第133話 運命の日

 あの戦いから一週間。

 エーデルバルムが最初の契約内容と取引を果たす運命の日だった。

 今日この日を持って、エーデルバルムにいたエルフがエルヴバルムに返還され、同時に亜人奴隷がアルカディアのもとへ送られることになる。


 そしてそれは、エルヴバルムへ通じる森の入り口付近で引き渡しとなっていた。

 エルヴバルムからはソルドレッドを含め、十数名の戦士たちが、アルカディアからは、紫音とフィリアがその場所にいた。


 両国が、エーデルバルムが来るのを今か今かと待ち望んでいると、前方方向から一つの集団がこちらへと近づいてきていた。


 騎士甲冑に刻まれた国章からエーデルバルムのものだということがすぐに分かった。

 百名ほどの騎士団が隊列を乱さず前へと進み、その後ろにはエルフと亜人の姿が目に入った。


 エーデルバルムがエルヴバルムたちと合流すると、グスタフがソルドレッドの前に現れた。

 そして、契約通りエルフたちをソルドレッドに返還され、解放されたエルフたちは涙を流しながらソルドレッドに礼をした後、戦士たちが先導となってエルヴバルムへと帰っていった。


「約束通り返してもらったが、まだ数が足りない。……グスタフ王よ、その辺はどうなっているのかな?」


「ハ、ハイ! 今奴隷商の顧客名簿から購入者を洗い出し、追跡している段階でして……まだ時間がかかりますのでもうしばらくお待ちを……」


「いいだろう。……しかし、あまり時間をかけるなよ。一刻も早く同胞すべてを返してもらうからな」


「あ、ありがとうございます!」


 深々とお辞儀をした後、ソルドレッドと今後の連絡方法について話し合い、その後紫音たちの方へと取引をしに来る。


「アマハ殿にフィア殿、お久しぶりでございます。約束の品をお持ちいたしました」


 そう言って、亜人の元奴隷たちを紫音とフィリアの前に出してきた。


「品ね……。その商品みたいな言い方嫌いだわ。私たちの国がどういう国か……知っているわよね?」


「ハッ!? い、いえ……そういうつもりでは……」


「まあ、フィアも落ち着いて。意図的でないなら許してあげましょう」


 フィリアの気持ちも十分理解できるが、それでは話が前に進まないためフィリアを宥めることにした。


「奴隷となっていた亜人たちはこれで全部ですか?」


「ハ、ハイ! もちろんです。これで全部となります」


「では、こちらも以前お見せしたのをお渡しいたしましょう」


 事前に用意していたドラゴンの鱗をグスタフの前に提示した。

 ドラゴンの鱗は一枚だけでも大きく、紫音の身長の倍以上ある。


「こ、これが……あの、ドラゴンの鱗……」


「では、お約束通りそちらの亜人と引き換えにこのドラゴンの鱗をお渡しいたしましょう」


「ああ、取引成立だ」


 特にトラブルなど発生せず、取引は成立し、ドラゴンの鱗を引き渡した。騎士団の人間らが受け取り、その後に亜人たちが紫音たちの方へと移動していく。


「いやあ、ありがとうございますアマハ殿。……それで一つ相談なのですが、ドラゴンの鱗を我が国で独占販売することはできないでしょうか?」


「以前の貴国とでしたらその可能性もありましたが、残念ですが、亜人を奴隷としていた貴国と貿易を結ぶつもりはありません。もし我が国と貿易をしたいなら以前のような国にしてください。そうしたら、考えましょう」


 もちろん、エーデルバルムと商売つもりなどさらさらない。

 もしあったとしても、他国と同盟を結び、ドラゴンの鱗を流通させた後でならその可能性もあるだろう。


 そんな思惑があることなど知る由もないグスタフは子どものような笑みを浮かべ、やる気に満ちは触れた顔へと変わっていく。

 グスタフはもう一度、エルヴバルムとアルカディアに一礼をし、騎士団を引き連れてエーデルバルムへと帰っていった。


「そういえば、あの国大丈夫なのかしら? 私たちのせいで騎士団の数が減ったみたいだけど……」


「ああ、それなら心配ないと思うぞ。騎士団の半分があの戦いの前に遠征に出ていたみたいで、減った分はまた補充するみたいだぞ。……それより、俺たちにはやることがあるだろう」


「……ええ、そうだったわね」


 紫音とフィリアは、エーデルバルムが完全に帰ったのを確認した後、集まめられた亜人たちに向けて仮面を外しながらフィリアが声を上げた。


「初めまして、みなさん。私はここから遠くにあるアルカディアという国の王です。みなさんには、これからある選択をしてもらいます。各々、私の話を聞いた後にどうするかいまこの場で決めてください」


 亜人たちは、突然のことで横にいるものの顔を見ながらどういうことか困惑していた。


「アルカディアは、多種多様な亜人が暮らす亜人のための国です。獣人やハーピィ、ドワーフなどの種族が実際に暮らしています」


 知らない人から見れば、それは夢のような国だった。

 しかし信じられないようで、「そんな国あるはずないだろう」、「俺たちを騙そうとしているのか?」などと、疑うような言葉が次々と飛び交う。


「みなさんお静かに! あなたたちには二つの選択肢の内、どちらか一つを選んでもらいます。私たちと共に行き、アルカディアへ移住するか。それとも、このまま私たちと離れ、遠くへ行くか選んでください。その場合は少ないですが、路銀を出しましょう」


 フィリアの提案に、亜人たちは見知らぬ国より後者を選ぶといった雰囲気を出していた。まだまだアルカディアについて詳しく説明していないため当然の反応だろう。

 フィリアは、そんな亜人たちに向けて続けて説明する。


「ちなみに私はこの姿を見ての通り竜人族です。……ですが、なにも恐怖で縛っているわけではありません。国で暮らす者は基本的に自由です。働き口も斡旋し、給金ももちろんお出しします。移住するなら最低限の衣食住は保証しましょう」


「そ、それは奴隷となにが違うのでしょうか? 私たちには同じように聞こえるのですが……」


 一人の亜人がフィリアに問いかけてきた。

 それにフィリアは、笑みを浮かべながら答える。


「奴隷ではなく、そこに住む住人となってもらいます。仕事も一日中ではなく決まった時間に休憩を取ってもらいます。また、休日というのを設けており、その日は仕事も休みとなります。」


「し、仕事がない日があるですって!?」


 奴隷として生活していたものには信じられない話にみな驚きの顔を見せていた。


「最後に……アルカディアの住人になってもらう際には、全員にここにいる紫音と契約を結んでもらいます」


 フィリアに呼ばれて前に出る紫音だが、亜人たちは途端に警戒し始めていた。

 奴隷だったものにとって契約は思い出したくもない言葉だということがよく分かる。


 この反応は、これまで何度も見てきた光景だったため紫音は平然とした態度のまま仮面を外した。

 仮面の下から現れる人間に亜人たちは怯えた様子で紫音を見ていた。


「初めまして、私はこちらの王の補佐を務めている紫音と言います。見ての通り人間ですが、あなたたちの知る人間とは違い、こき使おうとは微塵も思っていません。先ほどフィリアが言っていた『契約』とはアルカディアで安心して暮らすために必要なことです」


 その後紫音は、アルカディアの住人にもしている三つの契約について話していく。

 亜人たちは、まだどこか疑うような視線を向けているが、中には真剣に紫音の話を聞くものもいた。


「一応言っておきますが、先ほど言った契約を守るならこれ以上命令をするつもりはありません。そして、今回の機会を逃せばもう二度とチャンスはないと思ってください。それを踏まえてみなさんよく考えて決めてください」


 話すことをすべて話し終えた二人は、一歩後ろに下がり、全員の答えを待つことにした。

 以前も同じような説明をしたことがあるが、そのときは半分以上の者が移住を決めてくれた。

 今回の反応を見る限り、期待はできなさそうだと胸中で落胆しながら待っていると、


「少し……いいだろうか?」


 どういうわけか、ソルドレッドが亜人たちの前に姿を現してきた。

 紫音たちは、ひとまずソルドレッドを信じて見守ることにしていると、ソルドレッドが話し始める。


「私はエルフの国エルヴバルムの王、ソルドレッド。部外者が話に割り込んでしまい、みなを混乱させていると思うが、まずは私の話を聞いてくれ」


 そのような前置きをして後、続けて言う。


「先日、我が国エルヴバルムとアルカディアは同盟国となった。そして、今後は貿易や大使を派遣してアルカディアと長く付き合っていくつもりだ。私たちがそのような決断をしたのは、アルカディアの将来性を考えたからだ」


 そこでソルドレッドは、一度紫音たちのほうを見てから続ける。


「先日、エルヴバルムとエーデルバルムで戦争があった。戦況はエーデルバルムの優勢だったが、アルカディアが参戦してくれたおかげで我が国は勝利することができた。彼らにはそれだけの力がある。そして少なくとも彼らとともにいれば、もう人間に迫害を受ける心配はないと私が断言しよう!」


 そう高らかに宣言した後、ソルドレッドが最後の言葉を言うため口を開く。


「私の娘は攫われた後、君たちと同じ奴隷に堕ちた。しかし娘は彼らに拾われ、一時期アルカディアで暮らしていた。そして次に再開したとき娘の顔には悲愴感に満ち溢れた顔はなく、前よりも生き生きとして戻ってきたではないか! 私は、勝手ながらアルカディアで暮らしていたおかげだと思っている」


 ソルドレッドは、亜人たちに語り掛けるように続ける。


「もし彼らの話を聞いて少しでも心を動かされたなら彼らとともに付いていくことをお勧めする。当てのない旅をするよりアルカディアで平穏に暮らすという道も残っている。みな悔いのない選択をしてくれ」


 言いたいことを言い終えた後、ソルドレッドは亜人たちに頭を下げた。

 そして、満足したように紫音たちのほうへ戻っていく。


「ソルドレッド王、なぜあんな真似を?」


「君たちには返しても返しきれない借りがあるからな。……私の自己満足だ。気にしないでくれ」


「ありがとうございます、ソルドレッド王」


 紫音とフィリアは、感謝の気持ちを込めてソルドレッドに頭を下げた。


 それから、ソルドレッドの言葉が効いたのか、結果として集まった亜人のほとんどがアルカディアに移住することが決まった。

 中には、故郷へ戻るなどの仕方のない理由で離れる者もいるが、それでも今までにないくらいの人数を確保することができた。


「みなさんをこれからアルカディアへとお連れします。私たちに付いてきてください」


 去っていく者たちに路銀を渡し見送った後、移住する者たちを集め、ゲートポートがある場所へと紫音が案内する。


 もうじき、何日ぶりにアルカディアに帰れると同時にエルヴバルムともしばしお別れとなる。

 紫音は、移住する亜人たちを先導しつつ、未だなんの連絡のないメルティナのことを考えながらゲートポートへと向かった。

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