第137話 エルヴバルムからの使者

 ノーザンレードで辻斬り事件の手配書を貰った次の日。

 その日は、エルヴバルムとの貿易が正式に始まる日である。


 フィリアたちは、エルヴバルムから来る商人を出迎えるためにゲートポートの前に集合していた。


「ようやく……といったところだな」


「そうね。……アルカディアが大国となるための第一歩といったところね」


「それは言いすぎじゃねえか、フィリア?」


「あのね紫音。もっと、野心を持ちなさい。この私が統治する国なんだからそれぐらいしなきゃカッコがつかないでしょう」


「……一応言っておくが、エルヴバルムの奴らにそんな尊大な態度をとるなよ。立場的に言えば、こっちのほうがしたなんだから」


「分かっているわよ。いくら私でもそれぐらい考慮しているわよ」


「……本当かな?」


「あ、あの……シオンさんたち? 話はそれくらいにしたほうがいいですよ。ゲートが作動したみたいなので……」


 メルティナから到着のお知らせを受け、紫音はゲートポートの前でピンと背筋を伸ばす。

 少しすると、ゲートポートにから青白い光が現れ、転送が始まった。


「どうやら来たようね……」


 フィリアはいの一番に出迎えの挨拶をするため一歩前へ出る。


「皆さま、遠路はるばるご足労いただきまして……あら?」


「……え?」


 紫音とフィリアは、ゲートポートから出て来た人を見て同じように驚きの表情を浮かべていた。


「お、お……お兄様!?」


 そこには、フリードリヒの姿があった。

 今日、訪問してくることなど聞いておらず、紫音たちは唖然としていた。


 しばらく呆けていたフィリアだったが、自分の役目を思い出し、コホンと咳払いを一つしてから口を開く。


「フ、フリードリヒ殿下……。ようこそ、アルカディアへ。歓迎いたします」


「出迎えの挨拶、感謝する。事前に連絡を入れずに訪ねてしまって申し訳ない」


 そう言い終えると、フリードリヒは深く頭を下げた。


「いえ、こちらとしてはなにも問題ありません。失礼ですが、ご用件は? 本日は両国の貿易を行うためにゲートを開いたはずですが?」


 すると、フリードリヒは、言いにくそうな顔をしながら重苦しい雰囲気で話し始めた。


「じ、実はだな……今日、アルカディアへ行くということが父上にバレてしまったんだ……」


「ソルドレッド王には、今日のことは内緒にしていたんですか?」


「なにしろ父上はまだメルティナが出ていったことを許していないうえにひどく心配しているからな。自分も同行すると言って暴れていたもんだから、なんとか説得して視察という形で私が代わりに出向いてきたんだよ」


「……なんというか、大変ですね」


「まったく、父上の過保護っぷりにはほとほとあきれてしまうよ」


 などと言いながらフリードリヒは空笑いをしていた。


「……私のことは後でいい。それよりも先に本来の目的を果たすとしよう」


 フリードリヒは、傍に控えていた商人たちを呼び掛けた。


「こちらがエルヴバルムで商いをしている『エルモンド商会』の方々だ。今後は両国の仲介人として商品の売買をしていくことになる」


「この方たちがですか……」


「お初にお目にかかります王女様。私は、エルモンド商会のオーナーのハワードです。今後ともよろしくお願いいたします」


 フリードリヒの紹介を受けて、ハワードという身なりのいい服を着た初老の男が挨拶してきた。

 フィリアは、笑顔を浮かべたまま「こちらこそよろしく」といった後に、お互いに握手を交わした。


「それとこちらも紹介しておくわ。アルカディアで商業部門の責任者を務めている狐妖族のオウランよ」


「初めまして、ハワード様。貿易に関しては私どもに任せられているので、話などある際は私にお願いします」


「ほう、多種族国家と聞いていたが、まさか獣人族が商売をするとはな……」


「いえいえ、獣人といえど旅商人として世界各地を回っていたので能力には問題ありません」


 得意げに話しながらオウランはニヤリと笑って見せる。


 オウランは、狐の獣人の族長として族長会議に参加するが、その他にも商売人としての能力を買われて商業部門の責任者にも任命されていた。

 アルカディアに来る前は、奴隷として売られていたが、その前はハワードと同じように自分の紹介を持つオーナーだった。

 獣人族の中ではいくつもの支店を持つ巨大な組織だったが後継者を育てた後は、その者に商会を任せ、オウラン自身は旅商人として世界を回っていたという。


「それではさっそくですが、今日輸入された商品の数と品目を確認してもよろしいでしょうか?」


「よかろう。こちらも聞きたいことがあるので向こうで話そうじゃないか」


 そう言って二人は、部下を引き連れて商売へと移っていった。

 フィリアたちはそれを見送った後で、フリードリヒたちにこれからのことについて話していく。


「フリードリヒ殿下、こちらもそろそろ行きましょうか? まずはどちらから行きますか? なるべく殿下の希望に沿って案内しますが?」


 フィリアが尋ねると、フリードリヒは顎に手を当てながら少し考える素振りをし始めた。

 うなりながら思案したのち、フリードリヒは希望の場所を口にする。


「それではまずは、この国の防衛能力というものを見てみたいな」


「防衛ですか……?」


「なんでもシオン殿が使役している使い魔たちが防衛にあたっていると聞いたが、どれほどの戦力なのか一度見ていきたくてな。……ダメだろうか?」


「ええ、問題ありませんわ。……ですよね、紫音?」


 フィリアの問いかけに紫音は間髪入れずに答えた。


「もちろんです」


 目的地が決まったところでフィリアたちは、ゲートポートから離れ、外のほうへと移動していく。

 道中フリードリヒは、メルティナと会話を楽しみながらアルカディア内を歩いていた。


 メルティナも久しぶりに家族に会えたことに感動しているのか、会話が途切れることがなく、終始笑みを見せていた。


 それからしばらくすると、魔物たちが集まっているエリアに近づいてきた。

 そのエリアに入る前に紫音は、フリードリヒたちに向けて忠告する。


「そろそろ希望のエリアに入りますが、その前に先ほど渡した通行手形はお持ちでしょうか?」


「ああ、これのことか?」


「それを相手から見える位置に下げておいてください」


「……なぜだ?」


「それを見せているうちは魔物に攻撃される恐れがありませんから。最初にそういう命令を出しているので絶対になくさないでくださいね」


「そうか、すぐにするから少し待っていてくれ」


 紫音の指示を聞き、フリードリヒとその護衛の人たちは、首に通行手形を下げるようにする。

 それを確認すると、紫音を先頭に魔物のエリアへと入っていく。


「魔物の中には血の気が多いのがいるので念のため俺たちのそばを離れないでください」


「了解した……なっ!?」


 そのエリアに入ると、驚くべき光景が広がっていた。

 魔物同士が徒党を組んで暴れていたのだ。


 殺し合いのような激しい戦闘を目の当たりにしてフリードリヒたちは、目を見開かせていた。


「シ、シオン殿……あれは大丈夫なのか?」


「え? ああ、あれですか……。大丈夫ですよ、あんなの日常茶飯事ですから」


「しかし、あれでは……」


「一応、使い魔同士の殺しは禁止しています。ですからこれは、ただの戦闘訓練だと思ってください」


「これがか……?」


 おおよそ戦闘訓練では済まないような戦いっぷりに圧倒されるばかりでいた。


「まあ、でもこのままじゃあ落ち着いて説明もできないので少し静かにさせますね」


「……はあっ?」


 自分でもびっくりするくらい素っ頓狂な言葉がフリードリヒの口から飛び出してしまった。

 そうしているうちに紫音は、無謀にも戦場の真ん中に立つ勢いで前に出て、声を上げていた。


「お前らやめろっ!」


「っ!?」


「グゥッ!?」


 紫音の一声をきっかけに、先ほどまで争っていた魔物たちの動きがピタリと止まり、紫音のほうへ体を向けていた。


「今、大事なお客様がいるんだから少し静かにしろ」


「グルㇽ……」


 意思疎通ができているのか、紫音の指示に魔物たちは同意するように首を縦に振っている。


「どうやら静かになったようね。では、フリードリヒ殿下、私の口からアルカディアの防衛システムについてお話いたします」


 紫音と入れ替わるように今度はフィリアが防衛について話していく。

 どういったふうに侵入者から国を守ってきたのか、そういった内容が次々と語られていく。

 フリードリヒは真剣な眼差しでフィリアの話を聞き、時折驚いては関心もしている様子だった。


「……なるほど。三段構えの防衛か……。最初の段階で情報を引き出せればどんな敵にも対応できそうだな」


「ええ、そうです。それに、この森は他よりも純度の高いマナが生み出されているので、魔物も他とは違って段違いに強いですからそう簡単に敗れることはありませんわ」


(確かに防衛には申し分ないな。おまけにフェリスティー大森林にいた魔物よりもはるかに強く見える。……これで攻め込まれたとしたら迎撃するのも難しそうだな……)


 フリードリヒの目には今まで出会ってきた魔物の中でも一番脅威だと感じていた。

 これが外に解き放たれたらと思うと、考えるだけで身震いするほどだった。


「ここはそろそろ、終わりにしましょうか。お時間はまだ大丈夫ですか?」


「それなら心配ない。今日一日、空けているから時間にはだいぶ余裕があるんだ」


「そうですか……。では、視察が終わった後はアルカディアに泊っていきませんか?」


 紫音の提案にフリードリヒはわずかに小首をかしげる。


「……泊まる? ここには宿泊施設があるのか?」


「はい。時々、亜人の旅商人が来ることがあるので、宿屋はありますが、エルヴバルムのあなたたちには迎賓館に泊っていただきたいと考えています」


「迎賓館……? そんなのがあったのか?」


「ええ、少し前に完成して今は、メルティナたちがそこに住んでいます。もちろん、設備も他よりも上等なものを用意しているので安心して休めるかと」


「お兄様! ぜひ泊っていってください! まだお話ししたいことがたくさんあるんですよ」


「そ、それなら……お言葉に甘えて……」


 メルティナのお願いのおかげでフリードリヒたちがアルカディアに一泊することが決まった。

 決まった瞬間、紫音は急いでおもてなしの準備を念話で通達させ、その後もフリードリヒの視察に同行した。


(急な視察でどうなるかと思ったが、どうやら大丈夫そうだな……)


 胸中でほっと一安心しながら紫音たちは、次の視察の場所へと向かっていった。

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