第10章 カルマーラ戦争編
第214話 アーティファクト所有者
紫音たちが監禁生活を
誰もが奔走する中、アトランタ王宮にある軍事会議室では、上層部の人間がこぞって集まっていた。
一室にはアトランタの国王代理であるパトリックとその側近のコーラルの姿だけでなく、アストレイヤ教会の支部長を務めるグラハムに聖杯騎士のローンエンディアの姿もあった。
彼らは近々仕掛けるオルディスとの戦争に向けての作戦会議をするためにこうして王宮にまで足を運んで集まっていた。
そして会議が始まるや否やまず声を上げたのはグラハムだった。
「殿下! これはどういうことですか! 我々教会の援助を無下にして、なぜ作戦を前倒しにする必要があるのですか! あなたは教会をいったいなんだと思っているんですか!」
「理由については連絡したはずだろう。どういうわけか、こちらの情報がオルディス側に漏れているそうだ。まったく、いったい何者の仕業だ? ……しかし奴らも、決行日までは知らないはずだ。だからこそ、奇襲の意味を込めて作戦を前倒しにする必要があるんだ」
パトリックは、情報が漏洩しているこの状況において、様子を見るのではなく、早急に戦争を仕掛けるつもりでいた。
「し、しかし……ですな。あと半月もすれば、教会からの支援が大幅に追加されるのですぞ。最低でもその日を待ってから仕掛けるのが得策かと……」
「甘いぞ、グラハム神官長。のんきに教会の支援を待っている間に奴らが強固な防壁を張ってきたらどうするつもりだい? その時間を与えるくらいならこちらから打って出たほうが得策ではないですか?」
自分が出した提案を逆に返されてしまい、グラハムは思わず唇を噛む。
「み、みなさんはどうお考えなのですか? まさか、パトリック殿下の考えに賛同しているのではないでしょうね?」
パトリックの考えを変えさせるのが困難だと分かった途端、グラハムは標的を大臣や貴族たちに変える。
「残念ですが、私たちは陛下のお考えに賛同しております」
「ええ、陛下の素晴らしい機転に文句をつけるなど、教会の者といえど不敬ですぞ」
などと、アトランタの上層部の者たちはみな、パトリックの意見に賛同している様子だった。
しかしこの反応にグラハムは怪訝そうな顔を浮かべる。
(ここにいる者たちとそれほど交流はないが、これはおかしい。国王は病に臥せっているだけで現在の殿下はただの『国王代理』のはず。……なのにこの者たちはすでに殿下のことを『陛下』と呼んでいるではないか)
通常、陛下という言葉は、この国の王のことを指す言葉である。
それだというのに、国王代理のパトリックを早々に陛下と呼んでいるこの状況にグラハムは違和感を覚えていた。
(まさかこの者たち……殿下と裏で結託でもしているのか? よく見れば現国王に仕えていた者たちの姿も見えない。……つまりはそういうことか)
パトリックは、自分に従順な者を傍に置き、それ以外は排除しているのではないかとグラハムは考えた。
否定しようともしたが、この状況がすべてを物語っていた。
「グラハム神官長、もうよいではないですか」
「ロ、ローンエンディア卿……」
それまで静観していたローンエンディアが、グラハムたちの会話に突然割って入ってきた。
「パトリック殿下も作戦を前倒しにしてもなお、勝算があると踏んだから、このような決断をしたはずです。まさか無策でこのような事態を引き起こしたのではないでしょうね?」
疑ってかかるような言い回しをしながらパトリックに問いかける。
「ええ、もちろんですとも」
「それでしたら、後日教会から追加される戦力についてはどのように補填するつもりなのですか? あの中には私たちほどではありませんが、選りすぐりの騎士やプリーストがこの戦いに投入されるはずだったのですが……」
「それについては問題ありません。本来であれば、教会からの支援で事足りたので最初から除外していましたが、今回の非常事態を受けて彼女の助力を求めることにしました」
そう言いながらパトリックは、横にいるコーラルに目を向ける。
「その者は確か……呪術師のコーラルさんでしたかな?」
ローンエンディアに呼ばれ、コーラルは一礼をしてから口を開いた。
「覚えていただき光栄です、ローンエンディア卿。先ほどパトリック陛下が言っておりましたが、教会からの追加支援の代わりに私がそれを補填するつもりです」
「ほう、簡単に補填するなどと言っていますが、本当にできるのですか? 教会からの支援が到着すれば今の二倍の戦力の増強が望めるというのに、それを棒に振るうほどの力があなたにあると?」
「ローンエンディア卿は覚えていらっしゃいますでしょうか? 以前、お見せした呪印生物を」
「ええ、もちろん。あれのおかげで、ずいぶんと人魚たちを引っ掻き回しているそうですね」
「その呪印生物には、寄生したものを呪いに侵すだけでなく、それを媒介にして、私の意のままに操る能力もあるのですよ」
「っ!? それは……本当のことですか?」
コーラルの言葉にローンエンディアは信じられないといった顔をしながら訊き返した。
「今のはすべて、嘘偽りのない話です。現状、人魚たちの手によって呪い状態にある魔物たちも処理されてしまい、減少しているようですが、問題ありません。今でも呪印生物たちを海へ放流しているので、それほど数は減っていないかと……」
「具体的にどれほどの数の戦力が望めるのでしょうか?」
「そうですね……大小問わずですと、千か……二千ほどになるでしょうか」
「……なるほど、それは頼もしい限りです」
「彼女には今後も呪いの被害を広範囲に拡大させるためにも、あまり表に出したくなかったのですが、こうなってしまっては致し方ありません」
残念そうな顔を見せながらパトリックは言った。
「ふむ、戦力の件については承知したが、まだ問題があるぞ」
一つ問題が解決したところで、今度はオーロットが新たな問題点について指摘する。
「人魚たちをどのようにして、戦うつもりなのだ? 水中戦になると以前の話し合いのときに出ていたから、急いで本部に連絡して水中戦に適した魔道具を人数分用意させた運搬しているというのに……前倒しにされてしまっては戦う術がないのではないか?」
「その件についても問題ありません。今回は完全に私の独断で決行させていただくので、こちらも出し惜しみせずに挑むつもりです」
「……っ?」
自信満々にそう言ってのけるパトリックに、オーロットは怪訝そうな顔をしながら首を傾げる。
――コンコン。
すると、部屋の外からドアをノックする音が突然聞こえてきた。全員がその音がする方向へ目を向ける中、パトリックはニヤリと口角を上げながら小さな笑みを見せる。
「どうやら来たようだな」
「来た……とは?」
「先ほどの問いに答えてくれる人物が来たということです。……入室を許可する。入れ」
パトリックの呼びかけに応じて、部屋のドアが開かれる。
ドアの向こうから現れたのは、長髪の若い男性だった。彼は白衣のローブに身を包み、両手には装飾品が散りばめられた魔導杖を携えていた。
「紹介しよう。彼は我が国の宮廷魔導師であるクラウスだ。今回彼には、人魚たちをこちらの戦場に誘い込むという大役を与えている」
「戦場に誘い込む……ですか。人魚を相手にずいぶんと大きなことを言っていますね。もしそれができるなら、こちらとしても戦況を優位に運べるので好都合なのですが、本当にそのようなことができるのですか?」
できるはずがないと、タカを括っていたオーロットはクラウスに問いかける。
「彼は宮廷魔導師であると同時にアーティファクトの所有者でもあります。これだけ言えばもうお分かりですよね?」
アーティファクトの所有者。
その一言だけでローンエンディアとオーロットを納得させるほどの材料となり得ている。
アーティファクトは大昔の大戦で使われた遺物の名称であり、それ一つで一国を滅ぼすほどの力があると言われている。
そのためパトリックが自信を持って言っているのであれば、アトランタにあるアーティファクトにはそれを実現するほどの能力を有していることになる。
「ちなみにですが、アーティファクトというのは彼が持っている魔導杖のことですか?」
「ええ、その通りです。あれこそが我がアトランタが保有するアーティファクト――『
「国の要まで投入するとは、相当な覚悟を持っているようですね。それで、そのアーティファクトにはどのような能力が秘められているのですか?」
「申し訳ないが、これは国の機密情報なのでね。たとえ教会でも教えることはできないのだよ」
アーティファクトの性能については非公開のようで、パトリックは心苦しそうな顔をしながらそう断りの言葉を入れる。
「ただ一点だけ言えることは、このアーティファクトがあれば、世界の法則に介入することができるとだけ言っておきましょう」
「それはまた……興味深い話ですね」
「あとは、戦争が始まれば嫌でも見れますので、アーティファクトについてはこの辺で」
そう言いながらパトリックは、これ以上話を膨らませることなく、作戦の修正についての話へと移行させた。
それから数時間、新たにクラウスを交えて作戦会議が続き、ようやく細部までまとまったところで会議はお開きとなった。
「では、みなさん。早急に準備に取り掛かってください。それと、覗き見ている奴らがいるようなのでくれぐれも内密に進めてくださいよ」
念を押すように作戦の秘匿化を知らしめる言葉を最後にして、今日のところはここで解散することとなった。
各々が部屋を出る中、一足早く部屋の外に出ていたローンエンディアとオーロットは、王宮の廊下内で今後のことについて話をしていた。
「さすがは海運都市であるアトランタですな。これほどの大国ともなれば、やはりアーティファクトの一つや二つ持っていて当然ですか。アーティファクトなんて初めて見ましたよ」
「そのようですね、私もアーティファクトを見るのは初めてです」
初めてアーティファクトを目にしたオーロットは、自身の聖武器を眺めながら言う。
「……教皇様より賜れた聖武器とどちらが優れているのでしょうか?」
「確かアーティファクトと比べて劣っているという話を聞いたことがあります。まあ私自身、比較したことがないのであまり信じてはいないのですがね」
「そう言われると、一度アーティファクトの所有者である彼と一戦を交えてみたくなりますな」
「今回の件が無事に終わったら提案をしてみてはどうですか? ……それよりも、一つ気になることがありますね」
先ほどの会議の中でローンエンディアの中では解せないことがあったらしく、オーロットにその話を振る。
「どこかおかしなことでもありましたか? 確かに作戦の前倒しには驚きましたが、それもアトランタが補ってくれるということで納得したではありませんか?」
「それではありません。私が言っているのは正体不明の第三者のことについてです」
ローンエンディアは、アトランタの情報を盗み、それをオルディスに流している人物について気になっていた。
「第三者ですか……。それはオルディス側の人魚ではないのですか? もしくは他の国の人魚の仕業という線もありますが」
「あの王子もその辺は警戒していたはずです。仮に人魚の仕業であるならあの場で明言するはずです。……だというのに、先ほどの話では人魚の話題が出ないばかりか、何者かの仕業であるような口振りをしていたところを見ると、おそらく人魚の仕業ではないのでしょうね」
「し、しかし……仮に第三者の仕業だとして、いったいどこのだれが? それもなんの目的で……」
オーロットの疑問に答えるためローンエンディアはある仮説を口にする。
「オーロット、あなたはエルヴバルムという国をご存じですか?」
「……確か、ここより遠く離れたエルフの国の名前ですよね」
「あの国でも最近、隣国の人間の国との戦争があったそうです」
「国家間の戦争ですか。その話でしたら前に聞いたことがありますが……それがなにか?」
「そのときの戦いではエルフの国が勝利を収めたということですが、その勝利には第三者の介入があったからだという噂が流れているのです」
「……そうなのですか?」
その噂については初耳だったらしく、オーロットは尋ねるようにローンエンディアに訊く。
「ある噂ではその戦いでドラゴンを見ただとか、その他にも空から魔物が降ってきたなど、にわかには信じられない話が飛び交っています」
「どれも嘘のような話ですね。……もしかしてローンエンディア卿は、今回もその者たちが関わっているとお考えなのですか?」
「なんの証拠もなく、ただの勘ですけどね。……ですが用心するに越したことはありません。話を聞く限り、その第三者というのは私たち教会の敵になり得る存在となるかもしれません。もし今回の戦いに、その者たちが現れるのなら早急に潰しておかなくてはなりませんね」
「その通りですね。肝に銘じておきます!」
ローンエンディアの話を聞き、意気込む姿勢でいるオーロットに反して、ローンエンディアは少しだけ暗い顔を見せていた。
正体不明の第三者ということで、それ以外の情報はなにもなく、どこの組織か国のものなのかも判明していない。
まるで霧のように隠されている第三者という存在に彼女は脅威を感じていた。
しかし教会のため、ひいては主神であるアストレイヤに報いるためにローンエンディアはすぐさまその考えを払拭した。
多少の一抹の不安を抱えながらも彼女たちは人魚との戦いに向けて準備を進めるのであった。
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