第189話 一点突破

 フィリアとローゼリッテの二人が石像の破壊に成功したころ、紫音たちのほうでも決着のときが来ようとしていた。


 時間稼ぎのためにメルティナが石像相手に奮闘し、紫音はというと、空中で石像と距離を取りながら集中していた。


「勝負は一瞬で決まる。鏡花、準備はいいか?」


『我はいつでも構わぬが、お主本当にやるつもりか?』


「ああ、もちろんだ。あの硬い身体を打ち砕くためには、『神鬼一刀流』でも『蒼破水明流』でも無理だ。可能性があるとするならば、三代目の所有者が使っていた流派が適しているはずだ」


『確かにあの流派の技なら貫通力が群を抜いておるから可能性は十分にあるが……お主、あの鬼に弟子入りしているくせにいくつ別の流派の技を覚えるつもりだ?』


「しかたないだろ。俺だって『神鬼一刀流』一本で戦っていきたいけど、どれも氣を応用しないと扱うことすらできない技ばかりなんだから。……それに、これはお前の補助なしじゃ本来の力は発揮されないし、これでも頼りにしているんだからな」


 まだ気の基本すら満足に扱うことができないため、紫音にとっては藁にもすがる思いで鏡花に頼み込む。


『まあ、よかろう。……ただ』


「なんだ?」


『あの流派は、我への反動が余りにも大きいうえに、未熟なお主にも被害が及ぶ可能性がある。件の所有者も数回ほど我を使用した後は、すぐさま鍛冶職人に鍛え直してもらったほどだ。……本当に一度で仕留めきれるのだな?』


「そう不安になるな。さっきみたいに魔力と氣を付与させれば、お前への負担も軽減するはずだ。……よし、こっちの準備はできたぞ」


 鏡花と話している間に周囲の気を取り込み、自分のものへと昇華させ、ようやく戦う準備を整えることができた紫音。

 未だに石像の足止めに力を尽くしているメルティナに、念話を送った後、決着をつけるために鏡花を握りしめる。


「……ええと、構えはこれでいいんだよな?」


 この技を使うのは初めてのため、鏡花に教えを乞いながらたどたどしい手つきで構える。


(……本当にこれでいいのか?)


 見たことのない構え方に紫音は少しだけ戸惑いを覚える。

 それは鏡花を頭の上で水平にした状態を維持し、柄の部分を逆手で持つ構え方だった。まるで『斬る』というよりも『突き刺す』という言葉を体現した姿になった。


『それでよい……。お主は力を送ることだけに集中し、後は我に身を委ねるがいい。お主の宣言した通りならあっという間に終わるはずだ』


「頼りにしているぜ……鏡花」


 そう言うと紫音は、大きく深呼吸を繰り返し、集中力を高める。

 鏡花に魔力と氣を付与させた瞬間、


「――っ!」


 背中の羽をはばたかせ、勝負に出た。

 風を切り、凄まじい速度で石像目掛けて一気に降下する。

 そして……、


刀閃とうせん流槍術りゅうそうじゅつ――《裂空槍れっくうそう》!」


 強力な貫通力を持った、突きによる一撃が石像に突き刺さる。

 一度、硬い身体に阻まれるが、紫音の勢いは止まらない。


「ハアアアアァァッ!」


 咆哮とともに徐々にその身体にヒビが見えてきた。

 そのヒビは、どんどんと広がっていき、しまいには硬い身体が剥がれ、中にある動力源が露わになる。


(――ここだ!)


 ゴールが見え、紫音はさらに鏡花に力を込める。

 休むことなく貫き通そうとする紫音の剣術についに……、


「――ッ!?」


 ドオオオオン。

 爆発音にも似た凄まじい音を鳴らし、砂煙が舞う。


「…………ふう」


 煙が晴れ、後に残ったのは、倒れこんだ石像の上に座り込む紫音の姿だった。

 見れば、石像に埋め込まれていた動力源は粉砕されており、フィリアたちと同様、こちらも完全停止したようだ。


「……鏡花の言う通り、この技は使い手にも被害が大きいようだな」


 刀閃流槍術。

 この流派はその名前の通り剣術と槍術を合わせたような変わった流派である。

 技の中には、槍術に似た技が多く、剣のように斬るというよりも突きに特化した技が多くある。


「鏡花、大丈夫か?」


『……うむ。思いのほか、損傷はないようだな。……なかなかやるなお主』


「お褒めの言葉、ありがとうよ」


「シオンさん!」


 戦いも幕を閉じ、緊張の糸が切れたところにメルティナが紫音の名前を呼びながら駆け寄ってくる。

 それに続くように、先に戦いを終えていたフィリアたちも向かってくる姿が紫音の目に映っていた。


「へえ、やるじゃない紫音」


「……まあな。そっちも、ずいぶんと苦戦したじゃねえか」


 少しばかり軽口をたたきながら、紫音は回復のためにポーションを口に含む。


「他の者より間近で君たちのことを見ていたつもりだが、どうやら私は君たちのことを過小評価していたようだな……。まさか、海龍神様が用意した使徒を倒すとは……」


「俺たちのことを、あまり舐めないでくださいよエリオットさん。こっちはオルディスと友好を結ぶつもりでいるんですよ。これくらいの実力、あって当然です」


「なあに、カッコつけてるのよシオン!」


「――いっ!?」


 突然、紫音の首筋にローゼリッテががぶりと嚙みついた。


「ちょっ!? ロ、ローゼリッテさん! なにやっているのですか!?」


「なにって、血を吸っているに決まっているでしょう。アタシにあんな重労働させたんだから特別手当くらいもらって当然でしょう?」


「大丈夫だよ、ティナ。……ローゼリッテ、この後もあるんだから少しだけだぞ」


「わかっているわよ」


 そう言いながら紫音は、ローゼリッテの吸血を甘んじて受ける。

 その後、紫音の血を堪能して満足した顔を見せるローゼリッテを後にして、紫音はある場所へと向かう。


「…………」


 紫音の視線の先には、石像の最初の攻撃を受けて退場したサハギンの姿があった。

 あの直後、戦闘が始まったせいで、ほったらかしになっていた。


 紫音はサハギンの容態を見るために倒れているサハギンを抱きかかえる。


「……ふう、どうやら息はあるようだな」


「そのようですね。魔力も弱まってはいますが、正常に循環しているので命に別状はないかと思います」


 横で見ていたメルティナもサハギンの様子を見ながら診断内容を口にしていた。


「本当ならしっかりと治療させてやりたいところだが、時間もないし、少しだけ待っていてくれ」


 紫音は壁にもたれかかるようにゆっくりとサハギンを置きながら、いよいよこの神殿の主のもとへと会いに行く。

 守護する存在であった石像も紫音たちの手に敗れ、障害がなくなった扉の前に紫音たちは立つ。


「……よし、行くか」


 少しだけ休憩し、体力も回復したところで、紫音たちは巨大な扉を開けようとする。


「……あれ?」


 扉は思いのほか軽く、少ない力だけで開けることができる。

 紫音の何倍もの大きさのある扉だったため、開けるだけでどれだけの力を浪費することになるかと心配になっていたが、それも徒労に終わった。


 大きな扉を開け、中に入るとそこには、


「……っ」


 先ほどと同じく、洞窟のような空間が広がっていた。

 地面や壁に岩肌が露呈しており、周囲には勢いよく放流される滝が絶えず流れている。その滝の下には溜まった水で巨大な湖が出来上がっている。


(……あれは)


 青々とした湖の中央部分に巨大な結界が張り巡らされており、その中に紫音たちが探し求めていた人がいた。


「か、海龍神……様」


「あれがそうなのね。……でもなにかしら? なにか様子がおかしいわね?」


「ああ、結界の中に閉じこもっているうえに鎖みたいなのに拘束されてないか?」


 ようやく海龍神に会えたはいいが、なにやら様子がおかしかった。

 紫音の言うように四肢が鎖に繋がれており、まるでだれかに捕まっているかのような光景だった。


 紫音たちは、警戒しながらも海龍神と対話するために、海龍神へと繋がる一本道を歩き進める。


「海龍神様、ご無沙汰しております。オルディス王家が一人、エリオットです」


「……私が用意した門番を倒してしまうとはな。しかし、なぜ来た? そなたたちの力は要らぬと申したはずだが?」


「海龍神よ、お初にお目にかかります。竜人族のフィリアと申します。海龍神は外の現状をご存知でしょうか? 何者かの手によって海に生息する魔物が呪いに侵され、凶暴化し、この海を荒らしています」


「……そのことについては知っている。悪意のある者の手によって異変が起きていることも」


「私どもにはその呪いを浄化する手立てがあり、これまで数多くの魔物を浄化してまいりました。見たところあなたも呪いに侵されているようですね。よろしければ、浄化のお手伝いをさせていただきたいのですが……」


「必要はない。今こうしている間にも私は、自分の手で回復している最中だ。自分で結界を展開させ、呪いを完全に遮断させ、暴れるよう拘束もしている。まだ時間はかかるだろうが、いずれは完治するだろう」


 この鎖と結界は、だれかにやられたものではなく、治療のために自分の手で望んでやったことのようだ

「しかし、先ほどおっしゃっておりました悪意のある者の手により、オルディスに……いえ、この海に危機が訪れようとしております。あなたが復活すればこの危機も未然に防ぐことができるのでは?」


「私は守護するのはあくまでこの海のみです。人同士の争いにまで介入するつもりはありません」


 海龍神の話によれば、今回の件に一切かかわるつもりはなく、静観するつもりだ。


「待ってください! あなたは人魚族に祀られ、信仰されている存在です。その人魚が危険に晒されているというのにこのまま放っておくつもりですか?」


「……それもまた運命というもの。私は全知全能の神ではない。そもそも、人魚族とは太古の時代に結ぶられた盟約により、この海を…………」


 紫音と話している最中、海龍神の様子がおかしくなり、どんどんと声量が落ちていく。


「……海龍神?」


「……そなた、いったい何者だ? この世界の人種とはまるで違う気配を感じる。……いや、気配……以前に覚えがあるような」


「……?」


 海龍神は、紫音から発する覚えのある気配を感じ、途端に苦しむように顔を歪ませていた。

 ひとしきり、苦悶の表情を浮かべた後、ハッと思い出したような顔をしたのち、紫音に問いかける。


「……そうか。思い出した……。そなた、まさかとは思うが、『異世界人』か?」


「……あ、ああ、その通りだが? だから、なんだっていう――」


「アアアアアアアアァァァァァッッ!」


「っ!?」


 突然、海龍神は狂ったように叫びだしたと思ったら、周囲に黒いものが溢れ出てきた。


「な、なんだ? ありゃあ?」


「あ、あれは……おそらく抑え込んでいた呪いそのものかと思います。あれほどの量、これまで見てきたものとは比較にならないほどの量かと……」


「海龍神様……。まさか、これほどの呪いを自身の中に閉じ込めていたとは……」


「そんなことよりも言ってる場合じゃないわよ!? ――って、なんかヤバくない?」


 ローゼリッテの不安は的中した。

 海龍神を閉じ込めていた結界にヒビが入り始めている。


「みんな! 退避だー!」


 大声で発した紫音の言葉を聞き、全員反転しながら扉のほうへと走っていく。


「アアアアアァァァァッ!」


 しかし、そうしている間にも結界への被害が広がり、しまいにはパリンという音を立てて結界が崩れ落ちてしまった。


「く、くそ……」


「勇者めぇ……。許さんぞォォッ―――!」


 全身から溢れ出る呪いの瘴気を周囲に漂わせながら、怒り狂った海龍神は紫音へと標的を定めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る