第170話 水中戦の決着

 フィリアとローゼリッテ、そしてヨシツグの手によってエリオットとガゼットは戦闘不能に追い込まれた。

 無事、人魚族相手に勝利を収めたフィリアたちに、リーシアは驚きを隠せずにいた。


「う、うそ……。あんなにエリオット兄さんたちが有利な状況だったのに、まさか勝っちゃうなんて……というより」


 そこでいったん言葉を止め、一度紫音のほうに顔を向けながら続きを言った。


「フィリアさんたちって、あんなに強かったんですか!?」


「そういえば、あいつらが戦っているところ初めて見たんだっけ?」


 リーシアがアルカディアに住み始めてからというもの、一度も侵入者が来なかったので、戦っている場面など見る機会がなかったため、そう思うのも無理はない。


「フィリアたちはアルカディアの中でもトップクラスの実力の持ち主だからな。それに、あれくらいの実力者なら他にもいるぞ」


「そ、そうだったんですか……。いざというときはわたしもみなさんの力になろうと思っていたんですが、余計なお世話でしたね」


「いいや、手を出さなくて正解だ。向こうの狙いはお前なんだから下手に前に出て、連れ去られでもしたら水中で満足に動けない俺らはそれで終わりだったからな」


(それに、今回のおかげでうちの結束力も高めることができたしな。これから先のことを考えれば、個々の能力よりも協力して戦う機会が多くなるはずだ。特にフィリアとローゼリッテの連携が気になっていたが、どうやら杞憂だったようだな)


 思いのほか、フィリアとローゼリッテとの連携もハマり、今後のアルカディアの成長がますます楽しみになり、思わず笑みがこぼれた。


「あっ、そういえばそうでしたね。……でも、これでようやく終わりですね」


 戦いもアルカディア側の勝利で終わり、ほっと安堵するリーシアだったが、紫音はまだ緊張の糸を緩めてはいない様子だった。


「……まだ……だな」


「……え?」


「さあて、フィリアたちもきっちり仕事をしてくれたようだし、そろそろ俺も動くとするか。でないと、後でフィリアたちにイヤミを言われそうだしな」


 戦いも終わったというのに、まだ終わっていないと主張する紫音は、リーシアから離れて前に出ようとしている。


(……ん?)


 その途中、地面に転がっていた魔物の存在に気付いた紫音はあることを思いつく。


「こいつって確か……さっき俺が倒した奴だよな……。あ、そうだ。こいつにはもう一働きしてもらおうかな?」


 そう言いながら紫音は、その魔物に手を伸ばした。


 一方、エリオットたちが倒され、残りの一人となってしまったセレネは、一気に戦況が不利となり、焦りを見せていた。


「まったく、なんて体たらくよ。エリオット兄さんもガゼット兄さんも水の中だっていうのに負けてしまうなんて……完全に予想外だわ」


 こちらも本気を出していなかったとはいえ、まさか得意の水中戦で敗北するとは思っていなかったため、この結果に納得できずにいた。


(この状況では、エリオット兄さんたちの回収もリーシアの回収すらできそうにないわね。むしろ、返り討ちに遭う可能性が高いわね。……そうなると、ここは……逃げるしかないわね)


 もはや勝機すら失ってしまったこの戦況では、これが最善の手だと判断し、セレネは戦略的撤退を決意する。


(結界はこのままにしておきましょう。どうせ水中じゃ、向こうは満足に動けないだろうし、なにより結界の出口は私しか知らないから、出られさえすればこっちのものよ)


 この結界はセレネ自身が創り出した特殊な結界。

 セレネの言う通り、この結界には出口が備わっているのだが、その場所を見つけ出すことは至難であり、セレネしか知らないため、紫音たちを足止めするにはこれ以上ない働きをしてくれる。


 さらにセレネは、保険としてあるものを召喚する。


(用意していた最後の一体だけど、撹乱にはちょうどいい駒ね)


 それは、先ほど紫音が倒した鮫型の魔物と同種の個体だった。

 セレネは、その魔物を召喚させると、紫音たちに向けて放ち、自分は悠々と逃走を開始する。


「エリオット兄さんたちには悪いけど、ちょっとの間、我慢してちょうだい。後で応援を呼んで絶対に助けに行くから…………ね?」


 エリオットたちに謝罪するため逃走の最中、後ろを振り返ると、そこにはセレネを追ってくる紫音の姿があった。

 しかも、紫音が倒したはずの魔物に乗りながらセレネに近づいてきている。


「……えっ!? そんなバカな!? 首輪をしている以上、呪い状態にある実験体モルモットは私の言うことしか聞かないはず。……なのに、いったいどうやって従わせているのよ!」


 再び起きた予想外の出来事にセレネはただただ叫ぶことしかできなかった。

 しかし、いつまでも悲観している場合ではない。予定ではこのまま真っ直ぐ出口へと向かうはずなのに、ピッタリと紫音に付いてこられてしまってはそれができなくなっている。

 そのため、セレネが安全に逃げるためには一度、紫音を撒かなくてはならない状況に陥ってしまっていた。


「こうなったら仕方ないわね。実験体、そいつらの足止めをしなさい!」


 撹乱に向かわせた魔物をいったん呼び戻し、紫音にぶつけることにした。


「……思った通りだな。あいつめ、一人だけ逃げる気だな。こいつと契約しておいて正解だったな」


 セレネに追いつくための足として、紫音は自分が倒した魔物と一時的に契約してした。

 そのおかげで、もうすぐ手が届くところまでセレネを追い詰めることに成功した。


「……それはそうと、逃がさねえぞ! 行け!」


 向かってくる魔物に対して紫音は、こっちも乗ってきた魔物を相手の魔物にぶつける。


「キシャアアアァァ!」


 同種の魔物同士が体当たりをしながらぶつかり合う。

 本来であれば、両者とも同じ魔物のため決着も長引くはずなのだが、


(……ハアッ!? いったいなにが起きているのよ! なんでこっちの実験体が負けそうになっているのよ! 実力は同じはずなのに!)


 しかし紫音と契約した魔物は、紫音の力によって強化されているため、戦いが長引くはずもなく、敵の魔物を圧倒している。


(……っ!? こうなったらもう、出口の存在を知られるリスクを冒しても逃げるしかないようね。本当にいったいなんなのよあの人種は!)


 もはやなりふり構わず、強引に逃走を図ろうとするセレネ。

 しかし、それを紫音がただ黙って見過ごすはずもない。


「逃がさないって、言っただろう!」


「残念だけど、それは無理ね。今のあなたには私に追いつく術なんて持っていないでしょう。それじゃあ、さようなら。今度は軍隊でも引き連れて会いに来るわ」


 そう吐き捨てている間にも、紫音とセレネとの距離はどんどんと引き離されていく。

 このままではみすみす取り逃がしてしまう羽目になるのだが、紫音にはある策があった。


「投降の意思はなしか。……しょうがない、やるか。頼むぞ鏡華」


『ようやく出番のようね。うまくやりなさい』


 ここで紫音は、妖刀の鏡華を鞘から取り出し、その切っ先をセレネに向ける。

 鏡華を実戦で使用するのが初めてだったため、紫音は思わず武者震いをした。


『水がたんまりあるこの場所なら、あの型がいいわね』


「……ああ。俺もそう思っていたところだ」


 鏡華と軽い打ち合わせを終えた後、紫音は鏡華を構えながらその刀身に気を流し込む。


「……行くぜ。《蒼破水明流そうはすいめいりゅう――》」


 すると、刀身の先から螺旋状の細長い渦となり、それはまるで鞭のようにしなっていた。


「……な、なに……あれ……?」


「《轟水螺旋衝ごうすいらせんしょう》!」


 鏡華を天高く空へと掲げながら紫音はセレネに狙いを定め、勢いよく鏡華を振り下ろす。


「――っ!? ガァッ……アァ……」


 細長く伸びた螺旋状の渦が、逃走していたセレネに直撃。

 防御を取る暇もなく、まともに紫音の攻撃を受けてしまったセレネは、そのまま地面へと激突した。


「ハア……ハア……あ、当たった?」


『我がてをかしてやったのだから当然だ。それよりも情けないのうお主。たった一振りでそこまで気を消耗するとは……』


「しかたないだろう。実戦でお前を使うのなんて初めてだったんだから、気の調整がうまくいかなかったんだよ」


『しかしまあ、そのおかげで予想以上の威力が出て手をも倒したことだし、よしとするか』


「……それもこれもお前のおかげだな。この流派をお前が使ってくれなきゃ、みすみすあいつを取り逃がすところだったからな」


 先ほど紫音が披露した『蒼破水明流』という流派は、鏡華の歴代所有者である一人が使用していた流派。

 それを紫音は、鏡華が創り出した精神世界の中で実際に何度も喰らってきたためいつの間にか覚えてしまっていた。


「でも……本当にうまく決まるとはね……。まだヨシツグからは剣の修行も受けていなかったのにな……」


『それはお主の潜在的な能力と我の助けがあってこそ成し遂げたことだ。あまり調子に乗るでないぞ』


「……わかってるよ。……さてと」


 あいての目論見を無事阻止することに成功し、紫音は地面に伸びていたセレネのもとへと降りた。

 その場に到着すると、念のため逃走防止のためセレネにバインドを掛け、拘束する。


「……これで終わりだ。おとなしく投降してくれるよな」


 紫音もこれ以上傷つけるのは本望でないため相手に投降を促すと、


「……ハアアアァァ」


 セレネは観念したように長いため息を吐いた。


「投降する前に一つ確認したいんだけど、私が放った魔物をどうやって使役させたの? あの実験体は我を失って凶暴化していたはずだけど?」


「凶暴化……? そんな野蛮なやつじゃなかったぞあいつは。俺と契約した後は、むしろおとなしく俺の言うことに従ってくれたほどだぞ」


「……け、契約?」


「ああ、俺はテイマー……魔物使いって言ったほうが通じるかな。どうも俺は他の人よりちょっと特別な魔物使いなせいか、だいぶ規格外らしい」


「……アハハハハ」


 とんでもないことを笑顔で言ってのける紫音を見て、セレネは呆れたように笑っていた。

 そして、ひとしきり笑った後、


「……ハア、私の負けよ。大人しくあなたたちに従うわ」


 素直に負けを認め、投降する意思を見せた。

 時間制限付きの戦いもアルカディアの勝利で終わり、紫音たちは見事人魚族を倒すことに成功した。

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