第120話 雪辱の一戦
紫音が放った魔物たちがエーデルバルム勢に攻撃を仕掛けている中、ある場所では因縁の対決が行われていた。
「アヒャヒャヒャッ! どうだ、オラ! オラ!」
「この程度っ!」
大鎌の連撃によるダインの攻撃をアイザックの剣がすべて受け流していく。
「ハッ! やるじゃねえか! エルフのくせによ……。お前といい、あの魔物の軍勢もな。ありゃあお前らの仕業だろ?」
「貴様に答える義理などないな……」
相手に気取られぬように知らぬ存ぜぬを決めていた。
(しかし、参った……。避難誘導の最中にこいつに出会ってしまうとは……。まだ避難も完了していないというのに)
魔物たちが戦場を荒らしまくっている騒ぎに乗じて先ほどまでアイザックは仲間の避難誘導を行っていた。
しかしその道中、運悪くトリニティのダインと鉢合わせしてしまい、アイザックは仲間を逃がすために自ら囮となり、戦う羽目になっていた。
(いや、この状況……私にとっては僥倖だ。今ここで姫様を攫った一味の一人に引導を渡すことができるんだからな)
ダインを十分引き付けることに成功したにもかかわらず、アイザックはあの夜の決着を付けるため、このまま戦闘を続行する決意でいた。
「答える義理はない……だと……。オイオイ、こっちはその魔物どものせいでけっこうな被害が出ているんだぜ」
アイザックの真意を知る由もないダインは、心底うんざりしたように文句を垂れ流していた。
「エルヴバルムの平和を乱しに来た奴らがなにを言っている。報いを受けただけだろうが!」
「アハハ! 正論過ぎてなにも言えねえな。……でもな、こっちもそれが仕事なんでね!」
言い終わるのと同時にダインが前に出る。
アイザックの体を刈り取る勢いで大鎌を振り回している。
「ハアァッ!」
しかし、ダインの攻撃はアイザックに通らず、すべて剣で防いでいる。
「やっぱりやるな、オマエ!」
「もう二度と貴様らに負けてたまるか!」
「アァン、二度……だと……?」
ダインは一度攻撃を止め、なにかを思い出そうとする素振りを見せていた。
「ふん、覚えてないか……。ならば教えてやろう。私は一度たりとも忘れてなどいなかった。貴様らがエルヴバルムに襲撃し、同胞や姫様を誘拐していったことをな!」
「……っ! ああ、そうか! オマエ、オレらに負けた腑抜け騎士か? いやあ、残念だな。撤退命令さえなけりゃあオマエも一緒に連れてってやれたのにな」
「もうよい! 口を開くな! 今ここで貴様に引導を渡してやる」
「やれるものならやってみやがれ!」
一度と止まってしまった二人の戦いが再び始まった。
剣と大鎌による激しい攻防が続くが、互いの力量が互角のため決定的な一打が両者とも打てずにいる。
そんな中、先に仕掛けてきたのはダインの方だった。
「認めようじゃねえか! オマエはそこらにいるエルフどもより段違いに強え。……だからこっからはホンキでやらせてもらうぜ」
「……ん?」
ダインが放ったその言葉は強がりから出たたんなる虚言だと思い、アイザックはさほど気に留めなかった。
しかし、次の瞬間、
「なっ!? き、消えた……」
すぐそこにいたダインの姿が一瞬にして消えてしまった。
「っ! い、いや、違う!」
転移系の魔法ではないかと考えたが、周囲の樹々から聞こえてくる「ダンッ」という衝撃音にも似た重い音のおかげでその考えが見当外れだということがすぐに分かった。
「高速で移動しているだけか……。しかし……これは……」
ただ単純に速くなっただけの話だが、ダインの姿が目で追えないほどとなると話は別だ。
これではダインの攻撃に対応できなくなってしまう。
「どうだ! これがオレのホンキだ!」
「グッ! ガッ! グフッ!」
目に留まらぬ速度から繰り広げられる連撃に案の定、アイザックは対応しきれずにいた。
幸い鎧を着込んでいるおかげで致命傷までには至らないが、それでもダメージがないわけではない。
ダインが攻撃するたびにアイザックの体にダメージが蓄積されていた。
「アヒャヒャ! どうだ『
ダインの驚異的な速さは魔道具の力によって引き出されたものだった。
天魔の風靴は、魔力を送り込むことで靴から風を発生させ、送り込む量によって風の威力が変わっていく。
うまく操ることができればダインのように高速移動も可能とする優れた魔道具だが、アイザックの顔に焦りの表情はなかった。
タネさえ割れれば大したことはない、そういった顔をしている。
「舐められたものだ……。あえて攻撃せず、ずっと見ていたが……この程度なら私のほうが上だ」
「ハアッ! なに言ってやがる」
「もうあの日のようにはいかぬ。エルフ族の奥の手をお前に見せてやろう」
アイザックはあの日の雪辱を晴らすためダインに対抗する精霊魔法を唱えた。
「『リィンフォース・エア』」
詠唱後、アイザックを中心に風が渦を巻きながら全身を覆っていた。
……そして、
「バ、バカな!? 消えただと……」
アイザックの姿はダインと同じように一瞬にして消えてしまっていた。
「そんなはずはねえ! この魔道具は、戦闘用に改良された一級品だぞ! それをあんなわけのわかんねえ魔法と同じことができるって言うのかよ!」
「……その通りだ」
「っ!?」
油断していたわけではない。
ダインは天魔の風靴に勝るものはないと踏んでいたのに、気づけばダインの背後にアイザックの姿があった。
信じられないことにダインの高速移動にアイザックは付いていっていた。
ピッタリと背後に張り付くように移動し、ダインにプレッシャーをかけている。
「ふ、ふざけるな! 身体強化魔法でも追いつけねえ速さのはずだぞ!」
「それはただの人間が使う魔法だろ。……私たちのは、それをも超える精霊魔法だ。負けるはずがない!」
「ガアアァッ!」
ダインの背後に一閃を斬り込む。
高速移動からの斬撃は通常よりも重い一撃となり、ダインの体は地面へと激突した。
「運がよかったな……。この力があの夜に使えなかったおかげでお前は今日まで生きていられたんだからな」
「よ、余裕ぶっこいてんじゃねえぞ……。ハア……こいつの力は……まだこんなもんじゃねえ!」
このまま負けるつもりはないダインは魔道具にありったけの魔力を送り込んだ。
天魔の風靴は再び息を吹き返し、先ほどまでとは比べ物にならないほどの力がダインに与えられた。
「アヒャヒャ! このスピードに付いてこられるかな?」
目にもとまらぬ速さ。
そのスピードはもはやアイザックの精霊魔法を超えるほどのものだった。
「まさか人間が精霊魔法を負かすとはな……。これは私にも追いつけないな」
「負けを認めたな! じゃあもうオマエ……死ね!」
両者の格付けが終わり、自分が上だと判断したダインは戦いを終わらす最後の攻撃に出た。
「《デスサイズ・エンド》!」
今までのような連撃ではなく、ただ一撃に絞った大鎌の一閃でアイザックの首を刈り取ろうと襲い掛かる。
「『スピリット・フォース』!」
グサッ。
大鎌から伝わる確かな感触からこれで終わった、そう確信したダインだったが、
「な、オ、オマエ……」
大鎌はアイザックの腕に喰い込むように突き刺さっているが、首にまでは到達していなかった。
トドメを刺せずにいたことに自分を責めていたが、改めてアイザックを見てある不審な点を見つけた。
アイザックの腕はまるで首を守るかのように首元に腕が置かれていた。
あの速さでは、どこから攻撃が飛んでくるかも分からないはずなのに、これではまるであらかじめ予測していたようにも見える。
「まさかオマエ、オレの攻撃を読んでいたのか!」
「……と、当然だ。お前の攻撃はいつも首元を狙っていたからな。来る場所は分かっていたが、どのタイミングで仕掛けてくるか分からなかったから精霊魔法で防御を固めて……後はそうだな……直感で動いたかな……」
「ちょ、直感だと……。そんなふざけた理由でオレの一撃を……」
完全に頭にきたダインは、もう一度お見舞いしてやろうと大鎌を引き抜こうとするが、深く腕に喰い込んでいるせいでなかなか抜くことができずにいた。
「この腕はな……お前の攻撃を防ぐだけじゃない。……お前を捕まえるためのものでもあるんだ!」
アイザックのもう片方の手には剣が構えられており、その剣はダインに向けられていた。
「ヤ、ヤベエッ!」
自ら大鎌から手を放し、魔道具でその場から離脱しようとするダインにアイザックの報復の斬撃が放たれる。
「精霊剣――『エアリアル・クレセント』」
「ガハッ! ク、クソゥ……」
雪辱を晴らす戦いがたった今終わりを告げた。
「や、やりました……陛下……姫様……仇は取りました……」
戦いは終わったが、肩で息をするほどアイザックの体は悲鳴を上げていた。
しかし、ここは戦場。休んでいる暇もないのでアイザックは後処理を行うため体に鞭を打ちながら動き出した。
まず腕に喰い込んでいる大鎌を力任せに引き抜き、そこから精霊魔法による治癒を行った。
最低限ではあるが、これで腕の傷の心配もなくなる。
「ハア……ハア……後は……」
自身の治療を行った後、ダインの捕縛をしようとするが、
「い、いない……?」
先ほどまで倒れていたダインの姿はそこにはなかった。
「あの攻撃を喰らってまともに動けるわけがない……」
「ざ、残念だったな……」
突然、ダインの声が聞こえ、声がする方へ顔を向けると、樹の上にダインの姿が見えた。
ダインは、アイザックと同じように疲弊しきっており、動いているだけで辛そうな顔をしている。
「き、貴様っ! まさか逃げるつもりか!」
「ああ、そうだよ! これでもプロなんでね。引くときは引かせてもらうぜ」
「させるか……ぐっ!」
ダインを捕まえようと動くが、すぐに体に激痛が走り、うめき声を漏らしていた。
「そいつはオマエにくれてやるぜ……じゃあな」
そんな捨て台詞を吐きながらダインは天魔の風靴によってその場から逃亡してしまった。
因縁の相手を取り逃がしたことに悔いていたが、それとは別に喜びも感じていた。
エルフの仲間や姫様を攫った連中の一人に一矢報いることができたことでアイザックの願いが叶ったからだ。
「……ハア……まずい、血を流しすぎたか」
腕からドクドクと流れている血のせいで意識が朦朧としていた。
「隊長っ! ご無事ですか!」
「エ、エリザか……」
アイザックの体力が限界に達しようとしたとき部下のエリザが救援に来てくれた。
「ひどいケガ……すぐに救護班のところへ連れていきますからもう少しだけ辛抱していてください!」
「確かに……そうだな。ここにいつまでもいるわけにもいかないからな……。悪いが、頼んだ」
アイザックは、エリザに自分の身を預け、エーデルバルムの連中が来る前にその場から足早に去っていった。
後方へ戻る途中でアイザックは気を失っていたが、その顔は不思議と満足げな顔をしていたそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます