第150話 気功術

 ヨシツグがアルカディアの一員になってから気付けば一ヶ月が経過していた。


 当初、なかなか回復の兆しは見られず心配していたが、ある日を境にすっかり体調も回復していき、いまとなっては私生活に問題ないくらい動けるようになっていた。

 ヨシツグが言うには、紫音と主従契約を結んでからというもの体の調子がよくなってきたとのことだ。


 そして今日、ヨシツグも満足に動けるようになったということで、いよいよヨシツグから剣の稽古をつけてもらうために紫音たちはアルカディアの未開拓エリアに足を運んでいた。

 ここなら他に人も来ないうえ、多少被害が出ても問題ないためこの場所を選んだ。


「わざわざ人気のない場所を選ぶとはな。……それほどまでに隠したいのか?」


「こっちにもいろいろと事情があるので、ご迷惑をおかけします」


「まあ、私は構わないからいいのだが……」


 紫音としても今回の件は物にするまでジンガには隠し通したいと考えている。もしバレた日にはジンガの性格からしていいことなど絶対に起きない。

 ただでさえ、フィリアとのことで突っかかってくることもあるので、これ以上関係性が悪化しないためにも隠す必要があった。


「それにしても……ダメもとで言ってみたのにまさか本当に教えてくれるとは思っていなかったよ。門外不出だからとか言われて断られると思っていたからな」


「我が一族から脈々と受け継がれてきた『神鬼一刀流』はなにも門外不出の流派ではない。素質や能力によって左右されるため教えたからといって誰でも使えるわけではない。見込みなしと判断したらそれまでにするが、構わないか?」


「……覚悟の上です。それでお願いします」


「……そうか。ではさっそく、稽古に移らせてもらう」


 紫音の覚悟を問うような話をしながら剣の稽古へと入ることとなった。


「第一に、最初にシオン殿には『気功術きこうじゅつ』というものを会得してもらう。私が認める水準までに満たすまでは一切剣を振ることはないと思え」


「……気功術?」


「気という力を操る術法のことだ。神鬼一刀流の型のすべてはこの気を使用することで初めてその真価が発揮される」


「……なるほどな。それでさっき、素質や能力のあるなしの話をしたのか」


「そういうことだ。この気功術というのは東方の地では広く知られている術法だ。気功術を戦いで使用する者たちを東方では『武人』と呼んでいる」


「武人か……。最終的に俺はその武人ってやつになればいいのか?」


「その通りだが、その前にシオン殿には気功術を修得してもらう必要がある」


 そう言いながらヨシツグは気功術についての詳しい説明を始める。


「気功術において最も重要となる気を生成するためには大きく分けて2つの方法に分けられる。体内の気を循環させ生成する内気功と外から気を取り込み生成する外気功と呼ばれる2つの方法がある。さらにこの気功術を極めれば常人離れした力を手に入れることができる。……例えばだが」


 するとヨシツグは、紫音と少し距離を取ったかと思えば姿が突然消え、次の瞬間、紫音の後ろへと移動していた。


「こ、これは……」


 以前、妖刀に憑りつかれたヨシツグと戦ったときにも目の当たりにした瞬間移動。

 どうやらこの特殊な移動法も気功術の一種だったようだ。


「これはほんの一例だが、他にも炎を出したり様々なものに対して耐性がついたりもする」


「確かにすごいが……その気っていうのは具体的にどういうものなんだ? いまいちよく分からないのだが……マナとは違うのか?」


「マナ……? 確か、魔法と呼ばれる術法に必要な力のことだったな」


「……まあ、間違ってはいないな」


「私も魔法について詳しくないから何とも言えないが、おそらくマナと気というのは似て非なるものだと私は思う。ディアナ殿から魔法について話を聞いて思ったんだが、マナは気のように外から取り込むことができないようだな」


「……そうみたいだな」


 ヨシツグが言っていることはすべて事実だ。

 マナというものは基本的に外部から供給することはできないとされている。ポーションのように例外として体内に取り込むことは可能だろうが、周囲のマナをそのまま自分のマナへと昇華することはできないというのがこの世界の常識らしい。


 ただし、周囲のマナの状況によって影響を受けることはある。

 著しいマナの減衰や魔法の威力増加など、様々な変化が生じる。


「力の性質で見れば似たようなものだろうが、私個人としては別物の力だと思っている。だからシオン殿もマナと気は別物だとわきまえたうえで気功術を学んでほしい」


「それは分かったけど……具体的にどうやればその気っていうのを生成することができるんだ?」


「今から私が言う通りにやってみてくれ」


 そう言うとヨシツグは、その場に座り、座禅を組み始める。目を閉じ、一定間隔で呼吸を取っていた。


「これが一般的な気の生成方法だ。やってみろ」


「分かった……」


 言われた通りに紫音も座禅を組み、目を閉じる。

 しかし、いくら待てどもまったく体に変化が起きない。そもそも気というものを紫音は知らないためどうなれば正解なのかも知らずにいた。


「なあヨシツグ? 本当にこれで合っているのか? なんにも起きないんだが……」


「ふむ、やはり気というのがどういうものなのか理解できないうちはなにをやっても無駄のようだな。……ならばシオン殿、手を」


 別の方法を試すためヨシツグは手を差し伸べながら紫音に手を置くように促す。

 紫音はおそるおそる差し伸べられた手に紫音の手を重ねる。


「では、行くぞ」


「――っ!」


 すると、重ねた手がほんのりと温かみを帯びてきた。それはまるで春の日差しのように暖かさに包まれるような感覚だった。


「今、私はシオン殿に気を送っているのだが、感じ取れるか?」


「こ、これが……気ですか」


「この感覚を忘れずに先ほどの方法をもう一度試してみてくれ」


「は、はい」


 先ほどの感覚を忘れないうちに再び紫音は気の生成に取り掛かる。


 しかし座禅を組み、再度挑戦してみるものの又失敗に終わってしまった。

 紫音は、深くため息をつきながらもそこで終わろうとせず、何度も挑戦を試みる。


 その姿を静かに見守っていたヨシツグは、少し考え込む姿勢を取り、「あの方法なら……もしかして」などと口にしながら紫音に話しかけた。


「シオン殿、いったんやめてくれないか」


「……ま、まさか……もう見込みなしと判断されたんですか?」


「そうではない。シオン殿は気について何も知らない。先ほどの方法で気を感じ取ったとしてもまだ足りなかったのだと思う。……それなら」


 ヨシツグは服の懐から布袋を取り出す。


「こいつを試してみないか?」


 布袋を空けると、そこからヨシツグはビー玉ほどの大きさがある丸薬を紫音に取って見せてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る