第226話 紫音の秘策
「ティナ、いまの話は本当か?」
メルティナの口から告げられた事実に対して、紫音は確認のためにもう一度問いかける。
「は、はい。最初見つけたときは私の勘違いかと思いましたが、その複数のオーラが徐々にこの国に近づいてきているのでたぶん間違いないかと……」
「いま、複数と言ったな? 数はどれくらいだ?」
「数えきれないほど多いですね。……おそらく、百を超えているかもしれません」
現状、そのオーラの集団が敵か味方かまでは分からないが、状況からして味方である可能性は限りなく低い。
その場合、最悪の展開も想定したほうがいいだろう。
「弱ったわね……。それだけの規模となると、立ち止まっているヒマはなさそうね」
「……しかし、どうやってここまで来れたんだ? まさか……父上たちの軍を突破して!?」
「いいや、それならもっと数が多いはずだ。向こうは何千という戦力で戦争を仕掛けているんだぞ。ティナ、なにか心当たりはあるか?」
「……あのオーラの不自然な揺らぎ……あれは幻術のようですね。そのおかげで、オルディスの目をかいくぐってここまで来れたんだと思います」
「……幻術か」
あまり幻術にいい思い出がないせいか、紫音は露骨に嫌な顔を見せていた。
「――あっ!? た、大変です! オーラの集団がオルディスに上陸してきました!」
「なにっ!?」
「あらら、確かにそのようね。しかもやっぱり、アトランタの連中だったようね。さすがはこの戦争を仕掛けてきた張本人ね。仕事が早いわ……」
望遠鏡で敵の正体を確認しながらセレネはなんとも危機感のない発言を口にしている。
「なにを流暢なことを言っているんだ! 敵軍の侵入を許してしまったんだぞ!」
「落ち着け、エリオット。今は言い争っている場合ではないだろう。すぐにこのことを母上に伝える必要があるが……それでは後手に回ってしまう恐れがあるな」
すでに敵が進軍している以上、司令部に行っている時間すら惜しい。
そう考えたアウラムはセレネの知恵を借りようとする。
「……セレネ、敵の進軍を食い止められるような手を今すぐ用意できるか?」
「急にそんなこと言われてもムリですよ。戦力になるような魔物たちもお父様のとこに預けちゃいましたし、このゴーレムだって、まだこれ一体しかないんですよ」
「……そ、そうか」
「ここはおとなしく、お母様ところへ行きましょう」
「……すぐに用意できるか分からないけど、一ついい手があるぞ」
落胆するアウラムに救いの手を差し伸ばすように紫音が会話に入ってきた。
「ほ、本当か……?」
「まだ断言はできませんが、なんとかなると思いますよ。……外に出られたことで念話も使えるようになったことだし」
「……っ?」
すると紫音は、念話越しに誰かに連絡を取る素振りを見せる。
しばらくすると、相手と繋がったのか、紫音はその相手に向かって話しかける。
『シェイレーン、聞こえるか? 俺だ、紫音だ』
『シオン……? ああ、異界の者か。しばらくの間、お主との縁が途絶えたようだが、息災だったようだな』
『ああ、心配してくれてありがとうな。少し厄介ごとに巻き込まれてしまってな。でも、もう解決したから大丈夫だ』
紫音の身を案じるシェイレーンの言葉に、紫音は例の言葉で返した。
「……なあ、エリオット。シオンくんはいったい誰と話しているんだ?」
念話の内容や相手の姿すら分からないため、気になったアウラムは横にいたエリオットに尋ねる。
「シオン殿なら海龍神様と話していますよ」
「か、海龍神様だとっ!?」
予想外の相手にアウラムは驚きのあまり大声を上げた。
「アウラム兄さん? シオン殿は海龍神様に認められた人ですよ。そんなに驚くことでは……」
「いや、そうではない。なぜ彼が海龍神様と連絡を取れるんだという話に驚いているんだよ。父上たちですらそのような畏れ多いことはできないんだぞ」
「も、もしかして話していませんでしたか? シオン殿はただ海龍神様から証を貰っただけではなく、両者との間で契約を結んでいる関係でもあるんです」
「け、契約?」
「アウラム兄さんもその身ですでに経験しているからご存知でしょうが、シオン殿と契約を結ぶと能力が前よりと比べ物にならないほど底上げされます。海龍神様は呪いの影響で動けない状況であるので、回復速度を上げるためにシオン殿と一時的な契約を結んだのです」
「た、確かに……シオンくんたちに助けられたときはだいぶ衰弱していたが、彼と仮契約を結んでからというもの、すこぶる調子がよくなかったからな」
「まあその他にも、自分たちが危機的な状況に陥ったときの連絡手段のために契約したとも言っていましたけどね」
そのような二人の会話が繰り広げられている中、紫音たちのほうでも話はどんどんと先へと進んでいた。
『妾に呪いをかけた不届き者の親玉がオルディスに戦争を仕掛けてきただと! なんたる愚かなことを……。妾の庇護下に置いている国に手を出すとはな……』
『それにさっきも言ったが、その軍の一部がすでにこの国に侵入してきている状況だ。これ以上の進軍を止めるためにお前の力を貸してくれないか?』
『……なるほど。用件は分かった……』
こちらの意図は伝えたものの、シェイレーンから聞こえてきた声からはどこか重苦しい雰囲気を漂わせていた。
『……すまないが、今の妾はまだ回復の途中であり、満足に動けぬ状況だ。妾が出るにはもう少し時間が必要だ』
『そ、そうか……』
『案ずるな……。妾は出れぬが、その代わりに我が眷属たちをそちらに寄こすとしよう』
肩を落とす紫音をなだめるように、シェイレーンは代案を提示してきた。
『眷属……ああ、あいつらのことか』
『少しばかり時間が必要だが、妾の全快を待つよりはマシなはずだ。座標はオルディスでよいな?』
『転送場所が指定できるなら一ヶ所じゃなくて、バラバラに転送してくれないか? 向こうもおそらく複数に別れて侵入してくるだろうし。それから攻撃する相手も判別できているだろうな? 人魚族以外の奴らを攻撃するようにしてくれよ』
『……注文の多いやつだな。まあ、それくらいのことならいいだろう。すぐに援軍を送るからもう少し持ちこたえろ。……それと、眷属ばかり働かせて妾が動かないわけにもいかぬ。妾が戦えるほど動けるようになったらまたこちらから念話を送る。それまで待っておれ』
『それは頼もしい限りだ。お互いに辛酸を
『フフフ、その意見には妾も同意するところだ』
その際紫音は、海底神殿に侵入したときに出くわした魔物たちの顔触れの姿を思い出していた。
その言葉を最後にシェイレーンとの念話は終了した。
「アウラムさん、向こうとの話は無事終わりました。少し時間はかかるようですが、援軍をよこしてくれるそうです」
「そ、それは、海龍神様が言っていたのか?」
「ええ、そうですよ。あの人もかなり怒っていたようですし、自分も後から参戦すると意気込んでいたので、戦力として数えてもいいと思いますよ」
「……そ、それは本当か?」
「まさか海龍神様が表に出てくるなんて、今までなかったことですね」
海龍神であるシェイレーンが力を貸してくれることがそこまで驚くことなのか、アウラムたちは驚きのあまり目を見開かせていた。
「と、とりあえず、海龍神様のおかげで時間は稼げるようだし、私たちも早くお母様のもとへ急ぎましょう」
「ちょっと待ちなさい!」
話がまとまったところで、次に動こうとしている中、みんなを呼び止めるようにフィリアが声を上げる。
「悪いけどここからは別行動よ。あなたたちが司令部とやらに向かうのはいいけど、私たちまで行く必要はないでしょう。むしろまだ条件を満たしてもいないんだから行く理由すらないわ」
「フィ、フィリアさん……。そこまで言わなくても」
「でも、あなたたちの戦いに加勢する条件もまだ達成していないのに、これ以上一緒に行動する理由もないでしょう?」
フィリアの言い分も正しいが、紫音は別の考えを持っていた。
「……いいや、待て。ここはアウラムさんたちと一緒に司令部に向かうべきだ。別れて行動するのはその後でも遅くないはずだ」
「……どういう意味、紫音……?」
「少なくとも城内にいる者にだけは俺たちのことを共有させたほうがいいだろう。そのほうが仮に一緒に戦うことになったとしてもなんのしがらみもなく戦えるだろうし……」
「……っ」
そう言うが、フィリアはどこか納得していない顔をしていた。
「……それにアウラムさんたちがいれば拘束されることもないし……どうかな?」
「……まあいいわ。司令部に行くだけなら大した時間の消費にもならないだろうし、ここは紫音の顔を立ててあげるわ」
「ああ、ありがとうなフィリア」
しぶしぶといった感じだが、紫音の提案を受け入れ、フィリアたちは司令部に向かうことにした。
「このまま司令部に向かうことは決まったようだが……その後君たちはどこに? やはり他の仲間のところに合流するの?」
「……いいえ、まだそのときじゃないわね。向こうもまだ私たちが檻から出たことに気付いていないようですし、下手に戦場に出るわけにもいかないわ。……それに、こっちもこっちで加勢するときに備えて準備する必要もあるしね」
含みのある言い方をしながらフィリアは紫音に向かってアイコンタクトを送る。
「あんたのほうでもなにか考えているんでしょう? 本当は時間も惜しいのにわざわざアウラムたちと一緒に行動するなんてオカシイじゃない」
「それだけの材料で疑っているのか?」
「それだけじゃないわよ……。シェイレーン様の力を借りることはできたみたいだけど、それじゃあ根本的な解決には繋がらないわ。オマケに侵入を許しているいまの戦況じゃはっきり言って勝機は薄いはずよ」
「……よく気付いたな。お前の言う通り正直言ってオルディス側はかなり不利な状況だ」
「そんな不利な戦況を覆すためには、これよりも大きな戦力を投下する必要があるけど、そこんところも考えているってところでしょう?」
「まあな……」
フィリアの問いかけに紫音はニヤリと笑みを浮かべる。
「アルカディアから誰か召喚するつもり?」
「いいや、それはないな。俺が契約している中には水中での戦いを得意とする奴があまりいないからその提案は却下だな」
「ふうん……。でもかといって、魔物を探す時間もそんなにないはずよ」
「……いるだろうが。それもすぐそこにおあつらえ向きの奴らがな」
紫音は再び不敵な笑みを浮かべた。
「なんだか面白そうなことを考えているわね。……やっぱり私もそっちに行くわ」
「オ、オイ! セレネ!」
「お母様のところへはアウラム兄さんたちで十分でしょう。それに私がこっちに行ったほうがなにかと都合がいいでしょう。ほかの人魚と出会ったときの仲裁役とかにね」
「それもそうね……、そう考えると一人必要ね。悪いけど一緒についてきてもらうわ」
「そういうことだから、後は任せたわよ」
「シオンくんたちには悪いが、妹を頼んだ」
「はい、分かりました。それじゃあまた後で!」
その後、フィリアとアウラムたちは二手に別れて行動することとなった。
オルディスとアルカディア、両国が共通の敵であるアトランタを倒すべく、動き始めたのだった。
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