第183話 海底に眠る神殿
ブルクハルトとの謁見を終えた紫音たちは、事件の捜査のためにいったん別行動をとることとなった。
グリゼル、ディアナ、ヨシツグの三人は、今回の事件の主犯を調べるためにアトランタへと向かい、残った紫音たちはエリオットの案内のもと、ある場所へと向かっていた。
その場所はオルディスよりも深い海底にあるため、待機させていたシードレイクに乗りながら向かうことにした。
「ねえ、これに乗ってからずいぶんと経つけど、まだ着かないの?」
思いのほか、移動時間が長く、痺れを切らしたフィリアは乗っていたシードレイクを指差しながらエリオットに問いかけた。
「いいや、そろそろ着くはずだが……」
「なんだか、はっきりしない言い様ね……」
「あそこは神聖な場所ゆえ、立ち入り禁止に指定されているせいで、めったに行くことがない場所なんだ。今回は呪いの浄化という名目でなんとか許可が下りたんだからな」
いま、紫音たちが向かっている場所は海龍神と呼ばれる人魚族にとって守り神とされている存在が
この場所周辺は他の海域よりも呪いによる汚染率が酷く、内部も調査すると、呪いに侵された魔物たちでいっぱいだったという。
そのため、だれも手を付けることができず、お手上げ状態になっていた。
「分かっているわよ。要は紫音と私たちで呪いをなんとかしろっていうんでしょう。……まっ。楽勝でしょうけど」
「フィリア……おまえな、もうちょっと言い様ってものがあるだろう。一応こっちは無理言って、事件の捜査に加わっているようなものなんだからさ」
「あのね、紫音だって本当はそうじゃないってことぐらい理解しているんでしょう。向こうは私たちなんて眼中にないって感じだったし、今回だってあの王子が協力的じゃなかったら難航していたところなのよ」
「オイ、エリオットさんに指をさすな。この国の王子なんだぞ」
「謁見の場でのことは申し訳ないと思っている。……ただ、あれが普通の反応だということは分かってほしい。私だって、最初はそうだったからな」
思い返してみると、確かにその通りであった。
紫音たちと出会った当初のエリオットも警戒心むき出しで、まともに相手になどしてくれなかった。
(せめて、今回の件がうまくいったら少しは友好的になってくれればいいんだが……)
紫音は淡い期待を寄せながらそんなことを考えていると、
「そ、そういえば……リーシアさんはあのままでよかったのでしょうか? ずいぶんと駄々をこねていましたけど……」
メルティナは、ふと思い出したような顔をしながらリーシアのことについて話していた。
紫音もメルティナの話を聞き、そのときのことを思い出していた。
「ああ……確かにそうだったな。俺たちと離れることが嫌だったんだろうけど、兄と会うこと自体にも嫌そうに見えたな……」
「まあ、リーシアはアウラム兄さんに苦手意識を持っているから当然だろうな」
「そのアウラムって人もこの事件に関わっているんだろう? あいさつしなくてもよかったのかな?」
「いや、やめたほうがいい」
思い付きで言ったその言葉にエリオットは即座に否定する言葉を述べる。
「アウラム兄さんの考えは父上とほぼ同じ考えを持っている。会ったとしてもまた謁見の場での流れになるのがオチだ」
「うえっ……それは勘弁したいわね」
「だったら、会わなくて正解――っ!」
「ギャアアアッ!?」
紫音たちが話をしていたその時、突然魔物が襲いかかってきた。
しかし紫音は、その奇襲に怯むことなく、反撃する。
「――ったくもう、話している最中だってのに、またかよ……」
「さっきからやたら多いわね。こういうの……」
「おそらく、神殿までもう少しのはずだ。神殿の周辺には海龍神様を守るために大勢の魔物が徘徊しているから、こういった奇襲も多いのだろう」
「……もしかしてあれでしょうか?」
リーシアがなにかに気づいたようで、前方を指さしながら紫音たちに声をかける。
紫音たちもリーシアに倣ってその方角に目を向けると、そこには相変わらず多くの魔物が遊泳していたが、その先に建物のようなものが目に映っていた。
魔物を倒しながら突き進んでいき、紫音たちはようやく、その建物の前にたどり着いた。
「い、意外と大きいわね……」
屋敷のように大きな建物に白を基調とした外観、そして紫音たちの目の前には堅牢な扉がそびえたっている。
「ここが、海龍神様が祀られている神殿だ」
「……ここがですか。見たところ、ドアノブのようなものが見当たらないけど、どうやって開けるんだ?」
紫音の言う通り、扉はあるものの開けるためのドアノブがあるわけでもなく、もはやただの壁といってもいいほどなにもなかった。
「それなら心配いらない。少し待っていろ」
そう言うとエリオットは、扉の前に立ち、なにもない扉にそっと手を添える。
すると、不思議なことに扉が白い光に包まれると同時に、ギイィという重い音を鳴らしながら扉が開いていく。
「へえ、面白い仕掛けね。さしずめ王族の血がなせる技ってところかしら?」
「概ねその通りだ。この神殿は代々オルディス王家が管理している。そのため、この神殿に入れるのも王家の血筋を持つ者にしかできない所業だ。この扉も王家の血を継ぐ者がいないと開かない仕組みになっている」
(……あれ? 周りはともかく、神殿内部にまで呪いが浸食しているって話だけど……どうやって中にまで広がっていったんだ? この扉以外、中に入れそうにないし、そもそも生き物が入れないなら呪いによる被害はないはずだ)
不可解な点に紫音は頭を悩ませていた。
呪いの発生源はすべて呪いに侵された生き物によって引き起こされたもの。つまりは、その生き物が移動できる範囲でしか呪いは広がらないはず。
それだというのに、密閉されているはずの神殿内部でも呪いによる影響を受けているという。
なんとも気になることに気づいてしまったが、すぐに答えが見つかるわけでもなく、引き続き思考を働かせていると、
「それでは、入るぞ。私の後ろについてこい」
扉を開けたエリオットがそう言いながら中へと入っていく。
紫音は、いったん考えるのを後にして、いまは自分がすべきことに集中することにした。
「ま、待ってくださいシオンさん! ロ、ローゼリッテさんが……」
意を決して入ろうとする紫音だったが、メルティナに呼び止められ、足を止める羽目になってしまった。
「ど、どうしたんだ……ティナ?」
「そ、その……ローゼリッテさんがこのような状態になってしまっていて……」
申し訳なさそうな顔をしながらメルティナは紫音に助けを求めてきた。
何事かと心配になり、メルティナのもとまで歩いていくと、
「こ、こいつ……」
そこには、シードレイクの背中の上ですうすうと寝息を立てながら寝ているローゼリッテの姿があった。
先ほどから会話に参加していなかったので、気にはしていたものの、まさか眠っていたとは思わず、紫音は呆れたように大きなため息をついた。
「オイ……起きろローゼリッテ」
「ん……うぅ……」
ローゼリッテの体をゆすりながら声をかけると、小さな声を漏らしながら目を覚ました。
「……なに? もう着いたの?」
「ああ、とっくにな……。まったく、シードレイクの背中に乗りながら寝るなんて器用なマネしやがって……」
「しょうがないじゃない。ここって、ひんやりとしていて涼しいでしょう。昼寝には最高の環境だったから寝なきゃ損でしょう?」
「はいはい、思う存分寝たんなら今度はしっかりと働いてもらうからな」
眠そうにまぶたを擦っているローゼリッテの手を取り、紫音は神殿へと入っていった。
「……あれ? 水が……ない?」
入った瞬間、先ほどまで感じていた水の感触が消え、まるで地上にいるときと同じ感覚に変化していた。
「言い忘れていたが、内部は外と隔絶した空間となっている。空気もあるからほとんど地上と変わらないはずだ」
「こっちのほうが動きやすいから俺たちにとっては都合がいいけど……」
そこで言葉を止め、紫音は周囲を見渡してから話を続ける。
「ここって本当に神殿か? なんだか洞窟……いや、ダンジョンみたいな構造なんだけど?」
周囲には無機質な壁があるわけではなく、岩肌が露呈しているばかりか、建物の中とは思えないほど複雑な空間が広がっている。
「……おかしいな。以前調査した際は、こんな場所ではなかったはずだが……まさか……」
心当たりがあるのか、エリオットの顔から焦りの色が見えていた。
「ど、どうしました?」
「おそらくだが、海龍神様自身がこのような状況を引き起こしているのだと思います」
「……っ? それって、この空間のことですか? そもそもさっきから聞いていると、眠っているとか、祀られているとか、まるで海龍神っていうのが実在しているように聞こえるんですけど……」
「失礼な! 海龍神様は今もなお、ご健在だ! あの方はこの神殿の最奥で私たち人魚を守護している神様なんだぞ!」
紫音の言葉が気に障ったのか、大声を上げながら熱く海龍神について語り始めた。
「そ、そうですか……。これは失礼しました……。でも、海龍神がこの状況を引き起こしたっていうのはいったいどういう意味ですか?」
「私もまた推測の域なのだが、海龍神様には数多くの不可思議な
「……ということは、俺たちは海龍神に会うためにこの変化した空間を攻略して一番奥にまでたどり着けばいいんですね」
「そういうことになるな……」
方針が決まったところでさっそく進もうとするが、
「ええー! こんなどこまで続いているかもわからない場所を歩くの!? イやよ! 絶対っ!」
まるで子供のようにわがままを言いながらローゼリッテは頬を膨らませていた。
その意志は固く、その場所に座り込んでしまった。
「おまえな……さっき働いてもらうからなって言ったばかりなのに、なんだその態度は……」
「じゃあ、おんぶして。それだったら移動もラクになるでしょう」
「それだと俺が苦労する羽目になるだろうが!」
「そ、そうですよローゼリッテさん! シオンさんに迷惑かけちゃダメですよ」
「へえ……アナタだって本当はしてほしいんでしょう? 強がっちゃって」
「――っ!?」
「そこのバカたち。無駄話している場合じゃないわよ」
紫音たちが不毛な会話を続けていると、そこに割って入るようにフィリアが口を挟んできた。
「な、なんですって――」
「どうやらお客さんの登場よ」
見ると、神殿の奥からなにかが近づいてくる足音が聞こえる。
その足音はどんどんと大きくなり、ついに正体を現す。
「な、なんだこいつらは……?」
それは紫音が初めて見る魔物だった。
魚の顔や鱗を持ち、人間のように二足歩行で歩いている。その手には三叉槍が握られていた。
「こいつらはサハギンという魚人型の魔物です。……しかしなぜこいつらが? この場所に魔物などいなかったはずだが……」
エリオットも想像していなかった事態のようで困惑の顔を見せていた。
「魔物か……。だったら倒して突き進むしかないようだな」
紫音は、腰に携えている妖刀の鏡花に手を伸ばし、フィリアに視線を送る。
フィリアも紫音の視線に気づき、首を縦に振りながら戦闘態勢に入った。
それと同時に、紫音たちの神殿の攻略が始まった。
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