第169話 逆襲の一手
紫音の指示を受けたフィリアたちは、各々の対策を見出し、再び人魚たちに挑んでいく。
まず先に、戦いに変化を見せたのはヨシツグだった。
「ハアアァッ!」
「――くっ! ――はあっ!」
エリオットから繰り出される剣の連撃に後れを取ることなく、防いでいる。
先ほどとは打って変わって、俊敏さを取り戻しつつあり、人魚族相手でも負けない動きになっている。
(ば、馬鹿な!? 水中だというのになんだこの動きは)
ヨシツグの突然の変化に当然エリオットは困惑していた。
エリオットがそう思うのは必然のことだった。水中では人魚族の独壇場であり、自分たちに付いていけるものなどいないと、心の底から決めつけていたからだ。
(……なるほどな。シオン殿の言う通り全身に気を纏えば大分動けるようになった。まさか私より先に思いつくとはな)
ヨシツグは、自身の変化に思わず笑みを浮かべる。
まさかこれだけのことで戦闘が楽になるとは思っていなかったため、助言をくれた紫音に深く感謝した。
(しかし動けるようになったとはいえ、人魚族相手ではまだまだ足元にも及ばない。かろうじて一歩後ろにまで追いついたといったところか。……だが、これなら)
しばらく刀と剣による打ち合いが続く中、ヨシツグは一度だけ刀身に気を纏わせ、打ち合いにより生じていた両者との拮抗を強引に崩す。
「なっ!?」
ヨシツグの強力な一撃に圧し負け、体が少しだけよろける。
「――はあっ!」
体勢が崩れたところで、すかさず前に出て斬り込む。
「――くっ!」
踏み込みが甘かったせいか、傷は浅いが、それでもヨシツグは人魚族相手に二度の有効打を与えることに成功した。
「また油断したな。これで……二回目」
「……やってくれたな。まさか水中でここまで私に傷を負わせるとはな……。だが、次はないぞ」
「無論だ。こちらもそろそろ慣れてきたのでな。もう今までのような隙は見せないと思え」
エリオットが優勢かと思いきや、完全に立場が逆転し、今度はヨシツグが優位に立っていた。
ヨシツグたちの戦いの勝敗がますます分からなくなってきた頃、フィリアとローゼリッテのほうでもある変化が起きていた。
「オラララァッ!」
「ちょっ!? ちょっと待ちなさいよ!」
「だれが待つかよ! 妙なマネされる前にぶちのめしてやるよ!」
まだ対抗策を模索中のローゼリッテにガゼットによる拳打が襲う。
先ほどの紫音の言葉を聞き、本能的に危機を察知したガゼットは、相手に考える隙を与えないよう攻撃を仕掛けてきた。
(もう少しでなにかが掴めそうだっていうのに……この筋肉ダルマのせいで考えが纏まらないわ)
結果的にガゼットの勘は功を奏し、ローゼリッテは紫音の言葉の真意に辿り着けずにいた。
「そいつから離れなさい!」
「――っ! オッ、危ねえな」
二人の間に入るように上からフィリアの巨大な手が降ってきた。
ガゼットはその攻撃にいち早く気づき、その場を離れ躱し、ローゼリッテから距離を離すことに成功した。
「いったいなんのマネよ! だれもそんなこと頼んでないでしょう!」
「うるさいわね。あなたなにか掴みかけているんでしょう。だったらそれくらいの時間稼ぎくらいは私に任せないさい」
「……どういう風の吹き回しかしら?」
「状況を見て判断した結果よ。私はまだ紫音の言葉を理解できないままだからね。それだったら少しでも望みがあるあなたに賭けたまでよ」
いつもはケンカばかりしている二人だが、この戦いに勝つためフィリアは苦渋の決断でローゼリッテにすべてを託した。
「……いいわ。アナタがそこまで言うならやってやろうじゃない。あと少しで答えに辿りつけそうだし、それまでせいぜい時間稼ぎよろしく」
「ええ、任されたわ」
すぐさまローゼリッテはフィリアの後ろに回り、打開策を見出そうとしている。
そしてフィリアは、ローゼリッテに期待を寄せながらガゼットの前に立つ。
「なんだ? 選手交代か?」
「そんなところよ。あの吸血鬼に代わって私が相手をしてやるわ」
「いつものオレなら乗ってやるところだが、今回はそうもいかねえ。あの小娘に好き勝手やらされるとマズいってオレの直感が訴えかけているからな。疑わしきは潰すまでだ」
フィリアの挑発に乗ることなく、ガゼットはまっすぐローゼリッテに焦点を当てていた。
「いまはお前の相手をしているヒマはねえんだ! だから、そこをどけっ!」
「自分から時間稼ぎを買って出た以上、おとなしく引くわけないでしょうが!」
そこから、フィリアとガゼットのぶつかり合いが始まった。
フィリアから繰り出される攻撃をガゼットは次々と躱していく。そして、ガゼットから放たれる拳の連打に対してフィリアは、自身の固い鱗ですべて防いでいく。
互いに一歩も譲らない状況が続く中、ガゼットは一度攻撃の手を止め、盛大に大きなため息を吐いた。
「ヤメだヤメ。こんなことを続けても勝てる気がしねえ」
「だったら、おとなしく引き下がってもらおうか?」
「……いいや。正攻法がダメでもオレには他の方法があるんでね!」
そう言い終わると同時に、突然ガゼットの姿が消える。
「――っ!? いや、これは……」
よく見れば、なにも消えたわけではない。
超高速で水の中を動き回り、フィリアの視界から外れようとしている。
(は、速すぎる……)
目で追えないほどの速さでフィリアを撹乱しながら着々とローゼリッテに近づいていく。
(……捉えた)
「――っ! し、しまった!?」
フィリアがガゼットの姿を見つけたときにはもう遅い。
すでにローゼリッテとの距離を詰め、あと少しで届く距離にいる。
「逃げろー!」
ローゼリッテに向けて放ったフィリアの叫びだったが、気づいたところでどうしようもない。
もうダメかと思ったその時、
「安心しなさい。……時間稼ぎご苦労さま」
「――な……に!」
ローゼリッテに届く距離まで近づいたというのに、突然ガゼットの動きが止まった。
それも、まるでそこだけ時間が切り取られたかのように不自然な体勢で止まっていた。
「な、なんだこりゃあ? いったいどうなっていやがる」
「残念だけど、アナタの動きは封じさせてもらったわ」
「間に合ったのね」
「ええ、《ブラッド・チェーン》ギリギリだったけどね」
「テメエ、なにしやがった」
恐れていたことが現実となり、ガゼットは冷や汗を流しながらローゼリッテに尋ねる。
「その前にあなたの体をよぉく確認したらすぐにわかるはずよ」
「ど、どういう意味……っ!?」
半信半疑のままローゼリッテの言うように確認してみると、奇妙なものが目に映った。
ガゼットの周囲に漂う水に所々、赤い色が混じっている。注視しなくては見落としてしまうほど薄い色だったためガゼットも気付かずにいた。
「な、なんだこりゃあ?」
「そこに混じっているのはさっきアタシが撒いてしまった血よ。その血をアタシの《血流操作》で操ってアナタの動きを封じたってわけよ」
「……水も一緒に操られているみたいだけど、あんたそんなこともできたの?」
「アタシも初めてやったけど、うまくいったわ。どうやら他の液体に混じると、周囲を巻き込んで操れるみたいなのよ。……まあその分、かなりの神経を使う羽目になるけどね」
紫音の助言をヒントにローゼリッテは自身の能力の新たな可能性を発見することができた。
「さあて、さっきはよくもやってくれたわね」
完全に動きを封じられたガゼットの前にローゼリッテは拳を鳴らしながら立ち塞がる。
「な、なんだよ……」
「アンタのパンチはなかなか効いたわ。……だから、今度はこっちがお返しする番よ」
そう言いながらローゼリッテは、握り拳を作り、大きく振りかざす。
「なっ!? ま、待て――ぶへっ!?」
当然ガゼットの言葉に聞く耳など持たず、勢いよく顔面に向けて拳を放つ。
それと同時に拘束を解き、ガゼットの体は後方へと飛ばされる。
「本当は殴り足りないけど……そうしたら時間切れになるだろうし、そろそろ決め時かな?」
(マ、マズい……。どこから来るのか分からねえ拘束にでも捕まったら次は終わりだ。……こうなったら一度距離を取るか)
救援、あわよくば向こうの時間切れを目的としてガゼットはその場から離れようとする。
(オレの遊泳速度ならすぐにここから離脱できるはずだ)
「そうはさせないわ!」
「――くっ!?」
どこからともなく聞こえてきた声とともにガゼットの体が突発的に発生した水流に襲われる。
「いったいなにが……っ!?」
起こるはずもない水流の発生源に目を向けたところ、驚くべきことにその水流はフィリアにより発生したものだった。
自信の羽をはためかせ、その力によってまるでガゼットにとって向かい風になるような水流が発生している。
「こ、このオレが負けているだと……」
しかもこの水流は、人魚族のガゼットが抜け出せないほど激しい流れとなっている。
それどころか、逆にこちらがその流れに負け、どんどんと流れの先へと体が移動し始めていた。
「マズい……このままじゃ」
流れの終着地点にはローゼリッテの姿がある。
このまま進めば、ローゼリッテの餌食になってしまう。
「あ、あの野郎……。一歩も動いていねえと思ってたが、なんてマネしやがる」
普通ならローゼリッテにも水流による影響を受け、流されてしまうところだが、しっかりと対策をしていた。
自身の体と地面を固定するような形でブラッド・チェーンの拘束で流れによる影響を最小限に留めていた。
「やるじゃない。いつの間にか思いついたの?」
「さっき突然思いついたのよ。失敗とか支援とか言われて最初はよく分かんなかったけど、ようやく理解できたわ。……まったく紫音のヤツめ……いちいちまどろっこしいのよ」
「ま、まだだ。こんなところで終われるかよ……」
「残念だけど、向こうはもう終わりそうよ」
「っ!?」
ローゼリッテが指さすほうに視線を移すと、そこではヨシツグとエリオットとの戦いが繰り広げられていた。
「ハアアァッ! くそ!」
「どうした、人魚族というのはその程度か?」
最初はエリオットの剣戟に対応できずにいたヨシツグだったが、この短時間で順応し、対応できるようになっていた。
「なぜだ! 多少は付いて来れるようになったとはいえ、まだまだこちらのほうが上のはず。……なのになぜ通らぬ!」
「簡単なことだ。確かに速度の面ではお前が一枚上手だろうが、目が慣れてきた今となってはいくらでも対策がとれる。例えばそうだな……私の一歩先を行くというならそれを見越してこちらもその一歩先を予測して行動すればいいだけのことだ」
「そ、そんな馬鹿げたこと……できるはずがない!」
とんでもない発言を平然と言ってのけるヨシツグに、エリオットはムキになりながら否定した。
「では、今度はこちらがお前の一歩先へ行くとしよう」
ヨシツグはそう宣言しながらエリオットとの距離を取り、一度鞘に納めた刀に手を添える。
「神鬼一刀流・
「――か、回避を」
「《
「ガアアアァッ!?」
神速の居合斬りがエリオットに襲い掛かった。
防御も回避すらできないままヨシツグの斬撃の餌食となり、エリオットから血飛沫が噴き出す。
「気の量を調整すれば一瞬だが、水中でも人魚族に勝る。……よい経験をさせてもらった。感謝する」
そう言い残し、ヨシツグは刀に付着した血を払い落とし、鞘へと納めた。
「あ、兄貴ッ!」
エリオットの敗北を目の当たりにしたガゼットは、大声でエリオットの名を叫んだ。
しかしそんな悠長なことをしている場合ではなかった。次は自分の番だとでも言うようにローゼリッテが待ち構えている。
「ま、負けてたまるか……」
「……なかなか強情ね。……でも、これならどう!」
「っ!?」
フィリアがさらに力を加えたことによって水流の勢いが増し、ついにはその流れに圧し負けながらガゼットは一直線にローゼリッテに向かっていた。
「くぅ!」
どんどんと勢いが増していく中、ローゼリッテは最後の攻撃に打って出ていた。
「こいつで決めてあげるわ。
ローゼリッテの周囲にある血液に加えて影響を受けている水までもが意思を持ったかのようにローゼリッテの右腕に集まっていく。
それは徐々にある生物の形となり、水も含んでいるせいか巨大化している。
「《ドラゴンヘッド・ギガンテス》」
ローゼリッテの右腕に集約した血液と水は最終的に巨大なドラゴンへと姿を変えた。
顔だけとはいえ、その迫力は本物にも引けを取らず、雄々しさが表れていた。
「オイオイ……マジかよ……」
「じゃあね。……さようなら!」
なす術もなく、ローゼリッテによって創り出されたドラゴンがガゼットに襲い掛かる。
衝突した瞬間、爆発にも似た轟音が鳴り響き、辺りに衝撃波が広がった。
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