第198話 酒場での乱闘

 グリゼルから発せられた挑発にまんまとハマった海賊たちは、その挑発を買い、全員でグリゼルたちに襲いかかってきた。


「オレのケンカを買った代償は高くつくぜ……。あとで後悔しても知らねえぞ!」


 うれしそうな声色でそう言うと、グリゼルは収納魔法を発動させ、空間に穴を開ける。その穴に手を突っ込むと、ごそごそと音を立てながら身の丈以上ある大剣を取り出す。


「――ッ!?」


「オラアァァッ!」


 取り出した大剣を振りかざし、突貫してくる海賊たちに向けて大剣を横薙ぎに振りまわした。


「ぐあああぁっ!?」


 海賊たちは、たとえ大剣に当たらずともその剣圧に負け、酒場の天井にまでまとめて吹き飛ばされてしまった。

 ……そして、


「ぐえっ!?」


 一度天井にまで吹き飛ばされた海賊たちは、そのまま重力に逆らうこともできず、ドンという重い音を次々と鳴らしながら床へと激突していく。


「……さあ、次の奴……来いよ」


 相手を手招きするような動きをしながらグリゼルは再び海賊たちに挑発をかける。


「数じゃあこっちが上なんだ。一気に畳みかけてやれ! ついでにツレのヤツラもまとめてやっちまえ!」


 その言葉の通り、今度はグリゼルだけでなく、ディアナとヨシツグにも海賊たちが牙をむく。


巻物スクロール――発動!」


 後方にいた海賊二人が同時に巻物スクロールを取り出し、その中に込められた魔法を解き放つ。


「……っ?」


 巻物の封印が解かれると、ディアナに足元に光の鎖が出現し、瞬時にディアナを拘束する。さらにそれに加えて、もう一つの巻物も発動すると、ディアナの体が急激に重くなり、思わず膝をついてしまう。


「ほう……これは、なかなか……。中級程度の拘束力のある魔法に重力魔法によるさらなる行動の制限とはな……」


「へへへ、どうだ! かなりの金をつぎ込んで手に入れた巻物だが、これでこの女は身動きがと取れないはず。……あとは、オレたちにケンカを売るとどうなるか、その体に教え込んでやらないとな……」


 なんとも下卑た笑みを浮かべながらディアナを捕らえた男二人は、ゆっくりとディアナに近づいていく。

 しかしディアナは、この状況でも狼狽えることなく、自分にかけられた魔法を観察するようにじっと見つめていた。


「……ふむ。こんなもんかの?」


 おもむろにディアナがそう口にした瞬間、ディアナを拘束していた鎖がパリンという音を立てながら砕け散り、重力魔法までもが、無力化されてしまった。


「なっ!?」


「バ、バカな……。い、いったい、どうやって?」


 抜け出すことなどできるはずもないとタカを括っていたためか、無力化されてしまった現状に驚きを隠せずにいた。


「中級程度の拘束魔法なら数十秒もあれば、術式そのものを破壊することなど造作もないこと。重力魔法にいたっては、儂も一応使えるからの。今喰らっている重力とは逆の重力を当てることで相殺することができるんじゃよ」


「そ、そんなこと……できるわけ……」


「じゃあ、お主らも喰らってみるか?」


 ディアナの言ったことを素直に受け止められずにいる海賊たちに、ディアナは小さく口角を上げながら手を前に出す。


「《グラビドン》」


「ガハッ!?」


 ディアナから放たれた重力魔法を喰らい、海賊たちは床へと崩れ落ちた。


「儂を屈服させたいなら未知の魔法でも使うんじゃな。そうすれば、少しは勝機もあるかもな」


「ひ、怯むんじゃねえ! まだこっちが負けたんじゃねえんだぞ!」


「オオォォー!」


 グリゼルとディアナの常人離れした力を目の当たりして、怖気づくかと思いきや、まだ戦意は残っているようだ。

 今度は、まだ戦闘に参加していないヨシツグに複数の海賊たちが攻撃を仕掛けてきた。


「……ようやく私の番か。私が最後とは、ずいぶんと舐められなものだな」


「なに、ごちゃごちゃ言ってんだ!」


 余裕の表情を浮かべているヨシツグは、向かってくる海賊たちの攻撃を次々と紙一重で躱していく。


「クソッ! なんだこいつ! ぜんぜん当たらねえ!」


「なにやってんだよ! ……こうなったら同時に攻撃するぞ!」


(まったく……敵の前で手の内をさらすような真似をべらべらと……)


 あまりにも馬鹿げた行動をとる海賊たちに辟易へきえきしながらヨシツグは腰に下げた刀に手を伸ばす。


(いや、この程度の奴らならわざわざ抜く必要もないな。むしろ抜いてしまえば殺しかねん。……なら、ここは)


 ヨシツグは鞘に納めた状態の刀を取り出し、海賊たちの攻撃を再び躱しながら、その内の一人のみぞおちに鞘の先端部分を勢いよく突き立てる。


「――グエッ!?」


 モロにヨシツグの一撃を喰らった男は、床にうずくまり、しまいには気絶してしまった。


「……」


 一瞬の出来事を前にして、海賊たちは当然のごとく唖然としたまま攻撃の手を止めてしまっていた。

 その好機をヨシツグが見逃すはずもなく、続けざまに海賊たちのみぞおちに先ほどと同じように刀を突き立てていく。


「――っ!?」


「これで終わりか……? はあ、情けない……」


 たったの一撃で向かってきた敵を戦闘不能状態にさせてしまい、敵の軟弱さにヨシツグは思わずため息をついた。


「……ま、まだだ! こんなあっさりとオレたちがやられてたまるかよ!」


 まだディアナたちと自分たちとの力量差が分かっていないのか、海賊たちは果敢にディアナたちに挑んでいく。

 しかし、この場にいる海賊たちの中にディアナたちの相手をできるほどのレベルを持っている者などいないため、次々とやられていく。


 そして、ものの数分で大量にいた海賊たちがディアナたちの手によって全滅させられてしまった。


「……なんじゃ? もうおしまいか?」


「あっけないものだな……」


「オマエらな……」


 戦いに勝利して本来なら喜ぶべきところなのだが、なぜかグリゼルは不満そうな顔をしている。


「なんで全員倒しちまったんだよ! これじゃあデュークの居場所を吐かせることができないだろうが!」


 そう言うグリゼルの周りには、ディアナたちの手によって気絶させられた海賊たちの姿が転がっていた。

 当然のことながら、この状態で情報を聞き出すことなどまず無理だろう。


「お主にだけは言われたくないのう。……というより、お主のほうが儂らよりよっぽどひどいことになっているように見えるのじゃが?」


「……確かに。グリゼル殿が派手に暴れたせいで、あちこちに被害が出ているな」


 もう一度、周囲を確認してみると、海賊たちが転がっているほかに、穴の開いた床、破損したテーブルにイス、料理に至るまで見るも無残な光景となっていた。

 それに引き換え、ディアナとヨシツグは、極力周囲への被害が最小限に済むように戦っていたためか、目立った損傷はない。


「くっ! と、とりあえず、この後どうするか考えねえとな……」


 痛いところを突かれ、バツが悪くなり、慌ててグリゼルが話題を逸らした。


「オイ、アンタ」


 手詰まりとなったこの状況の中、グリゼルたちは何者かに声を掛けられる。


「……あっ」


 声のするほうへ振り替えると、そこにはこの酒場の店主の姿があった。

 体にケガがないところを見ると、どうやら先ほどの戦いに巻き込まれずにいたようだ。


「悪いな、店をこんなにさせちまって。……足りるか分からねえが、これは詫びの印だ」


 そう言いながら、グリゼルは硬貨が詰まった袋を店主の前に差し出す。


「別に催促したつもりじゃないんだが、一応貰っておくよ。……それよりも、アンタ名前は?」


「……? グリゼルだが……それがどうした?」


 どういうわけか店主はグリゼルの名前を訊いてきた。

 質問の意図が分からないままグリゼルが答えると、店主は目を丸くさせながら驚きの顔を見せた。


「……まさか、本当にいたとはな」


「なんだ? オレのこと知っているのか?」


「よぉく知っているよ。この酒場は俺のご先祖様が切り盛りしていて代々引き継がれてきたんだが、店とは別にある話も代々引き継がれてきたんだよ」


「……?」


「大昔にバルトロっていう大海賊がいてな、バルトロの海賊団も含めてこの酒場の常連客だったんですよ。バルトロが率いていた海賊団には大勢の船員がいたのですが、その中にはバルトロの右腕と恐れられた男がいました。その人は長生きで何百年も生きられるから、たとえバルトロの海賊団がいなくなったとしても運が良ければ遠い未来にまたこの場所に立ち寄ってくれるだろう、という話が代々語り告げられてきました」


 初めて聞く部分もあるが、つい最近どこか聞いたような話だ。


「その男は大柄で黒い大剣を振りかざし、一騎当千の力で敵をほふってきたという逸話があるとも聞いたが……」


 店主は改めてグリゼルの手にある大剣を見つめる。


「アンタのことだったんだな。まさか俺の代で再開できるとはな……」


「……へっ、まさかこの時代にまでオレの名前が轟いているとは驚きだ」


 店主の話がうれしかったのか、満更でもない顔をしている。


「……グリゼル殿が右腕だと? 不安だ……」


「まあ、粗暴の悪い海賊の中でならあり得る話じゃな……。グリゼルも腕っぷしだけはあるからのう」


「自分たちに大それた伝説がないからって、ひがむなよ」


「それでですね、グリゼルさん。あなたたちはデュークさんに用があるんでしたっけ?」


「……ん? その通りだが、心当たりでもあるのか?」


「ええ、それはもちろん。ここの常連ですので。ついでに言うと、彼らがいまどこにいるかも知っていますよ」


 思わぬところで有力な情報を掴むことができた。

 驚きのあまり、グリゼルは前のめりになる。


「ほ、本当か!?」


「ええ。少し前までならちょうど遠出していたときなので、会うこともできなかったでしょうが、いまはここに滞在しているので会うことも難しくはないと思いますよ」


「そ、そうだったのか……。それでいまそいつらはどこに?」


「それですが、残念ながら彼らはいま、船の上にいるはずですよ」


「……っ!? まさか、もう出ちまったのか?」


「いえ、そうではありません。船員の育成ということで近くの無人島に行っているだけです。出港したのが一週間ほど前のことでしたので、そろそろ戻ってくるかと……」


 間の悪いことにデュークらはアトランタにはいないようだ。

 店主の話では、近日中に帰港してくるという話だが、グリゼルたちにはその時間すら惜しい。


「悪いが急用なんだ。その無人島の場所を教えてくれ。あとはこっちでなんとかするから」


「ええ、グリゼルさんがそう言うなら別にいいですが……。ですけど、島に行くなら気を付けてくださいね。その島や近くの海には凶悪な魔物が生息するという話ですから。それにいまは魔物が狂暴化して海が荒れているとも聞きますから海に出るなら注意してください」


 そう言いながら店主は、一枚の紙にデュークたちがいる無人島の位置を示す地図を書き出していく。


「大まかなだが、これは無人島までの地図だ。気をつけてな」


「おう、ありがとうな。また来るよ」


 店主から地図を受け取り、無人島に行くために挨拶しながら酒場を出る。


「……そうだ! 一つ言い忘れていたことがありました」


「……? なんだ?」


「あなたたちが探しているデュークですが、その人バルトロの子孫ですよ。なんの用があるのかは知りませんが、グリゼルさんのことを知れば話しぐらいなら聞いてくれるかもしれませんよ」


「――っ!? そうか……」


 たった一言、そう言い残しながら酒場を出ていった。

 最後に飛び込んできた事実に驚きながらもグリゼルたちはデュークの海賊団を追いかけるのだった。

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