第144話 望まぬ決着

 紫音に話があるといったメルティナは、少し重苦しい雰囲気を漂わせながらずっと気になっていたことを告げる。


「実は……遠くからこの場所を確認したときから気になっていたことがあるのですが……あの人から感じ取れるオーラが少し変なんですよ」


「オーラが変?」


 その言葉に紫音は、怪訝な顔をしながら首を傾げる。

 メルティナには、人が有している魔力の総量を視認する能力がある。それは人が発するオーラのように視え、魔力量によって大きさも変化するという。


 常日頃からオーラを見続けてきたメルティナがまるで珍しいものを見たかのような顔をしていた。


「あ、あの人からは……その……どういうわけかオーラが2つ視えるんです」


「……それっておかしいことなの?」


 メルティナと同じ景色を視ていないフィリアは、どういうことか質問する。


「私の目は、人の魔力を視認することができます。ですから、オーラが2つもあるなんて本来ならおかしいのです。……し、しかもですね……その2つのオーラというのが、あの侵入者の人と……その手に持っている剣からもオーラが視えるんですよ」


「……あの刀からか?」


 震えた様子で侍が手にしている刀に指を差している。

 紫音も刀のほうに視線を動かすが、特に異様な雰囲気は感じられなかった。


「侵入者の人からは淡い橙色のオーラが視えるのですが……あの剣からは黒く禍々しいオーラが視えます。……そもそも私の能力は生物にしか影響がないのにこんなのおかしいです」


「そういえばそうだったな……。ということはあの刀になにかあるのか?」


「なにかって、刀なんかただの武器でしょう? 関係あるわけないでしょう」


 当然のことをいうフィリアだが、メルティナは依然として浮かない顔をしている。


「ティナ? まだなにかあるのか?」


「そ、その……私にもうまく説明できないのですが……剣から発しているオーラがあの人に送り込まれているように視えるんですよ」


「……それが本当ならやっぱりあの刀に原因がありそうだな」


「なんだ、難しい話をしていると思えばそんなこと話してたの?」


 ここまで話に入ってこなかったローゼリッテがいきなり割り込んできた。


「要はあの刀? とかいうやつを奪えば止まるって話なんでしょう?」


「まだ、刀に原因があると決まったわけじゃなくてただの可能性の話だ。そもそも刀を奪っただけで敵の動きが止まるとも決まったわけじゃないんだぞ」


「それでも試してみる価値はあるんじゃない?」


「まあ、ローゼリッテの言うことにも一理あるが……」


「そうと決まれば早く奪ってきなさい。チャンスがあるとすればシオンしかいないでしょう?」


 他者の介入ができない現状、一対一の戦いをしている紫音にしか侍から刀を奪い取ることができなかった。

 大役を押し付けられ、気が遠くなる中、紫音は覚悟を決めることにする。


 ジンガたちから離れ、紫音のもとへゆっくりと近づいてくる侍を視界に抑えながら紫音はどうやって刀を奪い取るか、算段を企てていた。


「……あれをやってみるか」


 思考を巡らせた結果、紫音はある作戦を思いついた。

 すぐさま実行するため紫音は動き出す。


「創成!」


 手中に収めていた血液をすべて使用し、形状を変化させていく。

 それは、紫音の右腕に集約され、あるものへと生成される。


「――《ブラッド・ガントレット》」


 右腕全体を防護するように変化する血液に覆われ、籠手へと姿を変えた。その籠手は、血流操作によって性質そのものが変化し、鋼鉄のような頑丈さが見られる。


 紫音は、ガントレットの具合を確かめるように手を開いたり閉じたりしていた。


「準備は……終わったカ?」


「ああ、悪いな。戦いの途中に水を差すようなマネをして……」


「かまわン。……次同じことをやったときは容赦しないがナ」


 そう再度警告をしながら侍は、紫音の腕を見て不満そうな顔をしながら言った。


「しかし、いいのカ? 妙なものを付けているようだが……まさか長物に対して拳で挑むつもりカ? 格闘術によほどの自信があるか……それともただの馬鹿カ?」


「そんなの当然、前者に決まっているだろう!」


 瞬間、紫音は両足に身体強化の魔法を重ね掛けして脚力を底上げする。

 勢いよく地面を蹴り上げ、猪のように侍に向かって一直線に駆け出した。


「――っ!? 同じ手に引っかかる我ではなイ!」


 紫音の手を読んでいた侍は、下から刀をすくい上げるように刀を振り、逆袈裟斬りお見舞いする。


「なっ!?」


 しかし侍の刀は届かず、途中で紫音が展開した障壁によって阻まれてしまっていた。


(こ、こうなれば受け取るしか方法はなイ。気で防御を固めれば防げるはずダ)


「ハアアァッ!」


 渾身の右ストレートが侍の腹目掛けて放たれた。


「ガアァッッ!」


 直撃した瞬間、強化された肉体を貫き、強烈な一撃が侍を襲う。

 侍の体は、拳から放たれた威力を受け止められず、後方へと勢いよく飛ばされてしまった。


「ゲホッ! ガホッ!」


 いまだ襲う腹部から伝わる強烈な痛みに耐えきれず、侍は腹部に手を当てながら脂汗を流していた。


(思った通りだな。一応あいつも亜人種のようだし、拳が通りさえすれば俺の能力の餌食となるはずだが……どうやらまだやれるようだな)


 踏み込みが甘かったのか、先ほどの一撃を喰らってもまだ倒しきれなかったようだ。


(ば、馬鹿ナ……気で強化された肉体がこうも簡単に破られるなどありえヌ。まさかこの体が二度も吹き飛ばされてしまうとは思わなんダ。……しかもあの人間、先ほど戦った獣よりも力があるではないカ!)


 今の一撃は、獣化したジンガよりも威力があり、侍も驚きを隠せずにいた。


「休んでいる暇はないぜ!」


 強化された脚力の前には、互いの距離が離れていてもすぐに追いつける。

 あっという間に距離を詰め、拳を振り上げながら追撃する。


「おのレ!」


 すかさず後ろへと飛び、間一髪のところで紫音の拳を回避する。

 着地と同時に刀を鞘に納め、低い姿勢を取る。


「神鬼一刀流・漆ノ型……」


「させるかよ!」


 侍の構えを見て次の行動を読んだ紫音は、左手から風の弾丸を放ち妨害する。

 技が打てず、防戦一方のまま紫音との距離を再び離す。


(今の動き……やはりこちらの型はある程度読まれているようだナ。……ならば)


 鞘から刀を抜き、切っ先を紫音の向けながら構える。

 構えと同時に侍から痛いほどの殺意が向けられ、紫音は咄嗟に身構えた。


(なにかしてくるな。……おそらくさっきローゼリッテにしようとしていたことと同じことだと思うが……フッ。だとしたら好都合だな)


 紫音は侍に対抗するように拳を構え、右腕に身体強化の魔法を掛け始める。


(フィジカル・ブースト――右腕集中・4重詠唱! さあ、いったいなにをしてくるのか見せてくれよな!)


 覚悟を決めた紫音は、地面を蹴り上げ、前へと出る。


「っ!?」


 無謀にも突撃してくる紫音に驚愕するも侍はその場に悠然と佇みながら刀を構えている。


「ウオオォッ!」


 気合を入れるように咆哮を上げながら紫音は再度、全力の一撃を右腕に込めて放つ。


「神鬼一刀流・ノ型――」


 振りかざしている紫音の拳に合わせるように刀を振りかざし、ガントレットを嵌めた右拳に目掛けて力強く刀を打ち付ける。


「《反鬼はんきの辻》」


 拳と刀。

 二つに込められた力が互いに衝突する。瞬間、耳をつんざくような轟音が辺りに鳴り響き、森がざわめく。


 衝突し合う両者。力は均衡し、ぶつかり合いの結果は長引くかと思いきやすぐに勝敗は決した。


「ガッ! アッ……アァ……」


 突然、全身から血を噴き出し、悲痛の声を上げながらバタリと地面へと……紫音は倒れこんだ。


「し、紫音ッ!」


「シオンさん!」


「ハア……ハア……」


 遠くから叫んでいるフィリアを無視して侍は地面に横たわる紫音を見ながら悦に入っていた。


「勝っタ……。我の勝ちダ……」


 あまりの勝利の嬉しさに侍の顔からは笑みがこぼれ始めていた。


「なにか策でもあるのかと身構えたが、所詮はその程度だったカ。……先ほどの攻撃だが我の剣技で跳ね返させてもらった。あの型は攻防一体の型。お主の攻撃を防ぐと同時にその力をお主にそっくりそのまま返してやったんだヨ。力でねじ伏せるつもりだったんだろうが無駄に終わったナ」


 侍が出した「反鬼の辻」という技は、言わばカウンターのようなもの。

 相手の攻撃と衝突しなければ不発に終わるが、成功すれば攻撃に加えられた力を衝撃波として相手に返還し、相手の内部を破壊するという恐ろしい技。


 戦いは決した。

 勝利に酔いしれた侍は、次の相手は誰にしようかとフィリアたちのほうを眺めながら選択していると、


「…………油断したな」


「っ!?」


 戦闘不能状態と思われていた紫音は、体を起こしながら拳を放ってきた。


「こ、この……死にぞこないガ!」


 先ほどまでと比べ、それほど速くないため余裕で回避し、そのまま紫音の横へと回り込む。


「その邪魔な腕……斬り落とさせてもらう!」


 まるで空を斬るように刀で斬り付ける。


「ぐあああぁぁ!?」


 斬り付けられた右腕はぼとりと重い音を立てながら地面へと落とされる。切断面から噴水のように勢いよく大量の血が射出されていた。

 右肩を抑えながらあまりの痛みに紫音は悶絶している。


「……苦しんでいるように見せて騙そうとしているんだろうが、そうはいかなイ。お主もあの妖怪と同じだとするなら腕を斬り落とされてもすぐに元通りになるはずダ。……そうさせないためにも悪いが、このまま四肢を斬り落とさせてもらウ」


 一切の迷いのない侍の発言にさすがのフィリアたちも飛び出そうと足を前に出す。


「オイ……そこを動くナ」


「くっ!」


 しかし、侍にすぐに察知されてしまい、やはり動けずにいた。


「そ、そうだぞ……お前ら。そこを動くな……」


「し、紫音……?」


「お主……まだ動けるようだナ」


「俺が勝つんだからお前らが出る必要はないんだよ……」


「舐めた真似ヲ……。どうやって我に勝つつもりダ?」


 侍の質問に紫音は肩で息をしながら答える。


「なにもお前を倒すだけが勝利条件じゃないだろう? そっちにはその方法しかないだろうが、こっちには他の勝利条件があるんだよ」


「フン、ただの強がりカ?」


「それと礼を言わせてもらうぜ……。お前のおかげで俺の勝ちは決まった。……ありがとうな」


「な、なにを言って――っ!?」


 紫音の言葉に侍が惑わされる中、地面に転がっていた紫音の右腕が突如動き出す。

 まるで意志を持ったように右腕が立ち上がり、侍に襲い掛かる。


「チッ! 面妖ナ!」


 向かってくる右腕に斬りかかろうと刀を構えた途端、一瞬で右腕は液状に姿を変え、周囲へと広がる。


「な、なんだこれは!?」


 再び液状と化した血は、侍の体に纏わりつき、意思を持ったまま後方へと追いやる。

 振り払おうとするもただの液体ではないようで、粘着性の強い性質を持った血に変化していた。


 刀を満足に振れない状況の中、最後には後方にあった木に固定されるように血に覆われ、木の幹に背中を預ける状態になってしまっていた。


「おのれ! 離れロ!」


 脱出しようと力を加えるも引き剝がせず、すぐに元の場所に戻ってしまう。


「言ったろ? お前を倒す以外に勝つ方法があるって」


 拘束された侍を見ながら紫音は得意げな顔をしていた。


「許さン……許さんゾ! こんな終わり方……我は許さン!」


 まったく望んでいなかった戦いの決着に侍の嘆きに満ちた声がこだました。

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