第192話 起死回生の剣技

海龍神を相手に一撃を加えることに成功したものの、「強制契約オーバーライド」の条件を達成できずにいた。

しかし紫音には、まだ次の策があるようだ。


「方法って、今度はいったいどう攻めるつもり? さっきみたいに使い魔でも召喚してその隙に攻撃するとか?」


「……うぅ、その手も考えてはいたんだが、残念ながらそれは無理だな」


「え、なんでよ?」


「どうやら、この空間……いや神殿一帯に特殊な結界が張られているのか、外部からの干渉が封じられているみたいだ。シードレイクのときは結界の範囲内にいたから召喚できたけど、これ以上召喚しようとすると、結界がジャマして召喚自体封じられてしまうんだよ」


「……それは厄介ね。数で押し切ることもできないってわけか」


魔物使いとしての紫音の能力も封じられてしまい、フィリアは肩を落とすが、それとは対照的に紫音はそれほど落ち込んではいなかった。


「まあ、心配するな。……一応ほかの手も考えては……みたんだが、あの方法が一番あいつのきょきつつ、攻撃を当てられる可能性も高い」


「さすが、紫音ね。それで、どんな方法なのよ」


「ああ、この方法はフィリアの協力なしでは成し遂げられないんだけど……協力してくれるよな?」


「こんな状況で、なにもったいぶっているのよ。早く教えなさい!」


フィリアにそうせがまれたので、紫音はあらかじめ考えていた作戦をフィリアに伝える。

最初はうんうんと相槌を打ちながら聞いていたフィリアの顔が、だんだんとイヤそうな顔をへと変化していく。


「それ……本気でやるの?」


「あれ? ダメだったか? 向こうもこんな方法で奇襲に来るとは思わないだろうし、けっこういい方法だと思ったんだけどな……」


「いや、でもそれって……っ!? つまり紫音はやってもいいと思っているのよね? いやでも、さすがにそれはな……」


などと、小さな声でぶつぶつとつぶやきながら、フィリアはなにかと葛藤していた。


「やるのかやらないのか、早くしてくれない? 向こうもそんなに長く待ってはくれないみたいだからさ」


見ると、紫音の強力な一撃を受けて動揺を見せていた海龍神が、ようやく立ち直ったのか、再び紫音に敵意をむき出しにしている。


「分かったわよ! やってあげるわよ! その代わり、あとでなにか言うのは絶対に禁止だからね!」


「……っ? なんのことを言っているのか分からないが、納得してくれたならさっそく実行に移すぞ」


フィリアの協力も得たところで、すぐさま紫音は次の攻撃を仕掛けるため、行動する。


しかし、そう簡単にはいかなかった。

先ほどの一撃で学習したのか、海龍神は紫音たちに攻撃を与える暇を与えぬよう、休むことなく攻撃の雨を繰り出していく。


槍、剣、斧。

様々な武器の形状へと姿を変え、それらすべてが紫音たちに襲いかかる。


「《炎竜の息吹イグニス・フレア》」


「《竜炎砲》」


向かってくる攻撃に対して紫音たちは、それぞれ燃え盛る炎で迎撃していく。

炎と水、普通なら水のほうに分があるが、二人の炎には竜の力が含まれた特別な炎。それに加えて威力も高く、ただの水であるなら負けることはない。


紫音たちの炎と海龍神が放った水たちが次々とぶつかり合い、次第に景色が白く染まっていく。

炎と水がぶつかったことにより、水が蒸発し、水蒸気が発生する。


「おのれ……。どこだ! 勇者ッ!」


視界が不明瞭になり、海龍神は一度攻撃の手を止める。


「――っ!」


水蒸気が漂う中、突然海龍神の前にフィリアが姿を現した。


「そなたなどに構っている暇はない!」


フィリアのことなど眼中にない海龍神は、巨大な手を上げ、叩き落とすように振り下ろした。

海龍神の身体は、フィリアよりもはるかに大きいため手の平に当たるだけでもフィリアへのダメージは大きい。


「ぐっ!?」


しかしフィリアは、その攻撃を避けることなく、甘んじて受けてしまう。

なんとか空中で耐えているが、それも長くはもちそうにない。


(……こいつ、一体何がしたいんだ? ――っ!? そういえば、あの勇者は!? どこに消えた!)


先ほどまでフィリアの背中に乗っていた紫音の姿はなく、いつの間にか見失っていた。


(……頼んだわよ……紫音!)


そう紫音にタスキを渡しながらフィリアはおもむろに口を開いた。


「――っ!?」


目の前に映る光景に海龍神は、自身の目を疑った。

驚くべきことに、いつの間にかいなくなっていた紫音がなぜかフィリアの口の中にいた。あまりにも予想外の場所から現れたことにより、動揺を見せた海龍神は、反応に遅れ、数秒の間だけ固まってしまった。


その瞬間を紫音が見逃すはずがない。

奇襲がうまくいき、思わずニヤリと笑みを浮かべた紫音は、すぐさまその場から飛び立ち、一瞬にして海龍神の前に現れる。


「これで……二発目!」


先ほどと同じ、『覇王崩拳はおうほうけん』を海龍神の顔面目掛けて拳を放つ。


「――ガアァァッ!?」


再び海龍神の身体に有効打が入り、苦痛の声が漏れる。


「よし! 今度こそ、あと二、三発は……」


先ほどは叶わなかった追撃を企てようとするが、


「ウオオオオオオオオォォ!」


「っ!?」


錯乱したように叫び出し、力任せに周囲の水を暴れさせている。

近づくのはまずいと判断し、即座に紫音はフィリアとともにその場から離脱する。


「くそ……。また一発で終わりか……ん? どうした、フィリア?」


「ね、ねえ……紫音。……ど、どうだった? 私の口の中は?」


「……は? お前、なに気持ち悪いこと言ってんの?」


「――っ!? あ、あなた、最初に会ったとき、私に……」


どうやらフィリアは、初めて紫音に会ったときに言われた『口臭い』発言をずっと気にしていたようだ。

それで紫音から作戦の概要を聞いた際も、渋っていたのだが、当の紫音はすっかり忘れている様子だった。


「アホなこと言ってないで、向こうを見てみろよ。マズイ状況になったみたいだぜ……」


「~っ!」


言いたいことは山のようにあるのだが、いまは非常事態のため、すべてが終わるまでこの件については胸の内に留めておき、紫音と同じ方向に目を向ける。


「グオオオオオォォォッ!」


二度も自身の身体に攻撃を与えられ、怒りが頂点に達した海龍神は怒号の雄叫びを上げる。


――ピキ

瞬間、海龍神を縛り付けていた鎖に再びヒビが入る。

そのヒビは、どんどんと広がっていき、


「なっ!?」


「勇者ァァァァッ!」


海龍神の叫びとともに鎖が砕け散ってしまった。

自由の身となった海龍神は、閉じていた羽を広げ、大きな羽音を立てながら空へと飛び立つ。


「マ、マズイわ! このまま引き離されてしまったら攻撃するチャンスが!」


すぐさま海龍神との距離を詰めるため空へと飛び立とうとするが、


「――待て! フィリアッ!」


「――っ!?」


すんでのところで、紫音に止められてしまった。そしてそのすぐ後、フィリアの目の前におびただしい数の水の竜巻が紫音たちを阻むように現れる。


「……危なかったな、フィリア」


もし、紫音に止められていなかったら、いまごろ竜巻の餌食になっていた。


「ありがとう、紫音。……でも、これじゃあ」


「ああ、簡単には近づけなくなってしまったな……」


この空間内の天井に届きそうなくらい高くそびえ立つ無数の竜巻のせいで、海龍神への道が途絶えてしまった。

フィリアの飛行能力をもってしても、竜巻から発せられる風力に引っ張られてしまい、満足に飛ぶこともできない。

攻撃する手立てすら失ったようなものである。


「死ねえええぇぇぇっ!」


手出しができない状況の中、追い打ちをかけるように海龍神は藍色の炎を口から放出する。

その炎は、無数の竜巻を貫き、凄まじい速度で紫音たちに襲いかかる。


(あの炎はおそらく、海龍神によって放たれたもののはず。……奴自身の力なら)


紫音はフィリアの前に立ち、手を前に出しながら障壁を張る。

海龍神の炎は、紫音が展開した障壁に阻まれ、防がれてしまった。


「……判断を見誤ったようだな。残念だが、俺にドラゴンの炎は効かないぞ」


「……カッコつけているところ悪いけど、これからどうするつもり? 近づくこともできないうえに、向こうからは一方的に攻撃が飛び交ってくるのよ! 絶体絶命の状況じゃない!」


「……っ!」


本当にフィリアの言う通りのため、紫音もなにも言い返せず唸ることしかできなかった。

しかし、このままただ指をくわえてやられるわけにもいかず、どうすればこの状況を打開することができるのか、紫音は思考をフル回転させた。


「……やるしか……ないか」


猶予もあまり残されていない中、紫音はある決断へと考えが至った。


「し、紫音……?」


「さっきチラッと見えたが、あいつの身体にはどす黒いオーラを纏っているのが見えた。おそらくあれが呪いそのものだと思うが、あの大きさからしてかなり侵食している」


「ええ、たしかにそうね。いくらなんでもあれじゃあ、いつまで持つか……」


「本当は……まだ未完成だから使いたくはなかったが、あいつを助けるためにもどうやら『飛炎』をここで会得するしか道はないようだな」


「……『飛炎』ってたしか、ヨシツグが使っていた剣技のことよね。でも、どうしてこんなときに? あんなのただの炎の斬撃じゃない。どう考えてもこの状況で使う技には見えないんだけど……」


周囲が水で囲まれているこの状況下では、ただの炎を纏った斬撃も海龍神に届く前に無数の竜巻に阻まれ、打ち消されてしまう。

そういった懸念をフィリアは抱いていたのだが、紫音はそれでもその技を使おうとしていた。


「いや、フィリアは『飛炎』の力を勘違いしている。前にヨシツグからもらった指南書にはこう書かれていたんだ。『万物を切り裂き、万物を焼き尽くす修羅の刃』ってね」


「……難しく言ってないで、もっと簡単に説明しなさい」


「あ、はい、わかりました。……簡単に言うと、氣を纏った斬撃は超越した力を持つという意味だ。氣っていうのは自然界のエネルギーを自身の力へと昇華した特別な力で、その力は人知をも超えているんだ」


「なるほどね……。その人知を超えた力ならこの状況下でも、勝機があるって言いたいわけね。でも、前にヨシツグが妖刀に憑りつかれたときにも同じ技を見たけど、そんな力があるようには見えなかったけど?」


フィリアは、先日ヨシツグがアルカディアに侵入したときのことを思い出しながら質問する。


「ヨシツグの家系や神鬼一刀流の後継者は、独自に編み出した修練法で特別な氣を錬成しているんだよ。それがなければ本来の力を発揮することもできない。だから鏡花のときもあの程度の威力しか出せなかったんだ」


『あの程度とはずいぶんと言い方だな。……あの程度でも十分お主らを追い詰めていただろう?』


「じゃあ紫音には、本来の力を出せるっていうのね」


「一応、ヨシツグから教わって会得することはできたけど、まだ実践ではできた試しはない。でも、ここに来るまで氣の扱いにはだいぶ慣れてきた。ぶっつけ本番だが、ここでやるしかない!」


紫音はそう言いながら腰に下げた妖刀の鏡花を手に取り構えた。

眼を閉じ、精神統一をするようにゆっくりと呼吸を繰り返す。


(いまの俺の体力からして、チャンスは一度きり。できたとしても本来の力を出せるかは分からない。……それでも生き残るには……助けるためには絶対に成功させる)


すべてをこの一振りに賭ける気概で紫音は最終対決へと挑む。


「死ねえぇぇ! 勇者ぁぁぁっ!」


海龍神も紫音と同じ考えなのか、ここで決着を付けようと、最後の攻撃に出た。

壁となって立ちはだかっていた無数の竜巻が、海龍神の手によって姿を変え、無数の武器へと形状を変化させ、それらすべてが紫音へと襲いかかっていく。


「――紫音!」


「シオンくん!」


「シオンさん!」


それぞれが紫音の名を叫ぶ中、当の本人は静寂の中にいた。

まさに無の空間。なにも聞こえず、なにも感じない。そんな穏やかな時間の中で紫音の精神は研ぎ澄まされていく。


――そして、


(っ!?)


静寂の中、紫音はなにかを感じ取り、そのタイミングで勝負に出た。


「神鬼一刀流・壱ノ型――『飛炎』!」


鞘から刀が抜かれ、最後の力を込めた斬撃が、紫音の手によって繰り出された。


「――っ!?」


無数の武器の形を模した水は紫音の斬撃に触れた瞬間、きれいな切断面を見せながら真っ二つに分断される。

そして斬撃は、炎纏ったままその勢いは衰えることなく、前進していく。

阻んでくる障害もすべて斬り落としていき、


(な、なんだというのだ!? いったい何が起きている! ――ッ!?)


――斬!


「ガハッ!?」


気付いたときにはもう遅い。

宙を舞ってきた斬撃に避けることすらできず、海龍神の身体に斬撃が襲いかかった。


大きな刀傷がその身体に刻まれ、傷口から鮮血が飛び散る。


(なんだ……この力は……。あの時の比ではない。これは勇者をも超える……力だとでもいうのか……。……ではいったい……彼奴は……)


味わったことのない痛みに、正体不明の力。呪いを一刻も早くに浄化しなくてはならないというのに頭の中は紫音のことでいっぱいになっていた。


「いい加減……ケリを付けようぜ」


「――なっ!? き、貴様……殺して……っ!?」


閃光の如く、あっという間に海龍神のもとまで近づいてきた紫音に驚きつつも迎撃に向かおうとする。

しかし、先ほどから受けてきた攻撃の数々が頭にちらついてしまい、半歩後ろに下がってしまった。


(馬鹿な……。こ、この私が……恐れているというのか!?)


「お前……いま下がったな……」


「っ!?」


ついに条件は揃った。

数回ほどだが、策を巡らせ、攻撃を与えた結果、海龍神に恐れを抱かせることに成功した。

ほんの一瞬ではあるが、海龍神の頭に敗北の二文字が刻み込まれた。


その機会を紫音が逃すはずもなく、海龍神の身体にそっと触れ、紫音は例の言葉を叫んだ!


「『強制契約オーバーライド』!」


二人の間に巨大な魔法陣が出現すると同時に、紫音の魔力が海龍神へと流れ込む。


「ガアアアアアアアアアアァァァッ!」


必死の抵抗を見せる海龍神だが、その魔法陣から逃れることもできず、なす術もなかった。

――そして、


「ア……アァッ……」


魔法陣が消えた瞬間、海龍神はそのまま意識を失い、真っ逆さまに落ちていく。

そして、湖へと落ちていき大量の水しぶきが宙を舞った。


「契約……完了……」


長いようで短い戦いがようやく終わった。

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