第122話 不屈の闘志

 ルーファスの手によって地形が氷漬けになったせいで、紫音は苦戦を強いられていた。

 リンクしたグリゼルの能力は元々、自然の中でこそ発揮される能力だったが、すべてが凍結された今となっては封じられたも同然。


 この能力が使えないとなると、ルーファスの氷と幻術の前では攻め手に欠け、徐々に追い詰められていた。


(……くそ、どうする。このままだと魔力切れでリンクが解けてしまう恐れもあるし……いっそのことフィリアがいてくれたら能力が使えるんだが……)


 紫音が使用しているリンク・コネクトには様々な制約があるが、その一つとしてリンク・コネクトをする際、必ずリンク先の相手が近くにいなくてはならないという発動条件がある。


 少なくとも紫音の視界に入る程度、近くにいないといけないため仮に今この場でリンクを解除しても、もう一度変身することができない状況にある。


(ないものねだりをしてもしょうがないか……。それよりも今はこの場を乗り切るにはどうすればいいか、考えないと……)


 すぐに頭の中で思案するも、当然打開策など思いつくはずもなく、苦しそうに歯を食いしばっていた。

 そんな紫音を見てルーファスは、フッと鼻で笑いながら挑発してくる。


「フフフ、どうしましたか? まさか手も足も出ないなどと言いませんよね」


「……くっ!」


「来ないなら……またこちらから行きますよ」


 ルーファスは、頭上に複数のつららを出現させ、紫音に向けて放った。


(幻覚……それとも本物か? いや、迷っている暇なんかない《ファイア・ボール10連――全弾発射》!)


 無詠唱で十個の火球を出現させると、向かってくるつららに対抗するようにこちらも放った。

 火球とつららが衝突しようとしたとき、火球はつららにぶつからず、そのまま複数のつららの中を通り抜けてしまった。


「……幻覚か」


 紫音はすっかりルーファスの術中に嵌まってしまった。

 その間に、ルーファスは紫音の背後に回り、二本の氷剣を振り下ろした。


「――っ!?」


 紫音は負けじと、ルーファスの剣に対抗すべく、同じく自分の剣で応戦する。


 キンッ! キンッ!


 両者とも剣で打ち合いながら鍔迫り合いの接戦を繰り広げている。

 しかしそれも束の間、徐々にルーファスのほうが優勢のように見える。


「……やはりな」


「な、なにが……『やはりな』だ……」


 紫音は、胸中で嫌な予感を覚えながらルーファスに言葉の意味を問いただす。


「君……剣の腕はそれほどないようだな。僕も剣の腕は達人の域には達していないけど……さっきから打ち合ってみて分かったよ……。剣の腕に関しては僕の方が上だ」


「……っ!」


 恐れていたことが起きてしまった。

 自分の弱点が敵にバレてしまい、紫音は不利な状況に追い込まれた。


 紫音の剣の腕はお世辞にも一流とは言えない。

 剣はジンガから叩き込まれたが、ほとんどケンカ使われるような代物のため流派や型などまったくない。

 それに加えて、剣を習ってたったの二年。それでは素人に毛が生えた程度の腕であり、圧倒的に技術と経験が不足していた。


「……たとえそうだとしてもお前の剣を防ぐことぐらいはできるが?」


「いえ、それには及びません。すぐにあなたの剣は使い物にならないのですから」


「……なにを言っている?」


 上から目線な態度に少々苛立ちを覚えながら打ち合っていると、ルーファスはなにかを待っているかのような目をしていた。


「――フフ、終わりです」


 すると突然、氷剣を振りかざし、渾身の力を込めた剣撃を打ち込んできた。

 ……パキン。


 互いの剣がぶつかり合ったとき、なんと紫音の剣が真っ二つに折れてしまった。


「…………え?」


「隙を見せましたね」


「――っ!? しまっ――」


 衝撃的な光景を目の当たりにして紫音は一瞬だけ正気を失ってしまっていた。

 それをルーファスが見逃すはずもなく、紫音の体に二本の氷剣による斬撃が炸裂した。


「……がはっ!」


 紫音の体からドクドクと血が流れ出し、紫音はそのまま力を失くしたように地面へと倒れこんでしまった。


「先ほどの戦闘中にあらかじめあなたの剣に亀裂を入れておきました。……残念ですが、その剣はもう使い物にならないはずですよ」


 ルーファスは、あの戦いの最中、故意に紫音の剣を破損寸前にまで追い詰めていた。

 余裕があるからできる行為なのだろうか。どちらにしてもルーファスのほうが紫音よりも上だと証明された瞬間でもある。


(あ、危なかった……。竜人形態になっていたおかげで致命傷までには至らなかったみたいだな)


 運がいいことに紫音はまだ虫の息ではなかった。

 竜人族の硬い皮膚や強靭な肉体のおかげでそこまで傷は深くはなかった。


(……だが、どうする? 致命傷は避けられたが、もう飛んで逃げるだけの力は残っていない……。そもそもこいつに勝てる策がまったく見つからない……どうする)


 自分に言い聞かせるようにルーファスに勝利するための活路を模索するも一向に見つからずにいた。

 次第に勝利への渇望は消え去り、逃げの一手を模索するようになっていた。


「これで本当に最後です……。あなたとの戦いは存外楽しかったですよ……仮面の竜人族さん」


 紫音の遥か頭上に敗北を告げる氷塊が形成された。

 その氷塊は、紫音をも飲み込むほど大きく、まともに喰らえば、さすがの竜人族の体でもひとたまりもない。


「あ……あぁ……」


 傷ついた体で顔を見上げ、その氷塊の巨大さに紫音の顔が絶望の顔色へと変わっていく。


 そして、無情にも空中にとどまっていた氷塊が落とされ、紫音に襲い掛かる。


(攻撃魔法でも当ててその間になんとか回避してみるか……いやそれとも、このまま飛んで逃げるか。全魔力を消費すれば、もしかしたら飛べるかもしれないし……でもそれだとこいつが野放しになってしまう。そうなったらこの戦争は? みんなは?)


 様々な考えが紫音の頭の中でぐるぐると回り、正常な判断ができなくなっていた。

 ……しかし、


「……《インフェルノ》」


 無意識だろうか。紫音の体は、決して逃げることなど考えず、不屈の姿勢でルーファスに挑もうとしていた。

 いつのまにか、火属性の中級魔法であるインフェルノを発動させ、いつでも放てる状態でいた。


 そして、無意識のままインフェルノを放とうとした瞬間、頭の中から聞き慣れた声が念話となって紫音に届いた。


『……さん! シオンさん! そ、それは幻覚です! 右方向から術者本人が攻撃をしかけています!』


「……え?」


 最初はいったいなにを言っているのか紫音は分からなかった。

 それでも、その声を聞いたとき、自然とインフェルノを放つ手を右に向け、放っていた。


「――なっ!? グアアアァァッ!」


 次の瞬間、誰もいない方向に放ったはずのインフェルノにルーファスが包まれている光景が目に映った。

 紫音に気付かれるはずもないと思ったのか、幻覚ではなく本体で紫音にトドメを刺しに来たルーファスは、防御する暇もなく直撃を受けてしまった。


「い、今のは……いったい……?」


 自分でもなにが起きたのか分からずにいると、再度念話が送られてくる。


『よ、よかった……。シオンさん……無事ですか?』


『そ、その声まさか……ティナか?』


 念話の主は、安全な後方に下がったはずのメルティナからのものだった。


『は、はい、そうです……。シオンさんのお役に立ててよかったです……』


『……待て。さっきの内容……まさかお前、近くにいるのか?』


『え、ええと……そうです……』


 理由は分からないが、なぜかメルティナは安全な後方を離れて戦場に足を運んでいた。


『お前なに考えてんだよ! 敵の狙いはお前らエルフなのに……自分からわざわざ来るなんてバカだろ……お前』


『ふえっ! ご、ごめんなさい……。で、でも、フィリアさんが大丈夫だって言うから……』


『……もしかして、そこにフィリアもいるのか?』


 まさかと思いつつも念のためメルティナに確かめてみると、


『私が連れてきたのよ、悪い?』


 二人の念話に横入りする形でフィリアが入り込んできた。


『お前……なにしてんだよ。今の状況が分かっていねえのか?』


『仕方ないでしょう。メルティナが駄々こねて手が付けられない状況だったのよ』


『だ、駄々なんてこねていません!』


『……でも、紫音? 彼女のおかげで助かったでしょう?』


『…………』


 フィリアに言われるまでもなく、その件に関しては頷くことしかできない。


『それに、彼女の眼があればそいつに勝てるかもしれないわよ』


『どういうことだ……?』


『メルティナの特殊な眼については知っているでしょう?』


『……それがどうした?』


『どうもメルティナの眼には、幻覚と本体の見分けがつくそうなのよ』


 その内容に紫音は驚愕した。

 目を見開くほど驚く中、メルティナが補足するように念話を送る。


『フィリアさんの……言う通りです。私の眼で通せば幻覚か、そうでないかの区別がつくみたいなんです』


『具体的にどう違うんだ?』


『例えば、先ほどの氷塊ですが、魔法で作られたはずなのに魔力のオーラがほとんど見えませんでした。……その代わり、右からオーラを纏った術者がシオンさんに襲い掛かっている光景が見えました……』


(そういうことか……)


 魔力のオーラの違いで幻覚と本物を見極めることができるようだ。

 メルティナたちの存在に一時は驚くも、逆にこれは好機と見てもいい状況だ。


「うぅ……油断……しました」


 メルティナたちと念話越しに会話を交わしていると、魔法の直撃を喰らったルーファスが起き上がってきた。

 あまり時間がない、と判断した紫音は、手短にメルティナたちに念話を送る。


『ちなみにお前ら、今どこにいる?』


『シ、シオンさんたちの姿がよく見える樹の上にいます。く、詳しい場所はうまく説明できないので言えませんが、少なくとも凍った森よりも外側にいます』


『……そんなに離れていないんだな』


『そうよ。紫音の邪魔にならない程度の場所にいるし、メルティナには指一本触れさせはしないから安心して戦いなさい』


『わ、私も……シオンさんのお役に立てるように念話を送るので……がんばってください!』


『……ありがとう。頼んだよ』


 メルティナたちにお礼を言いながら紫音は再びルーファスに顔を向ける。


(二人とはそう離れていないのか……。それならもしかして……いけるか?)


「……先ほどまでのあなたは幻覚と本体が分からず、戦っていたように見えましたが……あれは僕を欺くための演技だったんですか?」


「さあ、どうだろうな……」


 相手の動揺を誘うためわざとぼかして答えた。


「……っ!」


 いつも冷静沈着で涼しい顔をしているルーファスが初めて顔をしかめるほど悔いた表情を紫音に見せていた。


「舐めた口を……いいでしょう。完膚なきまでに叩きのめしてあげます」


「残念だが、返り討ちにしてやるよ」


 危機を脱し、再び闘志に火が灯った紫音が最後の勝負に出る。

 二人の戦いの決着は、すぐそこまで来ていた。

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