第225話 不穏な気配

 セレネの口から衝撃的な事実を告げられ、一同は驚きのあまり言葉を失っていた。

 その後、正気を取り戻した紫音たちは、セレネからこれまでの経緯について深堀しながら紫音たちが行方不明になっていまに至るまでの経緯についても報告し、情報を共有することにした。


「……エ、エメラルダ姉さんが……アトランタ側に……? なによそれ、私としてはこっちのほうが大事件よ。……まさか生きていたなんて」


 セレネの中では当の昔に死亡していたものとばかり思っていたせいか、エメラルダが生きていたことにひどく驚いていた。


「理由は分からないが、エメラルダ姉さまはアトランタに加担して、この国を手に入れようとしている。そのために父上を殺すつもりでいるようだ」


「……それはマズイわね。今の戦況の中、もしお父様の身になにかあれば、こちらの士気に大きく影響を与えてしまうわ」


「その通りだ。だからこそ、エメラルダ姉さまの野望を阻止しなくてはならない」


「……それなら」


 言いながらセレネは、チラリと紫音たちのほうへと目をやる。


「フィリアさん……いいえ、アルカディアの方たちとして依頼します。どうか、私たちと共闘してこの戦いを勝利へと導いてはくれませんか? もちろん成功報酬として、私のできる範囲ではありますが、必ずお礼をいたします」


 頭を下げ、懇願するようにフィリアたちに助力を求めてきた。


「……頭を上げてくれ。頭を下げなくてもそんなの当然――」


「――待ちなさい!」


 セレネからの依頼を受けようとする紫音の言葉を遮るように、フィリアが割って入ってきた。


「フィ、フィリア……?」


「あなたねえ、またそんな安請け合いなんかして……私たちは慈善活動家じゃないのよ。……どうやら、まだ正気に戻っていないようね」


「正気って、なんの話だよ?」


 先ほどの監禁部屋で起きた出来事のことを言っているのだろうが、そのことをなに一つ覚えていない紫音は、意味も分からず、ただただ首を傾げていた。


「とにかくよ! 私たちがこれ以上、この国の事情に首を突っ込む必要はないって言っているのよ! だいだい、こっちから協力関係を結ぼうとしたのに、一度それを拒否されたのよ。それをいまになって……」


 フィリアたちが監禁される前に一度、共闘を提案したものの、その提案はブルクハルトによって一度却下されていた。

 それを切迫した状況に陥ってしまったからと言って、再度同じ提案をするのはあまりにも虫が良すぎる。

 そう思ったためか、フィリアはふてくされるように頬を膨らませていた。


「器が小さいわね……アナタ」


 フィリアが断固として動こうとしない中、説得しようと声をかけたのは、意外にもローゼリッテだった。


「一度断られたからなによ? ここで気前よく引き受けてこそ、王としての器を示せるんじゃないの?」


「……へえ、めんどくさがりのあなたが進んで労働に勤しもうとするなんて、どういう風の吹き回し?」


「下手な勘繰りはやめなさいよ。アタシはただ、この国にたんまり恩を売って、お礼をしこたまいただこうと思っているだけよ」


「……ローゼリッテ。打算的な考えを持つのをやめろとは言わないが、恩を売ろうとする相手の前でそれを言ってどうする?」


 欲望に忠実すぎるローゼリッテの発言に、頭を悩ませながらも紫音は、フィリアを説得するため続けて動くことにする。


「なあ、フィリア? セレネさんもこう言っているんだし、助けてやってもいいんじゃないか?」


 そう言いながらフィリアの背中を押すように催促する。

 するとフィリアは、その言葉に盛大なため息を返しながら口を開く。


「あのね、紫音……。はっきり言うけど、今回の件は無理して動く必要はないのよ」


「動く必要ないって、どういう意味だよ? 前のときは加勢していただろう?」


「エルヴバルムのことを言っているんなら、状況があまりにも違い過ぎるわよ」


 フィリアは、そのときのことを紫音に思い出させながら違う点について指摘していく。


「あのときは条件付きではあったけど、最初っから協力的だったでしょう?」


「そ、そうだったかな……」


「それに、あのときのアルカディアは、まだまだ国としての力も弱く、他国とのつながりもまったくなかった状態だったわ。だから、エルヴバルムとのつながりは是が非でも必要だったのよ。それに比べていまはどう? それなりに国も発展していて他国との交流もある状況よ。現状に不満があるわけでもないのに、無理してつながりを持つ必要もないでしょう?」


 一見屁理屈をこねているようにも見えるが、話を聞いてみれば、思わず頷いてしまうところもいくつかある。

 要は一度断られているのならわざわざリスクを冒してまで、協力する必要はないと言いたいようだ。


 フィリアの言い分が分かったものの、ここで引き下がるわけにはいかないと、本心でそう思った紫音はさらなる説得を試みる。


「お前の言いたいことはわかった……。でも、一ついいか?」


「……なによ」


「俺たちの国の目的はなんだ?」


「……アルカディアの最終目的は、多種族が安住できる国を創ることでしょう? まさかそれで、人魚たちも助けろって言いたいの?」


「それもあるが……その他にも、俺たちにとって今後脅威となる存在に俺たちの力を知らしめる意味もあると思うんだ」


「存在……っ! 教会の連中ね」


「そうだ。今回のアトランタのように亜人に対して攻撃的な奴らもいるが、教会はそれとはまったくの別格だ。あいつらは亜人を根絶するべきだと思っているヤバい組織だからな」


「だから、オルディスに手を貸せと言いたいのね」


「それもあるが……一応ここがリーシアの故郷だからって理由もあるけどな。一時ではあったけど、あいつはアルカディアの住民としてみんなからも慕われていただろ。そんなあいつの故郷が大変な目に遭っているのに見過ごすなんてマネできるわけないだろう?」


「……相変わらず甘いこと言っているわね」


 などと皮肉めいた言葉を吐いてはいるが、表情からして、それほど悪い気はしていないようだ。


「……いいわ。手を貸しましょう」


「本当に? 助かったわ」


「ただし! こっちにもメンツってものがあるわ。一度そっちから断った件もまだ許してはいないんだから」


「……まだ根に持っていたんだな」


「……だから、こっちからある条件を付けます」


 こちらの体裁を保つために、フィリアは協力する条件としてある提案をアウラムたちに告げる。


「――っていう条件さえそっちが呑んでくれたらすぐに駆け付けてあげるわ。言っておくけど、これ以上の譲歩は一切なしだからね」


「まあ、それくらいのことで水に流してくれるならありがたいわね。……でも」


 それほど重い要求ではなかったものの、セレネはある懸念点を頭に思い浮かべていた。


「あのお父様がこの条件を呑んでくれるどうか……」


「父上は昔から頑固なうえにニンゲン嫌いなところがあるからな。今回の件でさらに悪化しているかもしれないな」


「……しかしそうも言っていられないだろ。なんとかして父上を説得しなくては」


 そう意気込むアウラムの姿に、セレネは物珍しそうな顔を見せていた。


「へえ、お父さまと同じくニンゲン嫌いのアウラム兄さんがそこまで協力的なのは少し意外ね。シオンさんはニンゲンだし、てっきり助力を求めることに抵抗があるんだと思っていたわ」


「……もちろん、今でもニンゲン嫌いなのは変わらない。……だが、恩人相手にもその感情を向けることなんてできるわけないだろう。仮にも同じ空間の中で何日も過ごした仲だ。彼らの人となりは十分理解したつもりだよ」


 意外なことにあの地獄のような監禁生活のおかげで、アウラムからの信頼を勝ち得ることができたようだ。


「アウラム兄さんが乗り気なのはうれしいことだけど、問題はお父さまのほうね。これからお母さまがいる司令部に行って、状況を説明させようと思ったけど、それじゃあ時間が足りないわ。だれか前線に行ってお父さまを説得したほうがいいかもね」


「それならやはり、アウラム兄さんが適切だろう。父上もアウラム兄さんの言うことなら聞く耳を持つはずだし、偽物の存在を明らかにできるからな」


「いや、それは得策ではないな」


 アウラムは首を振りながらその提案を一蹴いっしゅうする。


「おそらく向こうはまだ私たちが脱走したことに気付いていないはずだ。そこにノコノコと私が出てみろ。計画を早めて父上を殺害する恐れもあるんだぞ」


「……それは一理あるわね。現在、偽物のアウラム兄さんはお父さまのすぐ近くにいるわ。偽物を引き剥がさない限り、不用意にアウラム兄さんが出るわけにもいかないわね」


「ねえ? 話し合いはまだ終わらないの? このままだと話し合いだけで戦争が終わってしまうわよ」


 今後の流れについて、なかなか決まらず、頭を悩ませていると、痺れを切らしたフィリアがアウラムたちの話に介入してきた。


「とにかくいまは一分一秒を争う状況なんでしょう? 話し合いならさっき言ってた司令部? とかいう場所で女王と一緒になって考えればいいでしょう?」


「……そ、それもそうね。フィリアさんのおかげで危うく無駄に時間を過ごすところだったわ」


「そうと決まれば、すぐに行こう。敵がさらに動く前に対策を打たなくては」


「……ティ、ティナ?」


 全員が司令部に向かおうとする中、ただ一人メルティナだけは、窓の外を見ながらその場に佇んでいる。


「なにやっているのよ、メルティナ? 戦況が変わる前に早いとこ司令部に向かうわよ」


「……も、もう遅いかもしれませんよ」


「どういう意味だ……ティナ?」


「……あれを見てください」


 言いながらメルティナは、海面に浮かんでいるオルディスに指を差す。


「オルディスが地上に浮かんでいる光景のことか? それだったら俺らも――」


「いいえ、違います。みなさんはそうかもしれませんが、私の眼には先ほどから妙なものが映っているんです」


「妙なもの……?


「オルディスの先にある海に複数の魔力反応があります。……それも二つや三つじゃありません。百……いいえ、それ以上かもしれません」


「なっ!?」


 瞬間、まるで全身に雷でも打たれたかのような衝撃を受けた。

 メルティナの口方告げられる正体不明の存在の出現に、オルディスはさらなる危機へと直面しようとしていた。

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