第197話 海賊たちを探して
情報屋のヘンドリクセンのもとから離れ、グリゼルの提案により、急遽海賊たちを仲間に引き込んでしまおうという展開へと発展した。
困惑するディアナとヨシツグとは対照的に、グリゼルはなにかアテでもあるのか、先導しながらアトランタの街並みを闊歩している。
「……ま、待て! グリゼル!」
さすがにこの展開を予想していなかったディアナはたまらず、グリゼルを呼び止めるように声を上げる。
「ん? なんだ?」
「お主、本当に海賊どもを仲間にするつもりか? 確かに頭数が増える点で言えば、戦局を有利に運ぶことができるかもしれぬが、リスクのほうが大きすぎる。人魚と同じ神を信仰していると言っても所詮は犯罪者のようなものじゃろ」
「私もディアナ殿の意見に賛成だ。海賊について私は知らないが、先ほどの話だけで推察するに、世間のはみ出し者たちが集まった連中なのだろう? 素直に仲間になってくれるわけもないし、なにより信用ならん」
ディアナとヨシツグ、両者にはそれぞれ不安材料があり、グリゼルの提案を受け入れられずにいた。
「……散々な言い様だな。まあ、なにも知らない連中からすれば、そう見られても当然か。……よし! 一つ昔話をしてやろう」
「……?」
なんの前振りもなく、突然始まることとなったグリゼルの昔話。
あまりの急展開に思わずディアナとヨシツグはお互いの顔を見合わせるのであった。
「あれは、オレがドラガイア王国を出て放浪の旅に出ていた時の話だ。あの時は放浪の旅が始まってかなり長い年月が経っていたんだが、なんだか旅もマンネリ化して退屈な日々が続いていたんだよ。……それで刺激を求めて彷徨っていた時に海賊と出会ったんだ」
「……海賊についてずいぶんと熱心な態度を見せていたようじゃが、過去に海賊との親交があったからあんな態度をとっておったんじゃな」
「だいたいその通りだな。当時はオレも海賊については小耳に挟んだ程度の知識しかなかったんだが、ここで会ったのもなにかの縁と思って、その海賊船に乗り込んでみたんだ」
「見知らぬ船にいきなり乗り込むとは……グリゼル殿は肝が据わっているな」
グリゼルの物怖じしない行動にヨシツグは感心すらしていた。
「まあ案の定、いきなり現れたものだから敵だと思われて戦う羽目になったんだがな」
「……当然じゃろうな」
「だが、グリゼル殿のことだから、一瞬で敵を討ち取ったのだろ?」
竜人族の強靭的な身体能力に加え、戦闘経験豊富なグリゼルならば楽勝だったと思い、ヨシツグはそのような質問を投げかける。
しかしグリゼルは、首を縦に振らず、横に振りながら答えた。
「いいや、それは違うな。大半の連中は一瞬で終わらせたがただ一人だけ、その船の船長には思いのほか粘られてな……。決着がつけずにいた」
「お主がそこまで苦戦するとはな……」
「そのときは、向こうに合わせて竜化はせずに人型で戦っていたんだが、それでもオレといい勝負をしていた。……まあ、最終的にはこれ以上やると船が大破してしまうってことで勝負は一時中断になったんだがな」
「……それはそうじゃろうな」
「……で、勝敗は先送りになっちまったが、その後船長と意気投合して、しばらくの間その船に置いてもらうことになったんだよ」
「なんとも都合のいい展開だな。普通ならそううまくはいかないものを……」
「ご都合展開はまだ続くぜ。オレを仲間に入れてくれた船長っていうのが、バルトロっていう奴でな。そいつは世界でも名を馳せている大海賊の一人だったんだ。バルトロだけでなく、船にいた連中はみんな気のいい奴らばかりで、一般的に知られている海賊のように弱者からの略奪行為は決してしない義理と人情、そしてロマン溢れる連中ばかりだった」
グリゼルは、感慨深い表情を浮かべながらバルトロたちとの航海の思い出を語り出す。
宝を求めて様々な島国を航海し、ときには敵対する海賊団と交戦するなど当時のことを懐かしみながら語っていた。
「……というわけでだ。海賊の中にもいい奴はいるって話だ。少しは望みも出てきただろう?」
「それは、お主がいた海賊団が特別なだけでその他大勢もそうだというわけではないのだろう。……ハア、もうよい。ダメもとで行くぐらいの時間もあることじゃし、付き合ってやるわい」
これ以上、説得しても無駄だと判断し、ディアナはしぶしぶグリゼルの案に乗ることにする。
「……ところでグリゼル殿。私たちは今どこに向かっているのだ? 人込みが多い場所から離れているように見えるが……」
ここでヨシツグは、先ほどから疑問に感じていた質問をグリゼルに投げかけた。
「ああ、今は海賊たちが集まる場所に向かっているところだ」
「なぜお主がそのような場所を知っておるのだ?」
「オレもついさっき気づいたんだが、どうもオレはここに来たことがあるみたいなんだよ。正確にはバルトロの船にいた頃の話だがな」
「それならもっと早く言わんか」
「ついさっき気づいたって言っただろう。あちこち回っていたから国の名前なんて覚えていなかったし、ここに上陸するときだってなんとなく見覚えのある光景だな、ぐらいの感覚だったからな」
「なんじゃ、そうじゃったのか?」
「でも、さっき海賊の話が出てきたことと街並みを見て見覚えのある建物を発見してようやく思い出したんだよ。この国の裏町には無法者たちが集まる区域があるってことをな」
「その場所に海賊たちのたまり場があるというわけじゃな」
「そういうことだ……」
目的地もはっきりしたところで、ディアナたちはひとまず、グリゼルの記憶を信じてその場所へと改めて向かうことにする。
さらに歩いていくと、人込みも閑散とし、浮浪者の姿が目立つようになる中、ディアナはなにかを考え込むような仕草をとっていた
「ディアナ殿、どうしたのだ? なにか心配事でもあるのか」
その仕草が気になり、ヨシツグはディアナに声をかけた。
「心配事か……。ある意味そうじゃな」
「やはり海賊の件か?」
「いいや、その件はどっちに転んでもいいと思っておる。今、儂が考えているのをヘンドリクセンの話にあった呪術師のことについてじゃ」
「呪術師……? そういえば、そのような話が一瞬出てきたような……。確かディアナ殿は、その呪術師についてやけに気にしていたな」
ヨシツグの言うように、ヘンドリクセンの話でもチラッとしか出ていなかった話題だというのに、ディアナは呪術師の情報を熱心に求めていた。
「呪術と聞けば、今回の事件になにか関係性があるように思えるじゃろ。それに聞けば、その呪術師とやらは経歴不明なうえに素顔すら不明だという。分かっているのは呪術師であることと、女であることだけ。そんな女がこの国の皇子の側近の地位にいること事態、おかしな話じゃろう」
「確かに……怪しさの塊のように見えるな、その女は。しかし、関係性ははっきりとしていないのだろう?」
「そこがなんとも歯痒いところじゃな。このままモヤモヤした気持ちを抱えるわけにもいかぬし、これが終わり次第、城のほうにもライムの分身体を放つことにするかの」
「それが最善だろうな……」
「オイ、2人とも着いたぞ」
と、そのような会話を繰り広げていると、どうやら目的地に着いたようだ。
グリゼルが足を止めた場所を見てみると、そこには……、
「……これは」
「なんというか……」
その場所を見た瞬間、二人はなんとも言えない表情を浮かべていた。
それも無理はない。なにしろグリゼルが目的地とした場所にあるのは、古びた酒場。
ついさっき、見た光景がまた広がっていたからだ。
「さっきの店にでも戻ってきたのか?」
「なっ!? バカ、どう見えても違うだろ!」
似たような店構えだというのにグリゼルは違うと言い放っていた。
「古さ加減は先ほどのヘンドリクセン殿の店とそう変わらないように見えるが?」
「お前らな……。こういうのは趣があるっていうんだ。さっきの店にはないアウトローな雰囲気もあるだろう」
「ヨシツグ、お主には違いが判るか?」
「……さあ? グリゼル殿の目には美化されて映っているのではないか?」
「それはあり得るのう……」
「とにかくだ! 目的地に着いたことだし、さっさと入るぞ!」
まったく違いを判ってくれない二人のことを諦めて、グリゼルはそそくさと店の中へと入って行ってしまった。
ディアナとヨシツグは、グリゼルを追うように店の中へと入る。
店内に入ると、酒場であるためか、やはり先ほどと似たような光景が広がっていた。
違いがあるとするならば、ヘンドリクセンの店には客がまったく見られなかったことに対して、この店ではなんともガラの悪そうな連中が店の至るところにいる。
これほど偏った客層を見てしまうと、ヘンドリクセンの店のほうがマシに見えてしまう。
そんな印象を抱いていた二人を置いて、グリゼルは他の客になど目もくれず、真っすぐカウンターのほうへと足を運んでいた。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「いや、注文の前にちょっとオッチャンに聞きたいことがあるんだが……」
「……なんでしょうか?」
「ここら一帯を牛耳っている海賊についてなにか知っていることはあるか? そいつに頼みたいことがあるんでね」
なんの駆け引きもない直球の質問がグリゼルの口から飛び出してきた。
考えなしに発したグリゼルの言葉にディアナは頭が痛くなる思いをしていた。
「お客さんはデューク船長に恨みを持つ者なのかい?」
「へえ、デュークっていうのか。そいつに会うにはどこに行けばいい?」
「オイ、待てよ!」
グリゼルと酒場の店主との話に見知らぬ男が突然割って入ってきた。
「見てわかんねえのか、話し中だ」
「んなことはどうでもいいんだよ。テメエ、デュークさんのいったいなんの用だ」
「なんだお前? デュークの船に乗っている奴か? ……それとも傘下の海賊か?」
「どっちも違うな……。いずれデュークさんの傘下に入りたいとは思っているがな……」
「関係者じゃないなら用はない。あっちへ行け」
しっしと言いながら邪魔者を追い払うような動きをするが、それでも男は離れようとはしなかった。
逆に男はグリゼルに近づき、喉元に短剣をそっと当ててきた。
「……なんのマネだ、これは?」
「どこの馬の骨ともわからねえ新参者にデュークさんを会わせるわけには行かねえんだよ。このまま帰るなら命までは取らねえぜ」
と、グリゼルに脅しをかけるが、当然グリゼルはそのようなものに屈するわけもなく、
「……ハア、くだらねえ」
ガッカリした顔を見せながら大きなため息をつく。
「な、なんだと!?」
「でもまあ、先に仕掛けてきたのはお前だ。当然、返り討ちに遭う覚悟はできているんだろうな?」
「……はっ? なにを言って――」
グリゼルは、男の後頭部を片手で鷲掴み、そして……、
「オレはなあ……三下には用はねえんだよ!」
そう叫びながら男を店の床へと思いっ切り叩き付けた。
「ぶへっ!?」
店の床はその衝撃で盛大に壊れ、店の中にいた客全員が唖然とした顔をしていた。
「……ったくもう、どこに行ってもこういう輩はいるもんだな」
「アンタ、余計なことをしてな」
「……っ? なんのことだ?」
意味深なセリフを吐く店主にグリゼルが首を傾げていると、
「テメエ、よくもやったな! ここのルールを破りやがって……」
突然、店の中にいる客が一斉に立ち上がって、なにやら騒ぎ始めていた。
「ルール? いったいなんの話だ?」
「しらばっくれるな! この酒場ではな、ケンカはご法度なんだよ! 知らないとは言わせねえぞ」
「なんだそりゃあ? いつそんなルールが決まったんだ? オレらの頃にはなかったはずだぞ」
「ふざけんな! 海賊の世界では常識中の常識だぞ。海賊を探しているヤツがそんなルールすら知らねえわけねえだろうが!」
「……まったく、グリゼルめ。面倒ごとを起こしおって……」
なんだか雲行きがおかしくなり、ディアナは恨めしそうな顔を見せながらグリゼルを睨みつける。
「先にルールを破ったのはそっちだ! みんなやっちまおうぜ!」
「オウよ! ツレのヤツラもまとめてやっちまえ!」
怒りの矛先は、グリゼルだけにとどまらず、なぜかディアナとヨシツグにまで及んでいた。
「オレ好みの展開になってきたな……。どうせここにいる連中はみんな海賊どもだ。誰か一人くらいはデュークの居場所を知っているんじゃねえか?」
「呑気になにを寝ぼけたことを言っておるのじゃ、馬鹿者が……」
「はあ……。グリゼル殿の失態だというのに、私たちまで巻き込まないでほしいものだ」
「いいじゃねえか。デュークっていう奴を手に入れるための前哨戦みたいなものだ。ハデに暴れようぜ」
グリゼルが発した言葉を皮切りに海賊たちが一斉に襲いかかってきた。
それに対抗するように、グリゼルたちも迎え撃つ。
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