第134話 本当にいたい場所
亜人たちを引き連れた紫音たちは、問題なく無事にゲートポートがある場所まで到着した。
ゲートポートがある場所は、今までグリゼルが住処としていた世界樹付近に設置されていた。
世界樹がそびえ立っているフェリスティー大森林は奥深い場所にあり、外部からの侵入はまず不可能。それに加えて、この森の中にいる魔物はすべて紫音の従魔であるため警備も厳重。
これほど安心できる場所は他にはないという理由でこの場所に建てられることになった。
紫音たちがゲートポートに到着すると、ディアナやクローディア王女らの姿があった。
しかし、その場所にメルティナの姿だけは見当たらなかった。
少し残念そうな顔をする紫音を尻目に、フィリアは移民する亜人たちに向けて声を上げる。
「これからあのゲートポートでみなさんをアルカディアへ転移させますので移動をお願いします」
その説明を聞いた途端、亜人たちから不安の声が聞こえてきた。
「まさか、この数を一度に転移させるつもりなのか……」
「そんな大規模な魔法を使える魔導師なんて……」
やはり信じられないのか、口々に否定的な言葉が飛び交っている。
「ご安心ください。このゲートポートは賢者クラスの力を持つディアナという森妖精の手によって建てられています。今からディアナの指示に従って行動してください」
そこから、ディアナへとバトンタッチされ、ディアナが亜人たちにこれからのことについて指示していく。
「儂がこのゲートポートの設計及び設立に携わったディアナじゃ。今から十数人単位であのゲートポートに移動し、アルカディアへ転送させる。そこに案内役も用意しておるから今度はその者の指示に従って行動するように」
簡単に説明をした後、さっそく移民者たちの転送が始まった。
数十人ほどがゲートポートに移動すると、ゲートポートに描かれた魔法陣が光り出し、移民者たちを包み込んだと思ったら、次の瞬間、光が消えると同時に一瞬でゲートポートにいた者たちが消えてしまった。
実際に見るのが初めてだった紫音は、その光景に感嘆の声を上げていた。
「シオン、フィリア、本体から無事転送されたとの連絡じゃ。これから居住区に案内するようじゃが、それでいいんだったな?」
「ああ、そうしてくれ。建設途中だった家も俺らがエルヴバルムに行っている間に完成したって言ってたし、そこまで案内してやれ」
「うむ、了解じゃ」
それからは実にスムーズに事が運んでいった。
ゲートポートが数分ごとに作動していき、次々と亜人たちがアルカディアへと転送されていく。
そしてそれが終われば、次は紫音たちの番。
いまだ姿を見せないメルティナに紫音はそわそわしていた。
「シオン殿、少しいいだろうか?」
「……ソルドレッド王? はい、大丈夫ですよ」
そんな紫音のところにソルドレッドが声を掛けてきた。
「改めて礼を言いたい。君らには返しても返しきれない恩がある。これからも君たちとは長い付き合いでありたいと私は思っているよ」
「ありがたいお言葉です。こちらこそエルヴバルムとは、よき友好国として末永く付き合っていきたいと考えています」
「今回の件もあって各国のエルフの国にアルカディアのことを話しておきたいんだがよいかな? もしかしたら興味を持ってくれるのではないかと思うんだが……」
「もちろんですよ。ぜひ、お願いします」
「君らの力を知れば、必ず興味を持つだろうな。……ああ、そうだ! 話は変わるが、あの魔物たち、本当にこちらで預かってもよいのか? あれはシオン殿のものだろう?」
ソルドレッドは、遠くでこちらを見ている魔物たちを指差しながら言う。
「そうですね。彼らには、このゲートポートの警護に必要なので。もしよかったら侵入者撃退用に使ってもいいですよ。命令権をソルドレッド王に移行しておきますので、そうすれば言うことを聞きますから」
「何から何まですまないな」
「いえいえ、アルカディアに連れてきてもウチの魔物たちとの間でナワバリ争いになるのがオチですから、遠慮なく使ってください」
「……しかし、こんな大事な日にティナはなにをやっているのやら」
「あはは……そうですね……」
その後もソルドレッドと談笑を交わしていると、ディアナから呼び出された。
どうやらすべての亜人たちの転送が完了したようだ。
紫音たちはゲートポートへ移動し、帰還しようとするが、リースとレインが浮かない顔をしていた。
「どうした? リース、レイン? アルカディアに久しぶりに帰れるっていうのに暗い顔して」
「だってお兄ちゃん、メルティナ様の姿が見えないんだもん。このままお別れなんてわたしイヤだよ」
「オレだってそうだよ。兄貴、メルティナ様はどこにいるんだよ?」
「悪いけど俺にも分かんないんだよ。きっと用事があって来れないんだと思ってあきらめよう?」
咄嗟に思い付いた内容でリースたちを宥めるが、紫音自身、今ティナがなにをしているのか気になっていた。
「別にいいんじゃないか? 来てない奴のことを心配しても時間の無駄だろう」
「そんな言い方ないだろうグリゼル……」
「それよりもマスター? アルカディアには酒はあるのか?」
「……えっ? さあ、どうだろうな? 俺は酒に興味がないからその辺は、酒を造れるドワーフたちに丸投げにしているからな」
「そうか……。いやあ、ドワーフの酒か。……楽しみだな」
メルティナのことを心配するリースたちをよそにグリゼルは別のことに胸を躍らせていた。
しかし、グリゼルの言うことにも一理ある。
このままメルティナを待つわけにもいかないし、なにより早く帰って移民した亜人たちの世話をしなくてはならない。
紫音たちは、後ろ髪を引かれる思いでエルヴバルムに別れを告げることにした。
「それでは、そろそろ俺たちは行きます。今後は先ほどお渡しした通信用の魔水晶で連絡しますので」
「うむ、またな。アルカディアの諸君」
そう言い終えるのと同時にゲートポートが作動する。
先ほどと同じように地面に描かれた魔法陣が光り出し、転送の準備が行われている。
(このまま別れの言葉も言えないままになるのか……。やっぱり大使になれなくて顔を合わせづらいから来ないのかな?)
などと予想を立てながら半ば諦めかけていると、
「……ま、待ってください!」
「……え? ……ティ、ティナ!?」
そこには、大荷物を抱えながら紫音たちのほうに走ってきているメルティナの姿があった。
「ティナ!? 今までどこに……い、いや、その荷物はなんだ!?」
ソルドレッドの質問に答えもせずにメルティナは必死に走り、ゲートポートへ乗り込み、紫音に抱き着いた。
「っ!?」
「ティナ、なにをしている! 早くそこから離れるんだ!」
しかし、メルティナはソルドレッドの言うことを聞こうとせずに自分の想いを伝え始める。
「お父さま、ごめんなさい。私は、シオンさんたちとともにアルカディアに行くことにします」
「……はっ? な、なにを言って……」
「お父さま、私の最初で最後のわがままを聞いてください!」
「ティ、ティナ……」
「私、メルティナはエルヴバルムの大使として一足早くアルカディアへ滞在することにしました。年に何回かは帰省するので心配しないでください」
「ティナ、なにを言って……ハッ!? まさかシオン殿、貴様か……。恩を仇で売った挙句、愛娘を誑かしおって……」
「えっ!? いや、違う!」
慌てて否定するが、怒り狂ったソルドレッドに紫音の言葉は届いていないようだ。その証拠に紫音を亡き者にでもしそうな勢いでこちらに駆け寄ってきている。
「待ちなさい、あなた。一国の王がみっともない」
「クローディア……? まさかお前、知ってたのか?」
「ええ、もちろん。あなた以外全員していますよ。それに、彼女も一緒についていくので心配はないでしょう」
「はい! 姫さまの専属メイドのユリファがお供しますので、国王様ご心配なく」
いつの間にかゲートポートに乗っていたユリファが、ソルドレッドに敬礼していた。
「……ハア、ティナ本当にいいんだな?」
「もちろんです、シオンさん。それに約束しましたよね。大使の件がうまくいったら歓迎するって」
「ゆ、許さんぞ! 帰ってこい、ティナぁぁ!」
ソルドレッドの叫び声が聞こえる中、ようやく転送の準備が終わり、魔法陣がより一層光り出す。
そして、紫音たちが光りに包み込まれ、その眩しさに一同目を瞑る。
本当に一瞬のことだった。
次に目を開けるとそこには、久しぶりに見る仲間たちの姿が映った。
「お嬢! ご務めご苦労様です! このジンガ、しっかりと国をお守りしておりました。……おや?」
「やっと帰ってきたわね、アンタら。ひとまずお帰りなさいと言っておくわ。……あら、なんであの子まで一緒に来てるのよ?」
久しぶりに再会したジンガとローゼリッテは、メルティナの存在に気付くと、当然の質問を投げかけてくる。
しかし、今の紫音にはそんな余裕はなく、頭に手を当てながらその場に座り込んでしまっていた。
「ティナが来てくれたのはうれしいけど……これが原因で交易とか諸々が白紙になったりしないよな?」
「さ、さあ……。でも、お父様ならやりかねませんね。お母様たちが何とかしてくれるとは思いますけど」
「まったく、いったい誰のせいでこんなことになったのやら……」
フィリアは原因が誰にあるのか、分かっているかのように紫音をジト目で見ていた。
「いや、俺のせいなわけ……あ、あるかもしれないな……」
「えっ!? 本当にあんたのせいなの? いったいなにしたのよ」
「そ、そんなことより、やっちゃったことはしょうがない。だからティナ!」
「は、はい!」
「これからもよろしくな。……それとお帰りなさい」
「……ハイ! ただいまです!」
正式に大使としてアルカディアに再び住むことになったティナ。
そして、アルカディアはまた一歩、発展への道を辿ることとなった。
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