第220話 浮上する海底王国

 オルディスが突如として、地上に浮上してきた。

 そんな摩訶不思議な事件が、戦いの最中に発生した。


 この衝撃的事実にオルディス内部では、かつてない混乱が巻き起こっていた。


「た、大変です! 先ほど国全体で発生した大地震と魔法術式が感知されてすぐ海皇結界が破壊されました!」


「監視塔からの連絡です! 地震の後、オルディスが陸地から離れ、徐々に浮上しているとのことです」


「バカを言えっ! ここは深海の海底だぞ! それに女王様自らが張られた結界が破れることなど、ここ数十年一度たりともなかったというのに、それが破壊されたうえに、浮上しているだと!」


「……で、ですが、確認したところ結界の波長は感じられず、水位ばかりがどんどんと上昇しております。このままでは、あと数分でオルディスが地上に浮上します!」


「こちら工業区域からの報告です! 先ほどの大地震の影響により工場で火災が発生! 負傷者多数とのことです」


「続けて市街地中央区からの報告です! こちらでは家屋が倒壊し、居住者並びに近くにいた住民たちにも被害が及んでおります」


 ここオルディスにある情報を統制し、国の防衛も担っている重要施設内に次々と情報が送られてきていた。

 しかし、あちこちから飛び交う被害報告に、どこから手を付ければいいのか、誰もが分からずにいた。


「なにをしているのですか! こういう非常事態だからこそ、私たちがしっかりするべきではないのですか!」


「ティ、ティリス様!」


 情報を精査することもできないうえ、対処する手立てすら見つけられずにいると、オルディスの女王ティリスがその場にさっそうと現れた。


 ティリスは、自らの手でこの混乱した場を静めたのち、それぞれに指示を出す。


「いいですか! まずは工業区で発生した火災を二次被害が出る前に一刻も早く消化しなさい! 市街地のほうでは、倒壊した家屋の下に人がいないか確認したのち、負傷者を最寄りの治療院に搬送するように! 工業区でも同じ対処を指示しなさい」


「ハイッ!」


 この場において最善の対処法を伝えたのち、ティリスは続けて指示をする。


「……それと、地上にいるブルクハルトに通信を。繋げた後は私に変わりなさい」


「ハイ、少々お待ちください」


 オルディス内部だけではあまりにも情報が足りないため、ティリスは地上にいるブルクハルトと情報を共有しようと動く。

 地上との連絡が繋がりまでの間、悲痛に満ちた顔を見せながら今か今かと待っていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 一方、ブルクハルトら地上に出ていた者たちは、この状況を前にして、戸惑いを隠せずにいた。


「国王様は、これはいったい……」


「私にもなにがなんだか……だが一つだけ言えることはあの王子がこの事態を引き起こしたということだけだ」


「……この状況を見るに、そう考えるのが妥当ですね」


 ブルクハルトの推測に同調するようにマリア―ナも頷く。


「……ですが、それを問い詰める前にまずはオルディスの状況を知ることが先決だと進言します」


「本来、地上に出ることがない国が出てきてしまったんだ。まずはそうするべきだろうな」


 少しずつ冷静さを取り戻しつつあるブルクハルトたちは、今度はオルディス内部の安否を心配していた。

 ……すると、


「国王様、オルディスからの通信です」


 伝達係からちょうどいいところに、オルディスからの連絡が入る。

 ブルクハルトはすぐさま通信魔道具を取り、状況を探る。


『ブルクハルト、現状は理解していますね』


「ティリスか!? ……ああ、痛いほど理解している」


 予想だにしなかった人物からの通信が来たためか、少しだけ驚きの声を発するが、すぐに切り替え、情報を共有しようとする。


「まず結論から言うと、オルディスが地上へと浮上した。犯人はおそらくアトランタ側の人間の仕業だろう」


『浮上した影響で怪我をしたものなどはいますか?』


「いいや、全員ひとまずは無事だ。そちらの被害状況は?」


『オルディスの各地で家屋の倒壊や火災が発生し、負傷者は多数。国民たちから情報の開示を求められている状況です』


「……ならばまずは、国全体に緊急警戒体制を敷け。その後はこちらで国に向けて放送を流して情報を開示したほうが――」


「アハハハハッ!」


 ブルクハルトが話していると、アトランタ側のほうから聞き覚えのある声が笑い声として聞こえてくる。

 通信を片手にして、視線だけを移すと、上空に打ち上げられた巨大スクリーンに笑みを浮かべるパトリックの姿が見えた。


「どうだい見たか? 人魚ども。これが僕の力だ!」


「お前個人の力ではなかろう。いったいなにをした?」


「ほう、どうやら分からないようだね。普通なら黙っているところだが、今は気分がいい。だから教えてやろう」


 画面越しに笑い声を上げながらこの状況を引き起こした種明かしを淡々と語っていく。


「これは、我が国が保有するアーティファクトによって、発生した現象だ。海底に位置する国も地上に出てしまえばただの島国のようなものだ。……それにこうすれば、地の利も活かせはしないだろうよ」


 今までオルディスが地上の国からの侵攻を受けなかったのは、ひとえに海底にあったからだった。

 これまで深海に行く術など持ち合わせておらず、オルディスに攻め入ることもできなかったが、こうなってしまっては、いくらでも侵攻することができるようになってしまった。


 そのうえ、地上に出ているせいで、水中という人魚族にとって有利な領域も失ってしまい、必然的に地上での戦いが強いられるようになっている。


「おしゃべりはここまでだ。さあ皆の者! 今こそ浮上した海底王国に侵攻を開始するときだ! 船を左右に進め、四方を囲みながら攻め入れろ!」


 その号令の下、海の上で編成を組んでいた船たちが一斉に左右に分かれながら進行を開始した。


「さあ、教会の諸君たちも我が国に続いてオルディスに襲撃をかけろ。仕事の時間だぞ」


 号令をかけた後、パトリックは教会の船たちに通信を取りながら指示を出した。

 その指示を聞いていたローンエンディアは、こちら側が有利な状況となっているというのに、あまりいい顔をしていなかった。


「あの王子め……。最初っからこうなることを見越していたのね」


「なにか策があるとは言っていましたが、まさかこんな方法でオルディスに侵攻するとは思いもしませんでしたよ」


「その点に関しては称賛に値しますが、それよりなにより腹立たしいのはこの作戦を私たちに通達しなかったことですよ。先ほどは運よくこちらに被害はありませんでしたが、最悪の場合、海の藻屑と化していたかもしれないのですよ」


「確かに、さっきは本当に肝を冷やしましたよ」


「……これが仕事でなければ、一発殴っていたかもしれませんね」


「ローンエンディア卿もなかなか過激ですね。……ですが、今はひとまず忘れてこちらも動くとしましょう」


 先ほどから調子づいているパトリックを尻目に、ローンエンディアたちも動くことにした。


「全部隊に通達! これより我々もアトランタ軍に続き、船を進行させる! オルディスに到着後は手筈通り、人魚どもの確保に当たれ! クライアントの要望により、必ず生け捕りに。抵抗する場合は死なない程度に痛めつけてやれ!」


「アストレイヤ様の名にかけて、必ずや遂行してみせます!」


 教会のプリーストと騎士たちはその信念を胸に掲げ、教会の船も一斉に動き出した。


 一気に形勢が逆転している中、オルディス側も負けじと抵抗を見せる。


「今すぐ海中にいる部隊全員に伝達しろ! 一隻でも多く船を沈めろとな」


「ハ、ハイ! いますぐにっ!」


 これ以上、相手に好きにさせないために対抗策に打って出る。

 ……しかし、


「な、なんだとっ!?」


「なにか問題でも起きたか?」


 すると伝達係は震えた声を出しながら状況を説明する。


「と、突如として海中に魔物が出現し、部隊に攻撃を仕掛けているとのことです。しかも妙なことにアトランタの船には目もくれず、我々に攻撃しているようです」


「ま、まさか……その魔物というのは……」


「姿形から察するに、おそらく例の呪怨事件の被害を受けて凶暴化した魔物たちかと思われます……」


 悪化した状況に追い打ちをかけるように最悪の報告が飛び込んできた。


「なぜこうも都合よく魔物どもが私たちの邪魔をするんだ!」


「そ、それは……」


「落ち着いてください、お父様! 断言はできませんが、これも向こうの策略かと……」


「なに……?」


「考えてもみてください。元々呪怨事件は、向こうの手によって起きた事件です。魔物に呪いをかけたのが向こうならば、操る手段も持ち合わせているのではないのでしょうか?」


「……」


 その可能性も捨てきれない、マリア―ナの言葉からそのような考えが浮かんできた。


『ブルクハルト! いったいそちらでなにが起きているんですか?』


「ティリス……。今すぐこちらに援軍を寄こしてくれ。もちろん、子どもたちもだ」


『え、援軍って、アトランタの船がオルディスに近づいているんでしょう? さらに戦力を削いでしまっては侵入を許してしまう恐れがあります』


「ならば、子どもたちだけでも応援に向かわせろ。特にリーシアの力が必要だ。ここには呪いに侵された魔物たちが大勢いる。そいつらを浄化するためにもリーシアの存在は必要不可欠だ」


『わ、分かったわ。すぐに向かわせるわ』


「……それと再度、結界を展開することは可能か?」


『それに関しては、おそらく無理でしょうね。先ほどから術式を発動しているのですが、外部から妙な力が働いて、結界を発動することすらできない状況です』


「それは本当か?」


『……ええ。でも幸い、非常用の結界は問題なく作動したからある程度の防衛はできるわ。ただ……強度はそれほどないから、時間をかけられると突破される恐れがあるわ』


 最低限、外部からの侵入を阻害することができるが、いまのままでは心もとない。

 そう思ったブルクハルトはさらなる対策を打つ。


「ティリス、この通信を国全体に向けて発信しろ」


『ブルクハルト……』


「警戒体制だけでは足りぬ、皆の力を借りる必要がある」


『……分かりました。すぐに繋げます』


 それから数分もしないうちに準備が整われ、ブルクハルトは全国民に向けて通達する。


「オルディスに住む全国民に通達する。今我々はかつてないほどの未曽有の危機に瀕している。海運都市アトランタの策略により、この国は地上へと浮上し、さらに他国からの侵攻を受けようとしている」


 ブルクハルトの言葉に、それまで混乱と喧騒に渦巻いていた人々は、皆一様に耳を傾けていた。


「この非常事態の中、皆の力を借りられないだろうか? 国全体に張られた結界は辛うじて作動しているが、それもいつまで持つか分からない状況だ。このまま奴らの好きにさせていいのか。ここは私たち人魚にとって安息の地だ。その地を追われないためにも国民一人一人が武器を手に取り、侵入者どもを討ち払おうではないか!」


「…………」


「これより、国民全員の戦闘を許可する! 思う存分力を振るい、私たちの国を守るぞ!」


「オオオオオォォォッ!」


 そのときオルディスでは、国が揺れるほどの国民たちによる雄叫びが響き渡った。

 ブルクハルトの覇気の籠った演説を聞き、皆はすぐさま戦闘態勢に入り、国を守るために動き出していた。


『お疲れ様です、ブルクハルト。あなたの思いに皆が応えてくれたようですよ』


「……これでひとまず、国のほうはしばらく持つだろう」


『ええ……。さらなる援軍は難しいですが、要望通り子どもたちをすぐに向かわせます』


「ああ、なるべく早く頼む」


『それでは私はこのまま、引き続きオルディスの指揮に入ります』


「……頼んだぞ」


 ティリスたちに国の防衛を任せ、ブルクハルトは通信を切る。

 その後、自分は目の前のなすべきことへと意識を切り替える。


「さあ、我々は一隻でも多く船を沈め、船の進行を食い止めろ。半数は船の妨害、もう半数は海中にいる魔物の処理に当たれ!」


 ブルクハルトの指示のもと、それぞれが動き出していく。

 彼らの目にはまだ闘志の炎が宿っていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 現状、戦況が有利に運んでいるアトランタ側では、オルディスへと向かう船の進行が絶えず動いていた。


「あとは、だれかがオルディスに乗り込めば、さらに追い詰めることができるのだがな」


「船の進行速度から察するにそれも時間の問題かと……」


「そうかそうか。僕の目的が成就されるまであと少しのようだな」


 なんの問題など生じず、すべてが思い通りに進んでいる現状にパトリックは大いに満足していた。


「クラウス、オルディスの拘束は問題ないだろうな?」


「ハイ、もちろんですとも。事前に取り付けていただいた制御盤により、オルディスを浮かせることに成功。この状況を維持するためにも、私の助手たちの手によって、しばらくは持つことでしょう」


「よし……すべてがうまくいっているな。一足早いが祝杯でも――」


 ドオオオォォン。


「――っ!? な、なんだ!?」


「これは……?」


 パトリックが気分良くしていると、突然爆発音が鳴り響いた。確認すると、爆発の発生源はオルディスに向かっていた船が爆発した音だった。


「い、いったい……なにが?」


「パトリック様! 報告です! 第三部隊が乗っていた船が大破! 報告によれば外部からの砲撃を受けたとのことです!」


「砲撃だと! いったいどこから! 人魚どもの仕業か!?」


「人魚たちは砲弾など所有していません。ですので、別の者の仕業かと思われます」


「いったいどこのどいつだ!」


 突然の事態に、パトリックが同様の顔を見せていると、更なる報告が舞い込んできた。


「東の監視船からの報告です。砲撃してきた船を発見! 数は百以上あります!」


「ひゃ、百だと!? バカな! アトランタに教会の船もあるんだぞ。そんな船に攻撃するバカなどいるはずが……」


「監視船からの追加の報告です。船に掲げられていた旗から正体が判明。敵は……バームドレーク海賊団とその傘下の海賊一行です!」


 誰もが、アトランタ優勢と思えるこの状況下、オルディスを助けるかのように颯爽と一つの海賊団がこの戦場に乗り込んできた。

 バームドレーク海賊団一行は、自分たちの存在を知らしめるかのように、さらに砲撃を放ち、次々とアトランタ軍の船を撃墜していく。

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