第149話 鬼人の師

 突然、紫音の口からアルカディアで働かないかと勧誘されたヨシツグ。

 当の本人は、予想外の出来事に口が開いたまま動かなくなってしまっていた。


「ちょっ、ちょっと待ちなさい紫音! そんなの聞いていないわよ!」


 紫音の突拍子もない言動に困惑したフィリアは慌てて会話に割って入る。


「なんだよフィリア?」


「あなた前に、こいつをギルドに引き渡して大金を得ようって話をしていたでしょう。急にどうしたのよ」


「最初は俺もそう思ったけど、こいつの力なら逆に引き入れたほうが断然いいと思ってさ。なにせ、ウチの主力を倒してしまうくらいの実力があるんだぞ」


「た、たしかに、紫音の言う通りこいつがウチに来てくれれば大幅な戦力の強化にはなるけど……」


「それに……ヨシツグもフィリアたちと同じ亜人のうえ、帰る目途もないならアルカディアで保護したほうが都合はいいだろう」


「……うっ」


 紫音に説得され、反論する言葉すら思いつかなかったフィリアはなにも言い返せなかった。

 しかしそんな中、手を挙げながらヨシツグが話しかけてきた。


「シオン殿の提案は私にとってはありがたい話だが、そこまで厄介になるつもりはない。申し訳ないが、傷が治り次第、すぐにこの国を出ていかせてもらう」


「アルカディアを出ていくって言ってもどうやってヤマトに帰るつもりだ?」


「っ? どういう意味だ?」


「お主は知らないようじゃが、別の大陸に移動するには相当な旅費が必要になるはずじゃ。ここから東方の国までかなり距離があるからのう。文無しのお主にはちと厳しいじゃろう」


 ディアナに現実を突き付けられ、ヨシツグはガクンと肩を落としていた。


「それでは……私はヤマトには帰れるのか?」


「そうとは言っていないだろう。旅費を稼ぐまでの間でいいから住み込みで働かないかって提案しているんだよ」


「……こんな、見ず知らずの私が厄介になってもよいのか?」


「え? そりゃあもちろん――」


「紫音、少し話がある」


 二人の間に割って入るように今度はディアナが口を挟んできた。

 ディアナは、紫音の服の裾を引っ張りながらヨシツグを除く全員を一度、部屋を出てドアの前へ集合させる。


「なんだよディアナ? まさか反対なのか?」


「なんでオレまで……」


「いつもはシオンが前に立っていろいろと決めておるが、今回は別じゃ」


「なにか問題でもあるのか?」


「先ほどの話を聞いて思ったのじゃが、どうもあの鬼人族は国家レベルの問題に巻き込まれている節がある。その飛び火がアルカディアにまで及んだらどうするんじゃ。じゃから、よく考えたうえであの者を仲間に引き入れるかどうか決めてからでも遅くはないじゃろう?」


 ディアナの話にも一理ある。

 ヨシツグの身の上話を聞いた限りでは、厄介なトラブルに巻き込まれているのは間違いないだろう。

 まったくない話ではないが、ヨシツグがいるせいでアルカディアもそのトラブルに巻き込まれる恐れがある。

 ディアナは、それを危惧して紫音たちに進言していた。


「たしかにそうね。せっかくエルフとも同盟を組んで軌道にも乗ってきたというのにわざわざ自分から危険に首を突っ込むなんてバカなマネはできないわ」


「必ずしもそんなことになるとも限らないだろう。ここからヤマトまではかなりの距離があるんだろう? それに、ヨシツグをこのまま放っておいていいものか……」


「あっちも傷が治ったら出ていくって言っているんだし、放っておいても大丈夫でしょう。国に帰る足なら伯父様に乗って帰ればいいことだし」


 突然、フィリアに話を振られたグリゼルは、「えっ」と驚きの声を漏らしていた。


「待て待て、そいつはムリな話だぜ」


「どういうこと? 伯父様さっき言ってたわよね。ヤマトに行ったことがあるって? だったら送り返すこともできるはずよね」


「お前の言う通りその気になればヤマトに飛んでいくこともできるが、オレの足でも何ヶ月もかかるんだぞ。それに場合によっては何日も海の上を飛ぶ必要がある。オレ一人ならともかく、誰かを乗せてとなれば厳しいと思うぜ」


「それなら前に私が使ったカゴでもぶら下げたらいいんじゃない」


「カゴ……? ああ、あれか?」


 フィリアが言っているカゴというのは、以前エルヴバルムに向かう際に紫音たちを運ぶために作られた大きなカゴのことである。

 そのときは、竜化したフィリアがカゴを首から下げ、エルヴバルムまで運んでいたのだが、その姿があまりにも不格好のため今ではそうこの置物と化している。


「あんなのをオレにもやれっているのか? 絶対にイヤだぜオレは。あんな恥ずかしいもの」


「……わ、私はね……あんな恥ずかしいものをぶら下げて何週間も飛んでいたのよ。伯父様もやってみなさいよ。きっとすぐに慣れるから」


 そう言いながらフィリアはまるで押し売りでもするかのようにグリゼルに詰め寄る。


 よほどあのときのことがフィリアの中では汚点となっていたのだろう。

 その証拠にフィリアの目が据わっているうえに声に覇気がない。


「落ち着けフィリア。お前の気持ちはよく分かったから戻ってこい」


「……本当ね? またあんなのぶら下げろって言ったら承知しないわよ」


「分かったわよ……」


 涙目で訴えかけてくるフィリアを宥めながら紫音は胸中でため息をついた。


 話は少し脱線してしまったが、問題はそこではない。

 紫音は話を元に戻すことにした。


「とにかくだ。見ず知らずの土地にいきなり飛ばされたあいつの事情も考えてやれって話だ。向こうは国に帰るための旅費が稼げる、こっちは一時的にだが戦力が強化される。どちらにも利益が生まれるいい提案だと俺は思うんだが?」


「……でも、ほかのみんながなんていうか。特にジンガなんかは面倒を起こしそうで不安だわ」


「そこは、お前が説得してくれ。なあに、フィリアの意見ならジンガも無条件で呑むだろう。……それに、これを機にヤマトとの繋がりが持てるんだから好都合だろう」


「ヤマトとね……。まあ、いいわ。しばらく様子を見てみましょう。ディアナも伯父様もいいわよね?」


「オレは別にどっちでも……」


「……フィリアの決定なら文句は言うまい」


 いろいろあったが、正式にヨシツグがアルカディアに加入することとなった。

 紫音は、フィリアの決定に小さく笑い、ドアに手をかけながら言った。


「ヨシツグには俺から言っておくからフィリアたちはこのことをみんなに伝えてくれないか?」


「それなら私から言ったほうが……」


「正式な挨拶は後でもいいだろう。まずは俺のほうから言っておくから」


「……そう、わかったわ。それじゃああとはお願いね」


 明らかに態度が変わった紫音にフィリアも疑いの眼差しを向けるが、それもすぐにやめ、早々に立ち去ることにした。


 フィリアたちが去って行った後、紫音は再びヨシツグがいる部屋へと入り、先ほどの話についてヨシツグに伝える。


「……どうだろうか? 悪い話じゃないと思うんだが?」


「……もし、お主たちが私のことを迷惑ではないと申すなら、しばらく厄介にならせてもらってもよいだろうか」


「ええ、もちろんですよ」


「……そうか。では、このヨシツグ。我が刀に誓い、この国に命を預けさせてもらう」


 ヨシツグは自身の刀の掲げ、誓いを立てるように紫音に言った。


「そうと決まれば早くこの傷を治さなくてはな」


「そこはゆっくりでいいよ。……賃金については後でフィリアから話があるからいまはゆっくりと休んでな。……それとだな」


 話も終わったというのに紫音はなにか用でもあるのか、少し声を抑えながらヨシツグにあることを告げる。


「実は折り入ってヨシツグに頼みたいことがあるんだが……」


「はい、なんでしょうか?」


「実はだな……ヨシツグに剣を教えてくれないだろうか?」


「剣を……?」


 なんとも脈絡もない頼みにヨシツグは再び面を喰らっていた。


「いままでは別の人に剣を教えてもらっていたんだが、型なんかまったくないケンカ仕込みの剣技で俺には合わなかったんだよ。他に頼める人もいないし、ヨシツグだけが頼りなんだ」


 フィリアたちを先に帰らせたのはこれが理由である。

 この現場をフィリアに見られでもしたら、すぐさまジンガにも伝わってしまう恐れがある。

 紫音としてもいままで教えてもらった手前、師を乗り換えてしまうなどジンガに知られてしまってはさすがにバツが悪い。

 そうならないためにもフィリアたちには悪いが、先に帰ってもらうことにした。


「そう言ってもらえると私も嬉しいが……私が使う流派はその者の技術と素質がなくては扱えぬ剣だ。……一応、私も教えはするが、必ずしも修得できるわけではないことを肝に銘じてくれ。それでも構わないか?」


「ああ、そのつもりだ。覚悟はできている」


「では、ケガが治ってからさっそく教えるとしよう」


「よろしくお願いします」


 紫音は、これから剣の師匠となるヨシツグに頭を下げた。

 いままで以上に強くなるために絶対にその流派をものにして見せる。紫音は鋼よりも固い意志をその胸に刻み込んだ。

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