第143話 一騎打ち
紫音の顔を見て歓喜の声に震え上がる侍。
わけの分からないこの状況に紫音はただただ戸惑うばかりでいた。
「早く戦おうではないカ。我とお主とのサシの戦いをナ!」
(名指しでしかも一対一での戦いを希望か……。まあ、こっちは相手の要望に応える義理はないけどな)
当初の予定通り全員で一気に片を付けようとする紫音だったが、
「待ちなさい紫音」
突然フィリアに呼び止められ、動きが止まる。
「ここは相手の要求を呑んだほうがいいわ」
「な、なに言ってんだよ。たった一人であいつに挑むなんて無謀にもほどがあるだろう!」
「いいから聞きなさい。ほら、あいつの後ろ見てみなさいよ」
フィリアにそう言われ、侍の後方へ目を凝らしてみると、
「あいつら、あんなところにいたのか」
そこには地面に横たわっているジンガとピューイの姿があった。
「もしも全員で攻めたとしたら間違いなく、ジンガたちが人質にされるわ。そうじゃなくともあのまま放っておくわけにはいかないでしょう」
「……そうだな。ここは俺が囮になって戦うからディアナにでも救助してもらうか」
やることが決まり、紫音は早々にディアナと念話を取る。
ジンガとピューイの救助をディアナに任せ、紫音は侍に向かって声を上げた。
「いいだろう。相手してやるからかかってこい!」
「フハハ! そうダ! そうでなくてはナ! 我がここに来たのはお主が目的だったんダ。奇妙な気を持った我が今までに戦ったことのない相手! さあ、やろうではないカ」
興奮した状態のまま侍は戦闘態勢に入っていた。
「……気ってなんのことだ? まあいい。こっちは全力で時間稼ぎと行きますか」
侍が発した言葉に少し引っかかり覚えながらも紫音は目の前の敵に集中することにした。
そして戦いに入る前に紫音はローゼリッテのほうを見ながらアイコンタクトをとる。その目を見て察したローゼリッテは、紫音に向かって同意を示すように首を縦に振った。
「リンク・コネクト」
瞬間、紫音とローゼリッテの足元に魔法陣が出現し、二つの魔法陣を繋ぐように線が伸びる。
それと同時に紫音の体が変化していく。
血に染まったように赤く光る真紅の瞳。
獣の牙のように鋭く伸びた犬歯。
夜に溶け込む闇色のタキシードを身に纏い、ひらりとマントをはためかせている。
「《形態変化――
姿や服装が突如として変化し、その光景に侍は面白そうな顔をしながらニヤリと笑みを浮かべていた。
「ローゼリッテ! その血、俺に貸せ」
「しょうがないわね。あとでちゃんと返してよね」
「分かってるから早くしろ」
ローゼリッテはしぶしぶといった顔をしながら支配下に置いていた血液を紫音に譲渡した。
リンク・コネクトによってローゼリッテの血流操作の能力を得ているため同じように紫音も血液を支配下に置き、血液を操っていた。
「
支配した血液の形状を変化させ、二振りの赤い剣を生成する。
紫音は、その剣を振りながら感触を確かめていた。
「準備はできたようだナ……」
「律儀に待ってなくてもよかったんだぞ」
「そうはいかなイ……。最高の状態のお主と戦わなくては我の勝利といえないのでナ」
「最初っから勝った気でいるなんてずいぶんと舐めてんだな!」
言葉の終わりと同時に両足に身体強化の魔法をかけ、地面を蹴り上げ一気に侍との距離を詰める。
「ハアアァッ!」
剣の間合いに入った瞬間、二本の剣を交差するように斬り付ける。
「ほう、なかなかの力だナ」
しかし、その攻撃は一振りの刀によって受け止められてしまう。
「まだまだ!」
すぐに攻撃の仕方を変え、今度は手数の多さで勝負する。
広範囲にわたって二本の剣を振り、相手に攻撃をする暇を与えないようにする。
「チッ! 縮地気功術――『地』」
「消えた!? これが例の瞬間移動みたいな移動術のことか。……だが」
すでにこの技はディアナから聞いていたため動揺したりせずにすぐさま周囲の様子を見渡す。
「飛炎!」
茂みの奥から炎の斬撃が飛び出してくる。
「《シールド――三重障壁》」
この攻撃もディアナの情報にあったため冷静に対処していく。
シールドの重ね掛けによって炎の斬撃を相殺させ、紫音は斬撃が飛んできた方向へ血の短剣を飛ばす。
「その反応……どうやら知っていたみたいだナ?」
茂みの中から姿を現した侍は、紫音にそう問いかける。
「さあ、どうだろうな?」
「簡単に漏らしてはくれないようだナ。……ならば、これならどうかナ?」
鞘に納めた刀に手を当て、体を低くさせながら身構える。
(こ、これってまさか……マズい!)
ディアナの情報の中にはたとえ知っていたとしても簡単に対処できない技がいくつかあった。
侍の構えを見て悪い予感が頭によぎり、紫音は今できる最大の防御を取る。
「《シールド――五重障壁》」
「神鬼一刀流・
何重もの障壁を展開した瞬間、けたたましい音を鳴らしながらその障壁は侍の刀によってすべて破壊された。
咄嗟に紫音は剣を交差させ、侍の刀を受け止める。
「ぐっ!」
重い一撃が紫音にのしかかり、受け止めていた両腕が悲鳴を上げていた。
(た、耐えろ……。もう少しだ……。もう少しすればジンガたちを救い出せる)
辛いだろうが、紫音はこの状況を維持しようと踏ん張っていた。
なぜなら侍の意識が紫音に集中しているスキを狙って後ろのほうでディアナがジンガたちの救助に向かっているからだった。
ジンガたちさえ救い出せれば、一対一で戦う理由などない。
すぐさまフィリアたちが加勢に出てくれる。
チラリとフィリアたちのほうに目をやると、すでに戦闘態勢に入っていた。
悲鳴を上げ続けている体に鞭を打ちながら紫音は、早くしてくれと言わんばかりにディアナに視線を送っていた。
「……なるほド。狙いはそれカ」
「っ!?」
突然、意味深な発言を口にした侍。
ハッと目を見開く紫音を尻目に侍はばっと後ろを振り返りニヤリと笑う。
「……やはりナ」
侍の視線の向こうにはジンガたちを救おうとするディアナの姿が映っていた。
その光景を見た侍は、
「縮地気功術――『地』」
先ほど見せた移動術でその場から姿を消し、ディアナの前に現れる。
「っ!? 《グラビティ・フォース》」
刀を振りかざした侍に向かって重力魔法を放って対抗する。
これで吹き飛ばされるかと思いきや、地面に刀を突き立てディアナの魔法に耐えていた。
「こりゃあ、いかんのう」
このままでは救助は不可能と考えたディアナは撤退を選択する。
すぐさま重力魔法を解き、再び攻撃してくる侍を振り切って紫音たちと合流する。
「我はお主との一騎打ちを望んでいる。戦いに水を差さすなど野暮な真似はしないでもらおうカ」
「……バレてたか」
「我もあまりしたくはないが、次に妙な真似をした場合、この者らの命はないと思エ!」
そう言いながら侍は、ジンガの首元に刀を当てていた。
「どうするんじゃ? 隙を見てまたやってみるか?」
「いや、一度勘付かれた以上、二度目は危険だ。せめてどっちかが動けていれば話は別なんだが……」
「それは無理ね。ピューイは完全に気絶しているようだし、ジンガに至っては獣化したせいでしばらく動けないはずよ」
どちらも期待できないとなれば、必然的に方法はただ一つ。
紫音と侍が戦い、紫音が勝利する展開でしかジンガたちを救い出せる方法はない。
「……やるしかないか」
勝てる可能性など限りなく低いが、ジンガたちを救い出すため紫音は腹を括ることにした。
「あ、あの……シオンさん。お話ししたいことがあります」
再び戦いに出ようとする紫音の足を止めるようにメルティナが声をかけてきた。
なにか策でもあるのか、そんな淡い期待を胸に抱きながら紫音はメルティナの話を聞くことにする。
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