第181話 捜査の方針

 海皇の間から退室したフィリアたちは、そのまま黙々と長い廊下を歩いていく。

 誰もが言葉を発しないままでいたが、しばらくして、


「……アァッ! もう! なんなのよ! あのクソオヤジッ! こっちが下手に出れば言いたい放題言いやがって!」


 なにかのスイッチが入ったかのように突然フィリアが人目もはばからず大声で文句の数々を言い始めた。


「うわぁ……これまたずいぶんと鬱憤うっぷんが溜まっていたみたいだな……」


 その証拠に大声を出すだけにとどまらず、地団駄じだんだまで踏んでいる。


「まあ、あれほど理不尽なことを言われてしまってはどんな輩でも怒らずにはいられないのじゃろうな。……それにしても、今回はいつもよりずいぶんとご立腹のようじゃな」


「あったりまえよ! あの上から目線な言い回しに、私たちをバカにしているようなあの目。最初会ったときからだれかのことを思い出すなあって思っていたら、お父様にそっくりだったのよ! ああもう! 思い出すだけでまたイライラするー!」


 おそらく過去に似たような経験をしたのだろう。

 フィリアの怒り具合からそれが痛いほど伝わってくる。


「お前がどれだけツライ想いをしていたのか、十分に伝わったからそろそろやめような? 一応ここ王宮だしさ……」


 ここは王宮内の廊下。

 どこのだれが聞き耳を立てているかわからないため、紫音は静かにさせるためにフィリアをなだめるが、


「そんなの関係ないわよ! 私がどれだけ我慢したかわかってもらうまで何度でも言ってやるんだから!」


 しかしフィリアは、周りが見えていないのか、紫音の静止の声に耳を傾けずに大声をあげていた。


「もう、文句を言うだけじゃ収まらないわ! 紫音! 私のことをもっとホメなさい!」


「……はっ?」


「『よくがんばったね』ってホメてホメてホメ散らかしてよ! 私、それだけのことをしたんだから!」


 今度は、よく分からない御託を並べて、褒めるよう要求し始めた。


(こいつ……俺より何倍も年上のはずだよな……)


 目の前にいるフィリアは、もはや一国の王ではなく、見た目通りのただの駄々っ子にしか見えない。

 付き合いきれず、紫音はフィリアを無視して別のほうへと意識を向けることにした。


「そういえば、ティナ……」


「……は、はい?」


「ちょっと! 私のこと無視しないでよ! 早くホメ散らかしなさい!」


 後ろでなにやらフィリアの声が聞こえてくるが、その声を一切遮断しながら紫音はメルティナとの話を続ける。


「ティナは大丈夫だったか? あんなヒドイことを言われたうえに、頭を下げるなんて我慢ならなかったよな。ティナも王族なのに……」


「い、いえ……そんなことありません。たしかにフィリアさんたちのことを悪く言われたときは私でもムッときましたけど、大事な謁見の場を乱さないために我慢できましたし、頭を下げることだって相手の顔を見ずに済むので、むしろ私にとっては好都合でしたので……」


「……そ、そうか。気にしていないならべつにいいんだ」


 どうやら紫音の杞憂だったようで、ほっと安堵した。


「……あっ、そういえば……」


 と、メルティナはなにかを思い出したようにハッと顔を上げる。


「どうしたんだ?」


「あ、いえ……前にリーシアさんからある質問をしてきたことを思い出したんです」


「質問……?」


「……はい。とは言っても難しい質問じゃなかったんです。ただ『ご両親との仲はいいんですか?』とだけ訊かれたことがあったんです」


「……両親」


「私、その質問に対して『こんな私でも愛してくれる自慢のお父様とお母さまです』って答えたんですけど、そのときのリーシアさんの顔が少し浮かない顔をしているように見えたんです」


 そこでいったん言葉を止め、一呼吸置いた後に再びメルティナは言葉の続きを口にする。


「さっきのリーシアさんとご両親との会話を見て思ったんです。もしかしたらリーシアさんは、ご両親とうまくいっていないのではないかと……」


「……ああ、確かにそうかもな。王様のほうはリーシアに興味がないって顔だったし、あながち勘違いじゃないかもしれないな」


 少なくとも家出して一ヶ月以上も行方不明だった娘が帰ってきたならやさしい言葉をかけるはず。

 しかし、先ほどのやり取りからはやさしさの欠片など微塵も感じ取れなかった。


「グリゼルとヨシツグ、ローゼリッテも大丈夫だったか?」


 少し空気が重くなってしまったので、紫音は話題を変えるためにもメルティナにした同じ質問を今度は、グリゼルたちにも投げかけることにした。

 ディアナとは違い、二人はこうした公式的な場は初参加のため、一応訊いてみることにした。


「心配するなよマスター。オレはフィリアの嬢ちゃんより長く生きているんだ。当然処世術ってヤツも身につけているし、異国での振舞い方も熟知している」


「ただ頭を下げるだけのことでしょう? 余計な体力を使わずにすんだし、アタシとしてはラクだったからべつに気にしてないわ」


「今の私は、シオン殿に雇われている立場だからな。一時の感情で馬鹿な真似をするつもりはない。……ただ、シオン殿の能力の一端を耳にしたというのに、あの態度はいただけないとは思ったな。恩人であるシオン殿に無礼な振る舞い。思わず刀を抜くところであった」


「……お前、それ絶対頭の中だけに留めておけよ!」


「…………ふん、無論だ」


「オイ、なんだ? いまの間は?」


 若干の不安を抱えながら話を続けていると、


「オォ、ここにいたのか」


「シオンさまー!」


 紫音たちを追いかけるようにエリオットたちが現れる。

 リーシアに至っては、紫音の姿が見えた途端、一直線に紫音に飛びかかった。


「あれ? リーシア、お前呪いの鎮静化に出て行ったんじゃ?」


「うぅ……出発まで少し時間があるので、ギリギリまでシオンさまと一緒にいたかったんです。……ダメ、ですか?」


 リーシアは目をうるうるとさせながら懇願するように紫音を見つめる。


「……まあ、それならいいけど」


「やった!」


 リーシアは小さく笑みを浮かべながらガッツポーズをした。


「リーシアは……まあ、なんで俺たちのところに来たか分かったけど、エリオットさんたちまでどうして俺たちのところに?」


「いや、用があるのは私だけで、後ろの2人はただの付き添いだ」


「ただの付き添いってのは、ちょっとヒドくねえか兄貴? 短期間とはいえ一緒に過ごしてきた仲だ。見送りくらいするっていうのが筋だろう?」


「私もガゼット兄さんと同じであなたたちの見送りに来たのよ。まあ、魅力的な研究素材と離れ離れになるのは心苦しいことだけど、残念なことに研究所に呼ばれてね。ケレス姉さんを怒らすと後が面倒だからすぐに行かなきゃいけないんだけどね」


「ケレス……姉さん? 前から思ってたけど、ずいぶんと兄妹が多いんだな」


 あまりの兄妹の多さに聞かずにはいられず、思わず紫音は口に出してしまった。


「まあ確かに、一般的な家庭に比べたら多いほうね。なにせ8――」


「私たちは7人兄妹だ。そうだろ、セレネ?」


 セレネの言葉に無理やり割って入り、エリオットが代わりに答えた。

 その不自然な行動に当然紫音たちは怪訝な顔を浮かべるが、深く追及するべきでないと考え、触れないことにした。


「……そ、それで、後ろの2人については分かりましたけど、エリオットさんはどうして?」


「あ、ああ。先ほど父上からの指令でシオン殿たちの捜査に同行することになったんだ。だから追いかけてきたというわけだ」


「そういえば、そんなこと言ってたわね。でも同行というのは建前で、本当のところは私たちが妙なマネをしないよう見張る監視者なんでしょう? てっきり、私たちと顔見知りじゃないだれかが来ると思っていたんだけど……」


「なかなか痛いところをついてくれるな。……だが安心しろ。父上から命じられたのは私だ。どのような意図で私を選んだか、まではわからないが、私個人としては君たちへの協力は惜しまないつもりだ」


「頭の固いお父さまがご迷惑をおかけしました」


「べつにいいわよ。顔見知りの分、こちらとしては動きやすくなるから逆に好都合だわ」


 エリオットたちの事情を聞いた後、フィリアは紫音のほうへ顔を向けながら今後の方針に問いかける。


「それで、これからどうする?」


「……なあ、少しは自分で考えたらどうなんだ?」


「紫音は、私の右腕なんだからそんな小さいこと気にしないの。……それでなにか案はあるの?」


 悪びれもせずに言う様にもはや感心すらしてしまう。

 紫音は小さくため息をつきながら前から考えていたことを伝える。


「俺としては、二手に分かれて行動したほうがいいと思う」


「二手に……? なんでそんなことを……」


「前から思っていたんだけど、今回の事件はただ呪いに侵された魔物を救済するだけでは終わらないと思うんだ。そんなのはただの一時しのぎだけで、根本的な解決にはならないはずだ」


「つまりは、呪いの大元を見つけ出すっていうこと?」


「そういうことだ。……エリオットさん」


 紫音は、あることを聞くためエリオットに声をかける。


「なんだ?」


「オルディスから一番近い地上の国ってどこにありますか?」


「――っ!? そ、それなら、『アトランタ』という国が一番近いな……」


(この反応……)


 一瞬だけ動揺する顔を見せるエリオットの姿に紫音はある予想を立てた。


「……もしかして、エリオットさんたちもすでにその線で動いているんですか?」


「――っ!?」


 さらに動揺を見せるエリオットだったが、やがて観念したように大きく息を吐きながら白状した。


「ああ、そうだ。私たちはそのアトランタという国が呪いの発生源を生み出したのではないかと考え、調査している」


「ちなみに捜査内容については……」


「残念だが、その件は私の管轄外なのでな、よく知らないのだよ」


「……そうですか。それならこっちはこっちのやり方で調査でもしてみるか」


 言いながら紫音は、少し考える素振りを見せたのち、グリゼルたちのほうに顔を向ける。


「グリゼルにディアナ、それとヨシツグ。悪いが、少しアトランタについて調べてくれないか?」


「任せろよ、マスター」


「こちらの流儀で調べてみるかのう」


「うむ、心得た」


 紫音たちが、捜査の組み分けの話をしていると、エリオットはなんとも言えない微妙な顔をしながら紫音たちを見ていた。


「同行する手前、二手に分かれられると私としては困るのだが……」


「そこは黙っててください。もしなにか言われたらもう片方は観光に行ってしまいましたとか、適当にごまかしてください」


「……なんともいい加減な誤魔化し方だな」


「残りは呪いの対処に動こうと考えているんだが、エリオットさん。いま一番、呪いの浸食が大きいところってどこかわかりますか? できればまだだれも手を付けていない場所がいいんですけど……」


 再びエリオットに質問してみるが、すぐには答えが出ないようで、エリオットは頭の中を巡らせ候補となる場所を必死に思い出していた。

 そしてしばらくした後、無事に思い出したようだが、なにか都合が悪いのか、はっきりと言葉にできずに言い淀んでしまった。


「……どうしたんですか?」


「一応心当たりはあるんだが、この場所を部外者に言っていいものか……」


「エリオット兄さん! シオンさまたちが協力してくれるんですから、部外者とかそんなもんいまは関係ないでしょう!」


 リーシアにそう言われ、ついにエリオットは心当たりについて話す決心をした。


「実はだな……その場所は、ここよりも海底にある場所で、私たちにとって神域のような場所でもあるのだよ」


「神域……?」


「……ああ。そこには海龍神様が眠る神殿があるんだ」

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