第184話 最初の試練

 魚人型の魔物――サハギンとの戦闘が突如として発生した。


 紫音自身、初めて見る種類の魔物であり、どんな特性があるのかも分からない状況ではあったが、臆することなく前に出る。


「フィリアは右のほうを頼む。俺は左のやつを相手にする」


 フィリアにそう指示しながら足を進める。


 サハギンの体は小柄で、子どもとほぼ同じくらいの体格。

 そのため紫音は、サハギンの体に合わせるように少しだけ姿勢を低くしながら距離を詰め、間合いに入った瞬間、妖刀の鏡花を鞘から抜き、片手で刀を振るう。


「フンッ!」


「ギイィッ!」


 しかし、その攻撃はサハギンが持つ三叉槍によって防がれた。

 防がれたのを見て紫音は、すぐさま空いている手をサハギンの前に出し、


(ファイア・ボール)


 防御が取れない状態でいるサハギンに向かって無詠唱で火球を放った。


「ギイイイイイィィッ!」


 魔物や亜人に対して紫音の攻撃は尋常じゃないため、初級魔法である火球でも驚異的な威力を発揮する。


(これで……終わりだ!)


 凄まじい威力の火球に怯んだところで再び刀を構え、サハギンの首を一刀両断。

 切り落とされた首は血を噴きながら宙を舞い、鈍い音を立てながら地面へと転がる。そして、残された体の部分は、力をなくしたように前のめりに倒れていった。


(さすが……と言うべきか。あの身のこなしに判断力。以前から思っていたが、シオンくんは相当な修羅場を潜り抜けてきたようだな)


 一瞬のように終わってしまった紫音の戦いぶりから、エリオットは紫音の戦闘経験の豊富さを見抜き、高く評価したに。


「まずは一体……。あっ!? そういや、こいつと契約すれば情報とか引き出せるんじゃないか?」


 紫音と主従契約を結ぶことで、たとえ言語を持たない魔物だろうと、意思疎通が可能となる。

 そうすれば、この神殿についていろいろと聞くことができると考え、


「オイ、フィリア! 作戦変更だ。絶対に殺すな――」


 フィリアに生け捕りの指示を送ろうとする。

 ……しかし、


「……えっ? なに、紫音? なにか言った?」


 もう一方のサハギンは、フィリアの炎の息吹ブレスによって、激しい炎に包まれ、あっという間に焼死体になってしまった。


「……い、いや、なんでもない。まあ、次でもいいか」


 気付けなかった自分にも落ち度があるため、フィリアを咎めることはせずに頭を切り替えることにした。


「よくやったわシオン。アタシのために露払いごくろうさま」


 そんな中、まるで女王様気取りのローゼリッテが、紫音にねぎらいの言葉をかけながら歩いてくる。


「別にお前のためにやったわけじゃないんだが……。というか、お前も少しは働け!」


「ええ、イやよ。メンドくさい。街の中を歩き回りながら調査するより、こっちのほうがラクそうだったから付いてきただけで別に戦いに加わるとまでは言ってないでしょう?」


「バカみたいな理屈ばっかり並べていると、今日の分の血はナシにするぞ」


「ヒドイこと言うわね。……でもまあ、いいわ。これも契約だし、血液分は働いてあげるわよ」


 しぶしぶといった表情をしながら戦闘に参加することとなったローゼリッテは、そのまま紫音が倒したサハギンの死体の前にまで足を進めていく。

 到着したローゼリッテは、その死体をじーっと、見つめながら死体から流れ出る血を指ですくいながら、


「……ペロ」


 なんの迷いもなく、舌で舐めとった。


「……うっ!? マッズ……」


 よっぽどまずかったのか、口に含んだ血を地面に向けて吐き出していた。


「生臭くて飲めたものじゃないわね……。うぇっ……」


「……エリオットさん、ちょっといいですか?」


「……? なんだ、言ってみろ」


 みっともないことをしているローゼリッテは、ひとまず放置することにして、紫音はエリオットにあることを尋ねた。


「さっき、この神殿内部が変化したって言ってましたけど、前はどんな感じだったんですか?」


「一般的な神殿とそれほど特色すべき点はない。少なくともこんな洞窟のような内部は断じてしていない。……それと、神殿の奥には海龍神様をかたどった銅像が建てられていたはずだが、少なくともここにはないようだな」


(やはり、なにかの力が働いているのは間違いなさそうだな。……だがやっぱり、情報が足りない。早いとこ魔物を捕まえて情報を引き出さないといけないな)


 謎が深まる事態に紫音はなんとか打開策を見いだそうと奮闘していた。


「――っ!? シ、シオンさん! 奥から多数のオーラの反応があります! なにかが大勢で押し寄せてきます!」


 敵らしきものを感知したメルティナが紫音に忠告するように声を上げる。

 紫音は、再び警戒しながら刀に手を伸ばし、臨戦態勢をとる。


「あ、あれは……」


 見ると、洞窟の奥から先ほどと同じく、サハギンが今度は群れを引き連れて襲いかかってきた。


「メンドウなヤツがぞろぞろと……。紫音は私がやろうか?」


「ああ、一気にやってくれ! ただし、奴らから情報を引き出したいから何体か生かしといて……ん?」


 フィリアに指示を出していると、なぜかローゼリッテがサハギンに立ちはだかるように前に出る。


「よくもアタシに、こんなマズイ血を飲ませてくれたわね! 消えなさい!」


(いや、お前が勝手に飲んだんだろ)


 思わず胸中でそう突っ込んでしまった。

 そんなことをしている間に、ローゼリッテは攻撃の準備に取り掛かろうとしていた。


「オイ、ローゼリッテ! やるのはいいけど、何体か生け捕りに――」


創成クリエイト――《ブラッディ・レイン》」


 しかし、その言葉はローゼリッテの耳に届くことはなかった。

 すでにローゼリッテの周りには、紫音が倒したサハギンから抽出された血液が舞っていた。その血液をローゼリッテの能力によって、無数の短剣を模したものへと形を変え、上空から大群のサハギンに向けて雨のように降り注ぐ。


「ギャアアアァァッ!」


 血の短剣が次々とサハギンの群れに突き刺さり、その度に断末魔のような声が神殿内に響いた。


「アハハハハ! 死ね! 死ね! 死ねェェ!」


「……あのバカ……完全にハイになってやがるな」


「あーあ、これじゃあ全滅かな……」


「いやいや、それはマズイだろ! ローゼリッテ! いますぐ攻撃をやめろ!」


「……えっ? なに! よく聞こえない」


 激しい戦闘音のせいで、紫音の言葉はローゼリッテには届かないようだ。


「ああもう、しかたないな……。『ローゼリッテ! 攻撃中止だ!』」


 契約によって繋がれたローゼリッテに命令を下し、強制的にローゼリッテの行動を制限する。


「なっ!? なによ、これ……動けないじゃない」


 紫音の命令により、攻撃は中断され安堵するものの、すぐに落胆へと変わった。

 ローゼリッテの攻撃により、サハギンの群れは一人残らず死滅してしまい、生存者は一体もいなかったからだ。


「あーあ、やっぱりね……」


「このバカ! なんで全滅させたんだよ! 何体かは生け捕りにするつもりだったのに!」


「えぇ……なによそれ? 聞いてないわよ?」


「こっちの話も聞かずに勝手な行動をしたせいだろうが!」


「なんなのよ! 珍しくアタシが働いたっていうのにこの仕打ちは!」


 自分にも非があるというのに、それを認めずローゼリッテは怒りをあらわにしていた。


「ハア……とりあえず先に進んで、またどっかで見つけるとするかな……」


「あ、あの……シオンさん」


 紫音が落ち込んでいるところに、メルティナが声をかけてきた。


「……ティナ?」


「魔物でしたらまだいますよ……」


「本当か!?」


「はい……。隠れているようなので私が捕まえてみてもいいでしょうか?」


「ああ、頼む」


 紫音に頼まれ、少しだけ喜びの笑みを見せたメルティナは、すぐさま獲物を狙う狩人のような顔へと表情を変える。

 弓矢を取り出し、隠れている魔物に矢を構え、


(――っ! ここ!)


 狙いを定めて矢を放った。

 真っ直ぐと空を飛び、矢はそのまま一直線に進むが、その途中で急にカーブを描きながら進行方向を変えていく。


「――っ!?」


「ギイィッ!?」


 そのすぐ後、短い悲鳴が紫音たちの耳に届いた。


「ふう……どうやらヒットしたみたいです」


「ありがとうな、ティナ」


 そうお礼を言いながらメルティナの頭を優しく撫でた。

 ひとしきり撫でた後、その足でメルティナが放った矢の跡を追っていく。


「おっ! いたいた」


 紫音の視線の先には、メルティナの矢を肩に受け、地面に伸びているサハギンの姿があった。


「また、こいつ? ここには、こんなのしかいないのかしら?」


「こればっかりなら逆にいいだろう? 遭遇したとしてもそんなに苦戦はしないだろうし」


「あ、シオンさん。一応麻痺を付与させたので、しばらく動けないと思いますが、念のためにバインドもしたほうがいいと思いますよ」


「確かに、麻痺が解けて逃げられでもしたら面倒だからな……」


 紫音はメルティナの提案通りにサハギンにバインドを施し、拘束することにした。


「す、少しいいか?」


 すると、それまで静観していたエリオットが手を上げながら質問を投げかける。


「今の彼女の矢はいったいなんなんだ? 妙な能力があるとは聞いていたが、それにしてもあの矢の軌道……。ありえない方向に曲がったように見えたが?」


「あ、あれは……その……能力のおかげではなくて、矢自体に魔法を付与させたおかげでできたんです……」


 メルティナはいったん心を落ち着かせるように大きく深呼吸しながら話を続ける。


「私たちエルフ族には通常の魔法とは違う精霊魔法というものが備わっておりまして……その中の風系統の魔法と状態異常を引き起こす魔法があるので、それらを矢に付与させたんです……ふう……」


「なるほど……私たちでいうところの『人魚の魔法マギア・セイレーヌ』のようなものがエルフにもあるのか」


「話はそこまでにして、そろそろ契約と行こうか」


 そう言うと紫音は、サハギンの頭に触れ、主従契約の術式を発動させる。


「――っ!」


 瞬間、サハギンと紫音の下に術式が展開される。

 準備ができたところでいよいよ紫音は契約に取り掛かろうとする。


「…………ん?」


「どうしたの、紫音?」


 一向に契約の術式が消えないところを見て、たまらずフィリアが問いかける。


「どうやらこいつはすでに別の奴と契約を結んでいるようだな」


「それって、他に主人がいるってこと?」


「ああ、そういうことだ」


「それなら、さっさと先に進むべきか……」


 諦めてそう提案するエリオットに対して紫音は、


「いや、まだ方法はある」


 なにか打開策があるらしく、別の方法を試そうとする。


「いったい何をするつもりだ?」


「二重契約っていうのを試してみます。要は、いまある契約に割り込む形で俺と契約を結ぶようなものだと思ってください」


「ま、待て! 私は主従契約などの知識には疎いが、普通主人となるものは一人のはずだ。上書きなどできないはずでは?」


「上書きではありませんよ。元からある契約はそのままにして新たに俺との契約を結ぶだけです。成功率は低いですが、過去に成功させたこともあるのでちょっとやってみますね」


 紫音は顔の経験から無謀とも思える契約を実行しようと試みる。


「――うっ!」


 いつもより多くの魔力を契約の術式に流し込み、サハギンとの契約を結ぼうとする。

 途中、頭に痛みが走るが、その痛みを我慢してさらに魔力を流し込んだ。


「ハアアアアアアッ!」


 二人の間に眩い光がほとばしり、目を開けられないほどの光が放たれる。

 次第にその光が小さくなり、やがて消え去っていく。


「ふう……」


 紫音はやり遂げたような顔を見せながら大きく息を吐いた。

 そして……、

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