第171話 人魚からの依頼

 人魚たちに勝利した紫音たちは、さっそく捕縛したセレネに結界の解除を命令する。


 特に拒む素振りも見せず、セレネが展開していた結界を解き、再び紫音たちは元いた場所へと戻ることができた。

 ほんの少ししか離れていなかったというのに、地面を踏みしめ、思いっきり深呼吸をした瞬間、懐かしさを感じた。


 その後、セレネと同様にエリオットたちもバインドで捕縛し、今後のことについての話し合いをすることにした。


「まさか、こんな奴らに負けるとは……」


「なんだこりゃ!? ぜんぜん解けねえんだけど、どうなってんだよオイッ!」


「兄さんたち、大人しく向こうの話を聞きましょう。どうも向こうは、これ以上の危害を加えるつもりはないみたいだし」


「……むっ、仕方……ないか。これも敗者の務め……」


「ケッ! するならさっさとしろ!」


「いい心掛けね。私としても人魚と敵対するつもりはないから安心してちょうだい」


「……それで、私たちはどうすればいいの?」


 そして、セレネの第一声により話し合いは始まった。


「どうすればいいって決まってます! セレネ姉さんもエリオット兄さんもガゼット兄さんもわたしのことを見逃してこのまま帰ってください!」


「……それはできない相談ね」


「セ、セレネ姉さん!? なんでですか! シオンさまたちに負けたんですから、これくらいの要求、呑んでくれてもいいじゃないですか!」


「痛いところをついてくれたようだが、それでも了承しかねる。……たとえ、リーシアの願いだったとしてもな」


「エリオット兄さん……」


 リーシアの要求はエリオットの一言によって一蹴されてしまう。


「私たちは父上の命令を受けて、リーシアの捜索に出ている。本人の意思がどうあれ見つけた以上、私たちはリーシアを連れて帰らなければならない」


「いくらパパの命令だからって、わたしは従ったりしませんからね!」


「残念だが、そうもいかない。虚偽の報告をするわけにもいかないだろうし、なにより父上から与えられた任務も完遂することができなくなる」


「ホント、あきれるくらいマジメっぷりですね……エリオット兄さんは……」


「ちなみにだけど、あなたたちもリーシアと同じ意見なの?」


 両者とも折れるつもりがない状況の中、静観していたセレネがそのような質問をフィリアたちに投げかけてきた。


「……そうね。一応、私たちもリーシアの同じ意見だけど……ここまで状況が大きく変わってしまっては匿うこともできないわね」


「フィ、フィリアさん!?」


 悪化してしまった現状を前にしてフィリアは、リーシアの望みに同意することができなくなっていた。


「……というより、いい機会だしこのまま帰ったほうがいいんじゃない?」


「そんなこと言わないでくださいフィリアさん! せっかくこの国でやりたいこと見つけて、楽しく過ごしていたのに……見捨てるなんてヒドイじゃないですか!」


「ちょっと! 私を悪者扱いしないでくれる。そもそもの原因は、あなたが家出したのが始まりなんでしょう。もう見つかってしまったんだから、今度は親に説得してから帰って来なさい」


「そんなことできたら家出なんかしません!」


「とにかく、私はこれ以上人魚と事を荒立てるつもりはないからね」


「……フィリアさんだって、わたしと同じくせに……」


 まったく聞く耳を持ってくれないフィリアに、リーシアは仕返しといわんばかりにボソッと言う。


「……そ、それはどういう意味かしら?」


「聞きましたよ。フィリアさんだって、わたしと同じ家出した身なんでしょう? 国を出て自分の居場所を作るためにアルカディアを建国したって聞きましたよ」


「ちょっと、なによそれ! 前半はともかく、後半はまったくのデタラメじゃない! こんな話……っ!?」


 心当たりにピンときたフィリアは、即座に紫音のほうへと顔を移動させ、ぎろりと睨み付ける。


「紫音……あなたね……。なんで言っちゃうのよ! 私が家出したことを!」


「えっ? あれって、言っちゃダメなやつだったのか? 俺に話してくれたくらいだから別に言ってもいいかなと思って……」


「あたりまえでしょう! 一国の王が、元々は家出娘だったなんて恥もいいところじゃない!」


「安心しろ。お前が夢の中で天命を受けてアルカディアを創ったことまでは言っていないから。もしそんなことまで言ったら、頭のおかしい子と思われてみんなから心配されるからな」


「やっぱりそれも、紫音の仕業だったのね!」


「えっ!? なに……それ? 天命って……プププ。アナタって意外と、メルヘンチックな頭をしているのね」


「……ほらな」


「――――っ!」


 フィリアとローゼリッテの二人から責め苦を味わされ、フィリアは真っ赤にしながら声にならないほどの怒りを顔に出していた。


「もうフィリアさん! 話をそらさないでください!」


 そんな中、先ほどから放置されていたリーシアが、フィリアたちの間に割って入ってきた。


「そらしているつもりなんかないわよ。言っておくけど、私は一国の王としてリーシアに提案したのよ。考えてもみなさい。このまま状況が悪化して、人魚族との戦争にまで発展してみなさい。今回は私たちだけで済んだかもしれないけど、今度は他の者まで巻き込むことになるのよ。一人の民のわがままを見過ごして、その他全員が戦争の被害に遭うなんて一国の王として看過できないわ」


「……むぅ。シ、シオンさまは違いますよね? わたしのこと、離さないでくれますよね?」


 そしてフィリアは、最後の心の拠り所である紫音に詰め寄りながら問いかける。


「……リーシアには悪いが、フィリアの意見には俺も賛成だ」


「シ、シオンさま……まで……」


「根拠だが……それはそっちの話を聞いたほうが早いだろう」


 言いながら紫音は、セレネたちの前に立ちながら質問する。


「ええと……セレネ……さんだったか? 質問いいか?」


「ええ、何なりとどうぞ」


「もしこのままあなたたちを拘束したとして、それが外に漏れる可能性はありますか?」


 紫音のその問いにセレネは間髪入れずに答える。


「充分あり得る話ね。元々、私たちは大人数でリーシアの捜索に出ていたの。それで、この国に到着する少し前にいくつかの部隊に分けて、ここ周辺のエリアを捜索することにしたのよ。当然、他の部隊の状況を知るために定期的に連絡するよう取り決めていたから、もし繋がらないようであれば……」


 セレネはそこで言葉を止め、最後まで言い切らなかったが、紫音はなんとなくその後の言葉を予想することができた。


「これで分かったかリーシア。このままリーシアが帰らないと、いずれこの場所に他の人魚たちが押し寄せてくるはずだ。今回はたまたまリーシアがいたおかげで勝つことができたが、今度はどうなるか分からない。最悪、フィリアが言ったようにお前を巡って国同士の戦争が起きるかもしれない。さすがに国全体の危機となると、リーシアを庇い切れなくなるんだよ」


「そ、そんな……」


 国全体の危機とまで言われてしまい、これにはリーシアも言い返すこともできなかった。


「本当に……もう手はないんですか……?」


「……い、いや、なくはないな……」


 振り絞って問いかけた質問に対して、紫音はなにかいい手立てを見出している様子だった。


「――っ!? そ、それはいったい……」


「まさかとは思うけど……紫音、あなた……」


「そのまさかだよ……。アルカディアとリーシアの国とで友好を結んで、国同士の関係を築き上げる。それでリーシアは、国の使者としてアルカディアに派遣されれば合法的にこの国に居続けることができるかもしれないって話だ」


「そんな夢のような話があったんですね」


 紫音の提案に、リーシアはまるで子どものように目をきらきらとさせながら喜んでいる。

 しかしその提案を、エリオットたちが黙って聞いているわけもなかった。


「そんな与太話を誰が乗るか。アルカディアなどという国を聞いた覚えもないし、そんなどことも分からないような国と我が国が友好を結ぶわけもないだろう」


「そりゃあそうだ。さっきの戦いは見事としか言いようがなかったが、所詮は個人の力。国としての力はどれほどのものかわかったもんじゃねえからな」


「それだったら――」


 せっかく掴みかけたチャンスを逃すものかと、リーシアは反論しようとするが、


「この国を知ってから決めろと言いたいんだろうが、それも無理な話だ。聞けばこの国はまだ数年という歴史が浅い国ではないか。オルディスは長い歴史と伝統を受け継いできた由緒ある国。そもそも釣り合うわけがない」


「目の前にその国の王がいるっていうのに、ボロクソ言ってくれるわね。……まあ、事実だけど」


「で、でも……シオンさまがそんな提案をするってことは、以前にも同じことがあったんですよね?」


「ああ、そうだよ。リーシアが来る前にだが、エルヴバルムと友好を結んで、今じゃあ国同士で交易を行ったりしているんだよ。ちなみにティナはその国の王女で、使者としてアルカディアに滞在しているんだよ」


「メルティナさんって、そうだったんですね。もうメルティナさんったら、わたしにそんな大事なことを黙っていたなんて……」


 なにもメルティナは故意に黙っていたわけではない。

 そもそも初対面のリーシアにあんな醜態を晒してしまったせいか、メルティナは極力リーシアに関わろうとしなかったから話すこともできない状況だった。


「エリオット兄さん、聞きましたいまの話! 前例があるなら少しは考えても……」


「エルヴバルムといえば、エルフ族の中でもオルディスと同等の歴史のある大国だったな。しかしだが、それでも無理なものは無理だ。きっと、父上もお許しにならないはずだ」


「もう! わたしの聞きたい言葉はそんなのじゃないんですよ!」


 望みの薄い提案をしてみるものの、やはり通るわけもなく、このままリーシアと別れるような雰囲気になり始めた頃、


「一つ方法があるわよ……」


 そんな空気を壊すようにセレネが提案を持ちかけてきた。


「方法って……まさか、わたしが使者になるための方法のことですか? セレネ姉さん」


「そうなれるかどうかまでは保証しないけど、可能性はほんの少しだけあるかもしれないわね」


「……言ってみなさい。私たちだって、本心ではリーシアと別れたくないし、人魚の国と友好を結べるかもしれないっていうなら多少無茶な話でも乗ってやるわ」


「それを聞いて安心したわ。私が提案するのは、今オルディス周辺の海域で起こっているある問題の解決に取り組んで欲しいのよ。もしこの依頼を解決することができたなら、お父様にこの国との友好の話を持ち掛けてもいいわよ」


 なんとも魅力的な提案をした後、セレネは一呼吸置いてからその問題について話し始めた。

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