第135話 閑話 敗走のニーズヘッグ

 ここは、エーデルバルムとエルヴバルムから遠く離れたある山の深部。


 その山の中を歩いているある集団がいた。

 負傷した者たちを抱えているその集団は、先日、エーデルバルムとエルヴバルムの戦争に参戦していたニーズヘッグだった。


 ニーズヘッグは負傷した者たちの傷を癒すためこの山の中にあるニーズヘッグのアジトを目指していた。

 ニーズヘッグのアジトは世界各地に点在しており、中でもこの山にあるアジトは、治療施設も兼ねていた。


 幹部であるルーファスが先頭に立ち、その後ろにトリニティの三人、そして負傷者たちがその後を追うように付いていっていた。


 しばらくして、皆の体力が限界に達しようとしているとき、前方方向に屋敷が見えてきた。

 古びた外観に外壁にはつたが這っている。


 ルーファスたちは、屋敷に入るとすぐに負傷者の治療を始めた。

 屋敷にあるポーションや治癒の巻物などを使用していき、負傷者の回復に努めていた。


 それも一段落した後、ルーファスたちは無事な者たちを集めて屋敷にある大広間に集合していた。

 そこでは、今後のことについて話し合っていた。


「では、負傷者の傷が癒え次第、本部に帰還という流れでよろしいでしょうか?」


「そうですね。……満足に歩けないものもいますし、賛成です。……余計な邪魔さえ入らなければ任務は達成していたはずなのに残念です」


「チッ、ホントだぜ! あの獣人どものジャマさえ入らなければ助けに行けたのによう」


「……ん」


 トリニティの面々が口々に任務を妨害してきたアルカディアのことについて文句を垂れ流していた。


「愚痴はその辺にしておきましょう。任務に想定外の出来事はつきものです。それでも任務を遂行するのがニーズヘッグです。我々は少々油断していたようですね」


「ルーファス様……」


「誠にそうですね。まさか、あなたが任務を失敗するとは思いもよりませんでしたよ」


「っ!?」


 先ほどまで誰もいなかった場所に突然、見知らぬ男性が入ってきて、会話に割り込んできていた。

 見た目からして初老の男性。白髪の長い髪をなびかせ、髪の色と対照的な漆黒のコートに身を包んでいた。


「だ、だれだ! オマエ!」


「やめるんだ、ダイン。そのお方は……」


「あぁん!?」


 キールの制止によって一端止まったダインを尻目にルーファスが、その男性に向かって片膝をついて礼儀を示す。


「ご無沙汰しております……アルカード様。失礼ですが何故、あなた様がこのような場所に?」


 片膝をついたままルーファスはアルカードという男に向かって丁寧な口調で尋ねていた。

 その光景に、さすがのダインも不思議に思い、近くにいるキール問いかける。


「オイ、アイツ何者なんだ? ルーファスさんが頭を下げているなんて……」


「馬鹿かお前は!? あのお方はボスの側近であり、ニーズヘッグが創設された当初からボスを支えてきたお方だぞ」


「へえ、マジモンの大物だったとはな……。たんなるジイさんじゃなかったんだな」


 そんな会話が横で行われている中、アルカードはここに来た目的について話す。


「ルーファス君たちが任務に失敗したという知らせを受けて、ボスからのメッセージを届けに来たんだよ」


「ボ、ボスからの……ですか?」


 するとアルカードは、一通の手紙をコートから取り出すと、声を出しながら読み上げていく。


「『ルーファス、まず君には幹部の地位から一時に降りてもらう。そして今後は、こちらから指定した特級任務を達成するまでニーズヘッグからも離れてもらう。ただし、すべての任務を遂行した暁には、再び幹部の座に戻ってもらう』……これが、ボスからのお言葉だ」


「と、特級任務ですと!?」


 内容を聞いたキールが真っ先に声を上げた。


 特級任務とは、難易度が高いうえに死亡率も高い任務のこと。

 冒険者で言うならAランク冒険者でも達成は困難であり、その上のSランクでないとまず達成は不可能とも言えるレベルだった。


 さすがのルーファスも特級任務と聞き、額に冷や汗を流していた。


「ボスには困ったものだ。まさか後釜を決めず、幹部の座を空席にしたままにするとはな。……それほど君には期待しているということだ。ボスの期待をこれ以上、裏切らないで欲しいものだ」


「は、はい……身に余るお言葉です」


「まあ、君の任務達成率の高さは、無視できないほど優秀だからな。ボスと同じく私もルーファス君には期待しているよ」


「重ね重ねありがとうございます……」


「ところで……」


 これで終わりかと思いきや、突然アルカードは別の話題をルーファスに振ってきた。


「今回はなぜ任務に失敗したのかね? エルフの情報は事前に知らせていたはずだが……」


 なんとも痛いところを突かれてしまったルーファスは、その原因について緊張した面持ちで話していく。


「じ、実は……こちらが想定していた以上にエルフの力が強いうえに、『精霊魔法』も思っていた以上に厄介な代物でした。私の力をもってしても捕縛は難しいと判断し、恥ずかしくも撤退してしまいました」


「……なるほど、そうですか。あそこのエルフは、長らく外界とは途絶していたと聞いていましたからエーデルバルムと組めば、それほど難しいものではないと思っていましたが……そうですか」


 などと、うんうんと頷きながらアルカードはひとり言のように呟いていた。


「まあ、いいでしょう。ボスにはそう報告しておきます。今後のことについては追って連絡しますので、それまで待機するように。他の者は傷が癒え次第、本部に一度帰還するよう全隊員に通達してください」


「了解いたしました」


「では、お大事に」


 転移の類だろうか、そう言い残してアルカードは、また一瞬でどこかへと消えてしまった。


「ルーファス様、よろしかったのですか? あのような虚偽の報告など……」


「ええ、かまいませんよ。僕はね……こう見えて実は腹が立っているんだよ。僕の経歴に泥を塗ったアマハという男にね」


「ルーファス様……」


「アルカードにアマハの存在を知らせれば、始末してくれるだろうが、それでは僕の気が収まらない。僕の手でアマハを倒してこそ意味があるんだ」


 メラメラと復讐心に燃えるルーファスにキールは羨望の目を向けていた。


「クフフ……僕は必ず戻ってくる。だからアマハ……僕が戻るまで誰にもやられるなよ……」


 まだ見ぬ再戦を胸に抱いてルーファスは、一時ニーズヘッグから離れることとなった。

 この因縁の戦いがいつ叶えられることになるのか、このときのルーファスはまだ知らない。

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