第199話 海賊デューク
酒場の店主から海賊デュークの居場所についての情報を入手したディアナたちは、さっそくその場所へと足を進めることにした。
人気のない場所に隠していたシードレイクに乗り、店主から貰った地図と睨めっこしながら進むこと丸一日。
大分アトランタから離れたが、お目当ての島には、まだその姿すら見えずにいた。
「ふあ~、どうだ……? そろそろ着いたころか?」
シードレイクの背中の上で寝転がっていたグリゼルは、大きなあくびをしながらディアナに問いかける。
「……周りを見てから、ものを言うんじゃな」
グリゼルの質問に対して、ディアナはそっけない対応で返した。
心なしか、ディアンの言葉にはどこかトゲがあるようにも聞こえるが、それも仕方ないこと。
周りを見渡せば、一面に広がる海面。
島の一つすら見当たらない状況の中で、舵をディアナたちに任せ、ろくに仕事もせずに居眠りしていたグリゼルにあのようなことを言われれば、イラついてしまうのも無理はない。
「しっかし、ぜんぜん着かねえな。……いっそのこと竜化してひとっ飛びでもするか?」
「その手段もあるが……その場合、シードレイクらはどうするつもりじゃ? 此奴らはシオンからの借りものじゃから、離れている間になにかあったらシオンに合わせる顔がないじゃろ」
「それに、この海蛇たちが遅いわけでもあるまい。私の見立てではそこらの船よりは断然速いほうだと思うが?」
自分が出した提案を二人に却下され、グリゼルは若干、意気消沈気味になった。
「しかし岩窟島か……。懐かしいな」
「なんじゃ、お主来たことがあるのか? ああ、そういえば昔、海賊をしていたと言っておったな。そのときにでも来たのか?」
「……まあな。あそこは魔物の宝庫で、島の特性なのか、強力な魔物がわんさかいたな。……その島は海賊たちが戦闘訓練を積むのに適した環境でもあって、新人の教育や戦闘の勘を鈍らせないためによく利用していたもんだ」
「ほう、それはなかなか。面白そうな島じゃな」
知識欲でも働いたのか、グリゼルの話にディアナは、口元をにやけさせていた。
「今はどうなっているのかは分からないが、まだ利用しているヤツがいるってことはそんなに変わっていないんだろうな」
「……っ!? ディアナ殿、グリゼル殿、前方になにか見えてきたぞ」
進路をディアナに任せ、周囲の警戒に徹していたヨシツグが、なにかを発見したようだ。
二人でヨシツグが指した方向へ目を向けると、まだ小さいが、島のようなものが視界に映っていた。
「……うむ。方角からして、あの島で間違いないじゃろうな」
どうやら前方にある島が目的の島だったようだ。
ディアナは何度も地図を確認してから言っていた。
島が見えてからというもの、体力を温存する必要もないのでシードレイクの速度をさらに上げ、島までの距離をどんどんと詰めていく。
そして数分も進めていけば、島の存在が大きく感じられるほどの距離に近づいた。
「……ん?」
島まであと少しというところで、ヨシツグはまたなにかを発見した。
「二人ともちょっと見てくれ。なにやら大きな船が何十隻もあるように見えるが、どれがデューク殿の船なのだ?」
再び前方に目を向けると、確かに島の浜辺付近には数多くの巨大船が並んでいた。
「……さあな。オレたちはデュークってヤツがどんな船に乗っているのか分からねえからな。しらみつぶしに探ししかねえな」
「あのうちのどれかはもしかしたら傘下の海賊船の可能性もあるじゃろうな。……それにしても、大きいのう」
まだそれほど近づいていないというのに、前方にある船があまりにも大きく見える。
「……ん? 今度はなにか騒いでいるようだな……」
「……ありゃあ、こっちを指さして騒いでいやがるな。向こうさんもこっちに気づいたようだぞ」
「なんじゃ、まだ遠いというのによく見えるのう」
「へへ、目がいいもんでな」
などと、軽口を叩き合っているが、状況的には少しマズイ。
もし向こうが、こちらの話に耳を傾けずに攻撃でも仕掛けてきたら、海の上では逃げる術がない。
「……どうする? このまま進むか? それとも向こうの出方を見て、ここは様子見とするか?」
ヨシツグはその懸念が頭にあるせいか、そう言いながら二人に答えを求める。
「……ふむ」
「いや、ここは進むべきだろう。まだ砲台を出していないところを見ると、向こうもどう出ればいいか迷っているはずだ。……こっちのペースに乗せれば少なくとも攻撃はしてこないな」
「……そうじゃな。ここはグリゼルの提案に乗るしかないようじゃな。どのみち、話し合う流れに持ち込まなくてはこちらの目的も叶いそうにないからのう」
満場一致でグリゼルの提案通り、島のほうへと全速前進することとなった。
そのまま突き進み、何十隻もの船が密集している場所へと近づいた後、グリゼルは立ち上がりながら大声で呼びかけた。
「オイッ! アンタところの大将に話がある者だ! ドンパチをやりに来たんじゃねえから大将に会わせてくれねえか!」
なんとも横柄な態度での申し出に船にいた船員が戸惑う中、一人の男が甲板から出てきた。
「だ、大船長!? どうしてこんなところに?」
「あんなヤツに会う必要ないですよ」
「別にいいじゃねえか。向こうはたったの数人で来たんだろう。少なくとも話がしたいっていうのは本当だろうしな」
そう言いながら大船長と呼ばれた男は、船首からグリゼルたちがいる海面へと顔を覗かせる。
「ずいぶんと威勢のいい奴だな……オイ」
「……オマエさんがデュークってヤツか?」
「ああ、お察しの通り俺がバームドレーク海賊団の船長――デュークだ。以後お見知りおきを」
グリゼルたちの前に現れ、デュークは自己紹介をしてきた。
(ほう……あいつが……)
お目当てのデュークを一目見たグリゼルは、それだけで只者ではないと感じ取れた。
太陽に照らされ輝きを見せる銀髪に無精ひげを生やしているが精悍な顔立ち。
体は大きく、服の上からでも屈強な体つきをしていることがよくわかる。
「これはご丁寧に……。そうだな……オレはアンタのところのご先祖様――バルトロと一緒に海賊をやっていたグリゼルだ。よろしくな」
グリゼルがそう名乗った瞬間、船からざわつくような声が聞こえてきた。
「グリゼルっていやあ、大昔にいた有名な海賊だろ。……本物か?」
「ンなわけねえだろ。どんだけ昔の話だと思ってんだよ!」
「どうせ、ホラだろ。相手する必要ないって……」
海賊の間でグリゼルの名前は通っているものの、あまりにも大昔に活躍していたせいで、だれも本人だとは信じていない様子だった。
「悪いがアンタの言うことを素直に信じるほど俺もバカではないんでね。俺の興味を引きたいならもう少しおもしろい冗談を言うことだな」
「どうも向こうはお主の言うことを信じていないようじゃぞ」
「だが、グリゼル殿が長命な種族だということは子孫であるあの者が知らないはずがなかろう」
「……単に知らされていないだけか、オレの名を騙ってあいつに取り入ろうとしたヤツがいたせいで、最初っから疑っているかのどちらかだな」
雲行きが怪しくなってきたこの状況の中、ディアナとヨシツグがこの局面をどう乗り切るか思案を巡らせていると、グリゼルがある行動に出る。
「それにしても……さっきから、上からものを言いやがって……ムカつくな……」
「お、おい……なにを言っておるのじゃ、グリゼル?」
突然発したグリゼルの突拍子のない一言にディアナとヨシツグは目を丸くさせていた。
「だってそうだろ。こいつもそんなに小さいわけじゃねえのに、むしろ大型の魔物だというのに、あの船よりも小さいんだぜ」
グリゼルの言うようにデュークたちが乗っている船は、はっきり言ってシードレイクよりもはるかに大きい。
大型魔物であるシードレイクに乗っているというのに、デュークたちの船があまりにも大きいため、さっきからグリゼルたちは顔を上げながら話していた。
「……よし決めた! やっぱり話をするならオレと同じ目線でやらないといけないな。……いや、どうせならこっちが上でもいいかもな」
するとグリゼルは、なにを考えているのか、急にドラゴンの姿へと竜化し、デュークたちが乗る船を見下ろしながら再び話しかける。
「言っておくが、オレがさっき言ったことに噓偽りはない。見ての通り、オレは竜人族だ。人よりも大分長生きなものだから、この時代に生きていても不思議じゃないだろう?」
竜化したグリゼルの姿にバームドレーク海賊団の船員たちの額に冷や汗が流れる中、デュークは毅然とした態度をとっていた。
「……どうやらお前さんの話は本当だったようだな」
「ほう、これだけで信じてもらえるとは、もっと早くに竜化していればよかったな」
「俺の一族の中でアンタのことは代々語り継がれてきましたからね。長命だということやドラゴンだということもね」
「なら、話は早い。そろそろオレたちの話を聞いてもらおうかな?」
「おっと、そいつは待ってくれねえか」
誤解も解け、本題へと入れるかと思いきや、デュークがそれを止める。
「……なにか問題でもあるのか?」
「問題ってほどじゃないが、お前たちの話を聞く義理が俺たちにあるのかって話だ」
「お前とは浅からぬ関係があると言っても無駄か?」
「ああ、そうだな。俺のご先祖と深い関わりがあっただろうが、俺には関係のないことだ。……違うか?」
「……そうか。こういう切り口で話まで持ち込むことができればと思ったが、ムダだったか。……なら、どうすればいい?」
「ここは海賊らしく戦って決めようじゃないか。勝ったほうの言うことを聞く、いわゆる決闘というやつだ」
「……ほう、そいつはオレ好みの提案じゃねえか」
突然、デュークから持ち込まれた決闘のお誘いにグリゼルは目を輝かせていた。
バルトロの子孫であるデュークと戦うことができるというグリゼルが密かに願っていた展開へと発展し、グリゼルはその提案に胸を躍らせていた。
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