第117話 才ある魔物たちの統括者

 作戦のもと、見事ソルドレッドたちを救出することができた紫音たち。

 フィリアの背中に乗りながら逃げている道中、紫音の仮面の件について説明していると、紫音たちは竜化したまま空で待機していたグリゼルとメルティナたちのところへ合流する。


「お、お父様っ!? その姿は……」


「国王様……なんという姿に……」


 全身傷だらけで特に両手の損傷が激しいソルドレッドの変わり果てた姿にメルティナとユリファは悲痛の声を上げていた。


「オォ……ティナよ。無事……だったか……」


 最愛の愛娘に再び会うことができ、まともに動かすことができない両手を無理やりメルティナの方へ伸ばしている。


「オイ、お取込み中のところ悪いが、そろそろこの場から離れたほうがいいじゃねえか?」


「りょ、緑樹竜様!? ま、まさか……本当にあの緑樹竜様を従えているとは……」


「久しぶりだな、ソルドレッド! あのナマイキ小僧が王様になるとはな……成長したじゃねえか」


「何十年……ぶりだろうな。ハア……ハア……」


 かなり無理をして会話をしているのだろうか、ぜえぜえと息を切らしている様子だった。


「話はそれぐらいにしてグリゼルの言う通り今すぐ後方に下がる……ん?」


 このまま後退の指示を出そうとしたとき前線で戦っている魔物たちの動向に悪い変化が起き、途中で話を中断してしまった。


「どうしたのよ、紫音」


「少しだけ待っていてくれ。即席のせいか、どうも下の連中が危なっかしくてな……」


 そう言いながら紫音は、地上の魔物たちに念話を送り始める。


『コング、先行しすぎるな! 集団行動でって言っただろ』


『あ、すまねえ……』


『Dチーム、後方から敵が攻めてくるぞ。数は4、返り討ちにしてやれ』


『オォ!』


 紫音はその後も的確な指示を念話越しに送りながら次々と魔物たちを動かしていく。

 魔物たちも紫音をボスと認めたためか、素直に指示通りに動いていた。


 しかし、数多あまたの魔物に指示を送っているその光景に紫音の力を初めてみることになるソルドレッドとクリスティーナは呆然とした顔をしていた。


「お、お前……まさか先ほどの魔物の大群はすべてお前の使い魔……なのか?」


「えっ? はい、そうですけど……? でもこれ、前にも言ったはずですよ」


 紫音の返答にソルドレッドは先日の交渉のことを思い出していた。

 確かに紫音の口からそのような言葉が出ていたが、自分たちを欺くため誇張していたのだとばかり思っていた。


「そ、そうだったな……。それで戦況は?」


「今のところこちらが優勢ですね。元々、力量差はこちらが上ですし、各チームに分裂ライムを同行させているので、死角なく指示ができているから問題ないでしょう」


「し、指示だと!? あの量の魔物全員に指示を送っているのか?」


「紫音ならこれくらい普通よ。いつも侵入者が来たときなんかは数十体同時に指示を送っていたし」


「わりと簡単だろう。視覚共有で状況を把握していればそれに対しての指示を送ればいいだけだしさ」


「アンタねえ、視覚共有って言っても一気に数十や数百の視界を見せられてもすぐに指示なんて送れるはずないでしょう」


 自信たっぷりに言ってのける紫音にソルドレッドは少しばかり畏怖の念を抱いていた。

 紫音が従えている魔物たちによって戦況は一変したが、もしもこの戦力がエルヴバルムに向けられていたらと思うと、味方でよかったとソルドレッドは胸を撫で下ろしていた。


 そして、紫音の指示の下、エルヴバルム勢が善戦している頃、地上の方でもある動きがあった。

 アディの力により、拘束されていたルーファスが自身の魔法によって自力で拘束を解き、自由の身となっていた。


「どうやら……してやられたようですね」


 すでにいなくなっているソルドレッドたちの姿を見てルーファスは一つため息をついていた。


「獲物も逃がしてしまい、各地で魔物たちが大暴れしている……。さて、どこから手を付けてやりましょうかね」


 現在の問題点を口にしながら頭の中で考えを巡らせる。


(やはり一番の問題はあの大量の魔物ですね。空から降ってきたのも不可解ですが、報告を聞いている限りどうも魔物の統制がとれすぎているように見えますね)


 ルーファスはそこで考えを止め、ある結論を口にする。


「やはりあの魔物たちは誰かの指示のもと、動いているということでしょうか。それも指示を出すためにこの戦場のどこかにいることは明白」


 そこまで口にしながらルーファスはハッと思い出したかのように上を見上げた。


「おそらく上空にいる二体の飛行物体……いえ、ドラゴンのどちらかに指揮官がいるはずです」


 一つの可能性を見出したルーファスは、フィリアたちがいる空を見上げながら笑っていた。


「そうなると、やはりあの二体のドラゴンを堕とすのが、一番手っ取り早い方法でしょうか?」


 ガサッ。

 ルーファスが指揮官を潰す方法を模索していると、森の方から物音が聞こえてきた。


「……ん? ああ、キリカですか? 随分と遅い到着ですね」


「……っ」


 森の中から現れたのはトリニティのキリカだった。

 キリカは小さく会釈しながら引きずっていたあるものをルーファスの前に投げ捨てた。


「これはこれは……なるほど、途中でいなくなったと思ったら遊んでいたんですね」


 そこには、死なない程度に切り刻まれたエルフが数人ほど、力を失くしたように倒れこんでいた。


「うぅ……」


「た、たすけて……くれ……」


 キリカにやられたエルフたちは悲痛の声を上げていたが、ルーファスはそれを無視して話を続ける。


「フフフ、よくやった……と言いたいところですが、大事な商品なんですから次からもう少し丁寧に捕獲するように……」


「……ん」


 注意されたキリカは小さく声を漏らしながら首を縦に振る。


「すぐに回収班を呼んでこのエルフたちは引き取ってもらいましょう。その後は、キリカにやってもらいたいことがあるのでそれまで待機してください」


「ん」


 ルーファスの指示にキリカは再び首を縦に振りながら了承していた。


 それから、数分後に回収班が到着し、エルフたちを別の場所へと運んで行った後、ルーファスは先ほど言った通りキリカにある指示を出す。


「キリカには今から魔物たちに指示を送っている指揮官を潰してもらいます。おそらくあの二体のドラゴンのどちらかに指揮官がいるはずです。僕の予想では指揮官はエルフでもドラゴンでもありません。おそらくそれ以外の人物が指揮官だと僕は睨んでいますが、後はあなたの判断にお任せします」


 空に向かって指を差していたルーファスにキリカもつられて空を見上げていた。


「道は今から作るので後はキリカの好きにして構いません。ああでも、あそこには捕獲対象のエルフもいるはずなのでそいつらには手出し無用でお願いします」


「……ん」


 任務を伝え終え、ルーファスはフィリアたちがいる上空へキリカを届けるための道を造り始めた。

 氷の魔法で大きな氷塊を造り出し、射線を上に向けた。


 キリカはその氷塊に飛び乗り、刀を氷塊に突き刺し、自身を固定していた。


「では、お願いしますよ!」


 キリカを乗せたままルーファスはフィリアたちがいる上空目掛けて氷塊を放った。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 フィリアの背中の上で先ほどから忙しい顔をしながら指示を送っていた紫音だが、やがて落ち着いてきたのか、一段落したかのように息を大きく吐いていた。


「とりあえず、これで様子見かな……。待たせたなフィリア、グリゼル。後退するぞ」


「了解した。……っ!? いや待て、マスター! 下からなにか来るぞ!」


 一早く危険を察知したグリゼルは紫音に訴えかけてきた。


「え? ……っ! 二人ともそこから離れろ!」


 下を覗くと、こちらに迫ってくる氷の塊の姿が紫音の目に映った。

 このままでは直撃すると判断した紫音は、フィリアとグリゼルに回避するよう叫んだ。


「くっ!」


「フン!」


 二人は無理やり身体を捻ることで、間一髪直撃を避けることに成功した。


「なんだったんだ……今のは……?」


「シオン! 油断するでない! 敵じゃ!」


 突然、声を上げたディアナに驚いていると、いつからその場にいたのだろうか。グリゼルの背中の上にキリカの姿があった。


「……っ」


「い、いつのまに! なんなの、あいつ?」


「フード姿の……女……か?」


 キリカの格好は全身を包み込むほど大きなローブのようなものを着込んでおり、頭を隠すようにフードも被っている。

 しかし、ローブ越しに見える女性らしい曲線から辛うじて女だということは分かった。


「ディアナ! ティナたちは絶対にそいつに奪わされるな! そいつの狙いはエルフ族だ」


「分かっておるわい」


「……ん」


「……えっ?」


 キリカの目的がメルティナたちエルフ族だと読んだ紫音だが、どうも様子がおかしい。

 どちらかというとキリカはメルティナたちに目もくれず、ディアナに指示を送った紫音に顔を向け、じっと顔を見つめていた。


「な、なんだ……?」


 不可解な行動をとるキリカに紫音は違和感を覚えていた。

 紫音はこの行動の真意を胸中で考えていたところ一つの可能性が浮かんできた。


(まさかこいつの狙いは……俺なのか? どこかの誰かが魔物たちに指示を送っている者がいると見抜いてそいつを始末するためにこの女を差し向けてきた。出来すぎた話だが、そう考えると、こいつがティナたちに目もくれない理由も説明がつく)


 再び紫音は、氷塊が飛んできた地上へ目をやると、遠目ではあるがアディの拘束が解けているルーファスの姿が見えた。


「あいつの指示か……」


 ルーファスとは、ランドルフにつけたライムを通して見ていたので、あの男が異種族狩り組織『ニーズヘッグ』の幹部だということを紫音は知っていた。


「やはりあいつが、この戦いの一番の障害のようだな……」


 ルーファスを見下ろしながら紫音はある決断をする。

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