第174話 深海へ誘う海の馬車
雲一つもない快晴の日。
今日は、リーシアの故郷のオルディスへと出発する日である。
そんな日に紫音たちは、リーシアと初めて出会った海岸に足を運んでいた。
事前にエリオットから集合場所として指定されており、到着すると、提案者であるエリオットとリーシアたちが先に紫音の到着を待っていた。
エリオットは、紫音たちが来るのを見ると、こちらへと歩み寄りながら声をかけてきた。
「お待ちしておりましたよ、フィリアさん。全員揃っていますか?」
「ええ、揃っているわ。……ところで、見たところ移動手段のようなものは見えないのだけど、オルディスまでどうやって行くつもり? まさか私たちに、泳いで行けとは言わないわよね」
「それなら心配ない。本国に要請して足を用意してもらった。もうそろそろ着くはずだから申し訳ないが、それまで待っていてくれ」
「そう。それなら安心だわ。」
「本来なら私たちが乗ってきた大型の魔物にでも皆さんを乗せてオルディスまで向かうこともできたのですが、あの馬鹿が無茶させたせいで、大怪我を負ってしまって、今は本国に転送して治療しているんです」
そう言いながらエリオットは、ケガを負わせた張本人であるガゼットを恨めしそうに睨んでいた。
しかし、当のガゼットはエリオットの視線になど気付かず、のんきに欠伸をしていた。
「それは災難だったわね。……まあ、乗り物があるなら到着まで待たせてもらうわ」
フィリアは一度、エリオットと別れ、その足で紫音たちのところに戻る。
その後、先ほどの会話の内容を紫音たちに報告することにした。
「……なんだ、出発はまだなのか?」
「そうみたいよ。でも、もう少しで来るみたいだからのんびり待ってましょう」
「そうだな。……でもまあ」
フィリアの提案に紫音は、ある方向を呆れた顔で見ながら続ける。
「約一名、待ちきれそうにない奴がいるけど、大丈夫かな?」
「……あのバカは……私でもあんなに浮かれたりしないわよ」
二人が視線の先には、笑顔が漏れており、なんとも緩み切った顔をしているローゼリッテの姿があった。
いつもの闇色のワンピースに日傘を持ちながら太陽の光から身を守り、その傍にはやけに大きな荷物が置かれている。
「今日はなんていい日なのかしら。憎っくき太陽が空に出ているけど、そんなの関係ないわ。だっていまから太陽の光も届かない人魚の国に行くんですもの。ああ、早く行きたいわ、吸血鬼にとっての第二の楽園へ」
本来の目的を忘れて完全に旅行気分でいるローゼリッテに紫音は呆れてモノも言えなかった。
「あのバカ! 昨日ちゃんと言っておいたのに、なに考えているのよ!」
「昨日……? なんの話だ?」
「えっ!? い、いや、なんでもないわ。ちょっと注意してくるわね」
誤魔化すような口振りをしながらローゼリッテのもとまで駆け寄ると、フィリアはひそひそ話をし始めた。
「ちょっと、この浮かれバカ! あなたこの旅の目的と昨日の件のことちゃんと覚えているのよね?」
「なによ。人がせっかくいい気分だったっていうのに水を差して……。アナタに言われなくてもちゃんと覚えているわよ。今回の目的も……アナタと共闘する件もね」
「……それならいいのよ」
「でも驚いたわ。まさかアナタのほうから協力を求めてくるとはね……」
「紫音にも言われたことなんだけど、これから先、アルカディアが発展していくためには個々の力よりも集団での力が必要になるみたいなのよ。……ほら、この前の人魚との戦いのときもそれで勝てたでしょう?」
先日、紫音からそのようなことを言われ、フィリア自身、その事実を真剣に受け止めていた。
その結果フィリアは、これまでの戦い方を改めようと考え、昨夜ローゼリッテに協力を打診していた。
「まあ、アタシとしては別のいいわよ。アナタが働いてくれる分、アタシもラクできるしね」
「っ!? ……ねえ、協力ってどういう意味か知っているわよね? もし知らないなら、その矮小な脳みそに懇切丁寧に教えてあげてもいいのよ」
「なによそれ? ケンカ売っているの?」
ローゼリッテの余計な一言から二人の口論が突如として勃発した。
(あいつら、なにやってんだ?)
二人がどんな話をしていたのかなどまったく知らない紫音は、呆れた顔をしながら口論している二人の姿を眺めていた。
(……他のみんなは大丈夫だよな?)
まだ出発まで時間があるようなので、紫音は今回の旅に同行するメンバーの様子を静かに眺めることにした。
「久しぶりの海底か……。前行った国とは別みたいだが、マーメイドバーはあるよな。前行った国は酒もうまいし、かわいい姉ちゃんもいっぱいいたから楽しみだぜ」
旅のメンバーの一人であるグリゼルは、ローゼリッテと同じく旅の目的など忘れて、酒と女のことしか頭に入っていない様子だ。
紫音たちの中でグリゼルが唯一の訪問者なので、頼りにしていたのだが、この様子ではそれも無理なようだ。
「姫様、お気を付けていってらっしゃいませ」
「ユリファさん、留守はお願いしますね」
「私も一緒に行ければよかったのですが、屋敷の管理がありますので……」
「し、心配しないでください。シオンさんたちも一緒ですので。……それに、私もこのままではいけないと思っているんです。この性格のこともそうですが、私自身、もっと知見を広げるためにも今回の旅はいいきっかけになると思っているんです」
「姫様……本当にご立派になられましたね。このユリファ、感動いたしました」
「大げさですよ、ユリファさん」
紫音とともにオルディスに行くことが決まっているメルティナは、ユリファと別れのあいさつを交わしていた。
今回の旅は、前回のエルヴバルムの件とはまた違ったものになるので、気丈に振舞ってはいるが、その顔は不安に満ちていた。
「……それはそうと姫様。これを機にシオン様との距離を縮めるのはいかがでしょうか?」
「ふえっ!? ユ、ユリファさん突然なにを?」
「リーシア様という新たなライバルも登場したことですし、もっと自分をアピールするには今回の旅はもってこいかと思います」
「うぅ……。そ、その件に関しては、前向きに検討したいと思います……」
(あっちはあっちで、いったいなにをやっているんだ?)
別れのあいさつでもしているのかと思いきや、いつの間にか別の話に切り替わっており、なんだか入りづらい雰囲気を醸し出している。
いまは関わらないようにしようと思い、再び視線を変えると、先に到着していたディアナがセレネと話をしていた。
「酒場でリーシアが公演を開いているときに見かけたのだが、あの音の出る魔石はいったいどういう仕組みなのかね? 私の予想では、あの魔石は音を記録するものではないかと睨んでいるのだが……」
「ほう、よく分かったのう。お主の予想通り、あの魔石には一定の音を録音することができる性能を持っておる。そこに増幅の魔法式を組み込んで周囲に音を拡散させているのじゃよ」
「増幅……? あれは本来、物体を少し大きくさせる程度の魔法のはずだけど、目に見えない音まで増幅することができるの?」
「術式を少しばかりいじってしまえば簡単にできてしまうぞ」
「術式の改変ね。今度やり方を教えてはくれないかしら?」
お互い話が合うらしく、この滞在期間中もセレネは頻繁にディアナの研究所に訪れては、助手まがいなことをしているらしい。
(あれは、分身体か……? そういえばこの頃は、ポーション作りのせいで忙しいとか言っていたからな……さすがに見送りをしているヒマはないか……)
「みなさん! そろそろ準備をお願いします。もうすぐ到着するそうです」
紫音がみんなの様子を眺めている間にオルディスまで運んでくれる乗り物が到着したようで、エリオットが招集をかけてきた。
「へえ、やっと着いたの? それであなたたちが用意してくれた足というのはいったいどこにあるの?」
フィリアがきょろきょろと周囲や海に目を向けるが、それらしきものはどこにも見当たらない。
「そろそろだな……。下を見てもらえればすぐにわかる」
エリオットがそういうので、紫音たちが海岸から海面を覗いてみると、
「……あれは……馬……か?」
「そんなわけないでしょう。……だって崖を駆け上っているのよ。それに毛の色だって馬らしくないじゃない」
馬らしく生物が断崖絶壁の崖を強靭な脚力で駆けている姿が紫音たちの目に入った。
白い体毛に鮮やかな瑠璃色のたてがみが走るたびになびいている。
「だれが指示したのかは知りませんが、また珍しいものを寄こしてきたみたいですね」
「リーシアはあれを知っているのか?」
「はい。あれは王族専用の馬車です。海の中でも陸の上でも軽やかに走ることができるという代物ですね」
「あっ、やっぱり馬なのか、あれ?」
「インペル・シーホースのことですね。一応あれも魔物の一種なのですが、絶滅危惧種の魔物で、かなりの希少種らしいですよ」
「そんな希少種が4頭もこっちに来ているのだが……」
などと言っているうちにインペル・シーホースたちが紫音たちのところへと到着した。
4頭のインペル・シーホースの後ろには通常の数倍の大きさはある馬車が繋がれている。
「すぐに出発いたしますので、みなさんは後ろの馬車にお乗りください」
みんなが馬に目を奪われている中、エリオットはコホンと咳払いを一つして、馬車の中に入りながらみんな指示を出す。
紫音たちはその指示に従い、エリオットたちに続いて馬車に乗り込む。
(中は……案外広いんだな……)
紫音たち全員が乗り込んでもまだ座席は余っている状態で、まだまだ座れるくらい残っている。
「それじゃあユリファさん。あとのことはよろしくお願いします」
「他のみんなにもよろしく伝えておいてね」
「かしこまりました。皆さま、お気を付けていってらっしゃいませ」
ユリファに旅立ちのあいさつを交わしながら紫音たちはオルディスへと向かうのであった。
「最初は少し揺れると思うからしっかりとどこかに掴まってろ。よし、それでは出発させろ」
エリオットの号令を合図に馬車は走り出した。
再び崖を下り、そのままの勢いで海の中へ潜り込んだ。
馬車の中に取り付けてあった窓を覗き込んでみると、そこにはきらびやかな海中が広がり、目が奪われそうになる光景だ。
しかし、それも一瞬のこと。
すぐに紫音はあることをハッと思い出し、エリオットに忠告する。
「マズいぞ、エリオット。ここは凶暴な魔物が生息している海域だぞ。この馬車で本当に大丈夫なのか?」
「なにを言っている。この馬車がどこから来たのかお前も知っているはずだろう」
そういえばそうだ、と紫音は大事なことを思い出し、落ち着きを取り戻す。
この馬車が紫音たちのところまで向かうには、この海域を通らねばならない。おそらく、なにかしらの方法で魔物の被害に遭わずに済むはずだが、残念ながら紫音にはその方法が思いつかずにいた。
「……あれ? なによあれ?」
フィリアは前方に目を向けながら指を差している。
紫音もつられるようにフィリアと同じ方向に目を向けると、
「う、渦……? それもデカい……」
前方に紫音たちが乗っている馬車よりも遥かに大きな渦が立ちはだかっていた。
するとこの馬車は、そのまま大きな渦の中に入り、その中を悠々とまるで泳ぐように走っていく。
「これは、私たちの仲間が前もって作らせておいた海の道です。これで魔物と遭遇せずに突き進みますよ」
凶暴な魔物たちもこの渦には近づくこともできない様子で、エリオットの言う通り、危険な海域を安全に通り抜けることに成功した。
(こんなこともできるのか……人魚っていうのは……)
紫音は、改めて人魚族の能力に興味を抱きながら、オルディスへと向かうのであった。
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