第180話 海皇ブルクハルト
「馬鹿娘が……ようやく帰ってきたな……」
低く重みのある声が部屋一体に響き渡る。
その声を発した本人の圧も相まって、部屋中に緊張感が走っていた。
(な、なんで……こんな状況に……)
あまりにも重苦しい雰囲気に気圧され、紫音は頭を伏せながらこのような事態に発展してしまった経緯を思い返していた。
エリオットたちが、王室専用の通路の申請に言った後、すぐに許可が下りたため、紫音たちはその通路を通ってオルディスに入国することとなった。
いま思えば、あのときにでも打ち合わせなり、対策なりを立てたりして国王との謁見に備えるべきだった。
オルディスに入国した後、そのまま王宮に案内され、特に障害があるわけもなく国王と女王との謁見が始まり、いまに至っている。
国王たちも公務などで忙しいはずだから、謁見までに多少の猶予があるだろうと、タカを括っていたため、まさかこんなにも早く機会が設けられるとは誰も予想だにしていなかった。
(ある程度、話す内容については事前に打ち合わせしていたけど……この国王を前にしてフィリアの奴、余計なことはしないだろうな)
先ほどの言葉だけでも伝わる高圧的な態度。
時と場所ぐらいはわきまえているだろうが、好戦的なフィリアのことだ。向こうからケンカを吹っ掛けられでもしたら迷わず買ってしまう恐れがある。
胸中でそのようなことを考えながらフィリアのほうへちらりと視線を向ける。
『そんな心配そうな目を私に向けるんじゃないわよ。ここは私に任せて紫音は堂々としてなさい』
不安そうな顔を浮かべる紫音を見かねて、フィリアが念話を通じて話しかけてきた。
『タイミングを見て話を切り出すから、しばらく黙っていなさい』
『お前がそういうなら分かった』
『まあ、私としてはあの人魚姫さんが暴走しないか、そっちのほうが心配だけどね……』
『……』
そう言うフィリアの視線の先には、リーシアの姿が。
確かにこの中で言えば、リーシアが一番、なにをするか分からない爆弾のようなもの。
しかしリーシアとて、時の場所はわきまえているはず。
紫音たちは片膝をつき、頭を伏せた状態のまま静かにリーシアが暴走しないことを願っていた。
「ただいま戻りましたー」
「なんだ、その態度は? お前のせいでどれだけの時間と労力を費やしたと思っているんだ」
「だれもそんなこと頼んでいませんけどー? むしろわたしは、外の世界で楽しくやっていたんですからそのまま放っておいてもよかったんですよ」
「それはただお前の運がよかっただけのこと。普通なら奴隷行き確定だ」
「……うっ」
痛いところを突かれてしまい、反論することができなかった。
「そもそも、行方不明になったのが王族の者なら、心配して探しに行くのは当然のことだろう?」
「なーにが心配して、ですか? どうせわたししか持っていないっていう能力目的のくせに。それがなかったら、探しにすら来なかったんじゃないですか?」
「リーシア、少し言葉が過ぎますよ。あなたの身勝手な行動のせいで、どれだけの人が被害を受けたと思っているんですか。反省しなさい」
いままで国王の隣でだんまりを決め込んでいた女王が口を開き、リーシアを叱りつけていた。
「……能力について否定の言葉もないってことは、やっぱりそれ目的だったんですね」
確信をつくリーシアの言葉に対して、国王たちは反論することもなく、じっとリーシアを見ている。
「はっきり言っておくが、今となってはその真偽などどうでもいいこと。今のお前にはやるべきことがあるだろう?」
「……っ。呪いの鎮静化……ですか?」
「そうだ……。お前にはこれから各地を回り、呪いに侵された魔物の鎮静化にあたってもらう。この件は国の存亡にも関わる重大な案件のため拒絶など断じて許さない」
「……うぅ、わ、分かりましたよ」
「それと、お前には道中の護衛として上級騎士を数名、そして別件で調査に出ていたアウラムが戻ってきているので、アウラムも護衛に加えた状態で各地を回ってもらう」
「……えっ!?」
アウラム、という名前を聞いた瞬間、なぜかリーシアは心底嫌そうな顔を表に出していた。
「ア、アウラム兄さんも一緒に……ですか? うぇ……」
「そんな顔をしても撤回するつもりはないぞ。他の兄姉にはもう、別の命令を出しているからな」
「……うぅ」
「後のことはアウラムに指示を仰いで行動しろ。こちらも忙しいのでな」
(そろそろね……)
いまの口振りからして、リーシアとの話ももうすぐ終わりを迎えそうな雰囲気。
フィリアはそのタイミングを見計らって話を切り出そうと前に出るが、
「……あれ? ちょっと待って! なんでわたしがシオンさまと別行動なのよ!」
(……は?)
それはリーシアの発言によって、中断を余儀なくされた。
「誰のことを言っているのだ?」
「だれって……この人に決まっているでしょう!」
(こ、この、バカッ!?)
敬意を示すため片膝をつき、頭を伏していたというのに、リーシアに強引に腕を組まされた状態で前に出てしまった。
「お父さま、お母さま、紹介します。宣言通りこのリーシア、外の世界に出て、見事運命の人に出会うことができました」
「…………」
「それにシオンさまは、アルカディアという国の発展に大きく貢献している素晴らしい方なんです」
「エリオットからの報告にあった国のことか……」
「そうです! 今回の件が片付いた暁にはシオンさまと一生を添い遂げるためにアルカディアに移住することを決意しましたので、もう放っておいてくださいね」
「リーシア! なにもかも勝手に決めるんじゃねえよ! そもそも、お前と結婚するつもりはないって何度も言っているだろう!」
さすがにこれ以上リーシアの好きにやらせて失言を連発させられるのも困るので、紫音は慌てて話に割って入っていく。
「シ、シオンさま……わたしのことキライなんですか?」
「そんなうるうるした目をしても俺には通用しないからな」
「……チッ!」
思い通りに行かず、悔しそうにリーシアが舌打ちをしていると、静観していた国王の口が開く。
「異国の者よ、初めましてだな。私の名はブルクハルト。挨拶が遅れてしまったことを詫びよう」
「私はティリスと申します。この度は不肖の娘を保護してくれたことに感謝いたします」
国王のブルクハルトと女王のティリスは、初めて紫音たちのほうへ顔を向けながら軽く会釈する。
「国王陛下ならびに女王陛下。お初にお目にかかります。私、亜人国家アルカディアという国の王を務めているフィリアと申します。この度はこうして謁見の場を設けてもらい、深く感謝いたします」
リーシアが起こしてしまった流れを修正するため、フィリアも前に出て発言する。
「この度、私どものほうで申し出たいことがあり、はるばるアルカディアから参りました」
「それもエリオットからの報告にあったな……。それで用件はなんだ」
「はい。この国で起きている『呪怨事件』と呼ばれる事件を聞き、ぜひ私どももこの事件の解決に一役買いたいと考えております」
「……ふむ、要は事件の捜査に加わりたいということか?」
「はい。おっしゃる通りです」
「事件について話を聞いているならば知っていると思うが、オルディス近辺には呪いに侵され、凶暴化した魔物どもが無作為に危害を加えている状況だ。この魔物に相対した場合、お前らには対処する術は持ち合わせているのか?」
「ええ、それについてはご心配なく。ここにいる者たちはどれも腕に覚えがあるものばかりです。かくいう私もこの角を見てもらえれば察しがつくと思いますが、竜人族であるため魔物相手に引けを取らないかと」
「ほう、竜人族というのは自国に隠れて、びくびくしながら暮らしているとばかり思っていたが、そうでもないようだな」
フィリアを試すためなのか、挑発する言葉を口にしてくるが、フィリアは動じたりせずに話を続ける。
「そして、ここにいる紫音は優秀な魔物使いでもあり、呪いに侵された魔物が彼と契約すると、呪いは解呪され、従順な彼の僕となります」
フィリアの言葉に、ブルクハルトの顔がぴくっと動き、動揺するような顔を見せる。
「……今の話は本当のことか?」
言いながらブルクハルトは、エリオットたちのほうへ顔を向けながら問いかける。
「はい、お父様。彼女が言っていることはすべて真実です。実際に私たちはその現場を目撃していますので」
セレネから話の真偽を問いただした後、少し考えをする素振りを見せる。
「いいだろう。事件の捜査に関わることを許可しよう」
「――っ!? ありがとうございます」
「……ただし、この件は私たち人魚族の問題でもあるため、他国の者に開示できない情報があるのだが、それでも構わないだろうな?」
「な、なんですかそれは! せっかくシオンさまたちが協力してくれるっていうのに情報の共有をしないとでも言うんですか!」
「なにもすべての情報を開示しないとは言っていない。こちらのほうで精査したのち、開示できる情報だけ提供すると言っているだけだ」
「……で、でも」
「いいえ、それでもかまいません。寛大なお心に改めて感謝いたします」
リーシアの言葉を遮るようにフィリアは言った。
「それと、捜査に加わるといってもこちらも人員は手一杯だ。申し訳ないが、案内役として一人付けるから後は好きにするがいい」
「――っ!?」
「なっ!?」
これはつまり、向こうにとって紫音たちは、ただの邪魔な存在であり、なんの利もない存在であると告げられたようなもの。
案内役と称して、人員を一人割いてくれるようだが、これは紫音たちの監視の役割を担い、余計なことをさせないよう牽制していると捉えることができる。
あまりにも屈辱的な発言に、フィリアの堪忍袋の緒が切れるそうになるが、ぐっと堪え、頭を伏せながら口を開く。
「しょ、承知しました。で、では、こちらは……こちらの流儀で事件の解決に尽力を尽くそうかと思います」
「そうか……。それでは話はこれで終わりだ。まあ、頑張ってくれたまえ」
その言葉を最後に謁見は終了となり、紫音たちは海皇の間から退室することとなった。
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