第132話 終戦後の両国

 エルヴバルムに滞在してから早五日。

 紫音は、与えられた部屋の中でこれまで起きたことについて物思いにふけっていた。


 五日前に起きたエルヴバルムとエーデルバルムとの戦争が終結した今、それぞれの国ではある変化が起きていた。


 まずエーデルバルムでは、国王のグスタフがソルドレッドと交わした契約した後、エルフが起こした事件についてすべて自作自演だったということを国民たちの前で発表した。

 当然、国王に対しての非難が国民から飛び交い、信用も地に落ちてしまったという。


 ただ、グスタフには世継ぎもなく、王位継承権を持つ者もいなかったため国王の座を降ろされることはなく、国の上層部の監視のもと国を立て直していくらしい。


 その後、奴隷事業の完全撤廃も発表され、エーデルバルムに属する者たちが所有する奴隷はすべて解放された。

 解放された奴隷は、エルヴバルムやアルカディアに引き渡すために国内で保護されているとのこと。

 エーデルバルムで奴隷商を行っていた奴隷商人たちも国外へと追放され、すっかり奴隷事業が行われる前へと戻っていった。


 以上が、エーデルバルムに偵察に出ていた元諜報員のシーアから報告されたエルヴバルムの現状である。

 この報告に国王含めて国民全員が喜んでいたという。


 そして紫音はというと、高い情報収集能力を持つシーアに興味を持つようになり、いずれ雇ってみたいという気持ちが出てくるようになった。


 いずれにしろ、エーデルバルムが本当に大変なのはこれからである。

 この状況から立て直すことに成功した際には、エーデルバルムと交易を行うことも将来的にはいい方向へと向かうだろう。

 ひとまず現段階では、様子見となる。


「まあ、そのときはアルカディアも大きくなっているだろうし、ドラゴンの鱗を商品として売り出してもいいかもな」


 紫音は自国の未来のことを考えながら、エーデルバルムとの付き合いについてポツリと漏らした。


 エーデルバルムでは、大変な事態に陥っているようだが、エルヴバルムでも滞在中にある催しが行われた。

 それは、エルヴバルムとアルカディアとの間で友好と交易を結ぶことになることを発表した式典だった。


 国民全員の前で、今後の両国との付き合いに関する協定や交易に関しての契約が結ばれた。

 それによって、晴れてアルカディアとエルヴバルムは友好国となった。


 これまでほとんど鎖国のような状態だったためこの式典に戸惑うものもいるようだが、アルカディアは先の戦いの功労者。

 アルカディアを疎ましく思う者など今のところ見当たらず、時間とともに認められていくだろうと考える。

 エルヴバルムの期待を裏切らないためにも引き続き信用を築いていこうとフィリアたちとともに改めて決心した。


 式典の後もソルドレッドたちと交易や協定に関する細かい条件について話し合っていたが、困ったことにフィリアがあまり協力的でなかったのが紫音の頭を悩ませていた。


 アルカディアにいたときから込み入った話などが苦手でそういったことはすべて紫音たちに丸投げにしていたためそのような事態に陥ってしまった。

 そんな光景を見て紫音は、深いため息を何度も吐いていた。


「……でも、転送ゲートのほうももうじき完成だとディアナから聞いたし、後は気長に待つだけかな」


 エルヴバルムとの間に交易が正式に行われると決まった後、転送ゲートの設置にすぐさまとりかかった。

 ディアナを筆頭に、エルヴバルムの上層部の監視のもと、魔導師や建築技術を持つエルフたちと協力しながら転送ゲートの建設が行われていた。


 建設中、問題などは特になく、このまま行けば約束の期日には間に合うとつい先ほどディアナから報告され、紫音は一安心した。


 これで、問題さえ起きなければ、何事もなく、エーデルバルムとの取引の日を迎え、そのままアルカディアに帰還することができる。

 大変喜ばしいことなのだが、紫音にはある悩みがあった。それはもちろん、メルティナのことである。


 先日の告白の一件から不運なことにメルティナとは会うこともなく、時が流れてしまい、現状どうなっているのかまったく把握できないでいる。

 幸い告白のことに関しては誰も知らないようだ。もしメルティナを溺愛しているソルドレッドの耳に届きでもしたら最悪今回の件がすべて白紙に戻る恐れがある。


 しかし、今のところはその様子もなく、紫音は一安心した。


 メルティナのほうでは家族を説得し、アルカディアの大使に選ばれるように水面下で動いているらしく、最終的にどのような結果になるかは当日になってみないと分からない。



 紫音自身、来る者は拒まずでいるためメルティナとまた一緒にいれることは嬉しく思っている。

 しかしその反面、告白を保留にしてしまっているためその後メルティナとはどう接していけばいいのか分からずにいた。

 これまでの人生、異性に好意を持ったことも持たれたこともない紫音にとってこの問題は荷が重すぎる。


「……ハア。どうするかな……」


 メルティナのことを考えると、自然とため息が出てしまい、そのことで日夜頭を悩ませてもいた。


 こればっかりはそのときになってみなくては分からない。

 紫音は残りの滞在期間中も様々なことに悩まされながら過ごすこととなった。


 ……そして時がさらに流れて運命の日。

 ついにその当日を迎えることになる。

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