がり、その突風に乗るようにデュークの体が空へと上がる。

 オーロットの槍を上空に移動することで躱し、風に乗りながらオーロットとの間合いを取る。


「接近戦であればこちらに分があると思ったが、あれではそう簡単に行けそうもないな」


 簡単に避けられる手段がある以上、このままでは不利になると思い、オーロットは戦法を少しだけ変えることにする。


「……ならば、これはどうかな? 《神速》」


 詠唱後、オーロットの姿が忽然と消えてしまった。


(き、消えた? いいや、あれは確か加速系の魔法のはず。……だとしたら)


 身の危険を感じたため、すぐに銃を構え、臨戦態勢に入ろうとするが、次の瞬間、突然デュークの眼前にオーロットが現れる。


「――もらった!」


 銃を撃つ暇すら与えず、相手の隙を作りながら槍の穂先がデュークを襲う。


「ぐああっ!」


 いくつもの死線を潜り抜けてきたためか、咄嗟の勘が働き、回避しようと体が勝手に動いた。

 完全に避け切ることは不可能だったが、オーロットの槍は脇腹を掠めるだけで、そのまま通り過ぎていく。


 軽傷で済んだが、すぐさま痛みが走ると同時に脇腹から血が流れていくのを肌で感じていた。


「……今度は……こっちの番だ」


 攻撃が終わり、隙だらけになっているオーロットをデュークが見過ごすはずがなかった。

 脇腹に走る痛みに耐え、二丁の銃の引き金に指をかける。


「『速度上昇』+『貫通力強化』」


 二つの魔法を付与された弾丸が、デュークの銃から放たれる。

 相手に反撃をされる暇を与えないよう、弾倉にある弾丸をすべて打ち尽くす。


「オオオォォォッ!」


「こ、こいつ……」


 このまま好きにやられるほどオーロットは甘くなかった。

 槍を器用に振り回しながらデュークが放つ弾丸を次々と弾いていく。


「――っ」


 しかし、いくらオーロットといえど、近距離に加えて何十発も来る弾丸をすべて弾くことはできなかった。

 処理することはできず、弾丸の数々がオーロットを襲う。


「――チッ! これでもダメだったか……」


 弾倉に込められた弾丸をすべて打ち尽くしてしまい、リロードするためにいったんオーロットから離れる。


 オーロットからの追撃を予想していたが、意外にも向かってくる様子はなく、なにかを考えている様子だった。


(……バームドレーク海賊団。噂には聞いていたが、あれが多くの海賊を束ねる大船長の力か。オレの攻撃に耐えるとはなかなかやるようだが……あの武器は……)


 先ほどの一戦でなにかを感じ取り、オーロットはリロード中のデュークに向けて声を上げた。


「なかなかやるでないかお前。さすがは大海賊団を束ねる船長といったところか。聖杯騎士であるオレとタメを張るなんて誇っていいことだぞ」


「……そいつはどうも」


「それで……だ。一つ聞きたいことがある」


「……っ? なんだ?」


 そこでオーロットは、目線を二丁の銃のほうへと移動させる。


「噂によると、その銃たちはアーティファクトのようだな」


「……そうだが、それがどうした? 教会で取り上げるつもりか?」


「安心しろ。教会側はアーティファクトには興味がないうえに、関与するつもりもない。どこで手に入れたかは知らないが、そいつのいまの所有者はお前だ」


「……それなら、いったいなにが言いたい? もったいぶらずに早く言え!」


 なかなか本題に入ろうとしないオーロットに、苛立ちを覚えてしまい、デューク声を荒げた。


「オレが言いたいのは、そのアーティファクトの能力ちからはそれだけなのかって話だ」


「……っ」


「弾丸にどんな魔法でも付与することができ、さらに複数の魔法を融合させながら特殊な弾丸を放つ。これだけでもなかなか強力な武器にも聞こえるが、少々地味にも思えるな」


 アーティファクトと言えば、一つあるだけで一国をも滅ぼしてしまうほどの絶大的な能力が秘められている。

 事実、アトランタが保有するアーティファクトによって、深海にあるオルディスが浮上するという人知を超えた能力をオーロットは目の当たりにしていた。


 それと比較してしまうと、デュークの銃はあまりにも劣っているように見えてしまう。


「本当にそれだけしかできない代物なのかと、少し疑問に思ってしまってね」


「フン、余計なお世話だ。たとえお前の言う通りだったとしても、それをわざわざお前にバラすわけねえだろう」


「ハハハ、確かにその通りだったな。……いやあ、失礼した。無駄な時間を取らせてしまったな」


(……食えないヤツだ。ただの直情的なバカかと思いきや、こちらの腹積もりを探ろうとする節も見せてくる。……どっちにしろ油断ならねえ敵には変わらねえな)


 様々な面を見せるオーロットに、不覚にも戸惑ってしまった。


「お詫びと言っては何だが、一つ面白いものを見せてやる」


「……っ?」


「お前はオレを、ただ槍を振るしか能のない男だと思っているようだが、それは見当違いだ。オレの真価は、接近戦でしか発揮しないわけではないということをお前に見せてやろう」


 そう言いながら、笑みを浮かべるオーロットの槍から眩い光が溢れ出ていた。


「……こ、こいつは?」


 その光は次第に槍の穂先へと収束していき、目も開けないほどの光が煌めく。


「これこそ神聖魔法と槍術との融合技! 《ルミナス・ストライク》!」


 刺突の要領で槍を突き出した瞬間、穂先に収束された光の集合体が一気に解放され、凄まじい光線となって放出した。


 光線は氷の地面を抉りながらデュークのほうへと直進していく。


「これで……終わりだっ!」


 打ち消す手段などないと思い、すでにオーロットの中では勝利を確信していた。


 ――ザシュッ。

 まるでなにかを斬ったような音が耳に届いてきたと思いきや、次の瞬間、オーロットが放った光線が十字模様に斬られ、周囲へと分散していく。


 ……しかしそれだけでは終わらなかった。


「――ガハァッ!?」


 オーロットの技が破られ、驚きのあまり呆然としていたところに、突如として全身に強烈な痛みが走った。


「…………な、なにが……」


 見ると、自分の胸から血しぶきが吹き荒れると同時に、光線を斬られたときと同じ模様の斬り傷が痛々しく付けられていた。


 怒涛の展開を前にして、いったいなにが起きているのか、さっぱり分からないでいると、光線を斬った張本人が現れる。


「……っ! き、貴様……やっぱり隠していたな……」


「始めからすべてを出し切るつもりでいたが、まさか早々に使う羽目になるとはな……」


 オーロットの攻撃を無傷で済ましたデュークだが、先ほどまでと比べて少しだけ雰囲気に変化があるように見える。


「武装変換――《ブレード・フォルム》」


 デュークの持つ二丁の銃の先端部分から鋭い刃が装着され、銃剣の姿へと形状が変化していた。

 二振りの刃からはおびただしいほどの魔力を付与されており、デュークは銃剣をオーロットに向けて突き立てながら言う。


「これで終わりか……聖杯騎士さんよ?」


「……ハ、ハハハッ! いいね……それでこそ倒しがいがあるってものだ!」

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