第193話 明かされる事実
「……ん……こ、ここは……?」
悪夢のような
眼を開けるとそこには、ボロボロに疲弊した姿の紫音たちが海龍神の様子を窺っていた。
「おっ、目を覚ましたようだな」
「……本当に成功したのか? シオンくんの実力は重々承知しているが、海龍神様相手でもその能力が発揮されるのかはまだ分かっていないのだろう?」
「その心配はありませんよ。契約すると、お互いの魔力回路が繋がる状態になるんですが、その感覚がいまもあるので、契約自体は成功しているはずですよ」
「……そんなに疑うなら、話しかければいいじゃない。どうせ、呪いも契約したと同時に解呪されているんだから、暴れる心配もないでしょう」
疑いの眼差しを向けるエリオットを尻目にフィリアはズカズカと前に出て海龍神に話しかける。
「目覚めはどうかしら? ご先祖様?」
「……ご先祖?」
「まあ、表の神龍族の石像を見たときから薄々感づいていたんだけど、あなたは神龍種と呼ばれている大昔にいたドラゴンですよね?」
「ええ……そなたの言う通り、私は遥か昔から今世まで生き続けてきた神龍――名をシェイレーンと申します。……まずは、礼を言いましょう人の子たちよ。私にかけられた呪いを解いていただき、感謝いたします」
そう言いながらシェイレーンは、深く頭を下げた。
先ほどまでと打って変わって、丁寧な口調で礼を言うシェイレーンにフィリアの顔は若干引きつっていた。
「ね、ねえ……ご先祖さまってこんなんだっけ? ずいぶんと態度や雰囲気が違うんだけど……」
「仮にもお前のご先祖様かもしれない人にこんなとか言うなよ。……おそらく呪いのせいで豹変してしまったんだと思うぞ。いままでの奴らだって呪いの影響を受けて狂暴化していただろう。このシェイレーンってドラゴンも例外なく影響を受けてしまったんだろうな」
「……ふうん、さしもの神龍も呪いに対する対策がなかったのか、それとも呪い自体が対処できないほど強力だったのか、そこら辺を聞ければ解決の糸口になりそうね」
この神殿は、外部からの干渉することができず、限られた者しか入れない。そのため、シェイレーンに呪いをかけるには神殿内部に侵入するしか方法がないので、犯人を目撃している可能性が高い。
その可能性に賭けて、紫音たちは改めてシェイレーンと対峙する。
「一つ質問してもいいでしょうか、シェイレーンさん? ずいぶんと呪いに苦しめられていたようですが、呪い状態になる前のことはどこまで覚えていますか? 犯人の顔とか見ていませんでしたか?」
「……その問いに答える前にこちらからも一つ質問してもよいでしょうか?」
「え、ええ……いいですけど?」
質問攻めする紫音に対して、シェイレーンは逆に質問を投げかけてきた。
「私の呪いを解いてくれたのは……そなたか?」
シェイレーンは紫音の顔を見ながらそのような質問をしてきた。
特に隠し立てすることもないので、紫音は素直に答えることにする。
「……はい、そうです」
「……そうですか。そなたの呪いを解く能力は元から持っていたのですか?」
「ああ、その能力ですか。……それを知ったのはつい最近です。始めは呪いで暴れていた魔物と主従契約を結んだ後に止まるよう命令すれば被害を食い止められると思ってしたのがきっかけです。まさか、呪いまで浄化させてしまうとは思ってもいませんでした」
その話を聞いて、シェイレーンは少し難しい顔をした。
「それはおかしなことですね」
「……え?」
「主従契約というのは、古来よりある契約方法ですが、そのような効力があるとは聞いたこともありません。……それと、不可思議なことがもう一つ。そなた、いったい誰の加護を受けているのですか?」
「……か、加護? なんのことですか……?」
心当たりのない反応を見せる紫音に、シェイレーンは続けて言った。
「そなたには強大な者からの授けられた加護が備わっております。それも、私たちと同等、それ以上の力を……」
「……っ」
「そして、不思議なことにその加護の一端が私にまで流れ込んでいます。それもそなた以外の者たちにも同じ加護が見受けられます」
それを聞いた瞬間、紫音はすぐさま全員の顔を見渡す。
ここにいる者たちの共通点としては、紫音と契約を結んでいること。つまりは、紫音と契約した者たち全員に加護というものが分け与えられている状態のようだ。
「先ほど一端と申しましたが、それはきわめて小さい力です。……しかしほんの欠片ほどの小さな力でもそなたたちにとっては、余りある力を得ているはずです。なにか心当たりはありませんか?」
シェイレーンの言う通り、紫音と契約した者は例外なく全体の
紫音はそのことをシェイレーンに告げる。
「……と言うわけですけど、シェイレーンさんはなにか俺の加護について心当たりとかありますか? もしかしたら俺が異世界人であることが関係しているかもしれないんですけど……」
「申し訳ありません。私が分かったのは加護の有無のみで、その加護が誰の手によって授けられたかまでは分かりません」
「……そう……ですか……」
「それにそなたは、他の勇者と違いかなり異質な存在でもありますね。私が出会ってきた勇者たちは一芸に秀でた者が多くいましたが、そなたと同じように加護を得ている者は一人もいませんでした。……そして、そなたがこの世界に来た意味も全く理解できませんね」
「……意味ですか?」
「ええ……。異世界からの来訪者は後にも先にも大戦があった時代にしかいませんでした。もはや勇者という存在が必要なくなったこの時代になぜそなたがこの世界に来たのか、見当もつきません」
シェイレーンから発せられた言葉の数々が、紫音の胸の内に重くのしかかった。
それは、いままで紫音が目を背けてきた事実。
もしその事実に向き合うことになれば、いまの充実した生活を手放す恐れがある。紫音はそう思ってきたので、直視することができずにいた。
「そんなの別にどうだっていいでしょう?」
言葉の重みに負け、下を向いていた紫音の横から突然フィリアが声を上げた。
「正直言って、紫音がこの世界に来た理由なんて興味ないわ。たとえどんな使命を帯びてこの世界に来たとしても、いまのこいつのご主人様は私なのよ。離れていこうとしてもそのたびに首根っこ引っ張ってでも連れ戻すわ」
いまの言葉の数々は、紫音を庇っていったものではない。ただただ自分の本音を述べただけなのだろうが、その言葉だけで紫音の心がすうっと晴れやかな気分になれた。
「……少し言葉が過ぎたようですね。今までのはただの憶測に過ぎませんので、できれば忘れてください」
さすがに言い過ぎたと思ったのか、訂正しながらこの話を終わりにした。
「少々、脱線したようですが、そろそろ本題へと戻りましょう。私が聞きたかった問いには答えてもらったことですし、そなたたちの問いにもお答えいたしましょう」
紫音にとっては、有益な情報ばかり得たところで、ようやく最初の質問へと話が戻る。
「私が呪いにかかる前のことについてですが、よく覚えております」
そしてシェイレーンは、当時のことを思い出しながら当時のことについて語りだす。
「……あれは突然やってきました。ある日、神殿内部に何者かが侵入してきました。人魚の誰かが来たと思い、私の使いを送ったのですが、そこにいたのは全身をローブに身を包んだ女性でした」
「……どうしてそれが女性だと?」
「声ですぐに分かりました。女性の声で、『海龍神様に会いに来ました』と。最初は怪しいと思いましたが、なにがあろうと対処できる、そういった慢心の心があったのでしょうね。招き入れてしまいました」
シェイレーンは少し後悔した顔をしながら話を続ける。
「この場所で直接、その者に会った際は、あることに気づき警戒を緩めてしまいました。今にして思えばその一瞬が命取りだったのでしょうね。次に目を覚ました時には自身に呪いがかけられおり、ローブの女性の姿はありませんでした。……これが、私が覚えているすべてです」
自身が呪いになる前の経緯を語ってくれたが、肝心の犯人らしき女性の顔は見ていないという。
得ることができた手掛かりも少なく、手詰まりになるかと思いきや、
「……だいたい、犯人の目星がついたな」
「いまの話を聞いたら想像はつくわね」
しかし紫音とフィリアは、いまの話だけで見当がついたような顔をしていた。
「ちょ、ちょっと! シオン、もしかしていまのでわかったの?」
「……あら? なあんだ、わからないの? 高貴な吸血鬼さまもおつむは残念のようね」
まったく付いてこれていないローゼリッテに対して、ここぞとばかりにフィリアは、マウントをとるようにほくそ笑む。
「――ッ!? ね、ねえ? アンタも当然わかっていないわよね?」
ここでローゼリッテは味方でも作るつもりなのか、メルティナに同意を求めるように質問する。
なんとも答えづらい質問をされたメルティナは、そっと目を逸らしながら答える。
「そ、その……本当に申し訳ありませんが、私もなんとなくですが、だれがやったのかわかり……ました……」
申し訳なさそうな顔をしながら犯人の目星がついたことをローゼリッテに告げた。
「どうやら、わからないのはあなただけのようね。やさしい私が教えてあげるわ」
「――ッ!? ええ、お願いするわ……。でも、あんまり調子に乗らないことをお勧めするわ」
苦し紛れにくぎを刺しつつ、ローゼリッテはフィリアの推理を聞くことにした。
「少し考えれば、だれでもわかることよ。……まず、この神殿に入る方法だけど、エリオットからの話によれば、そもそも王族の血を持つ者しか表の扉を開けることはできないのよ。それ以外の方法で開ける方法は存在しないのよね?」
自分の推測が合っているのか、確かめるためにフィリアはエリオットに問いかける。
「……その通りです。私が知る限りこの神殿に入るためには、王族の血に反応するあの扉を開けるしか入る方法はないはずです」
「それに加えて、シェイレーンさまのローブの女に対する反応よ。怪しさ満点なのに、追い返すこともせずに自分のところにまで招き入れたのよ」
「でもそれって、大抵のことなら対処できるからってそのドラゴンも言ってたじゃない」
「……そうね。でもその後、ローブの女に対しての警戒も緩んだとも言ってたでしょう。……たぶんそれって、その女から自分が分け与えた加護の存在を確認したからじゃないかしら」
シェイレーンに加護を見る能力があることは先ほどの紫音との会話で証明されている。それが、自分が与えた加護というなら当然見ることができるはず。
「ちょっと待ちなさい! 加護ってなんの話よ? あの海龍神とかいうドラゴンはだれかに力を分け与えていたっていうの?」
「その件なら私もさっきに戦闘の最中に紫音経由で聞いたのよ。人魚族全員に分け与えているみたいよ」
突然のローゼリッテの質問にも軽く答えつつ、フィリアは話を続ける。
「これらの情報をまとめると、そのローブの女の正体は人魚族でかつ王族のだれかの可能性が高いってわけよ」
「……なるほどね。ようするに人魚の中に裏切り者がいるってわけね。でも結局、その女がどこのだれかまではわかっていないのね」
「……」
しかしフィリアは、そのローブの女がどこのだれか分かっているような顔をしていたが、なぜか黙秘している。
答えを言わないフィリアを見て、紫音はエリオットに顔を向けながら言う。
「まあ、その辺はエリオットさんがよく知っていると思いますよ。俺たちはその女性の正体について見当はついていますが、ここはエリオットさんの口から直接言ったほうがいいと思いますよ。……現実と直面するためにもね」
意味深な発言する紫音に、エリオットはわずかにビクッと体を震わせた。
重苦しい空気が流れる中、覚悟を決めた顔をしながらエリオットは口を開いた。
「ああ、そうだ。シオンくんの言う通りそのローブの女性には心当たりがある。……それにしても、よく分かったね?」
「王宮の中でリーシアの兄妹についての話が出てきたときに、セレネさんが兄妹の数を8人と言おうとしたときにエリオットさんは7人と訂正しましたよね。……そのときはなにか事情があると思って深くは追及しませんでしたが……」
そこで紫音は最後まで言うのをやめた。
王宮で聞いたときはそれほど気にはしていなかったが、シェイレーンの話を聞いてからはある可能性が浮上してきた。
「私も認めたくはないが、この神殿に侵入したローブの女性というのは、おそらく8人目の兄妹の可能性が高い……」
「その人のことについて聞いてもいいでしょうか?」
「……ああ。こうなってしまっては告白しなくてはな。……その人はオルディスの第一王女であり、8年前に突然、行方不明となって、その存在を抹消された私たちの実の姉だ」
明らかとなった容疑者の存在に紫音たちは、詳しく聞こうと、エリオットが続ける話に耳を傾けるのであった。
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