第158話 同居人は人魚

 新たにアルカディアへ住むことが決まったリーシアを連れて紫音たちは森の中を歩いていた。

 具体的に住む場所などまだ決まっていないため紫音たちは話し合うためにもひとまず、フィリアの家へと向かった。


 出発地点である海岸から30分ほど歩き続け、道中特に問題などなにも起こらず無事目的地へと辿り着いた。


「ほわあ、ここがフィリアさんのお家ですか……。ずいぶんと立派なお屋敷ですね」


 リーシアは、まるで子どものように目をきらきらとさせながら目の前にある屋敷に目を向けていた。


 最初、フィリアの家は二階建ての一軒家であったが、国の発展に伴い、最近になって増改築することとなった。

 国を治める王の住まいが一軒家では威厳が出ないというなんともどうでもいい理由だとその時の紫音はそう思ったが、フィリアの強い要望により、最終的に木造の一軒家から一変、大きな屋敷へと姿が変わってしまった。


「そうでしょう。ここが王様の私が住んでいる屋敷よ。どう、すごいでしょう?」


「はい! とってもステキですね。ここにはシオンさまも住んでいるんですか?」


「ああ、まあな。他にも住んでいる奴らがいるんだが……いまはいるかな?」


 などと考えながら紫音たちは屋敷へと帰宅した。


「姫様、シオン様、フィリア様、お帰りなさいませ」


 屋敷の扉を開けると、まるで紫音たちが帰っていることを予測していたかのようにユリファが出迎えていた。


 元々、迎賓館に住んでいたメルティナとユリファだったが、この屋敷が完成された際にメルティナの口からここに住みたいと懇願され、特に断る理由もなかったためそれ以来二人はこの屋敷に住むようになった。


「……おや? シオン様、そちらの女性は?」


「ああ、こいつは……ついさっきまで釣りをしていたんだが、そのときに家出中の人魚を釣り上げて、なんとなくの流れでこの国に住むようになったリーシアだ」


「シオン様……言っている意味がよく分からないのですが……」


「ああそうだな……。俺も言っている途中でなにを言っているんだ俺って思ったが、全部本当のことだからあまり深く掘り下げないでくれ」


 ユリファは少し困惑しながらも再度、リーシアに目を向けながら言った。


「それではこの方は、いつものように移住してきた亜人の方とお見受けしたほうがよろしいのでしょうか?」


「おおむねそういう認識で合っているよ」


「部屋はどこにいたしましょうか? 決まっているなら早急に入居する準備をしますが?」


「住む場所についてはこれから話し合う予定だから……」


「別に私はかまわないわよ」


 リーシアがこれから住む場所について話していると、フィリアが横から入ってきてあっという間に決まってしまった。


「いいのかフィリア?」


「いいもなにも空いている部屋がまだあるんだからそこに住めばいいでしょう。メルティナたちのときもそれが理由で了承したじゃない」


「……そういえばそうだったな」


 その後、紫音が使っている部屋の近くがいいというリーシアの強い要望により、二階の一室にリーシアが住むことが決まった。


「それじゃあユリファ、悪いけどリーシアが使う部屋の掃除、お願いするわ」


「かしこまりました、フィリア様。……それと、シオン様」


「どうしました?」


「シオン様の留守中にディアナ様が訪ねてきまして、シオン様に用事があるということで先ほどからリビングでお待ちになっております」


「ディアナが? 最近、研究所にこもっているあいつが珍しいな」


 研究所というのは、アルカディアができる前からディアナが住処としている場所の別称である。

 この頃は、なにやら研究に没頭しており、顔を合わせるのも実は久しぶりであった。


「これ以上待たせるわけに行かないし、いますぐ行くよ。リーシアは少しだけ待っていてくれ」


「いいえ、わたしも行きます。おそらくそのディアナさんというかたはアルカディアの中でも重要人物なんですよね。でしたらあいさつするのが筋かと思います」


「……分かった。じゃあ一緒に行くか」


 リーシアの提案を受け入れながら紫音は内心驚いていた。

 ディアナについてリーシアはなにも知らないはずなのに先ほどのわずかな情報だけで重要人物であると見破るその優れた見識に感心もしていた。


「私も一緒に行こうかしら? 最近、ディアナとは顔を合わせていないし」


「わ、私も行きます!」


 誰一人としてその場で別れることなく、結局紫音に付いていく形でディアナのもとへ向かうことなった。

 リビングに着くと、紅茶を片手にソファーに座りながら待っているディアナの姿いた。


「おお来たかシオン……なんじゃわらわらと? 儂はシオンを呼んだんじゃが?」


 紫音だけが訪れると思っていたため予想外の登場に首を傾げる。


「最近、研究所にこもってばかりでちっとも顔を見せないディアナに会いに来たんだとよ。それで、用ってなんだ?」


 紫音たちも向かい側にあるソファ―に座り、ディアナの用件に付いて問う。


「ジンガのヤツからこれをシオンに渡してくれと言われて届けにきたんじゃよ」


 するとディアナは、ソファーの前にあるテーブルに紙の束を置いた。


「これは……報告書か」


 その紙の束には、増設計画が立てられた住宅街の進捗状況がまとめられていた。

 内容を見ると、新たに住宅街に建てられる住居の施工計画と進み具合が書かれている。


「これを見ると、ずいぶんと進んでいるようだな。……予定していた規模まであと少しといったところか……」


「ちょっと待ちなさい紫音。私なにも知らされていないんだけど。いつのまに住宅街の規模を増やすことになったのよ」


「この計画が持ち上げられたときお前もいただろう」


「そ、そうだったかしら?」


「どうせ話半分で聞いていたんだろう。仕事を全部俺に放り出しているからこうなるんだよ」


「うっ……」


 逆に反撃を喰らい、フィリアはバツが悪そうな顔をする。


「それにしてもジンガの奴、ディアナを通して渡すなんて……そこまで嫌わなくてもいいだろう」


彼奴あやつは今日、巡回の当番じゃから代わりに渡してくれって頼まれたんじゃよ。……それに口ではああ言っておるが、仕事に関してはシオンを信頼しているはずじゃよ」


「……そうなのか?」


「その報告書をフィリアではなく、シオンに渡すよう言ったのが証拠じゃよ」


 そう言われると紫音も悪い気はしなかった。

 フィリア絡みでなにかと紫音を敵対視していたが、少しは紫音のことを認めているようだ。


「……ところでじゃが、先ほどからずっと気になっておったんじゃが、その人魚の娘はいったいどうしたんじゃ?」


「海岸沿いに出かけていたときに出会った家出中の人魚だよ。リーシアって名前でこれからここに住むことになった娘だ」


「ずいぶんとおかしなものを拾ってきたものじゃな。……それにしても人魚族か。この目で見たのは初めてじゃな」


「へえ、博識のアンタがそんなこと言うなんて珍しいじゃない」


「知識として知っているだけじゃよ。森に生きる儂ら森妖精が海底に住む人魚族と交流を持つと思うか?」


「ハハ、それもそうね」


 皮肉交じりに言ったフィリアの言葉をディアナは軽く受け流す。


「ディアナさん、初めまして。リーシアと申します。シオンさま共々これからよろしくお願いします!」


「……ああ、なるほど。なかなか興味深い展開になっておるようじゃな。まったく隅に置けん男じゃ」


「それ以上、言うな……」


 今のでだいたいのことを察したディアナは、抑えきれない笑いを我慢しながら紫音の顔を見ていた。


「……リーシアと言ったな。」


「ハイ、なんでしょうか?」


「お前さん……いつまでその姿でいるつもりじゃ。陸に上がったならとっとと変身すればいいものを……」


「……えっ!?」


 なにやら聞き捨てならない言葉を耳にし、紫音は思わず声を上げた。


「ど、どういう意味だ……ディアナ?」


「意味もなにも人魚族というのは海でも陸でも行動することができる珍しい種族なんじゃよ。海中にいるときはその姿でもよいが、陸上では人間の姿に変身して行動するはずなんじゃが……」


 紫音の知らない事実を聞かされ、紫音はジロリとリーシアに視線を向ける。

 リーシアはというと、額から冷や汗を流し、動揺したように目が泳いでいた。


「人間の姿になれるなんて聞いていないんだが……?」


「じ、実はそうなのよ! わたしたち人魚族って、古くから使われている魔法を発動して一時的に人間の姿になれるのよ。言ってなかったっけ?」


「全然聞いていないんだが? それなら早く言えよな。知ってたらお姫様抱っこなんてしなかったのに……」


「だってシオンさま……」


 問いただすようにリーシアに詰め寄ると、なぜかリーシアは恥ずかしそうなに頬を赤くさせている。

 羞恥に耐えるような仕草をしつつ、リーシアは紫音に質問の答えを口にする。


「わたし、下半身が魚とはいえ、なにも履いていないんですよ。そんなときに人間になる魔法を使用したらどうなると思いますか?」


「それは……あっ!?」


 そこで紫音は、リーシアがなにを言いたいのか理解した。

 おそらくその人魚族に伝わっている魔法というのは、人魚族における魚の要素がなくなり、人種と同じ容姿になるようなもの。


 衣服を身につけていない状態でその魔法を使用すれば、下半身だけ露出してしまうちょっとした痴女が出来上がってしまう。


「もう……シオンさまの……エッチ」


「……今回は俺が悪かった。だから、もうなにも言わないでくれ」


 自分の配慮が足りなかったことを思い知り、紫音はひどく落ち込んでいた。

 その姿にリーシアは、少し言い過ぎてしまったと思ったのか、「ゴメンね」と謝りながら頭を撫でていた。


「さて、なかなかに珍しいところを見せてもらったことだし、シオンを少しばかり借りてもよいかのう?」


 話題を変えるためか、突然ディアナが紫音に向けてそのようなことを言ってきた。


「なんだディアナ? 用件はさっきのだけじゃなかったのか?」


「あれはついでのようなものじゃよ。儂個人でシオンに用があるんじゃがよいかな?」


「……別にいいぜ。……フィリアにティナ、リーシアのこと頼んでもいいか?」


「いいわよ、任せなさい」


「シオンさん、気をつけて行ってらっしゃいませ」


「シオンさま! またあとでね!」


 リーシアのことはフィリアたちに任せながら紫音はディアナの要件を果たすため場所を移動することとなった。


「それで、どこに行くつもりだ? 用件の内容についてもまだ聞いていないし……」


「シオンには儂の研究所に来てもらう。用件はそうじゃな……」


 すると、ディアナは悪巧みを思いついたように悪い顔をしながら口角を上げる。


「面白い収穫があったからシオンにも見せてやりたいんじゃよ」


「……収穫?」


 なにやら気になる単語を口にしてディアナは先へと進んでいく。

 紫音は気になりながらも答えを知るためにディアナの後を付いていくのであった。

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