第116話 救出作戦

 エルヴバルムの空を覆いつくすほどの魔物の大群が降ってくるという世にも奇妙な光景に下にいる者たちは唖然としていた。

 そして、それを実行した張本人の紫音は竜化したフィリアの背中に乗りながら静かにその光景を見下ろしていた。


「紫音にしてはなかなか面白いことを考えたわね。こういうの好きよ私は」


「この指輪があったからできたことだよ。それに、フィリアなら分かってくれると思っていたぜ」


 うんうんと紫音が満足げな顔をしながら指に嵌めている『賢王の指輪』を誇らしげに掲げていた。

 先ほどの光景もすべてこの魔道具によって召喚したことでできたこと。

 実にいいものを手に入れたと紫音が喜んでいる中、空から降ってきた魔物たちが次々と大きな音を立てながら地上へと着陸していく。


「どうやら問題なく着地しているようだな。やっぱり事前に強化魔法をかけていたおかげかな……」


「そりゃあそうじゃろうな。生身の身体であの高さから落ちたらいくら魔物でもただじゃすまんからのう」


「まっ、これで第一段階はクリア……かな。……次に行くか」


 言いながら紫音は、着ていたコートから仮面を取り出す。

 その仮面は、顔全体が隠れるほどの大きさで、竜の顔を模したような形をしている。


 仮面を被った紫音を見てメルティナは小首を傾げながら質問してくる。


「シ、シオン……さん……? なんですか……そのお面は?」


「……ああ、これか。これでも俺、冒険者として素顔を晒しているんでね……まだアルカディアの人間として公の場で素顔を晒すわけにはいかないんだよ」


「……え?」


 いまいち理解できなかったメルティナに助け舟を出すかのようにフィリアが話に入ってきた。


「要するにまだ冒険者として活動していたいのよ……この男は。紫音がアルカディアの人間だと知られれば冒険者として活動しにくくなるからね。だからこうして、仮面を被って素性を隠しているのよ」


「そ、そう……だったんですか……」


「まあ、そういうことだから。念のためこの仮面を被っているときは名前も変えて呼んでくれ。名前から冒険者の紫音だとバレる場合があるからな」


「わ、分かりました……。なんとお呼びすればいいですか?」


「……天羽……とでも呼んでくれ」


 元の世界での紫音の苗字だが、この世界で知っているのはフィリアだけだった。

 他の人には名前だけしか伝えておらず、冒険者としても「紫音」で登録しているためなにかと都合がいい。


「アマハ……さんですか?」


「ああ、他のみんなも今だけはそれで呼んでくれ」


 その場にいる全員にお願いをすると、口々に「分かりました」、「了解した」などという承諾する声が飛び交う。


 みんなの声に満足した紫音は、次の作戦に映るために地上にいる魔物全員に対して一斉に念話を送る。


『あー、聞こえるか、お前ら? 着地の際に怪我をした奴はいないか?』


『あぁー、Aチームだ。ケガをした奴なんかいないぞ』


『Cチームも同じだ』


 などと、各チームに状況を聞きながら全チームの無事を確認することができた。


『よし。それじゃあ作戦通りチームで行動しながら敵を倒していってくれ。くれぐれも事前に言っておいた約束を破るなよ』


 フェリスティー大森林で伝えていた三つの約束事について念押しするように魔物たちに伝える。


『オイ、ボス。あんたの約束を破るつもりはないが、その前に一つ聞きてえことがあるんだが……』


『なんだ、コング?』


 コングと呼ばれたグリゼルの前のフェリスティー大森林のボスが紫音に質問をしてきた。


『ボスはニンゲンと戦えって言ってたが、殺してもいいのか?』


『……ああ、それか。そういえば言い忘れていたな……。殺してもいいが、できれば各チーム一人か二人は生かしておいてくれ』


『そいつは難しい話だな。貧弱なニンゲン相手に殺すなと言われても勢いあまって逆に殺しちまいそうだ』


『まあ、できればって話だから深く考えないでくれ。……ああ、そうだ。みんなにも言っておくが、こいつだけは絶対に生け捕りにしろ』


 念話越しにそういいながら紫音は、頭の中でエーデルバルムの騎士団長ランドルフの顔を思い浮かべ、そのイメージを魔物たちに伝達させた。


『こいつはニンゲンの中でも重要な人物だ。間違っても殺すんじゃねえぞ』


『分かりましたよ、ボス』


『……それじゃあ行くぞお前ら。反撃の時間だ』


 魔物たちに号令をかけると、各チーム集団で行動しながらエーデルバルムに戦闘を仕掛けていった。


「あいつらはしばらく好きに動かせばいいかな。こっちもそろそろ動くか――」


「兄貴! 姉ちゃんとオレも行ってもいいか?」


 魔物たちが戦闘を繰り広げていく中、突如レインが話しかけてきた。


「戦場にか? 別にいいけど……お前らだけで対処できる連中か分からないぞ」


「大丈夫です。レインとのコンビなら戦える自信があります。……それに危なくなったら逃げるつもりなので」


 リースの言葉に紫音は「しょうがない」とため息をつきながら言った。


「分かった、気を付けて行ってこい」


 紫音は、リースとレインに強化魔法を掛けながら二人を見送った。

 そして、次の行動へと移る。


「フィリア! 今からソルドレッド国王たちの救出に向かう。作戦にはなかったが行けるか?」


「当然よ。いつでも行けるわ」


「シ、シオン……さん? お父様たちを助けてくれるんですか?」


「当たり前だろ。予定にはなかったけど、あの状況はさすがにマズい……」


 先ほどメルティナが敵に向かって矢を放つ前に状況を説明してもらっていたが、思っていたより状況は深刻化していた。

 紫音は、フリードリヒと念話越しで会話しているときに聞いていたが、ソルドレッドは重傷を負っており、フリードリヒも体力の限界が近いという。


「この混乱で少しは時間を稼げると思うけど急いで救出しないと敵の手に落ちる可能性がある」


「シオン様、私もお手伝いいたしましょうか?」


「わ、私も行かせてください!」


「いや、大丈夫だ。ティナもユリファさんも敵の捕獲対象だから逆に来ないほうがいい。俺とフィリアで行く」


 メルティナとユリファの提案を断りつつ紫音とフィリアはソルドレッドたちの救出に向かう。


「フィリア、頼む!」


「任せなさい!」


 フィリアは意気込むと、翼を折りたたみ、一気に下降する。

 速度を上げながら地上へと向かう中、その間に紫音は『賢王の指輪』から新たな魔物を呼び出そうとしていた。


「もうすぐ地上だな……。召喚――『ハク』、『アディ』!」


 瞬間、指輪が光り出し、紫音の前にフェリスティー大森林に残してきたハクとアディが召喚された。


「突然呼び出して悪いが、今から俺の言う通りに動いてくれ。お前らの力が必要なんだ」


 ハクとアディは、紫音に必要だと言われて嬉しいのか、笑みを浮かべながら頷いていた。


「準備は整った……。救出作戦開始だ」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 あちこちで紫音が解き放った魔物たちが暴れている頃、ルーファスは各場所から送られてくる念話の対応に追われていた。


『ルーファス様! こちらに救援を! 我々では手に負えません!』


『いいや、こっちだ! こいつらバカに強いんだ! こっち誰かま――ぐわあああぁっ!』


 このような念話がひっきりなしにルーファスのもとに届いており、すでに犠牲者も出ている。


(これは……まずいことになりましたね……。楽な依頼かと思いましたが、まさかこのような事態になるとは……)


 ルーファスはこの予想外の事態に頭を痛くなるような思いになり、頭に手を当てていた。


(そろそろ引き際……でしょうか? 幸いすでに捕らえてあるエルフは百体近くとのことですし、撤退というのも一つの手ですね)


 ルーファスは「撤退」という言葉を頭の片隅に置きながらソルドレッドたちのほうへ目をやる。


(あのエルフたちは三人中二人は戦闘は不可能のようですし、身なりや装備からして王族関係者ですかね……。そういった亜人は高く売れますし、奴らを捕獲して一度下がったほうがいいですね)


 頭の中でそう考えていた矢先、またもやルーファスのところに念話が送られる。


『ルーファス様、こちらキールです』


 念話の相手はトリニティのキールからだった。


『キールですか。どうしました?』


『突如、現れた魔物たちによって各部隊に甚大な被害が出ております。このままでは全滅する恐れがあるので判断を仰ぎたく連絡いたしました』


『……そうですか。魔物というのはそれほど手ごわいのですか?』


『はい。私の見立てでは最低でもCランク、もしくはそれ以上の冒険者に匹敵するほどの強さを持っています。とても我々では対処できません』


 ルーファスにとってはまたもや頭が痛くなるような報告だった。

 さらに全滅という言葉も聞き、ルーファスは苦渋の決断に出る。


『もう少し、状況を変化が見たいのでひとまず負傷者は治療班にところへ。戦える者は合流し、その魔物と戦うようにと伝えろ』


『了解しました。……では、ルーファス様、ご武運を』


 そう言って、キールからの念話が途絶えた。


「仕方ありませんね……。私も奴らを捕らえたら合流したほうがいいようですね」


 ルーファスは、早いところ他の部隊と合流する前にソルドレッドたちの捕獲に挑もうと一歩前に出たとき、


「……っ!?」


 頭上から殺気のようなものを感じ、ルーファスは頭上を見上げた。


「ド、ドラゴンッ!?」


 そこには、急降下してくるフィリアの姿があった。


「喰らいなさい!」


 驚くルーファスにフィリアは真っ赤に燃え盛る炎が吹きかけた。


「――っ!? 《氷河壁》」


 手を前に突き出すと、ルーファスの前に分厚い氷の壁が出現する。

 フィリアの強力な炎とぶつかるが、あまりの火力に氷河壁が突破されそうになる。ルーファスは魔力を送り込むことで氷河壁が破壊されることを防いでいるが、長く持ちそうにない。

 ……そのときだった。


「――っ!?」


 足元から蔓のようなものが現れ、ルーファスに絡みつき、やがて全身を包み込むように拘束した。


「今だ!」


 ルーファスの動きを確認した紫音は、そのままフィリアを先導し、ソルドレッドの前に着地する。


「みなさん、急いでフィリアの背中に乗ってください。ここから脱出します」


「だ、誰だ……? お前は?」


「あっ、そういえばそうでしたね。俺です、紫音です。訳あってこの仮面を被っていますがその説明は後で……早く!」


 仮面の件について軽く説明しながらソルドレッドたちを急かせる。


「シオン殿でしたか……助かります。父上、クリス、急ぎましょう」


「わ、分かりました……」


「うぅ……すまない……」


 動く気力のないソルドレッドの代わりにハクが背負いながらフィリアの背中に移動させ、全員を乗せることに成功した。


「ハク、アディご苦労だった。アディ、奴の拘束はできる限り続けてくれ。その後、お前らはで逃げ遅れたエルフたちの救援に向かってくれ」


 ハクとアディに指示すると、二体は与えられた仕事を果たすために森の中へと消えていった。


「みなさん、今からメルティナたちのところへ合流するので、しっかりと捕まっててください」


 そう言うと、ソルドレッドたちの返事を待たずにフィリアが翼を広げ、飛び立つ。


「飛ばすわよ」


「ああ、頼む」


 そして、紫音たちはルーファスが届かない空へと逃げいった。その間、数分にも満たない早業で見事、ソルドレッドたちの救出を成功させた。


(なんとか、問題なく終わったな……)


 ほっと一安心した紫音は、ふとルーファスのほうに視線を向けるが、すぐに前を向き、メルティナたちと合流していく。

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