第191話 意地とプライド
石像に続き、海龍神の呪いを説くために避けられない戦いを強いられることとなった紫音たち。
今回の戦いの要となる紫音は、竜化したフィリアの背中に乗りながら攻撃の機会を窺っていた。
「さあて、どうする紫音? 向こうは親の仇みたいに紫音のこと睨んでいるみたいだけど……」
「どうするもなにも、ローゼリッテの準備ができるまで時間稼ぎをするまでだ!」
そう言いながら紫音は、自分に注意を向かせるために魔力弾を放つ。
「――盾よ!」
しかし、紫音の攻撃は海龍神の前に突如として出現した鱗模様の巨大な盾によって阻まれてしまう。
「あ、あれは……」
紫音は海龍神が出したと思われる盾を見て、どこか既視感を覚えていた。
思い出そうとしてみるが、まったく思い出せずにいると、今度は海龍神のほうから攻撃を仕掛けてきた。
「――槍よ!」
水を媒介として創造した巨大な三叉槍が現れ、紫音たち襲いかかる。
「紫音! しっかり捕まっていなさい!」
三叉槍を躱すため、羽をはばたかせ空中で一回転することで海龍神の攻撃を躱していく。
フィリアのおかげで直撃は免れたが、紫音はそれどころではない状況だった。
(間違いない……。あの盾に三叉槍……どこかで見た覚えがあると思ったら、あれって全部『
既視感の正体は、人魚族のみが保有する特別な魔法――『人魚の魔法』だった。
先日も実際に紫音が使っていたこともあったので、どうりで見た覚えがあるはずだ。既視感については納得することはできたが、それでも一つだけ疑問に思うことがあった。
(なんで海龍神が『人魚の魔法』を? あれは確か……人魚族にしか使えない魔法だったはず……)
再び紫音が頭を悩ませていると、
『シオンくん、少しいいか?』
突然、エリオットから念話が送られてきた。
『どうしました? こっちは戦闘中なんですけど?』
『すまない。こっちも海龍神様が操っている水の対処にあたっているのだが……一つ言い忘れていたことがあってね』
『な、なんですか?」
『海龍神様は私たちが使う『人魚の魔法』を自身も使うことができるんだ。あれは、海龍神様からの加護を得たことにより、賜った魔法でね。言わば海龍神様は、『人魚の魔法』の創始者でもあるんだよ』
『それを早く言ってくださいよ。そうと分かればもっと早くに対応できたのに……』
『……とっ、こっちからは以上だ。なるべくこっちでもシオンくんの負担を減らせるよう対処するからそっちも頑張ってくれ』
そう言い終えると、エリオットからの念話も途絶えてしまった。
「なんの話だったの?」
「……はあ」
紫音はため息を吐きつつフィリアに先ほど聞いた話をそのまま伝える。
「それはまた……厄介な能力を持っているようね。……でも、やることは変わらないでしょう」
「そうだな……。相変わらずローゼリッテからの連絡はまだないことだし、もう少しだけ時間稼ぎといくか。フィリア、引き続き頼む」
再び紫音は時間稼ぎをするため、海龍神に攻撃を仕掛ける。
先ほどのでは、威力が足りなかったので、今度は少しばかり本気で挑むことにした。
「相手が水で来るならこっちは雷だ。雷の多重詠唱に加え、そこに風の魔法も合わせて……」
片方の手に雷の魔法を。もう片方の手に風の魔法の二つに多重詠唱による重ね掛けをした後、両手を合わせて二つの魔法を融合させる。
「これならどうだ! 合技――《ライトニング・ストーム》!」
二つの魔法が合わさり、一直線に伸びる強力な魔法が紫音の手によって放たれた。
稲光する雷光と疾風の如く走る竜巻が海龍神に襲いかかる。
「勇者ッ! そなたの力はこの程度か!」
怒号をまき散らしながら再び鱗模様の盾を前に出し、向かい打つ。
次の瞬間、紫音の魔法が海龍神の盾と衝突する。先ほどと同様に防がれてしまうが、雷と風が融合した魔法の威力は衰えることなく、せめぎ合い、硬直状態が続く。
しかし、その均衡はそれほど長くは続かなかった。
海龍神の盾に小さなヒビが入り始め、そこから綻びが出るようにヒビが広がっていく。
「っ!?」
そしてついには、紫音の魔法が盾を打ち破り、その均衡が見事崩していく。
「……盾を破壊したぐらいで!」
一瞬、焦りの表情を浮かべるものの数秒したのち、すぐに切り替え、周囲の水を操作して迎撃する。
水を渦巻き状に形成し、それを鞭のように振るいながら紫音の魔法を分散していき、海龍神に直撃する前に消え去ってしまった。
「くっ、ダメだったか……。やっぱり、あれをどうにかしないと攻撃を当てることすら叶わないようだな」
呪い状態により暴走しているにもかかわらず、なかなか攻め切れない状況が続いていた。
……すると、
『……おまたせ、シオン』
『ローゼリッテ!?』
待ち望んでいたローゼリッテからの連絡が入ってきた。
『こっちの準備ができたわ。もうやってもいいカンジ?』
『すぐに合図を送るから、そのときに実行してくれ』
『了解』
そこで一度、念話を切り、リンク・コネクトにより竜人形態に変身する。
「いいか、フィリア。ローゼリッテの準備ができたようだから、いまから前に出る。俺一人で行くからその間フィリアは後ろに下がって援護を頼む」
「分かったわ。……でも気を付けなさいよ。見た目以上に強力な攻撃みたいだから紫音でも致命傷になりかねないのよ」
「ああ、ありがとうな。でも、多少のリスクを背負ってでもないと一撃を加えることすらできないんだ。やるしかないだろ」
そして紫音は、フィリアのもとを離れ、羽を広げながら海龍神へと一直線に向かう。
「逃げもせずようやく来たか。なら、ここで死ね!」
殺意のこもった目を宿らせ、海龍神は渦巻く水を無数の槍へと変化させる。その後、まるで散弾のようにその槍を射出する。
『――ここだ! やれ! ローゼリッテ!』
『あたしが協力するんだからしっかり決めなさいよ!』
直撃するその前に紫音は合図を送り、ローゼリッテはそれに応えるように準備しておいた作戦を実行させた。
「――なっ!?」
「これは……」
紫音も海龍神すら驚きの顔を見せる事態が起こる。
海龍神が操っていたおびただしいほどの量の水が、一斉に暴れ始める。海龍神の反応からして、どうやら自身の支配下から解放されたようだ。
そして、海龍神の支配から解き放たれた水たちは、海龍神にまとわりつき、動けないように拘束してしまった。
「――っ!? あの水の色……そうか。まさかここまでやってくれるとはな……」
この原因について、紫音はいち早く理解した。
海龍神を拘束している水にはわずかだが赤い色が混ざっていた。
紫音からしてみれば、これだけで誰の仕業かすぐに分かった。
『ローゼリッテ、よくやった!』
『こいつのせいで全部の血を使っちゃったんだから、これくらい当然よ』
『だが、よく海龍神から支配権を奪うことができたな。明らかにお前より格上の相手だろう?』
『……なに言っているのよ。アタシは真祖クラスの吸血鬼なのよ。……それに、似たようなのにも一度勝っているし、ここで負けるなんて、アタシのプライドが許さないのよ!』
自分自身が高位の種族だという誇りを持っているためか、意地でも負けてたまるかという気迫が伝わってくる。
『それよりも、早くしなさい! これ維持するのけっこうツライのよ!』
『ああ、分かった!』
ローゼリッテの助けを借りて、紫音は障害のなくなった空を駆け抜けていく。
「おぬれぇぇ……勇者ぁ……」
「悪いが、俺は勇者じゃねえんだよ。いい加減目を覚ませ!」
拘束されてがら空きとなった身体に狙いを定めて拳を振り上げる。
(さっきの戦いで魔法と気を合わせた技は、俺が思っている以上に強力だということは分かったし、コツも掴めた。今度はそれを拳に乗せるだけだ)
紫音は妖刀の鏡花を振るっていた時と同じように魔力と氣、二つの力を拳に付与させ、勢いよく振り下ろした。
「《覇王崩拳》!」
「――グオオオォォォッ!?」
ここで初めて、紫音の攻撃が海龍神に直撃する。
拳の威力に負け、海龍神の巨体な身体は少しだけ後ろへと飛ばされ、海龍神も苦悶の表情を浮かべていた。
「……まずは一発」
初めて攻撃を当てることに成功した紫音は、嬉しさのあまり笑みを浮かべる。
しかしそれもほんの数秒だけ。すぐさま気持ちを切り替え、追撃しようと前に出るが、
「……《ピュリー・フィケイション》」
「……え?」
静かに唱えた海龍神の一言によって、水に含まれていた血が消え去り、濁りのない水へと生まれ変わってしまった。
そのせいで、ローゼリッテからの支配が途絶えてしまい、再び支配権が海龍神へ移ってしまう。
「死ねえぇぇ―!」
「くそっ!」
「紫音、下がりなさい!」
海龍神の攻撃に対して、すぐさま紫音は後退し、フィリアの助力もあったおかげで、なんとか直撃を喰らわずに済んだ。
『悪いわね、シオン。さっきので力も使い果たして……もう限界……』
念話の向こう側から脱力したローゼリッテの声が聞こえてきた。
『いや、十分だ。近くにティナもいることだろうし、ローゼリッテはティナと一緒になるべく遠くまで退避して休んでいろ』
『……そうさせてもらうわ』
ローゼリッテとの念話を切り、紫音は次なる手へと進める。
「……浄化できるなら自分にかけられた呪いも浄化したらどうなのよ、まったく……」
「同感だな……」
「それで、どうする紫音? 向こうもさっきの一撃のせいで、かなり怒っているみたいよ。次の手はもう考えているのでしょうね?」
「……そう、慌てるな。まだ方法はある」
実は、ローゼリッテとは別に紫音はすでに別の作戦を思いついていた。
紫音の攻撃は、まだ終わりではない。
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