第131話 伝わる想い
「ん……うぅ……」
その夜、紫音はなにかの気配を感じていた。
ベッドが微かに軋む音。なにかが上に覆いかぶさっているような感覚に襲われ、熟睡していた紫音は思わず目を覚ましてしまった。
「……なにやってんだ…………ティナ?」
目を覚ますとそこには、メルティナが紫音の上に覆いかぶさっている光景が目に入った。
恥ずかしそうに頬を赤く染め、息遣いも荒くさせながら紫音を見下ろしていた。
「シ、シオンさんっ!? ……え、ええと……これは夢ですのでそのまま眠っていてください」
「……いや、これは無理があるだろ」
誤魔化しがきかない状況に観念したのか、紫音から離れ、ベッドの隅で体育座りをし始めてしまった。
「なにやってんだよ、ティナ? というより、その
服装について指摘すると、メルティナは気恥ずかしそうにしながら紫音に背中を向けた。
なぜかメルティナは、思わず目を背けてしまいような扇情的な服を着ていた。
布地が薄いのか、下着が見えそうなくらい透けていた。見ようによっては男を誘うような恰好とも言える。
突然のメルティナらしくない大胆な行動に紫音はただ疑問を浮かべるだけだった。
「……ハア、恰好についてはひとまずなにも言わないが、どうしたんだこんな夜に?」
「じ、実は……シオンさんにお願いしたことがあって……」
「お願い……?」
「はい、実は……」
そしてメルティナは、これまでの経緯について話し始めた。
ソルドレッドとの会話を盗み聞いてしまったこと。その内容を知ってもなお紫音たちとともにいたいことなどを紫音に伝えた。
「話はだいたい理解したけど……それでどうして夜這いなんかしていたんだ?」
「よ、夜這いなんかしていません!」
「いや、さっきのってどう見てもそうだろう?」
「あ、あれは……こうしたらシオンさんが喜ぶってユリファが……」
先ほどの光景を思い出したのか、メルティナは顔を赤くさせながら手で顔を覆い隠してしまった。
(一国の姫になにやらしてんだよあのメイド……)
ユリファもユリファだが、それを真に受けているメルティナの将来が少しばかり心配になってきた。
紫音は呆れるように胸中でため息をこぼした。
「仮にもお姫さまなんだから男の前で軽々しくそんな恰好しないほうがいいぞ」
「軽々しくなんかじゃありません……」
「……え?」
「なんで私がシオンさんたちと一緒にいたいか分かりますか?」
「……分からないな。というより、アルカディアよりこっちの生活のほうが安全だろう。なんでわざわざ発展途上のうちにいたいんだよ?」
先ほどからアルカディアにいたい理由について紫音は考えていたが、正解が見つからずにいた。
少なくともエルヴバルムにいたほうがメルティナも安心して暮らせるというのに、なぜ自分たちとともに行きたいのか分からずにいた。
「本当に……分かりませんか……?」
「お、おい……ティナ」
そう問いかけながら紫音のほうへと体を近づけていく。
扇情的な恰好のまま迫ってくるメルティナに思わず紫音は目を背けてしまう。
やがて、メルティナの顔の真下に紫音の顔が来るほど二人の距離が詰められていた。メルティナの長い髪が紫音の顔にかかり、場違いにもこそばゆく感じた。
「私が……シオンさんのことが好きだからですよ……」
「…………えっ?」
まったく予想にもしていなかった答えに紫音の頭の中が一瞬で真っ白になってしまった。
「お、俺のことが……?」
思考停止状態の後で出た言葉がこれだった。
「そうです……。シオンさんと離れ離れになりたくないから一緒にいたいんです。シオンさんは私のことをどう思っていますか?」
「お、お前、そういうキャラじゃないだろう!」
「はぐらかさないでください。こっちはまじめに聞いているんですよ?」
メルティナの長く伸ばした前髪の隙間から真剣な眼差しが紫音に向けられていた。
その目を見て嘘や冗談などではないと悟った紫音は、
「とりあえず、一度離れてくれ。話はそれからだ」
こうも至近距離では話しづらいのでいったんメルティナとの距離を空けることにした。
メルティナはしぶしぶといった顔をしながら離れる。紫音は体を起こしながらメルティナと向き合うような形を取り、話を続ける。
「まず、返事についてだが……」
「……っ!?」
緊張した面持ちでメルティナはごくりと生唾を飲み込んだ。
「悪いがまだ返事はできない」
「……そうですか」
返事を保留にされたというのに、メルティナは訳を聞かず、まるで答えを予見していたように返していた。
「アルカディアを発展させるっていうフィリアの夢を叶えるために俺にはまだやるべきことがあるんだ。少なくともそれを叶えるまで自分の幸せを考えている余裕なんかないんだよ。……だからゴメン」
「……いいんです、それでも。このまま離れ離れになってしまったら一生自分の気持ちを伝えられなかったかもしれないので……」
「ティナの気持ちもアルカディアにいたい気持ちもよくわかったが、それでも協力はできない」
「な、なぜですか?」
「ティナが志願しようとしている大使の件はソルドレッド王が妥協案として提案したからだ。それなのに、こっちから意見を言えるはずないだろう。下手したら大使の件自体なくなりそうだしな」
「……確かにそうですね。お父さまだったら平気でしそうですね」
あからさまに落胆しているメルティナを元気づけるように紫音が言った。
「それでも、もしメルティナが大使に選ばれるようならこっちは歓迎するぞ。俺だってせっかく仲良くなれたんだからこのまま離れ離れになるのは寂しいしな」
「……その言葉を聞けただけで満足です」
そう言うと、紫音のもとを離れ、部屋から出ようとドアの前まで歩く。
ドアに辿り着くと、一度紫音のほうへ振り返りながら口を開いた。
「私、がんばりますね。シオンさんたちと一緒にいられるために」
そう言い残し、メルティナは部屋から出ていった。
残された紫音はというと、ベッドに横たわり、天井を眺めながら、
「ハア……よく我慢したな……俺」
メルティナの戦場的な恰好からの告白という二つの衝撃的な出来事を前に理性を保つことができた自分を称賛していた。
あと数分、一緒の空間にいたらきっと耐えきれなかっただろう。
紫音は心を落ち着かせながらメルティナの願いが成就するようベッドの上から願っていた。
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