第213話 打つ手なし
思いがけないところでずっと行方不明になっていたアウラムが見つかった。
この事態に一同が驚愕する中、いち早く我に返った紫音は、慌てて水槽からアウラムを救出しようと動き出す。
幸い水槽自体に罠は仕掛けられておらず、ただ水槽の上に蓋のようなものが被せられているだけ。
それほど時間をかけずにアウラムを水槽から取り出し、床に寝かせる。
(……まったく動かないけど、大丈夫……だよな?)
救出したというのになんの反応も見せないアウラムを心配して紫音は恐る恐る生死を確認する。
まず口元に手を近づけ、息があるのか確かめてみると、微かだが呼吸を感じる。
弱弱しいものだったが、ひとまず生きていることが分かったので、紫音はほっと一安心した。
「大丈夫だ……。生きているぞ」
「ほ、本当か……」
「……ああ。でも、かなり弱っているみたいだ。いったん治癒魔法をかけて様子を見るぞ」
アウラムの意識を取り戻すために紫音は治癒魔法をかける。
「……あ、あれ?」
しかし、どういうわけか魔法が発動しなかった。
先ほど大量の魔力と氣を放出したとしても、簡単な魔法であればまだ発動できるほどの魔力を残していたというのになぜか出せないでいる。
「どうしたのよ、紫音? さっさとやったらどうなの?」
「いや……。なぜだか魔法が出せないんだよ。さっきは魔力を刀に付与することができたのに……なんでだ?」
自分の身に起きた異変に首を傾げていると、フィリアたちも確認するように魔法を使ってみる。
「ま、まさかそんな……っ!? ウ、ウソ……でしょう……。魔法どころか『血流操作』まで使えなくなっているじゃない!」
「ほ、本当だわ……。『竜化』が使えなくなっている……」
「オイ……。こんな密室で竜化なんてするなよ」
どうやらこの現象は紫音のみに限らず、この部屋にいる全員に起きているようだ。
「あ、あの……。おそらくですが……この部屋にある結界のせいじゃないでしょうか?私の精霊魔法も使えなくなっているところをみると、もしかしたら魔法や固有能力などを無力化してしまうものがこの中にあるのかもしれません」
「マジかよ……。どんだけ俺たちをここから出したくないんだよ」
もはや呆れてしまうほどの密室空間に、紫音は大きなため息を吐いていた。
「……で、どうするのよ? 回復する手段もないみたいだけど……」
「いいや、まだだ……」
魔法が使えずとも紫音にはまだ方法があった。
体に身に付けていた携帯型のバックを開け、その中に手を突っ込む。
「正直言ってあんまり使いたくなかったけど、人命がかかっているんじゃしょうがないな……」
もったいぶるような言い回しでバックの中から取り出したのは一本の小瓶だった。
「それって……ただのポーションじゃない」
「ただのポーションじゃねえよ。これは教会で造られているポーションをさらに改良したアルカディア特製ポーションだよ。効果は一般的に売られている上級ポーションと遜色ないって話だ」
「ま、待てシオンくん。なぜ君が教会が製造しているポーションのレシピを知っているんだ? まさか君たちは……」
「ああ、誤解しないでください。俺たちは別に教会の回し者でも手を組んでいるわけではないので」
「どういうことだ?」
まったく疑問が晴れないでいるエリオットに、紫音は事のあらましを伝えることにした。
現在アルカディアには、教会出身のプリーストを捕らえていることや、そこから情報を引き出し、ポーションの大量生産へと移行していることまで説明した。
「……驚いたな。まさかそこまでの技術がアルカディアにあるとは……」
「とは言っても、いまはまだ大量生産も試験段階のところなんですがね。このポーションだってそんなに持ってきてないんですよ」
「そうだったのか。そんな貴重なものを本当に感謝する」
そう言いながらエリオットは紫音に礼を尽くした。
お礼を受けた紫音は、少しだけ照れくさそうな顔をしながらポーションをアウラムの口に入れる。
小瓶に入っていたポーションをすべてアウラムの中に流し込んだ後、しばらく様子を見ることにした。
「……う……うぅ……」
少しして、小さなうめき声がアウラムのほうから聞こえてくる。
「ア、 アウラム兄さん?」
「……ん……エリオット……か?」
重い瞼を開けながらアウラムの意識が覚醒した。
エリオットはその嬉しさのあまり、涙を流していた。
「ここはいったい……。……君たちは?」
「ああ、そうでしたね。寝起きのところ申し訳ありませんが、そのことについて私からお話したいことがあります」
状況がまだ把握できずにいるアウラムに対して、エリオットは一から状況説明をした。
アウラムが行方不明になってから現在に至るまで長い話だが、アウラムはその間黙って聞いていた。
ひとしきり聞いた後、アウラムは長いため息を吐き、ゆっくりと口を開いた。
「私がいない間にずいぶんといろいろなことが起きたものだな。……まずはアルカディアの方々。貴国にはリーシアの件も含めて礼をしきれないほどの感謝をする。……そして恩人をこのような事態に巻き込んでしまって本当に申し訳ないと思っている」
お礼と謝罪、そのどちらの意味を込めながら深々と頭を下げる。
アウラムも、まだ長い眠りから起きたばかりで全快でもないというのに床に額を付けながら頭を下げていた。
「そのことは、いまは置いておきましょう。それよりも本調子でないところ失礼ですが、アウラムさんはなぜここに閉じ込められていたのですか?」
「……っ! そ、そうでした。アウラム兄さん、いったいなにがあったんだ?」
少しでも情報が欲しい紫音は、アウラムに行方不明になった経緯について説明を求める。
「……そうだな。人種とはいえ、恩人には話すべきかもしれないな」
アウラムはそう口にした後、行方不明に至るまでの全貌について語り始めた。
「時期としては、海底に棲む魔物が突如として凶暴化したという奇妙な現象が起きた頃だ」
「まだ呪怨事件が本格的に始まる前のことですね」
「今はそのような名前で呼ばれているのだな。……それで私は父上より命令を受けて調査隊を率いて、この事件を調べていたんだ」
「その話なら、父上から聞いたことがあります。ですが……特に異常はないということでしたが?」
「異常はないだと? いいや、あの調査のとき私は嵌められたんだ!」
捏造された事実にアウラムは怒りを覚えていた。
「どういうことですか?」
「あのとき問題が起きた場所に行って調査をしったのでが、その途中で調査隊の一人から不審なものがあると報告を受けて私は確かめに行ったんだ」
「もしかしてアウラム兄さんお一人でですか?」
「いいや、報告をしてきた者と一緒にだ。しかし、実際に行ってみると、特に不審なものなど見当たらなかったものだから調査隊の奴に問い詰めようとしたところ、突然後頭部に強い痛みが走り、不覚にも気絶してしまった」
「ねえ紫音、そのアウラムに報告してきた奴って……」
「ああ、おそらくグラファだろうな」
紫音たちも似たような手を使われたので、今の話を聞いてすぐさまその答えに行きついた。
「それじゃあアウラムさんは、犯人の顔とかは見ていないということですか?」
「……いいや、見たというよりも会話をしたことがあったな」
「――っ!? 本当ですか!」
「……ああ。場所はちょうどこの部屋だ。気を失い、次に目を覚ましたら拘束された状態でこの部屋にいたんだ。それに部屋の中には私だけでなく、あと二人私の前に立っていた」
ここで紫音たちは新たな情報の手掛かりを掴んだ。
二人のうち一人はグラファで間違いないないだろうが、もう一人はおそらく協力者の可能性が高い。
グラファがオルディスに潜入できたのもその協力者の手引きがあったためだと思い、情報を手に入れるために紫音たちはアウラムの次の言葉を待っていた。
「一人は……そう、彼女と同じ竜人族だった。あとの一人は……残念ながら仮面で素顔を隠していたうえに全身を覆うほどのローブを着ていたから、まったくと言ってもいいほど素性が分からない奴だった」
「やっぱり一人はあの野郎だったわね。でももう一つのほうはいったいだれのかしら?」
「……さあな。協力者ってことは間違いないと思うが、情報がこれだけだとなにも分からないな」
「あ、あの……シオンさん」
すると、後ろのほうで話を聞いていたメルティナが手を挙げながら紫音に話しかけてきた。
「私の推測ですが……そのローブの人って、神殿に侵入してきた人と同一人物ではないでしょうか?」
「……なに?」
「共通点がローブだけなので、信憑性としては欠けてしまいますが……でも、同じ海底で似た服装の人物が動いているっていうのが偶然ではないような気がして……」
「……確かに」
メルティナにそう言われ、紫音も疑念を抱き始めていた。
その疑念を少しでも晴らすためにアウラムにある質問をする。
「アウラムさん、そのローブを着た人って……もしかして女性でしたか?」
「……っ!? そうだが……よく分かったな。まだそのことは話していなかったと思うが……」
その答えを聞き、先ほどの推測の信憑性がより高まった。
「アウラム兄さん、その者たちとはどのような話をしたのですか?」
「いや、話をしたと言ってもそれほど大したことは聞いてこなかったな。なんというか、雑談ばかりだったような」
「……それは、本当ですか?」
「ああ、しかもその後は私をあの中に閉じ込め、どこかへと消えていったよ」
先ほどまで自分が閉じ込められていた水槽を目にしながらアウラムは言った。
アウラムから聞ける話もここまでのようなので、紫音はいったん話を整理することにした。
(……とは言っても新しい情報もローブの女だけだとな)
アウラムには悪いが、結局めぼしい情報を得ることはできずにいた。
それでもめげずに、さらに深堀してみるが、それでも大したことは聞けなかった。しいて言うならば、アウラムを閉じ込めた後も彼らはまったく関与しなかったわけでなく、死なせないように定期的に食事がどこからともなく送られてきているというくらいだ。
「それで、この後どうするの? なにか脱出の糸口でも見つかればと思って聞いてみたけど、全然ダメだったでしょう? このままただ黙っているのも性に合わないし、早いところ別の手を考えましょう」
あまり情報が得られず、密かにがっかりしている紫音のところにフィリアが小声でそう言ってきた。
「別の手と言っても、すぐに思いつくはずもないだろ。外との連絡が取れないうえに召喚も封じられているんだぞ」
「……そうね。せめてここに、ディアナがいてくれれば、この結界もなんとかしてくれる……っ! そうだわ!」
話の途中で突然フィリアはなにかを思い出したかのように声を上げた。
「まだディアナたちがいるじゃない!」
「なに言ってるんだ? こっちには連絡する手段がどこにもないんだぞ」
「それは向こうも同じはずでしょう。ディアナたちもこの異変に気付いている頃だろうし、助けに来てくれるはずよ」
「そういうときの対処については、神殿に向かう前に話したはずだろう。こういう不測の事態のときには、決して下手に動かず、自分の仕事をするようにって、お前が言ったはずだが……もしかして忘れたのか?」
「……っ!? そ、そうだったわね……。いやね……私が忘れるわけないじゃない……」
明らかに忘れていたという顔をしているが、それを誤魔化すために、必死に取りつくろっている。
(……まあ、フィリアの気持ちも分からないわけではないが。……ディアナたちか……あっ!)
すると紫音もフィリアとは違うが、別のことを思い出していた。
「確かに……ディアナたちもいたな」
「なに当たり前のことを言っているのよ。まさか紫音まで忘れていたわけじゃないでしょうね」
「それとは違うが……うまくすればグラファに一泡吹かせることができるかもしれないぞ」
「なによ、聞かせなさいよ」
悪い顔をしながら言う紫音に、フィリアも同じような顔をしながら訊く。
「まったくの偶然だが、おそらくグラファの野郎はディアナたちの存在についてなにも知らないはずだ。むしろアルカディアから来たのは俺たちだけだと思っている」
「そんなわけないでしょう? だって、実際にディアナたちもオルディスに来ていたじゃない」
「考えてもみろよ。いままでグラファは、オルディスから離れたところにいたんだぞ。こっちの事情なんか知る手段はなかったはずだ。それに俺たちと初めて会ったときにはディアナたちがいなかったわけだし、たぶん勘違いしているはずだ」
「……たしかにグラファはそれで騙せそうだけど、だれかに聞いたらそれで終わりでしょう。例えば、国王とか……」
フィリアの言う通り、それをされたらグラファにディアナたちの存在が明らかになってしまうが、紫音は別の予想を立てていた。
「いいや、その可能性は低いはずだ。国王たちはあまり俺たちには関心がない様子だっただろう。それに、神殿から帰還したときにした報告の中にうっかりディアナたちのことを話していなかったが、特に追及されなかっただろ?」
「……そういえばそうね」
「たとえ、グラファが国王たちに俺たちのことについて探りを入れたとしてもディアナたちの話題が挙がらない可能性がある。……そうすれば向こうを出し抜けるはずだ」
「出し抜くって言っても、ディアナたちと海賊団が動くだけでしょう。一国を相手するには少し物足りないような気もするけど……」
「それでも向こうの計画に少しでも綻びを与えられるはずだ。……それまでは俺たちは――」
そこでいったん言葉を止め、間を取ってから次の言葉を言った。
「ここでおとなしく待機だな」
「……え?」
意外な一言にフィリアは困惑した。
「待機って、それ本気で言っている? ディアナたちは動いているのに私たちはただ待っているだけなの?」
「打つ手がないんだからしょうがないだろ」
「……待機っていつまでするつもりなのよ」
「……そうだな。向こうは俺たちの始末っていうよりも監禁が目的だろうし、しばらくしたら向こうからなにかしらの行動を起こしてくるはずだ。それまでは監禁生活でも味わっておこうぜ。なかなかできない体験だしな」
のんきに言う紫音に、フィリアは盛大なため息をつきながら頭に手を当てていた。
そんなフィリアを尻目に、紫音はその場に横になり、驚くべきことに眠ってしまった。
「……エリオット、彼はいったいなにをしているんだ?」
「ええと、それは……」
「……ハア。あなたたち紫音もこの調子だし、私たちも今日はおとなしく休むとしましょう」
動く気すらない紫音に落胆するものの、フィリアたちも疲労が溜まっていたので、今日のところは紫音に倣っておとなしく休息をとることにした。
そして、この日をもって紫音たちの監禁生活が始まったのであった。
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