第159話 アルカディア製ポーション

 アルカディアの中心地から遠く離れた郊外

 そこにはこじんまりとした一軒の家がぽつんと建てられていた。

 紫音たちが暮らす屋敷に比べてしまうと、あまりにも小さく見えてしまうが、実はこの家はディアナの住まい兼研究施設となっている。


(あのとき以来か……)


 紫音は、ディアナの研究所に入りながら前回訪れたときのことを思い出していた。


 最後に紫音がディアナと顔を合わせたのは、半月ほど前のことである。

 先日、紫音が手に入れた妖刀の鏡華の解析をさせてほしいというディアナからの依頼を受け、紫音はこの場所を訪れていた。


 所有者に意識を乗っ取るという能力を鏡華が持っていたためその能力が通用しない紫音の監視のもと解析が行われた。

 触れることすらできないため調べられることは少ないはずだが、解析を終えたディアナはなにやら満足げな顔をしていたのを紫音はよく覚えていた。


「ディアナ、ここまで来たんだからそろそろ収穫っていうのを教えてくれないか?」


「そう慌てるでない。もうすぐ分かることじゃ」


 相変わらず紫音の問いに答えないディアナは、家の一室にある仕掛けを作動させると、隠し通路を出現した。

 そこには、下へと続く階段があり、紫音とディアナは一歩一歩階段を下りていく。


 ディアナが住んでいるこの家には地下室が存在する。

 地上から見えている家はただの生活空間であり、いま紫音たちが向かっている地下こそディアナの研究施設となっている。


 目的地である地下の研究施設に到着すると、そこは明らかに地上にある家よりも広々とした空間が広がっていた。


 研究に必要な魔導器具にたくさんの魔導書。

 研究成果をまとめた資料などがあちこちに散在している。


「ここはあいかわらず汚いな。少しはきれいにしたらどうなんだ?」


「どこになにがあるか分かっておるから儂にとってはこれでいいんじゃよ。それよりもこれを見てくれ」


 紫音の忠告を無視し、ディアナは興奮したように紫音に呼びかける。


「……ったく、ようやくか? それで今度はいったいなにを……これって? ディアナまさか……」


 聞く耳を持たないディアナに呆れながら近寄ると、なにやら研究所内に置かれているテーブルを指差している。

 紫音はディアナの横に立ちながらテーブルに視線を落とすと、ガラス製の丸ビンがテーブルの上にぎっしりと並べられている。

 ビンの中には色鮮やかな青色から藍色や紫色など様々な色をした液体が入っている。


 傍から見れば、怪しい液体の数々に見えるが、紫音には見覚えがあった。


「もしかして、これって……ポーションか?」


「ああ、そうじゃ。つい先日、完成したばかりのアルカディア製のポーションじゃ」


 その言葉を聞いた瞬間、紫音は驚きを隠せずにいた。


 通常、ポーションというのは教会という一組織でのみ製造が許されており、そこで製造されたものが市場へと卸される。

 製造方法も教会で秘匿されているため、本来なら造れるはずがないのだが、なぜかディアナはそれをやってみせていた。


「どうしたんだよディアナ! お前、製造方法なんか知らないはずなのにどうやってポーションを造ったんだよ。市販されているものとまったく同じじゃねえか!」


「なにを言っておるんじゃシオン? 製造方法を聞き出して見せると前に言っておったではないか?」


「……えっ? なんの話だ?」


 まったく身に覚えのない話を振られ、紫音は戸惑っていた。

 思い出そうと頭をひねってみるも、やはり覚えがない。


「『金翼の旅団』という名前に聞き覚えはあるか?」


「……さあ、覚えていないな」


「ずいぶん前に侵入してきた冒険者パーティの名前じゃよ」


「アルカディアに侵入してくる冒険者なんて一月でも何百人といるんだぞ。いちいち覚えているはずないだろ」


「……そうじゃな。じゃったら、リディアという名前に聞き覚えはあるか?」


「リディアって言ったらローゼリッテの眷属の名前だ……ろ。あっ!? あいつらか!」


 そこでようやく、紫音は思い出した。

 メルティナと出会う前にアルカディアへ侵入してきた冒険者たちのことだ。


 もちろん、紫音たちの手によって返り討ちにしてやったが、その中には生き残りがいた。一人はローゼリッテの独断により眷属となり、もう一人はアルカディアにとって価値のある人材ということで情報を引き出すためにディアナに預けていた。


「ディアナのところに預けていた奴って、教会所属のプリーストだったよな。確か……ポーションの製造方法を入手するためにお前に任せていたが、どうやらうまくいったようだな」


「ああ、そうじゃ。当初は難航しておったが、ついこの間、其奴そやつから口を割らせてそれをもとに造ったのがこのポーションじゃよ」


「これがか……。あの後、メルティナの件やら同盟の件やらでいろいろとあったからすっかり忘れていたが、これはもう市場に出してもいいレベルじゃないのか?」


 紫音自身、詳しい鑑定などなにもしていないのだが、いつも市場に出回っているポーションのことを思い出してみると、目の前にあるポーションとなんら遜色もないように見える。


「それに、紫のポーションなんてけっこう上等なものだろ? 前に店で並んでいるものを見かけたけど、あれ一本でも青色のポーションの十倍の値段で売っていたぞ」


 ポーションというのは、低ランクのものとなると青い色をしており、そこから品質が上がっていくごとに色が変わり、最高ランクのものとなると、赤い色をしている。

 色が赤に近くなるほど回復量も上がり、それに比例して値段も上がっていく。


「残念なことに例のプリーストの女は、赤色ポーションの製造方法までは知らなかったようじゃったから儂が造れるのはここまでじゃ」


「いや、これでも十分だよ」


「そうか。じゃが心配するな。製造方法さえ分かってしまえば後はこっちのものじゃ。実験を重ねて必ずや最高ランクのポーションを造って見せようではないか」


 ディアナの探求心に火がついたのか、高品質のポーション製造に向けて俄然やる気を見せていた。


「ちなみにこのポーションって、全部治験済みか?」


「当然、そこは抜かりなくじゃ。アルカディアに属する前亜人種には軒並み試させてもらった。効果は保証済みじゃ」


「なるほどな……。それじゃあ、仮にこれらのポーションを販売しようとしたとき、量産することは可能か? 他に製造方法を共有している奴とかはいるのか?」


 ポーションの量産体制について質問したところ、ディアナは難しそうな顔をしながら唸っていた。


「問題はそこなんじゃよな……。今のところポーションが造れるのは儂一人だけで、ここにあるポーションも製造に一ヶ月以上かかったんじゃよ」


「……そうなると、まだ量産は難しいか? あてはあるのか?」


「製造には錬金技術に緻密な計算も要するからのう。難しいところじゃな」


「一応、こっちでも考えてみるよ。……そういえばお前が預かっているプリーストはどうなんだ? リディアのときみたいに洗脳とかやればいいんじゃないか?」


「儂が施したのは記憶の上書きに記憶消去の魔法だけじゃよ。そもそも洗脳系の魔法なぞ扱えんぞ」


 紫音の提案もあっさりと却下され、どうしたものかと紫音は頭を悩ませていた。

 考え、考え続けた結果、紫音はある苦渋の決断をする。


「ディアナ、一度そのプリーストに会わせてくれないか? ダメもとで説得してみたいんだが……」


「儂は別に構わぬが、あまり期待するでないぞ」


「素人に任せるよりもやっぱり経験者に任せたほうが効率もいいだろう。ダメだったらまた別の案が考えればいいだけのことだしな」


「そういうことならよかろう。向こうに隔離しておるからさっそく会いに行くとするか」


 すぐさま紫音の提案が通り、そのままの流れで実行へと移ることになった。

 紫音は少し緊張した面持ちで再びディアナの後を付いていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る