第142話 渇望を満たす者

「ハアアァッ!? ピューイとジンガがやられて、今はローゼリッテが侍の相手をしているだとう!?」


 侵入者の辻斬り侍のもとまで急ぎ向かっていた紫音たち。

 道中、状況を確認するためディアナに念話したところ先ほどの連絡を受け、紫音は思わず声を上げながら驚いていた。


『今回の相手はヤバいからだれも手を出すなって指示したのになんであいつら先に戦ってんだ! そもそもディアナ! お前そのこと知ってんだから止めろよな! なに黙って見ているんだよ!』


『敵の情報を引き出すためにも戦わせたほうが早いじゃろう? それにあの鬼人族、面白い戦い方をしておるからな。つい興奮しておってすっかり忘れておったわ』


 ディアナは、常に飽くなき探求心に飢えているため、見たこともない戦法を使う侵入者に欲求が抑えきれないようだ。


『お前な……。あれ、今鬼人族って言ったか? 侵入者の正体が分かったのか?』


『うむ。儂も服装と特徴的な角を見て思い出したんじゃが、おそらく奴は、遠い異国の地にのみ存在が確認されている鬼人族と呼ばれる亜人種じゃよ』


『……なんで、そんな遠い国にいるはずの種族がこんなところにいるんだよ?』


『そこまでは分からんのう……』


『……まあいい。過ぎたことはしょうがない。ローゼリッテならまあ、かなりの時間は稼いでくれるだろう。ところでお前らは、今どこにいるんだ?』


『いつもローゼリッテがサボりに使っている場所じゃろう。あの辺りで戦っておるから待っておるぞ』


『ああ、あそこか……』


 お気にいりの場所なのか、仕事をサボる際は必ずと言ってもいいほどその場所にいるためすぐに見当がついた。


『分かった、すぐに行くからそれまでディアナは引き続き監視をしててくれ』


『うむ、了解した』


 最後に指示した送った後、ディアナとの念話を切った。


「ティナ、見つけたか?」


「はい、確認できました! ここから北西の方角にまっすぐ進んで、数分ほどで到着できるかと思います。……ただ」


 メルティナのほうでも侵入者の居場所を索敵していたようで、方角と到着予定時間を紫音に報告していた。


「……っ? ただ、どうしたんだ?」


 なにか言いたげな顔をするメルティナに紫音はたまらず質問することにした。


「い、いえ!? なんでもありません。……私の気のせいかもしれないので」


「そ、そうか……?」


「……シオン殿? どうやら、統制がとれていないようだが大丈夫なのか?」


 二人の会話が終わると、突如フリードリヒから声を掛けられた。

 どうやら先ほど、シオンが思わず口に出してしまった内容から推測し、アルカディアに懸念を抱いるようだ。


「……大丈夫よ。少々、我が強いところはあるけどみんな仕事はきっちりやってくれるわ。だから、今回も大丈夫ですよ殿下」


 紫音が返答に困っていると、代わりにフィリアが答えてくれた。


「……そうか、ならいいんだ。時間を取らせてすまなかったな」


「いえいえ、お気になさらず。紫音は早く行くわよ」


「……ああ、分かった。行こう」


 そう言いながらフィリアは鬼人族がいる方角へと走っていく。

 紫音もそれに倣って立ち止まっていた足を進めた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……へえ、なかなかやるわね」


「ハア……ハア……なんとも厄介だナ。その……再生能力ハ。……斬っても斬っても切りがないではないカ……」


 紫音たちが必死に走って向かっている頃、ローゼリッテと鬼人族の侍との戦いがすでに行われていた。


 戦いの激しさは増す一方で、侍が果敢に刀を振り、ローゼリッテがその攻撃をただ受けるといった状況だった。

 一見、侍のほうに分があるように見えるが、不死身と驚異的な再生能力を併せ持つローゼリッテの前では刃物での攻撃などまったく通用しない。


 先ほどからローゼリッテの体がどんなに斬られようとすぐに斬られる前に戻ってしまう。

 この結果に侍は、息を切らしながらどう戦うべきか頭を悩ませていた。


 すると、戦う手を止めた侍を見てローゼリッテは、退屈そうにため息をついた。


「なぁに? もう終わりなの? そこの獣人を倒すほどだから少しは期待したけど……アナタ、剣を振り回すことしかできないの?」


 地面に伏しているジンガを見ながら皮肉交じりの言葉を吐いていた。

 挑発にも似た言葉に侍が激怒するかと思いきや、当の侍は眉一つ動かさず、まったく気にしていない様子でいる。


(どうやら刀で体を斬り落としても無駄のようだナ……。さて、どうしたものカ)


「来ないようね……。それなら次はアタシの番よ。アナタはここら辺では見ない種族のようだし、どんな血の味がするのかしら?」


 頬をわずかに赤く染めながらローゼリッテも攻撃に出た。

 少し離れたところにあらかじめ置いてあったビンがカタカタと動き始める。その中に入ってあった大量の血液がビンから飛び出し、ローゼリッテを守るように漂っている。


創成クリエイト――《ブラッディ・ダガー》」


 液体状の血液は一瞬にして大量の血の短剣へと形を変え、まるで雨のように降り注ぐ。


「クッ!?」


 侍は、空から降り注ぐ大量の短剣を刀で弾き飛ばしていく。

 それでも、捌ききれず直撃を受けてしまうが、侍の体には切り傷が一つも付けられていなかった。


「へえ……。あの状況を無傷でしのぐとはね。……どうやら妙な体技を使うようね」


「お主こそ妙な技を使うではないカ。血を使うなど我は呪術の類でしか見たことがないが……外海ではそれが普通なのカ?」


「それをわざわざアナタに教える義理なんてアタシにはないはずよ。まあ、泣いてお願いするなら教えてあげ――っ!? 人が話している途中で襲いかかってくるなんて礼儀がなってわね」


 ローゼリッテの言う通り、侍は話の途中で瞬間移動に似た移動術を駆使して不意打ちを仕掛けてきた。

 しかし、間一髪のところでローゼリッテが血の壁を形成させ、攻撃を防ぐことができた。


「ほう、これでも駄目カ。物理攻撃はほぼ無効化されると思ったほうがいいようだナ」


 防がれることなどすでに予想していたらしく、侍は冷静に状況の分析に努めていた。


「それなら……これはどうダ!」


 いったん後方まで下がると刀を横薙ぎに振り、炎の斬撃を放った。


(ほ、炎の斬撃!? 魔法を使った様子はない……。ホント、いったいなんなのよコイツは!)


 胸中で文句を垂れ流しながらローゼリッテは防ごうとはせずに躱すことにする。

 背中の羽を広げ、地面を蹴り上げて空へと飛び立つ。


「……ほう、飛べるのカ。しかし、今の行動……なるほどナ」


(あの様子じゃあ、十中八九バレたわよね。あからさまだったけど、なるべく血液をムダにはしたくなかったし、しょうがないか)


 ローゼリッテの希少能力である血流操作は、その名の通り血液を自在に操る能力である。

 形はもちろんのこと、液体を硬質化させ、性質すら変えてしまう。

 しかし、元々が液体のため火をまともに喰らえば、気化してしまうという弱点がある。


 そのことを侍に勘付かれてしまい、ローゼリッテの顔に少々焦りの色が見えていた。。


「そうそうにしとめたほうがいいわね! 創成――《巨人の斧ギガント・アックス》!」


 対策を打たれる前に倒してしまおうと考え、ローゼリッテは勝負に出る。

 血液を集結させ、一本の巨大な斧を作製すると、まるで自分の手足のように操りながら侍に攻撃していく。


「アナタにスキさえ与えなければ問題ないわ! この状況で、アタシに勝てるかしら?」


「――ッ!? グッ!?」


 一撃一撃が重く侍の体にのしかかり、刀で応戦するたびに侍の体が悲鳴を上げていく。


「ま、まだ……ダ! 縮地気功術――『天』」


「――っ!? チッ! また消えたわね。今度はどこに行ったのよ!」


 またもや姿を消した侍の姿を追うためにローゼリッテが顔を必死に動かしながら探していた。

 ……そして、


「見つけた……」


 目当ての侍は、驚くべきことに空の上へと移動していた。

 自分と同じく空へと逃げてしまったことにローゼリッテも思わず感心してしまったがどうにも様子がおかしい。


「ア……アァ……ガハッ! ゴホッ!」


 空中で急に胸を抑えながら苦しみ出したかと思ったらせき込みながら血を吐いている。

 そのまま侍は苦しみながら落下していき、地面へと倒れこんでしまった。


「……自滅? それともワナ……かしらね?」


 敵が仕掛けた罠という可能性が残っているため不用意に近づかず、静観することにした。


(か、体を酷使させすぎたカ……。この体もそろそろ限界カ。……だが、まだ終われヌ。ここに来た目的を果たすまでは……横になっている場合ではなイ!)


 内にある闘志は鎮火することなく、燃え盛る一方だった。

 侍は、体に鞭を打ちながら立ち上がり、刀を構える。


「まだダ……。まだ終われヌ……」


「へえ……まだやる気なんだ。でも、もういいわ。これ以上長引かせてもいいことなんかなにもないし、終わらせてあげる」


 地面に置いていた斧を再び動かし、大きく振り上げる。

 そして、侍に向けてそのまま振り下ろそうとした……そのとき、


「……フッ」


(――な、なに!? この異様な感じは? まさか、まだなにか? マ、マズい……止められない!)


 この状況で不敵な笑みを浮かべる侍に対して直感的に危機感を覚えたローゼリッテ。

 しかし、すでに出した攻撃を止めることはできず、観念したようにローゼリッテは目を瞑った。


「――ローゼリッテッ! 攻撃を中止しろ!」


「っ!?」


 どこからともなく、聞き慣れた声がローゼリッテの耳に届く。

 ローゼリッテの体は、まるで誰かに自分の体を動かされているような感覚に陥りながらその声の指示に気付けば従っていた。


「……フウ、危なかったわね」


 振り下ろした斧は、侍の目の前で止まり、攻撃は一時中断された。

 ローゼリッテは、この状況に安堵し、すぐに斧を引っ込める。


「助かったわ。……でも、このアタシが珍しく仕事していたんだからおあいこよね」


「なにがおあいこだ! このバカ!」


 ローゼリッテが後ろを向きながらお礼を言うと、暴言を吐きながら紫音たちが森の中から現れる。

 先ほどローゼリッテに向かって大声を出していたあの声は紫音のものだった。


「失礼ね……。仕事をしていたアタシに向かってバカだなんて、言っていいことと悪いことがあるでしょう?」


「お前が俺の指示を、まったく聞いていなかったからバカって言ったんだよ。どうせ、また寝てたんだろ」


「ハア? 指示? なんのことよ?」


「……はあ、頭痛くなってきた」


 一行に改善する見通しのないローゼリッテの厄介な性格に紫音はため息をつきながら頭に手を当てていた。


「フフフ……フハハハハハ!」


「な、なんだ……?」


 ローゼリッテとそのような会話を繰り広げていると、なにがおかしいのか、突然侍は高笑いを上げていた。

 その顔は、歓喜に満ちており、満面の笑みを浮かべていた。


「ようやくダ……。ようやく見つけタ! まさか我の渇望を満たしてくれる相手がお主とはナ! ……そこの人間!」


 侍は、紫音のほうに指を差しながら嬉しそうに声を上げていた。

 それに対して紫音は、


「……なんの話だ?」


 まったく状況が掴めず、訳が分からないといった顔をしながら首を傾げていた。

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