第7章 鬼の辻斬り編
第136話 辻斬り事件
見晴らしのいい街道。
人の往来が激しい街中。
しかし、夜になると途端にひどく静寂な空間へと様変わりする。
そんな誰も寝静まるような夜に辻斬りが出るという。
しかも被害者は、すべて冒険者や傭兵といった腕に覚えがあるものばかり被害に遭っている。
その辻斬りは、東方の国の侍と呼ばれる剣士の風貌をしており、刀を腰に下げ、頭には凶暴な二本の角を生やしているという。
辻斬りは夜にしか現れないため事件が発生してからというもの夜になると、誰も外を出歩かないように注意喚起がされるようになった。
そして今夜もまた、街のどこかでは辻斬りの鬼侍が刀に血肉を捧げるために闊歩している。果たして次の犠牲者は誰になるのか、それは誰にも分からない。
「……っで? それがどうしたっていうのよ?」
「……お前はもうちょっと怖がるとか、そういう反応ができないのか?」
「なによ……。この私が『キャアァ!』なんて、かわい子ぶった悲鳴を出すわけないでしょう。それとも期待しているわけ?」
「……もういい。お前はそういう奴だもんな……」
フィリアの面白くない反応にため息をつきながら紫音は『辻斬りの鬼侍』と大きな見出しが書かれた手配書をテーブルの上に置いた。
エルヴバルムの一件から早一ヶ月。
住民も労働力も増え、アルカディアはさらなる発展を遂げていた。それに伴って、エルヴバルムとの貿易を本格的に始めるため日々、通信を介して進めている。
そんなこともあり、いつもは忙しい身の紫音たちだが、アルカディアに人が増えたこともあり、今日はお金を稼ぐために冒険者としてノーザンレードに来ていた。
そして、数件の任務を達成させ、受付に報告しに行ったところ先ほどの辻斬りのことが書かれた手配書を受け取り、フィリアに話していたのだった。
「それにしても、こんなのが配られているとはね……。そんなに強いの?」
「つい最近、高ランク冒険者が複数集まって鬼侍の討伐に向かったみたいだけど、どれも返り討ちに遭って全員、重体になっているみたいだぞ」
「……へえ、そんなに強いんだ……こいつ」
今の話を聞いて興味を持ったのか、手配書を手に取り、まじまじと見始めていた。
「……あら? この辻斬り、他にも出没していたみたいね」
「ああ、そうなんだよ。ここに現れる前は、近くの街道に、その前は隣国に現れて同じように辻斬りをしていたみたいだぜ」
「ふぅん、ご苦労なこったね。……ところで、鬼侍って書いているけど……これってどう見てもオーガに侍のカッコウをさせただけに見えるんだけど……」
フィリアの言う通り、手配書に書かれた人相書きを見てみると、人間とは程遠く東洋の服を着たオーガの姿が描かれていた。
こんなおかしな恰好をした辻斬りなど夜以外に出ても通報ものだ。
「被害に遭った人も恰好は覚えているけど顔までは覚えていないせいでこんな人相書きになったみたいだな」
「それにしても、もっとやりようがあるでしょう。……それで? たんなる話のネタでこんな話をしたわけじゃないんでしょう」
「察しがいいな……。俺らでこいつを討伐しようと考えているんだが……どうだ?」
「なんだかやる気ね。急にどうしたのよ?」
「本来ならBランク以上じゃないと受けられないんだが、先日俺らが昇格したおかげで受けられるようになったし、なにより報酬額が金貨三十枚だぞ。今日の稼ぎの倍以上出るんだぞ。受けるっきゃないだろう?」
長らくCランク止まりだった紫音たちもつい先日、Bランクへと昇格していた。
これにより、今までランク制限で受けられずにいた高額依頼も受けられるようになったのでいつも以上にやる気に満ちていた。
「悪いけど、パスするわ。戦う場所が街中となると、思いっきり戦えないしね……」
「……確かにそうだな。お前が本気出すとなると、被害が出るだろうし、やるとすれば辻斬りがこの街を出てからになるな」
「移動といえば……この侍、次はどこに行くのかしら? まさか、うちに来たりはしないわよね」
「アハハ……確かにここからじゃあ一番近い人里だけど……まさか、んなわけないだろう」
などと、フラグ的なことを口にしながら、言った後で「大丈夫だよな」と、自分に言い聞かせるように呟く。
「……さてと、そろそろ帰るわよ。明日は正式にエルヴバルムからの使者を迎え入れる大切な日ですし……」
「あっ!? あぁ、ちょっと待てくれ。帰る前に武器屋によってもいいか?」
「……? 別にいいわよ」
そして、紫音たちは街の武器屋を巡るため冒険者ギルドを後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ギルドを出てからというもの何軒もノーザンレードにある武器屋を回っていたが、紫音が求める品が見つからずにいた。
そして、最後の店でも、
「すいません、これより軽くて折れにくい剣ってありますか?」
「なに言ってんだお客さん。そいつは、ウチの中でも最高峰の代物なんだぜ。これ以上となると、ウチには置いてねえな」
「……そうですか」
武器屋の店主にそう宣言され、紫音たちは店を出る。
やはりここでもお目当ての剣は見当たらず、完全に無駄な時間を過ごしてしまった。
「フィリア、悪かったな……」
店を出た紫音は、付き合わせてしまったフィリアに申し訳なさそうな顔をしながら謝る。
「別にいいわ。……それより、剣ならドワーフたちに頼めばいいじゃない?」
「そっちでも依頼しているけど、前の剣と同等、それ以上のものは作れないらしいんだよ」
ルーファスとの戦いの際に、紫音が愛用していた剣が真っ二つに折られてしまい、修復不可能となってしまった。
しかもその剣は、紫音が出したすべての条件を満たしている剣であり、完成品ができるまで幾度となく失敗作を生み出していたという。
そのためもう一度、同じものを作れと言われてもほぼ不可能だと、先日ドワーフたちに言われていた。
街に出て探そうとしても、結果は見事に惨敗。
お手上げ状態になってしまい、紫音はこれからどうするか考えながらトボトボと歩いていた。
「剣なんてどれも一緒でしょ。だいたい紫音は、剣なんてほとんど使わないじゃない」
「剣は俺の能力が通用しない人間用に使うのに必要なんだよ。……それに、普通の剣だとけっこう重いものが多いから戦う際にジャマになることがあるから、なるべく軽くて丈夫な剣が欲しいんだよ」
「でも、探してもないんだからしょうがないじゃない。少しは妥協したらどうなの?」
「まあ、最悪そういうことになるだろうな。……剣か」
剣という言葉にふと紫音は、あることを思い出していた。
「……紫音、どうしたの?」
「いや、剣といえば、例の辻斬りも似たようなものを持っているよなと思ってな」
「ああ、確か刀とかいう東方の剣だったわね」
「刀使っている奴なんてほとんど見ていなかったからどんなもんか気になってな……」
この世界では、剣といえば西洋のような両刃の剣が主流であり、刀を武器にしている者は少ない。
そもそも、刀は東方の国の剣であるため製造方法が知られておらず、そのせいで市場にも出回ってすらいなかった。
「……ひとまず剣のことは保留にして、そろそろ戻るか。明日はエルヴバルムから死者が来ることだしね」
「ええ、そうね。そうと決まればさっさと帰りましょう」
紫音の案に賛同するようにフィリアは頷いた。
そして二人は、ノーザンレードを後にしてアルカディアへと戻っていった。
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