第148話 嵌められた鬼人

 鬼人族の侍改め、ヨシツグは自信の名前と身分を紫音たちに明かした。

 将軍の実の息子だという重大な事実にフィリアたちの反応はというと、


「ねえ、伯父様? 将軍の息子ってどれくらい偉いの?」


「そうだな……将軍っていうのは一国の束ねる存在だから王様みたいなものだな。つまり、将軍の息子と言えば王子とかそんなところだろ」


「なんだ……。私と同じなのね」


「……」


 特に驚きもせずに平然とした態度でいるフィリアたちに紫音は胸中で呆れ返っていた。


「あまり……驚かないのだな」


「え、ええ……。あなたと同じような身分の人が何人かいるので……」


 誤魔化すように作り笑いをしながらそう返した。

 実際、アルカディアにはフィリアやメルティナなど他国の王族が複数いるため将軍の息子と言われても驚かないようになっていた


「それで、ヨシツグさん……でしたね? そっちの事情も詳しく教えていただけないでしょうか?」


 フィリアの言葉によって話題も次に移り、これまでの経緯について話す流れとなった。


「……は、話したいのは山々なのだが、先ほども言ったように私には妖刀を手にした後の記憶がない。……その前の話になってしまうが、それでもよいか?」


「ええ。それでかまわないので話してください」


 フィリアに促され、ヨシツグは重苦しい雰囲気を漂わせながら口を開いた。


「まず結論から言わせてもらうが、おそらく私は他国の策略により、あの妖刀を手にしてしまったのだ」


 第一声に気になる発言を残し、紫音たちに質問をさせないまま話を続けた。


「ここでは国の名前を伏せておくが、我が国『ヤマト』では長年、ある敵対国との戦が毎日のように行われていた」


「いわゆる領土争いって奴だな。大陸は違えど、どこの国も似たようなことしてるな」


「戦と言っても小競り合いのようなものだが、それでも傷を負う民たちが少なからずいた。……そんなある日だ。その国から使者がヤマトに訪れてきたのだ。その者は、自国とヤマトとの停戦協定を結びたいと申してきた」


「なんじゃいそれは……? 怪しい匂いがプンプンするのう」


「たしかに……いままで戦争してきたっていうのに突然それを止めるだなんてどう見てもおかしいわね」


 全員が怪訝な顔を浮かべる中、ヨシツグはバツが悪そうな顔をしながら続ける。


「皆のおっしゃる通りだ。……だが、我が国はこれを好機と見た。長年にわたる戦のせいで、税の引き上げや、民の中から兵士を徴兵させたりなどとしていたせいで民の不満が増す一方だった。城の方でもその声は耳にしていたので戦争がなくなってしまえば民の不満も解消されると思ってその使者の提案を受けることにしたのだ」


「そうせざるを得ない事情があったってわけか……」


「その際、使者から将軍からの献上品があると言われ、私にあるものを差し出してきた」


「もしかして、それが……」


「ああ、シオン殿が所持している妖刀――『鏡華』。その妖刀こそが私を破滅へと追い込んだ元凶だ」


 鬼気迫るヨシツグの顔を目にした紫音は、思わず腰に携えていた妖刀に視線を向けていた。


「私が覚えているのはそこまでだ。そこからの記憶はその妖刀のせいか、さっぱり思い出せない」


「オイ、お前はなにか知っているんだろ。黙ってないでなんとか言えよ」


 困り果てているヨシツグを見かねて、紫音は鏡華に語り掛ける。


 ヨシツグの手から鏡華を手放したあの日の夜。

 うるさいくらい頭の中で喚き散らしてきたが、それからというもの諦めたのか、だんまりを決め込んでいた。


 しかし状況が変わった今、このままというわけにはいかない。

 事情を知っている可能性のある鏡華に問い詰めるため紫音は何度も語り掛けた。


『……うるさいな。今さらなんだよ』


 紫音の願いが通じたのか、鏡華からの返答が頭の中に届いた。


「どうせ話は聞いていたんだろ。ヨシツグの体を乗っ取った後のことについて知っていることがあるなら早く話してくれ」


『……別に構わないが』


「意外な返答だな……。もっと駄々をこねるとばかり思っていたんだが……」


『我の思い通りにならないキサマの言うことなど本当なら聞きたくないが、今回は別だ。うまくいけば我の糧になるかもしれないからな』


「……糧だと?」


 意味深な発言に紫音は首を傾げながら鏡華に問いかける。


『我は本来、所有者の肉体に憑りつき、その者の生気を吸収することで力を振るうことができるが、その他にも人間の負の感情を糧にすることができる』


「……つまり、どういうことだ」


『察しが悪いな……。我はあの者に憑りついたときの記憶はあるが、それを言ってしまえばあの者は罪悪感に押しつぶされる可能性があるということだ。……まあ我としては、そのほうが好都合だけどな』


(ヨシツグの負の感情を養分にするってわけか。……さて、どうしたものかな)


 厄介な事実を耳にし、紫音は悩んだ結果、そのままヨシツグに伝えることにした。

 ヨシツグは、静かに目を伏せ、しばし考えたのち、こう返した。


「……それも構わぬ。あの後、いったいなにがあったのか教えてはくれぬか?」


「ああ、分かった。……それじゃあ鏡華、話してもらおうか」


 話がまとまり、再び鏡華に話しかける。

 鏡華は、意気揚々と嬉しそうにヨシツグの体を乗っ取った後のことについて話し始めた。


 時間にしてわずか数分程度の話だったが、これをヨシツグに伝えるべきか、話を聞いてから紫音は迷っていた。


 鏡華の話をまとめると、ヨシツグに憑りついた鏡華が、その体を使い、まずは使者に刀を向けた。

 そのまま使者を斬り伏せ、その場にいた全員にも刀を向けたという。

 城の者たちはヨシツグを止めようと試みるが、全員返り討ちに遭い、気付けばその部屋は血の海と化していた。


 部屋を出た鏡華は、城中を駆け巡り、刀の猛威を振るってきた。

 しかし、術師のような格好をしたものたちが現れ、なにかを唱えたと思ったら地面が急に光り出し、気がついたら見知らぬ場所に飛ばされてしまっていた。


 それからは紫音たちが知るように辻斬り事件の犯人としてあちこちを闊歩していたとのことだ。


 紫音は悩んだ末、いま聞いた話をヨシツグたちにも伝えることにする。

 事の顛末を聞いたヨシツグは案の定、苦悶の表情を浮かべ、いまにも泣き出しそうな顔も浮かべていた。

 どうしようもない精神的苦痛に耐えながらヨシツグは鏡華にあることを問いかける。


「……城にいた者たちは……全員死んでしまったのか?」


『……いいや、死んではいないだろうな。我は殺戮を好まぬ。ただ強者との戦い……それこそ我の望みだ。少なくとも致命傷は与えていないはずだから殺してはいないはずだ』


 鏡華の言葉に紫音は少し安心した顔をしながらヨシツグにこのことを伝える。

 ヨシツグは、安堵したようにほっと胸を撫で下ろしていた。


「……それにしても、最後の部分がよく分からなかったな。いったいその者たちは私になにをしたのだ」


「今の話から察するにヨシツグたちは転移の魔法をかけられたのかもしれぬぞ。おそらくお主を止めるにはそれしか対処法が見つからなかったのじゃろうな」


「転移……呪術師にはお主らたちでいうところの魔法に似た妖術というものがある。おそらく転移と似た妖術を私に使用したのだろうな」


 そう口にすると、ヨシツグは大きく息を吐き捨てながらふと窓の外を眺めていた。

 故郷のことを思っているのだろうか、哀愁に満ちた目が映っている。


 そんな中紫音は、ある決心を胸に秘めながらヨシツグに近づく。

 ベッドのすぐそばまで行くと、ヨシツグと目線を合わせるように体を低くさせ、声を掛ける。


「なあ、ヨシツグ」


「……なにかね、シオン殿?」


「お前が望むのであればだけど……国に帰る目途がつくまでアルカディアで働く気はないか?」


「っ!?」


「ちょっ!? 紫音!」


「……ほう」


 紫音の思いがけない提案にヨシツグだけでなくフィリアたちも面を喰らった顔をしながら全員、紫音に視線を向けていた。

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