第227話 氷冷の聖杯騎士
そして時は戻り現在。
アトランタの進軍はとどまることを知らず、聖杯騎士のローンエンディアはオルディスの心臓部分とも言える王城の前にたどり着いていた。
しかし、その先を阻むようにオルディスの王女であるティリスが彼女の前に現れ、一触即発の雰囲気を漂わせていた。
(……間に合った……ようね。まさかあの子たちの言う通り本当に侵入してきていたなんて驚いたわ)
ここに来る前にティリスは、合流してきたアウラムとエリオットの口からアトランタ軍が上陸してきたという知らせを受け、この城を護るため大急ぎで王城の前にまで駆けつけてきていた。
さらにアウラムたちからの情報はそれだけでなく、これまでの経緯についても知らされることとなった。
(……エメラルダ。なぜこんなことを……。あの時の私たちの選択は間違っていたということなのですか?)
その際、伝えられた数々の事実を前にティリスは、すべてを受け止めきれずにいた。
「呆けているとは随分と余裕ですね!」
「――っ!?」
別のことで頭がいっぱいになっていたところに、ローンエンディアの剣筋が飛び交う。
「《海皇の鱗盾》!」
ティリスは咄嗟に鱗模様の盾を自分の前に出現させる。
――キィィン。
ローンエンディアの剣は、ティリスの盾に防がれてしまった。
その隙にティリスは、ローンエンディアとの距離をとるため一時後退する。
「……おや、躱されてしまいましたか」
(敵を前に……油断しましたわ。エメラルダのことはいったん忘れて目の前のことに集中すべきですね。アルカディアの方たちもなにやら私たちのために動いているようですし、アウラムたちに国を任せられたことでこうして自由に動けるようになったことですし、とりあえずこの騎士は、ここで足止めしなくてはなりませんね)
頭の中を戦いのことに切り替え、ティリスは動き出す。
「大いなる深海に眠りし戦いの儀――《オーシャン・コロッセオ》」
詠唱後、ティリスとローンエンディアの周囲に水の膜がドーム状に広がり、二人を包み込んでいく。
互いに逃げ場はなくなり、二人だけの闘技場が出来上がった。
「……これはこれは。私を閉じ込めるためにこんな大掛かりのものを。……ですが、この程度で私を止められるとでも?」
「これで終わりだと思わないでくださる? これにはまだ……続きがありますからっ!」
「――み、水が!」
どこからともなく、足元から海水が湧いてきた。
その海水はどんどんとドーム内に浸食していき、一瞬にしてローンエンディアの腰元にまで届き、なおも水かさが増えていく。
そして最終的に、ドーム内を満たすほどの大量の海水に包まれ、ローンエンディアは満足に動けない状況に陥ってしまった。
「ニンゲンはこれだけで終わってしまうのですよね? あっけないものですね」
ドーム状の結界が展開され、ローンエンディアを水の結界の中に閉じ込めたことにより、勝利を確信していた。
……しかし、
「…………ふっ」
わずかに苦しそうな顔を見せるが、それとはまた別にローンエンディアから笑みのような顔が表に出ていた。
(……そういう……ことでしたか。なぜ教皇様が私をこの戦いに派遣させたのかずっと疑問でしたが……なるほど、私の能力であれば、人魚相手に負けることはないようですね)
すべて悟ったローンエンディアは、自身が手にしている聖剣に力を込める。
すると、聖剣から冷気が出現し、それに反応して彼女の周囲の海水が凍り始める。
(さあ、聖剣よ。すべてを凍てつかせなさい)
聖剣に宿る能力が発揮され、ドーム内にある海水がすべて氷へと変わっていく。その浸食は先ほどと同様に止まることなく、蝕んでいく。
(なにを血迷ったことを! これではあなた自身も……なっ!?)
自分自身を巻き込んで氷漬けになると思ったが、よく見ればローンエンディア自身は妙な力に守られ、氷漬けになることを防がれている。
(くっ! こ、このままでは私まで……っ! 致し方ない!)
これ以上、凍結による浸食が進んでいけばティリス自身の身が危ない。そう考え、ティリスは結界を解除するという苦渋の選択を取る。
「女性型の人魚は攻撃系の魔法は一切使えないと聞いていましたが、水責めとは驚きました。……ですが残念、アテが外れましたね。この聖剣の前では、あなたたちの力など皆無なんですよ」
「聖剣……? それがですか? 初めて見ましたが、先ほどの光景から察するにその聖剣には周囲を凍らせる能力でもあるのですか?」
「着眼点としてはいいですが、この聖剣の本質はそれだけではありません。……まあそれを見せる前にあなたはここで終わってしまいますがね」
「ニンゲンが……。あまり人魚を舐めないほうがいいですよ」
ローンエンディアからの挑発に真っ向から言い返していくと、ティリスは次なる攻撃に向けて腕を頭上に伸ばす。
「《海皇の大楯》」
先ほど出現させた盾よりも一回りも二回りも大きな盾をローンエンディアの真上に出現させる。
「……これはいったいなんのつもりですか?」
「女性の人魚は攻撃役になれないと思っているようですが、それは思い違いです。使い方次第ではこういうこともできるのですよ!」
言いながらティリスは、頭上に上げていた腕を勢いよく振り下ろした。
するとそれに連動するように、空に浮かんでいた盾がローンエンディアに向けて急降下していく。
(速いうえにこの大きさ……簡単には避けられませんね)
回避は不可能と、瞬時に判断し、ローンエンディアは教会の紋章が描かれた盾を頭上に向けながら対抗する。
「――ぐっ!」
二つの盾が衝突し合うものの、物量の違いのせいか、ローンエンディアのほうが若干力負けしつつある。
(な、なかなか強力ですね……。事前の情報のせいで攻撃手段はほとんどないと思っていましたが、これはさすがに予想外でした。……いっそのこと、デュランダルで)
油断していたローンエンディアは、この状況を打破するために聖剣に手を伸ばそうとする。
「もうこれ以上、あなたの好きにはさせません!」
しかしそんな隙すらティリスは、与えようとはしなかった。
拳を構えた状態のまま、ローンエンディアの懐へと潜り込み、全身全霊の力を込めた拳を彼女の顔面に向けて振り放つ。
「――ガハッ!」
思いがけないところからきた攻撃を受け、ローンエンディアの体は、そのまま二回、三回転しながら地面へと横たわる。
「この程度で終わるわけないですよね?」
仮にも教会から聖剣を授かった人間がこれで終わるはずがない。
そう確信していたティリスは、警戒しながらも相手の様子を窺う。
「……っ」
ティリスの言葉に触発されたのか、ローンエンディアは先ほどの攻撃などまるでなんともないといった表情を浮かべながら軽々と立ち上がる。
「……」
そして立ち上がったローンエンディアは、ティリスに殴られた箇所にそっと手を添える。
(……なんだ、今の拳は? 視覚外からの攻撃とはいえ、咄嗟に障壁を張って防いだはずなのに、その障壁を通り越してこの私の顔に一撃を加えただと……?)
自分の身に起きた不可思議な出来事に、ローンエンディアはただただ混乱していた。
「攻撃手段を持ち合わせていないと誰から聞いたか知りませんが、私の……いいえ、人魚族の力をあまり侮らないでくださる?」
「それはそれは、大変失礼いたしました。ですが、手の内を晒した以上、それも考慮したうえで戦うまでです」
「あれだけですべてを見越しただなんて心外ですね。『人魚式格闘武術――マーメイル・アーツ』のすべてはまだまだこれからですよ」
そう言いながらティリスは、これから繰り広げられる戦いに向けてさらに力を入れた。
互いにまだ、すべてをさらけ出していない現状の中、二人の戦いはまだまだ序章にしか過ぎなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
オルディスが戦場となっている一方、カルマーラ海域内で行われている戦いも熾烈を極めていた。
その中でも、戦争に割り込み、第三勢力としてアトランタ軍の船を次々と沈めている集団が今もなお暴れていた。
「十番隊と十三番隊! 間隔が離れ始めているぞ! 隊列を乱すな! なにっ! 十六番隊の船が砲撃を受けて損傷を受けただと! 一端後退させて体勢を立て直せ!」
全体の総指揮を務めていたデュークは、戦況を俯瞰しながらそれぞれの部隊に仕切りなしに適切な指示を送っていく。
デュークがまとめるバームドレーク海賊団は、突如としてオルディス側に加担するようにこの戦争に乱入し、アトランタ軍の戦力を着実に削ぎ続けていた。
(さっきからアトランタの船を何十隻も撃沈させているのにまるで数が減っている気がしない。奴らの戦力はそれほど以上だというのか?)
まったく終わる気配のない戦いが続き、デュークの士気が落ち始めていた。
『大船長! 緊急事態です!』
『……チェイスか。なにがあった?』
そんな中、別部隊の指揮を任せていたチェイスから通信が送られてきた。
『教会の印を掲げた船がこちらに近づいています!』
『教会だと……。オルディスに気を取られてこっちに戦力を回せないと踏んでいたがとうとう来たか。……それで、敵の数は?』
『そ、それがですね……敵はたったの三隻なんです』
『……それだけならすぐにそっちで対処しろ。距離的に言えば、お前らの部隊が近いんだろ?』
そう指示するが、チェイスが動揺していた理由はほかにもあるようだ。
『それならさっきからやってはいるんですが、ヤツら妙な防護壁を展開していて砲弾がまったく効かないんですよ!』
『……それなら攻め方を変えろ! 今回のために氷結弾を用意していただろ。あれで船ごと拘束しろ』
デュークらバームドレーク海賊団は、海上での戦いに備えて、「氷結弾」と呼ばれる辺りを凍らせる威力を持つ特殊な弾を大量に用意していた。
これさえあれば船を止めることはもちろんのこと、魔物相手と戦うことがあっても足場を用意することができる。
デュークが指示を送った後、どうやらチェイスたちがすぐさま実行したようで、遠くからでも見て取れるように、作戦はうまくいき、船の進行を食い止めることに成功した。
(これで奴らも観念するか?)
そう思ったのもつかの間、またもやチェイスからの通信が入る。
『ヤツらしつこいですぜ! 船を止めたっていうのにあいつら、船を乗り捨てて凍らせた海の上を移動しながらこっちに向かってきています!』
『チッ! そのままウチの船に乗り込まれても厄介だ。なんとしてでも沈めろ!』
教会の行動には驚かされたが、手がないわけではない。
船に近づく前に撃墜するよう部下たちを動かす。
「戦況はどうだ?」
「大船長の指示のおかげで、教会の連中を食い止められているようです」
デュークの位置からでは詳しい状況までは分からないが、今もなお砲弾の音が鳴り響いているところを見ると、少なくとも進行を阻止できていると思われる。
「これで奴らも諦めてくれれば――っ!?」
ドオオオンッ!
チェイスたちがいる部隊の方角から砲撃とは違う音が聞こえてきた。
『チェイス! 応答しろ! なにがあった!』
これはただ事ではないと感じ、すぐさまデュークはチェイスに連絡を取る。少ししてからチェイスとの通信がつながった。
『だ……大船長……。こちら、チェイス……です……』
向こう側からはまるで疲弊したような声が聞こえてくる。
『チェイス、無事か! いったい、なにがあった!』
『きょ、教会のヤツらです……。最初は進行を阻止できていたんですが……教会の中にやたら強いヤツがいまして、オレらの船が大破させられてしまいました……。気を付けてください、大船長。ヤツの強さは本物です……』
「……くっ! いったいなにがどうなっていやがるんだ!」
事態はデュークが思っている以上に深刻さを増している様子だった。
デュークは、状況を確認するために望遠鏡を取り出し、チェイスたちがいる方角をのぞき込む。
「……あいつか」
望遠鏡から教会所属の聖杯騎士――オーロットがバームドレーク海賊団の船を破壊している姿が映し出されていた。
「……考えているヒマはなさそうだな」
そう考え、デュークは急いで行動に移る。
「お前ら! ここから離れた場所に今すぐ氷結弾を撃つんだ」
「……えっ? いったいどうしたんですか?」
「訳はこの後全員に話す! 今はとにかくオレの言う通りにしろ!」
「は、はい!」
船員たちにそう指示を出し、デュークは腰に下げていた二丁の銃を携えながら船首のほうへと乗り出す。
そして、これからのことを伝えるために海賊団全員に向けて一斉に通信を送る。
『お前ら、これからオレの言うことをよく聞け!』
「――っ!」
『教会の対処にあたっていたチェイスたちがやられた。お前らは今すぐアトランタへの攻撃を中断し、総員で教会の奴らを叩け!』
『待て! 大船長! わざわざ中断せずとも二手に別れればいいのでは?』
デュークの指示に対して、ミラジェーンが異議を申し立ててきた。
『ヤツらの力を侮るな。チェイスがやられた以上、片手間で倒せるような相手じゃねえ。オレたちの障害となる教会の奴らを叩くことに集中しろ』
『りょ、了解……』
『オレは少し戦線から離れる。今後の指揮はミラジェーンとチェイスの代わりに三番隊隊長のカインの二人に指揮権を移す』
戦線から外れるというデュークの言葉に船員たちはみな、動揺の声を漏らす。
『大船長、いったいどういうことですか?』
『教会の中にひときわヤバい奴がいる……。そいつは単身で船に乗り込み、チェイスを倒した張本人だ』
『そ、それなら私たちが相手を……』
『いいや、お前らは他の奴らの相手を頼む。そいつはおそらく協会が抱えている聖杯騎士とかいうヤバい奴だ。そいつを足止めできるのは……オレしかいねえ!』
決死の覚悟を持ちながらデュークは船員たちにそう宣言した。
聖杯騎士のオーロットを止めるべく、デュークは動き出す。
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