第121話 獣人の姉弟の奮闘

 アイザックがダインとの戦闘を繰り広げている中、別の区域では、獣人族のコンビが戦場を駆け巡っていた。


「オラアッ!」


「えぇい!」


「グホオッ」


 リースの蹴りとレインの拳によってまた一人、襲撃者の撃退に成功した。


「これで12人目ね!」


「よっしゃ! 次はあんたが相手をしてくれんのか?」


 レインは、相手を挑発するような言い方で勝負へ持ち込もうとする


「そうですね……。ここまで部下に被害が出てしまっては私も黙っていられませんね」


 持ち込まれた勝負を了承したのはトリニティのキールだった。

 キールは淡々とした顔をしながら眼鏡をクイッと上げた。


 キールの足元には、リースとレインによって倒されたニーズヘッグの構成員が横たわっており、被害の甚大さを物語っている。


「あなた方がいては邪魔になるので……障害は排除させていただきます」


 キールはクロスボウを素早く構え、リースたちに向けて連射した。


「っ!」


 前方から飛び交ってくる矢をリースたちはなんてことのない表情で次々と躱していく。


「なるほど……。獣人族の動体視力では躱されてしまいますか……」


 特に慌てた様子もなくキールは、冷静に状況を俯瞰していた。


「ところで、あなた方はなぜここに? ここはエルフ族が住む国だと聞いていましたが、いつから多種族国家になったのですか?」


「そんなもんオマエには関係ないだろう!」


「では、質問を変えましょうか。あの魔物たちの軍勢はあなた方のしわざですか? 獣人族にそのような力はないと思っていましたが……」


「ハッ、そりゃあそうだろう。なんたってあれは、あ――むぐっ!?」


 余計なことを口走ろうとしている口がリースの手で遮られた。


「敵に情報与えるなんてなに考えているのよ」


「ご、ごめん姉ちゃん……」


 自分がした過ちを素直に謝っている中、リースは別のことを考えていた。

 そしてリースは、キールのほうに顔を向けながら今度はこちらから質問を投げかけてきた。


「悪いけど、あなたに教えることなんてなにもないわ。それより、さっきからその弓矢みたいなものでしか攻撃してこないけど……それしかできないの?」


「……ええ、生憎これしか能がないんでね」


 キールの発言にリースの耳がビクつく。


「へえ、それを聞いて安心しました……」


 安堵した表情をキールに見せつつそっとレインに耳打ちする。


「いい、レイン。あいつは他に武器かそれ以外の攻撃手段を持っているみたいだから気を付けなさい」


「姉ちゃん、もしかしてさっきので……」


「ええ、そうよ。これ以上は相手に怪しまれる可能性があるからもうできないけど……」


「2人でこそこそとなにをしているのやら。もういいです。あなた方を捕らえて吐かせればそれで済むことですから」


 そう言いながらキールは攻撃を再開した。

 またもやクロスボウによる攻撃を仕掛けてくるが、リースたちには通用しない。


「レイン、大丈夫?」


「大丈夫だよ。この距離なら射出した後でも余裕でかわせる」


「じゃあ、そろそろこっちから行くわよ」


 リースは一度、レインとアイコンタクトをするように目を合わせながら宣言通り攻撃を仕掛けるために初めて前に出てきた。

 リースは持ち前の脚力で、縦横無尽に移動し、相手をかく乱しながらキールとの距離を詰めていく。


「くっ」


 どんどんと近づいてくるリースの足を止めようと、弓を連射するが、いっこうに止まる気配がない。


「……っ」


 しかし、距離が近づくたびに避けるのが苦しそうになってきたのか、リースの顔が歪み始めた。


「これ以上は無理ね……」


 諦めた顔を見せ、リースは大きく横に跳び、樹の陰に隠れてしまった。


「隠れても無駄ですよ」


 追い詰めたと喜びの顔を隠しきれないキールだったが、ふとある違和感を覚えた。


「……っ? もう1人の獣人はどこだ!?」


 リースに気を取られていたせいでキールはすっかりレインの存在を忘れてしまっていた。


(――もらった!)


 キールの背後に回り込んでいたレインは、きょろきょろと辺りを見渡しているキールに向かって飛び出した。


「……奇襲したいなら殺気は隠した方がいいですよ」


 先ほどまで顔を右往左往していたキールだったが、レインが飛び出した瞬間、まるで最初から居場所を把握していたかのように顔を向けた。

 そしてキールは、懐から数本のナイフを取り出し、レインに投げ放った。


「なっ!?」


 レインは無理やり体を捻りながら方向を変え、回避しようとした。


 結果、直撃は免れ、腕を掠っただけで済んだ。

 事前にリースから他の攻撃手段があると知っていたおかげで対処することができた。レインは胸中でリースに感謝した。


「今のを躱しますか……」


「……チッ」


 レインはその場からすぐに離れ、リースと合流する。


「作戦は失敗のようね」


「姉ちゃん、ごめん。オレがもっとうまくやっていれば……」


「相手はプロなんだからしかたないわ。……でも、おかげで敵の情報がまた一つ見ることができたわ」


 決して悲観などせず、逆にキールの手の内が晒されたことにリースは喜んでいた。


「レイン、ケガしているみたいだけど大丈夫?」


「ナイフがかすっただけで大ケガってほどじゃないし、大丈夫だよ」


 腕に負った切り傷を見ながらリースは少しばかり嫌な予感をしていた。


「異常があったらすぐに教えて。さっき地面に刺さっていた矢を調べてみたけど矢じりの部分になにか塗られていたわ。もしかしたら毒か……まひ状態にさせる液体が塗られているかも」


「……まさか、あのナイフにも同じものが……」


「それはまだはっきりと分かっていないけど、どの道、長期戦は危険ね。短時間で勝負を決める必要があるわ」


 キールの戦い方を見て短期決戦を心掛け、再びリースたちは戦闘態勢に入った。


「これだけで十分かと思いましたが、まさかナイフまで使う場面が来るとは思いもよりませんでしたよ」


 リースたちの力量を見誤ったキールは少しばかり反省の顔を見せながら次の瞬間、奇妙な行動を取り始めた。


 両手いっぱいにナイフを持ち、そのナイフを空へと投げつけた。数十本にもおよぶナイフが宙を舞う中、キールはある魔法を唱えた。


「《フロート》」


 すると、そのまま地面に落ちてくるはずのナイフがまるで固定されたかのように空中に浮かんでいた。


「な、なんだありゃあ……?」


「なにをするつもりなの……」


 キールの狙いが分からず、リースたちは困惑していた。その顔にキールは満足げな表情を見せ、種明かしするように答えた。


「なにも驚くものではありません。これはフロートと呼ばれるただの物体を浮かせるだけの初級魔法なんですよ。……ですが、私くらいになるとただものを浮かせるだけでなく、こんなこともできるんですよ」


 その発言の後、宙に浮かんでいたナイフがまるで意志を持ったように動き始めた。空中で円を描くように並び、切っ先をリースたちに向けていた。


「こ、これって……」


 リースたちにはこの光景に見覚えがあった。

 これは紫音が得意としていた魔法の制御に近い代物だった。まさか紫音以外に似たことができるとは思わず驚きの顔を隠せずにいた。


「いつまでもあなた方だけに構っている時間もないので、そろそろ終わりにしましょうか」


 かなり焦っているのか、キールは早くも勝負に出始めた様子だった。

 しかしそれは、リースたちも同じ。両者ともに次の攻撃で決まるような雰囲気を醸し出していた。


「レイン、わたしが隙を作るから絶対に決めなさい」


「分かっているよ、姉ちゃん」


 リースたちは体を低くさせながら、脚に力を入れ、


「王狼流瞬動術――『破山瞬動はざんしゅんどう』」


 勢いよく地面を蹴った瞬間、爆風にも似た風が巻き起こった。


「速い……ですが、それくらいのことならお見通しでしたよ」


 キールはクロスボウで矢を放ちながら空で待機させていたナイフを一気に降下させた。降り注ぐナイフの雨がリースたちを襲う。


「レイン! 背中借りるわ!」


 移動中、ナイフが落ちてくるのを視界で捉えていたリースはレインの背中に脚を乗せ、そのまま空へと跳んだ。


「王狼流――『空破旋脚くうはせんきゃく』!」


 空中に跳んだ状態で体を回転させながら華麗な脚さばきで次々とナイフを蹴り飛ばしていく。


「っ!? ……なら」


 ナイフでの攻撃はいったん諦め、キールはクロスボウを構える。

 そして自分と一番距離が近いレインに対象を絞り、矢を放った。


「無駄だ!」


 しかし、何度やっても先ほどと結果は同じ。瞬動術によって驚異的なスピードで放たれた矢を躱していく。


「……ですが、この距離から躱せますか?」


 レインは気付いていなかったが、今のレインとキールとの距離はちょうどリースが前に出るのを断念した位置。

 これ以上前に出るとキールの矢が躱しきれない距離だった。


 それはレインも同じだと予想するが、念には念を入れ、キールは二つ目のクロスボウ取り出した。


「も、もう一つ持っていたのか!」


 単純に矢の数が二倍になり、レインは直撃を避けるように大きく横に跳んだ。


「逃がしませんよ……っ!?」


 突如、キールに襲い掛かる殺気。

 パッと後ろを振り返ると、そこにはリースの姿があった。


(馬鹿な! こいつはさっきまで空中にいたはず……いつのまに)


 リースが追い付くまでもう少し掛ると踏んでいたが、どうやらキールの予想は外れてしまったようだ。

 しかしこのままリースの攻撃を受けるつもりはないキールは一度、クロスボウを下げ、空中に放置したままのナイフを動かす。


「ハアアァッ!」


 なにも知らないリースは、声を上げながら拳を振り下ろした。

 それに対してキールは躱すわけでもなく、身を低くさせた。


「っ!? ……きゃあああっ!」


 瞬間、キールの後ろから数十本のナイフがリースに襲い掛かった。

 躱すことができないリースは、腕を交差しながら防御の態勢を取るが、無情にもナイフはリースの体に傷を付けながらそのうちの数本は体に突き刺さっていた。


「これで……一人!」


 リースを足で蹴り飛ばして邪魔者を一人排除させた。


「さあ、次は――なっ!?」


 最後の障害を排除しようと、体を向けた瞬間、そこには最後の障害のレインの姿が迫っていた。


(マ、マズい! 間に合わない……)


「王狼流――『狼牙爆連撃』!」


 攻撃に出る前にレインの攻撃が炸裂した。

 拳と蹴りによる連続攻撃。何十回、何百回にもおよぶ連続攻撃がわずか数十秒の間に放たれた。


「――っ!? ――っ!? ――っ!?」


 声を出せないほどの猛攻にキールの体は次第に悲鳴を上げ始めていた。


「オオオオォォォッ!」


 最後の一撃に渾身の力を込めた拳がキールの体を穿つように放たれた。


「ガハッ!」


 吹き飛ばされたキールの体は後方にあった樹へと激突した後、その樹を背に力を失くしたように倒れこんでしまった。


「ハア……ハア……ね、姉ちゃん無事か!」


「ええ、なんとかね……」


 レインに声を掛けながらリースは体を庇いつつ重い足取りで歩いていた。


「よ、よかった……」


「安心している場合じゃないわよ。すぐにあいつを拘束しないと」


 そうリースに指示されるまま倒れているキールに近づく。

 キールは先ほどと変わらず、力を失くしたように倒れており、もう動く力すらないように見える。


「なあ、姉ちゃん。こいつ捕まえてどうするつもりだ?」


「そうね。この人、敵の主力の一人みたいだし、いろいろと情報を持っていそうね。……エルフか……お兄ちゃんにでも引き渡せばいいんじゃないかな?」


「……なるほど」


「っ!?」


 気を失っていたと思っていたキールから発せられた声に驚き、リースたちは一歩後ろに引き下がった。


「どうやらあなた方の後ろには黒幕がいるようですね……。そうなると、その黒幕がすべての元凶……という可能性もありえますね」


「な、なに余裕ぶっこいてんだよ! もうオマエは終わりだ!」


「……まったく楽な仕事かと思いましたが、想定外の邪魔が入ってしまいましたね。……ですが、このまま敵の手に堕ちるなどという無様な真似を晒すわけにもいかないのでここは退散としましょうか」


「なに言ってんだ……オマエ……ん?」


 キールの懐がなにかが零れ落ちた。

 それは、少し大きめの丸い物体。怪訝に思いながら様子を見ていると、


「くっ!?」


「きゃっ!」


 突如、丸い物体から光が溢れ出し、目が明けられないほどの光を放った。

 光は数秒ほどで収まり、恐る恐る目を開けてみると、


「くそ! 逃げられたか……」


「油断したわ……」


 キールの姿もリースたちが倒したはずのニーズヘッグの構成員の姿も忽然と消えてしまっていた。


 リースたちは、追いかける気力もないため追跡を諦め、その辺に座り込んだ。

 そして、傷を癒すため紫音から譲り受けたポーションを口に含みながら回復に専念することにした。


「そのキズ……大丈夫なのか姉ちゃん?」


「……たぶんね。ポーションを飲んだら少し楽になったわ。少し休んで大丈夫そうだったら戦いに行くけど……そっちこそ大丈夫」


「オレのほうは問題ないよ。……それにしても、逃がしたとはいえ敵の主力を倒したなんて兄貴が知ったらほめてくれるかな?」


「お、お兄ちゃんが!? えへへ、そ、そうだったらいいな……」


 紫音に褒められることを想像しながら二人の顔はすっかり緩み切り、嬉しそうに尻尾を振る。

 それと同時に二人は、空を見上げ、紫音の無事を祈っていた。

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