第123話 勝利を告げる一矢

 戦いもいよいよ佳境となり、お互いに一手一手が重要となる場面。

 そんな戦況で先に攻撃を仕掛けてきたのはルーファスの方だった。


「《アイシクル・レイン》」


 つららの弾丸を形成し、それらすべてを前方に放った。


 先ほどまでの紫音ならばこれも幻覚かもしれないという疑心暗鬼に陥ってしまうが、心強い味方がいる今ならそうはいかない。


『シオンさん! 前から来てるのは全部偽物です! 本物は上です!』


 メルティナから送られてきた指示に従い、紫音は前から向かってくるつららを無視して頭上を見上げる。


「頼む……成功してくれよ……リンク・シフト!」


 確率としては五分五分だが、紫音はある可能性に賭けた。

 結果的に言えば、紫音は賭けに勝った。


 地面に術式が現れ、紫音の体が一瞬、光に包まれる。

 そして、光から収まると、紫音の姿がまた変化した。


「《竜人武装――Verバージョン.炎竜》」


 赤い竜人の姿に変身した紫音は、頭上に向けて炎の砲撃を放った。


「《拡散型・炎竜砲》」


 放たれた一筋の砲撃は枝分かれするように増殖していき、降ってくるつららたちをすべて相殺していく。


「……っ!? やはり見えているのか? いや、それよりもあのアマハとかいう奴、突然姿が変わったように見えるが?」


「距離的に心配だったが、どうやら成功したみたいだな……」


 紫音の突然の変化にルーファスが怪訝に思う中、紫音は静かに歓喜していた。

 正直言ってフィリアを対象にリンク・コネクトをしても距離的に失敗する可能性があったため不安だったそれも杞憂に終わった。


 炎の竜人族の能力を得た今の紫音なら氷使いのルーファスに十分対抗できる。


「《炎竜弾・十連――全弾発射》!」


 十個の炎の魔力弾がルーファスを襲った。


「フフフ、この程度……」


 前方に分厚い氷の壁を出現させ、防御に徹する。

 すべての炎竜弾は氷の壁に衝突し、すべての魔力弾が衝突すると同時に氷の壁も砕け散ってしまった。


 相打ちに終わったか、ルーファスの意識が一瞬緩んだとき、


「ハアアァッ!」


 砕け散った壁の向こうから羽をはばたかせながら拳を振りかざしている紫音が現れた。


「……ほう、やりますね。……ですがその拳は、僕には届きませんよ」


 そう言い終えた途端、ルーファスの体がまるで霧に包まれたように消え去ってしまった。


「――っ!?」


『シオンさん、すぐ後ろにいます!』


 念話の内容を聞いた瞬間、地面に足を突き刺しながら勢いに乗った速度を殺しつつ、そのまま体を後ろに捻る。

 そして紫音は迷わず、攻撃のために取っていた拳を後ろに向かって振り下ろした。


「《炎竜崩拳》!」


「――ぐっ!」


 誰もいないはずの空間に突如、ルーファスが現れ、このまま拳が届くと紫音は予感した。

 しかし、ルーファスの方が一枚上手で咄嗟に両手に構えていた二本の氷剣を交差させ、紫音の拳をその剣で受け止めた。


 紫音の拳はルーファスの剣に止められてしまったが、それも一瞬だけ。二本の氷剣はあっさりと砕け散ってしまい、そのまま紫音の拳はルーファスの顔面に直撃する。


「ガハッ!」


「これは、さっきのお返しだ」


 ルーファスに折られてしまった剣の敵がとれただけでなく、ルーファスをまた一歩追い詰められたことに笑みをこぼしていた。


 一方、紫音に殴り飛ばされたルーファスは、殴られた個所に手を当てながら思考を巡らせていた。


(ぐ……偶然ではない。完全に僕の幻術が見破られている。この幻術は通常の魔法とは別物だというのに、こうも簡単に見破るなど……いや、そうか。……僕と同系統の能力の保持者か)


 考えを巡らせた結果、ルーファスはある結論に至った。


「なるほど……君も魔眼まがんの保持者だったんですね」


「……まがん?」


「おや、違いましたか? 希少能力レアスキルの中でも強大な力を持つ魔眼でしたら僕の幻術を破ることなど容易いと思いましたが、見当違いでしたか」


「ほう、お前の幻術はなにかおかしいとは思っていたが、それは魔眼のせいだったんだな」


「フフフ、魔眼という答えに行き着かなくともやはり違和感を覚えていましたか。……そうです。僕のこの眼は、『幻魔眼』と呼ばれる魔眼です」


 自分の眼に指を差しながらルーファスは続けて言った。


「これまでの幻術はすべて、この魔眼が創り出したものです。生物や空間、そのすべてを支配し、僕が望んだ世界へと創り変える。この眼にはそれだけの力があるんです」


「……それに加えて氷魔法の使い手。やっかいにもほどがあるな……」


「お褒めの言葉と受け取らせていただきます。……しかしそうなると妙ですね。魔眼で創造した幻覚は同種か、それ以上の力でないと、見破ることなどまず不可能なはず。いったいどのような手を使ったのやら?」


 明らかに不審な眼差しを向けてくるルーファスに、紫音は思わず生唾をごくりと飲み込んだ。

 今の話から察するに、メルティナのあの眼は、間違いなく魔眼に分類される。


 それも、ルーファスの幻術を打ち破ることができる数少ない天敵ともいえる魔眼をメルティナは持っている。


(あの反応……。やはり彼は魔眼の所持者ではないようですね。……てっきり彼がそうなのだと勝手に思っていましたが、そうなると、残る可能性は……)


 ルーファスは周囲を観察したのち、「なるほど」と一言呟きながらクスリと笑った。


「……?」


「どうやったかまでは知りませんが、僕の幻術が効かないと分かれば、もう遊んではいられませんね。……一撃で終わりにいたしましょう」


 空に向けて天高く腕を突きあげると、空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 その魔法陣の中からは、巨大な氷塊が生み出されていた。


「フフフ、これで終わりです。《アブソリュート・フォール》」


 魔法陣から生み出された氷塊は、紫音に向かって真っ逆さまに落下した。

 あれほどの大きさであれば、そう簡単に逃げることもできない。紫音はせめてもの希望としてあれが幻覚だと思い込みたいところだが、


『シ、シオンさん! すぐに逃げてください! あれは本物です!』


 メルティナからの念話によって、その希望も簡単に打ち砕かれてしまった。


(こうなったら……やるしかない!)


 右手に魔力を集中させ、落下している氷塊に向けて放った。


「《炎竜砲》!」


 高火力の炎が紫音の右手から放出された。

 炎は逆巻くように天高く上昇していき、巨大な氷塊と衝突した瞬間、空を飲み込むほどの凄まじい爆発が発生した。


 地上にいる紫音にまで届くほどの熱気と衝撃波が襲い掛かってきた。

 紫音は、爆発による余波に体が持っていかれないようにするため身を屈めながら態勢を保っていた。


 それから一分ほどだろうか。爆発の影響もすっかり収まり、空から氷の欠片がパラパラと降ってきた。


「ひとまず、危機は脱したようだな……」


 まさに危機一髪の状況から抜け出すことができ、ほっと一安心するも、追い打ちをかけるように再びメルティナからの念話が受信された。


『……っ!? シオンさん、これは罠です! 視界が……』


「……えっ?」


 なにやら慌てた様子のメルティナに嫌な予感を覚えた紫音は、すぐさま周囲を見渡した。


「な、なんだよ……これは?」


 ルーファスの仕業だろうか、そこには、紫音たちを覆い隠すように雪のように白い膜は生み出されていき、その膜はドーム状に広がっていた。


 この状況、ルーファスにとっては、相当な魔力を消費しただけで、自ら不利な状況に追い込んだように見えるが、紫音にとってこの状況は非常にまずい。


『ティナ! そこから俺の姿は視認できるか?』


『……だ、だめです。この結界のせいでシオンさんたちの姿がまったく見えません。……こ、ここ、こんなの初めてです……』


 恐れていたことが起きてしまい、紫音は頭を抱えた。

 ルーファスの狙いは、紫音とルーファスを孤立させ、外とのつながりを遮断することだった。


 今まで、ルーファスの幻術もメルティナのおかげで対抗できていたが、これではもうその策が封じられたも同然。

 逆に紫音が、窮地に立たされていた。


「フフフ、どうですか? 外部に協力者がいると踏んでいましたが、どうやら図星のようですね。これでもう、僕の幻術が見破られる心配はありません」


「……っ!?」


 気付けば、紫音の周囲を取り囲むように大量のルーファスの幻覚が出現していた。

 今の紫音には、この大量のルーファスの中から本体を見破ることなど不可能に近い。


 次第に焦りが募り、紫音の額から一滴の汗が流れ落ちていた。


「フハハハハハ! これで、終わりです!」


 大量のルーファスの手には、再形成された氷の剣が握られており、一斉に飛び掛かり、紫音にトドメを刺しに来た。


(ティナの視界は封じられ、絶体絶命のピンチ……。だがな、こっちにはまだ……奥の手があるんだよ!)


 この状況で紫音が勝つ方法はたった一つ残されていた。

 紫音はここで最後の大勝負に出た。


「リンク・シフト!」


 紫音の足元に再び魔法陣が現れると同時に、紫音の体が眩い光に包まれた。


「なっ!?」


 想定外の展開に思わずルーファスが声を漏らす中、紫音の体に再び変化していく。


 羽や鱗、鋭い爪といった竜人族の特徴がすべて体から消え去っていく。

 その後、ベスト付きのシャツに黒色のズボンを着用し、脚には長い靴を、頭には三角帽子。手に弓を構えた狩人のような姿に変わっていた。

 そして、耳が横に伸びており、エルフのように尖がった耳が生えていた。


「武装変化――『深奥の狩人』」


 この形態は、メルティナの力を受け継いだもの。

 メルティナの力を借りることができればこの勝負、まだ勝機がある。


「……うっ!?」


 それはメルティナとリンクした途端、紫音の視界は一変した。


 あちこちにまるで炎のゆらゆらと動く物体が見え始める。それは、紫音の周囲を取り囲んでおり、その先には空を埋め尽くすほどの光が発していた。


(こ、これは……)


 今の紫音は、メルティナの魔眼を受け継いでいる状態。

 言うなれば、メルティナと同じ景色を紫音も視ているということになる。


(な、なんだよ……これ……? き、気持ち悪い……)


 慣れない視界に加えて、情報量が多いあまり紫音は今、吐き気を催していた。

 頭痛がひどく、眼の奥から痛みが襲い、立っているのはやっとだった。


(ティナの奴……。こんなものを視てよく平気でいられるな。とっととケリを付けなきゃ、俺のほうが危ない……)


 この姿は長くは持たない。真っ先にそう判断し、紫音はすぐさま本体を見つけるべく体をぐるりと一周させた。


「……っ!? 見つけた」


 静かに笑みを浮かべ、紫音は本体に狙いを定めた。

 弓を構え、このまま射抜こうとしたとき、重大なことに気付いた。


(……あれ? そういえば……矢は?)


 どういうわけか、肝心の矢が装備されていなかった。

 一瞬、焦りを見せたが、紫音はある代替案を見出した。


「やってみるか……。精霊魔法――『シルフ・テンペスト』」


 メルティナの力のおかげか、紫音は人間でありながら精霊魔法が使えるようになっていた。

 風の精霊の魔法により、紫音の手に激しい風が巻き起こる。


「……ぐっ」


 紫音はその風を無理やり抑え込み、精霊魔法の制御を試みる。

 細長く、まるで矢のような形状に変化させ、その風の矢を弓にかけた。


「じゃあな、ルーファス……《シルフ・テンペストアロー》!」


 紫音の手から、荒れ狂う風の矢が放たれた。


「――ガアッ!? ば、ばか……な……」


 風の矢は見事、本体へと直撃し、ルーファスの体を貫いた。

 ルーファスは、口から血を吹き出し、バタッと音を立てながら地面へと倒れ込んだ。


 動かないまま倒れこんでいるルーファスを見て紫音は一つ呟く。


「……か、勝った……」


 それは、紫音とルーファスとの戦いに決着がついた瞬間であった。

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