第221話 第三勢力からの乱入者

 ディアナたちとバームドレーク海賊団がアトランタの船を襲撃する少し前。


 海底に沈んでいるはずのオルディスが突如として浮上するという非常事態を目の当たりにしてディアナたちは自分の目を疑うように見入っていた。


「オイオイ、人間ってのはあんなこともできんのかよ?」


「馬鹿者、そのような世迷言を口にするでない。人の身であのようなことできるはずなかろう。ありゃあアーティファクトの仕業じゃな」


「ほう、あれがそうなのかディアナ殿? 話には聞いていたが、恐ろしい武器だ」


「感心しているところ悪いが、そろそろこれからのことについて話すとしようか」


 目を疑うような光景を目の当たりにしても大して恐怖心を抱いていないディアナたちのところにデュークが急かすように言ってきた。


「アトランタの動きから察するに、あの現象は引き起こしたのはアトランタの連中だ。オレたちはこのまま船を進めてアトランタに奇襲をかけるつもりだ」


「奇襲か……。妥当な手じゃが、奴ら二手に分かれて進んでいるようじゃな」


「二手にか……。オイ、デューク。小型でいいからオレたちに船を貸してくれないか?」


「……別にいいが、なにに使うつもりだ?」


「お前らはこのまま真っすぐ進めて左翼の船を沈めていけ。オレたちは小舟に乗って反対側に回りながら右翼にいる船を沈めていくからな」


「なにも分かれて行くことはないだろう? 片方だけでも向こうの陣形も崩壊させるには十分なはずだ」


 グリゼルから出された提案に納得いかず、デュークは反論するように言う。


「これはお前とオレたちとの関係性を向こうに悟られないようにするためにも必要なことだ。お前ら海賊が勝手にやりましたと、他国と共闘してやりましたとじゃ前者のほうがまだマシだろう? 今後のことを考えればオレたちも二手に分かれて好き勝手動いたほうが都合がいいんだよ」


「理由は分かったが、なんだか釈然としねえな」


「そう言うな。……それに、同盟を結んだと言ってもお前の指揮下についたわけじゃねえんだ。目的さえ達成すれば過程なんかどうだっていいだろ?」


「まあいい……。好きにしろ」


 最後はしぶしぶといった顔でグリゼルの提案を呑み、急いで小舟を手配した。

 小舟が用意できると、すぐさまグリゼルたちは乗り込み、一度デュークたちと別れることにする。


「こっちはこっちで好きにやらせてもらうから、お前らも暴れてこい」


「言われるまでもねえよ。アンタこそ戦いが終わったらそのままトンズラするなよ。まだ話したいこともあるんだからな」


「心配すんな。まだ謝礼も渡していねえんだから帰るわけねえだろ」


 そう言い残して、グリゼルたちは船を反対側のほうへと進めていく。

 残されたデュークは、覚悟を決めた顔を見せながら、船員たちに号令をかける。


「野郎ども! 今から一国を相手に戦争だっ! 今日は金に糸目を付けるなよ。大砲も巻物も惜しまず使って勝利をもぎ取れ!」


「オオオオォォォ―ッ!」


 船員たちの雄叫びを響かせながらバームドレーク海賊団はオルディスとアトランタの戦争へと出陣した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――そして現在。

 バームドレーク海賊団からの奇襲により、アトランタの船は甚大な被害を受けていた。


『当船に告ぐ! この船はアトランタ所属並びにアストレイヤ教会所属の船に当たる。これ以上の攻撃を即座に中止せよ! これより先、攻撃を止めぬというのなら国の威信にかけて当船すべてを殲滅する』


 やられっぱなしではいられないと思ったのか、アトランタから攻撃の中止の旨と同時に脅迫にも似た文言が飛び交ってきた。


 ドオオオォォン。


 しかし、この程度の脅しで攻撃を止めるはずもなく、次々と発射される砲弾がまるで雨のようにアトランタの船へと降り注いでいく。


「パトリック様、奴らこちらの忠告を無視して攻めてきています。いかがいたしましょうか?」


「バカか! 海賊相手に忠告など意味ないだろ! 迎撃して沈めてしまえ!」


「パトリック様! 右翼に編成していた部隊から急ぎの伝達です!」


「こ、今度はなんだ!」


 方々から寄せられてくる通信にパトリックは、精査する暇もなく、うんざりした様子を見せていた。


「甲板に侵入者アリ! こちらに敵意を持っているとのことです」


「侵入だと……。ここは海の上だぞ。大方、あらかじめ船内にでも潜んでいたんだろう? それに気付けないとは本当にバカな奴らだな」


「い、いえ……船内ではなく、侵入者は空から降ってきたそうです」


「……っ? な、なにを言っている……?」


「そ、それと……侵入者は少数なのですが、うち一体は……ド、ドラゴンだと言っております……」


「ド、ドラゴン……? ――っ!?」


 この戦場にドラゴンが来ている、などという突拍子もない報告を聞き、怪訝に思う中、ふと右翼に配置していた船のほうへと目をやる。

 するとそこには、報告通りドラゴンが悠然と空中に漂っており、睨みを利かせながらアトランタの船を視界に納めていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「な、何者だっ! 貴様ら!」


「こ、ここがアトランタ所属の船と知っての蛮行か!」


 右翼からオルディスへと進軍をしていた船の集団のうちの一隻。

 運悪く、その船の甲板にディアナとヨシツグが降り立っていた。


 アトランタの兵士たちは、突如として現れた侵入者に驚きはしたものの、それ以上に上空にいるドラゴンの姿に恐れを抱いていた。

 あまりにも威圧感のあるその存在に、誰もが恐怖し、がくがくと体を震わせていた。


「聞けい! 人種ども!」


「っ!?」


「儂らは偉大なる主様より遣われた使者である。主様は今大変お怒りになっている。よくも主様の行く末に大量の路傍の石の置いてくれたなと……」


「ろ、路傍の石……」


 自分たちの存在を見下したような発言にアトランタの兵士たちは、なにも言い返せずにいた。


「慈悲深い主様は、この海から撤退するなら見逃すとおっしゃっている。……ただし、このまま海に留まるというのなら一隻残らず海の藻屑にするつもりだ。二つのうち一つを今この場で選んでもらおうかの?」


「ま、待て! そちらの都合で勝手に決めるな!」


 なんとも理不尽な要求を突き付けられ、その船に乗っていた部隊長はたまらず前に出て反論する。


「お前らの主は空を飛んで移動しているんだろ。わざわざ沈めずともそのまま飛んでしまえばいいではないか?」


「……ふっ、主様は路傍の石を視界に入れることすら不快に思っておる。いくら言い繕うともどちらかを選んでもらうぞ」


「……な、舐めるなよ」


「……ん?」


「我らアトランタが亜人どもに屈するわけにいかない! 者ども、敵は少数だ! 数で押し切ってしまえ!」


「オオオオォォォッ!」


 部隊長の指揮のもと、船内にいた兵士たちが一斉にディアナたちに襲いかかろうとしていた。


「……ふむ、少々高圧的過ぎたかの?」


「そういう割には、随分と演技に磨きがかかっていたではないか? なんだ? 主とか使者っていうのは?」


「他種族と馴れ合わない竜人族の中に儂らがいる合理的な理由を模索した結果、こういう設定にしたんじゃが、気に入らなかったか?」


「私は別に構わぬぞ。ディアナ殿が先だって話を進めてくれたおかげでこうして戦う口実ができたんだ。……もう行ってもよいか?」


 戦いを好む鬼人族の性質が表に出たのか、圧倒的戦力差のある状況においても、高揚させながら笑みを浮かべていた。


「好きにせい……。グリゼルももう前に出てよいぞ。交渉は決裂じゃからな」


 ヨシツグに戦闘の許可を出した後、上空にいるグリゼルにも戦うよう指示を送る。


「そう来なくちゃな。さあて、こっちも暴れるとするか」


 そう言いながらグリゼルは、戦場に自分の存在を知らしめるように誰も届かない上空から炎を吐き、戦争に参戦する。


「……さて、有象無象の船は、あの者たちに任せて儂はアーティファクトの所有者が乗っている船を探すとするかの」


 船の破壊をグリゼルとヨシツグに任せて、ディアナは単独でアーティファクトの探索に出る。


「しかし、どうしたものか。あれほど驚異的な魔力反応が出現したというのに、今ではその欠片すら感じ取れぬ。隠蔽でもしておるのか? なんにせよ、一隻一隻探す必要があるの」


 なんとも骨が折れそうな捜索作業にため息をつきながらも、ディアナは別の船へと移動しながら地道にアーティファクトを探すことにした。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「現在、54番船は謎の侵入者と交戦中。……ですが、敵は少数とはいえ、どれも一騎当千の強者ばかりでまるで歯が立たないそうです」


 右翼の船から伝えられる悪い報告に、パトリックは頭を抱えていた。


「なぜだ! なぜこうも次から次へとジャマが入る! 海賊にドラゴンだと! いったいなんの冗談だ!」


 トラブル続きに見舞われている現状に、叫ばずには入られなかった。


「パ、パトリック様……」


「――次はなんだっ!」


「ヒイッ!? きょ、教会の船から通信です」


「チッ……」


 この状況では、あまり受けたくはない通信だが、このまま無視するわけにも行かない。

 パトリックは、舌打ちをしながら教会からの通信を受け取った。


『パトリック様、ずいぶんと予定とは違っていますが、作戦はこのまま続行でしょうか?』


 通信の主は、聖杯騎士のローンエンディアからの者だった。

 ローンエンディアは、作戦に支障が出始めているこの現状をネタに、皮肉めいたことを口にしていた。


「……予想外の乱入者は現れたが、作戦はこのまま続行だ」


『本当によろしいのですね? まさかドラゴンが……いいえ、この場合は竜人族と言ったほうが正しいかもしれませんね。竜人族が来るなら、それ相応の装備をする必要があるのですが、生憎用意していなくて……。教会でもあの竜人族を相手にするのは少々厄介かと……』


「いいや……相手にする必要はない。海賊どももあのドラゴンも僕たちアトランタで相手をする。教会どもは、そのままオルディスに上陸し、作戦を次の段階へと進めろ」


『了解しました。……では後ほど』


 そう言って、ローンエンディアはパトリックとの通信を切った。

 通信が終了し、パトリックは自信を落ち着かせるように大きく深呼吸をしたのち、コーラルに声をかける。


「コーラル、いるか?」


「ハイ、ここに」


「使役した魔物どもは、これで全部じゃないだろうな?」


「ハイ、いま戦闘に参加しているのは全体の二割ほどになります。他の魔物たちは別の場所で待機させています。ご命令とあれば、いつでも投入できます」


「いいだろう……。コーラル、奴らを足が止まるまで魔物どもを投入し続けろ。戦力差ではこっちに分があるんだ。このまま数で押し切るぞ」


「……承知しました」


 おおよそ、対処法としては少々暴力的ではあるが、コーラルは文句も言わずにただただパトリックの言葉に賛同し、新たに戦場に魔物を解き放った。


(それにしても、なぜこうも都合よく他勢力がこの戦場に? まさか、あの子たちのしわざ?)


 予想外の出来事が続き、これもすべて紫音たちアルカディアの者たちが、この状況を仕組んだのではないかと推測する。


(でも、あの子たちの仲間はすべて捕えている状況。外と連絡を取った形跡もなかったはずよ。……なにより、グラファからの報告にもなかった内容よ)


 いったい戦場でなにか起きているのか、それすら分からない状況ではあるが、それでもなおコーラルは、自身の野望を達成するため、計画を修正しながら考えを巡らせていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 アトランタ軍のほうで、大きなことが起きている中、オルディス軍は、進軍してくる大量の船の対処に追われていた。


 船の進軍を食い止めている中でも、向こうのほうでなにやら不都合な出来事が起きていたことについては、その場にいても十分理解していた。


「お父様、どうやら海賊やドラゴンが現れたようです。アトランタの船を攻撃しているところを見ると、今のところはこちらに害はないようです」


「なぜ奴らはこうも都合よく……。いいや、今は考えている場合ではないな」


 ブルクハルトは、考えることをやめ、戦いに集中することにした。


「今こそ好機! 奴らの戦力が分散している今が制圧するときだ! 一隻たりとも後ろに行かせるな!」


「ハイッ!」


 覇気の籠った指示を受け、オルディスの騎士たちは果敢にアトランタ軍の船に挑んでいく。


「……多少優位に立つことはできたが、これもいつまで持つか……。やはり圧倒的に数で押し負けている。……あともう少し、強力な戦力が投入できれば……」


 未だ防戦一方な状況を前にして、微かな希望を抱いていると、


「親父、ずいぶんと情けねえこと言っているな? そろそろ引退か?」


「ラムダ兄貴、めったなこと言わないでくださいよ」


「ちょ、ちょっとアウラム兄さんたち! わたし、こんな戦場だなんて聞いていないんだけど!」


「諦めろリーシア。ここまで来て帰るなんて選択肢、あるわけないだろ……」


「お、お前たち……」


 颯爽と海の中から飛び出してきたのは、オルディスにとっての切り札であり、ブルクハルトの血を引く王子と姫たちの姿だった。

 自慢の子どもたちが戦いに参戦したためか、ブルクハルトの顔から笑みがこぼれていた。

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