第147話 目覚めた侍
「ん……うぅ……」
日が昇り、小鳥のさえずりが聞こえる朝。
窓から差し込む朝日に照らされ、永い眠りについていた鬼人族の侍が目を覚ました。
「ここは……?」
目を開けると見慣れない光景が視界いっぱいに広がっており、侍はしばし怪訝な顔を浮かべていた。
「……うっ!?」
体を起こそうした途端、体に激痛が走り、苦痛の声が漏れる。
痛みが走る中、なんとか上半身だけ起き上がることに成功した侍は顔を動かしながら改めて周囲の状況を確認する。
「……っ?」
見慣れない部屋の作りに見慣れない家具、どれもこれも侍が初めて目にするものばかりだった。
突然、知らない場所で目を覚ましたことに驚かされていると、侍はあることに気付く。
「っ!?」
侍のすぐそばで紫音が目を閉じながら舟を漕いでいた。
(な、何者……だ? い、いや、初めてみる顔のはずなのになぜか初めて見た気がしない……いったいどういうことだ?)
自分でも分からない不思議な感覚に眉をひそめていると、
「……ん? ……ようやく起きたか?」
眠りから覚めた紫音が侍の顔を見ながら安堵したように言う。
(敵の間者か? ……それとも捕虜として囚われてしまったのか? いずれにしてもこの体では逃げることすらできぬな)
自分がどのような状況に置かれているか分からないため警戒心を強めながら紫音に問いかける。
「お主……いったい何者だ? 私をどうするつもりだ」
「……え? ……ああもしかして、今まで自分がなにをしていたのか覚えていないのか?」
「……なんのことだ?」
「その前に一度容態を診てもらうからちょっと待っていろ。話はそれからだ」
侍の質問を先送りにしながら紫音は、侍の意識が戻ったことを念話越しに告げると同時に招集をかける。
それから十分ほどして、フィリアとディアナ、そしてグリゼルが到着し、すぐさまディアナによる診察が始まった。
ひとしきり侍の体を診察した後、ディアナは診察の結果を紫音たちに報告する。
「ふむ……どうやら異常はないようだ。一週間も眠った状態だったから心配じゃったが、後遺症なども特に見られんし、このまま安静にしておれば回復に向かうじゃなろうな」
「……そうか。ありがとうなディアナ」
「……おい。」
「……ん、なんだ?」
「もう気は済んだか? 済んだのならそろそろ私の質問に答えてもらおうか? いったい私の身になにが起きたのか詳しく聞かせてくれないか?」
「なに、紫音? まだ説明していなかったの?」
「これからのことについての話もしたかったし、フィリアたちが同席してくれたほうが後々都合もいいだろう?」
「……まあ、そうだけど」
フィリアとの話をそれくらいにして紫音は、侍になにがあったのか説明するため口を開く。
侍が起こした辻斬り事件のことやアルカディアへの侵入の件、それに伴って紫音たちのことについても今まで起きたことを事細かに説明していく。
ちなみにそのとき視察に来ていたフリードリヒたちには、この件は紫音たちアルカディアに任せるように通達し、丁重にお帰り頂くこととなった。
「……というわけで、今に至るんだけど……信じてもらえるか?」
ひとしきり説明し終えた後、確認するようにそう問いかけると、侍は額に汗を流しながら愕然と肩を落としていた。
自分がしでかした罪の大きさに圧し潰されようになっているのか、頭を抱え、苦悶の表情を浮かべている。
「私は……私は……いったいなんという愚かなことを……」
「どうやら信じてくれているようだな」
「私が……この手で斬った者の中に死者はいたのか?」
「いいや。……幸い被害者の中に死者は一人もいないとのことだ。まあそれでも、かなりの懸賞金をかけられたうえで指名手配されているけどな」
「ふふふ……そうだろうな。私が犯してしまった罪は一生拭い切ることはできない。……たとえ妖刀に操られていたとしても、それは私の未熟だったせいに過ぎない」
「ああ、やっぱりこれって妖刀で合っていたのか?」
そこで紫音は、これ見よがしにそばに置いていた妖刀を手に持って侍に見せた。
「――なっ!? お、お主! なぜそれを!? いや! 今すぐその妖刀から手を……ん?」
慌てて紫音の手から妖刀を引き離そうとするが、ある違和感を覚え、侍の動きが止まった。
「お、お主……それを持っていても平気なのか? 意識がなくなったりなどは……」
「いや、全然。なんでか知らないけどお前みたいに操られることはないみたいなんだ」
「……そ、そうか。……よかった」
不安の顔から一変、今はほっと安堵したような顔へと変わっていた。
まるで不幸の連鎖がようやく断ち切られてように胸を撫で下ろしていた。
「さて、俺たちが知っていることについては全部話した。……次はお前の番だ。お前はいったい何者なのか? これまでの経緯を思い出せる範囲でいいから俺たちに教えてくれないか?」
紫音たちの話はいったん一区切りとなり、次は侍の番となった。
侍は、これまでのことを思い出すように俯きながら重い口を開いた。
「悪いが……なぜ私がこの場所にいるかはまったく思い出せない。その妖刀を手にした瞬間から記憶がぷつりと途切れてしまってどうやってここまで来たのか思い出せないのだよ」
「それもこれも妖刀のせいってわけか」
「確かここは……アルテビオン大陸といったか?」
「ああ、そうだが?」
「どうやら意識がない間に、大陸すら超えてしまったようだ。私が住んでいたところは東方にある大国……名は『ヤマト』というところだ」
「なんだおまえ? ヤマトの生まれなのか? あそこはいいところだよな」
侍の出身地を聞いた途端、グリゼルのテンションが上がり始めた。
「そういえば、お主が来ている服は……我が国と同じものとお見受けするが……お主もヤマトの出なのか?」
そう質問しながら侍は、グリゼルの頭に生えている二本の角に視線を動かしていた。
「残念だが、オレは竜人族だ。悪かったな。……100年くらい前に放浪と旅をしていたときに立ち寄っただけさ。そのとき知り合った呉服屋の店主にこの服を貰ったんだよ」
「……竜人族? っ!? ま、まさかお主の名前はグリゼルと申すのではないか!?」
「確かにグリゼルはオレだが?」
「そうか、お主がヤマトを東方一の国へと導いた伝説の傭兵だったとは……。たった一人で千の軍勢を全滅させたという我ら武士にとっては憧れの存在です。そうとは知らず、これまでの無礼どうかお許しください」
話を聞く限りどうやらグリゼルは東方の国で有名人のようだ。
侍もグリゼルの正体を知った途端、態度が急変している。
「伯父様、いったいなにをしたのよ?」
「本当だよな。なんだかあいつの国では英雄扱いされているみたいだしな」
「ああ、そんなこともあったな。酒の飲み場で知り合った奴と意気投合して、それからオレの武勇伝を聞くと、傭兵でも何でもいいから戦に出てくれねえかって、仕事を貰ったんだよ。当時は路銀も底をついていたからちょうどいい小遣い稼ぎになるから別にいいかなって思ったんだが……」
「その結果、『伝説の傭兵」と謡われるようになったとわけか」
グリゼルの新しい一面を知ることはできたが、肝心の侍についてはまだ分からずじまいだった。
紫音は一度、こほんと咳払いをしてから話を元に戻すことにする。
「グリゼルの話はいったん置いといて……それでお前は……っと、そういえばまだ名前を聞いていなかったな」
「っ! ……そうであったな。恩人であるあなた方に名前を伝え忘れてしまうとは失礼した」
そうすると侍は、無理やり体を動かし、ベッドの上で正座の体勢をとる。
「私の名はヨシツグと申す。ヤマトを治める将軍――『ヨシミツ』の実子であります。この度は私を救ってくださり誠にありがとうございます。この御恩は一生忘れません」
深々と頭を下げながら改めてヨシツグは、紫音たちにお礼の言葉を述べていた。
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