第115話 波乱の序章
魔物の大群がエルヴバルムの空から降ってくる数時間前。
フェリスティー大森林では、最後の戦いが行われていた。
「グオオオオォ! こ、このオレ様が下等な人間ごときにやられてたまるか!」
「やっちまえー! ボス!」
「アンタこそ、この森の真のボスだ!」
長かった魔物たちとの戦いもこれが最後。
紫音が大猿型の巨大な魔物との戦いを繰り広げていると、視界の外ですでにやられた魔物たちが大声を上げながら騒ぎ立てていた。
どうやら紫音の目の前にいる大猿は、グリゼルが来る前のボスだったようで、他の魔物たちはその魔物の勝利を願って応援している様子だった。
「なんだあいつら? グリゼルよりこいつのことを支持してんのか? ……人望ないんだな、グリゼルって……」
などとぼやいていると、大猿が突進しながら迫ってきていた。
「てめえを倒してまたボスに返り咲いてやる! 死ねやー!」
「こっちは時間がねえんだよ。……これで最後だ!」
飛んできた巨大な拳を躱した紫音は、両足に身体強化魔法を集中させ、一気に跳躍する。
大猿の顔の位置まで移動すると、今度は右拳に魔法を集中し、顔面目掛けて渾身の一撃を放った。
「グエエエエエェェッ!」
「よし……終わったな……」
紫音の一撃であっさりと白目を向けて気を失っている大猿を見ながらガッツポーズを取っていた。
長時間に及んだ魔物たちとの戦いもようやく終わりを告げ、ようやく緊張の糸も緩めることができる。
ほっと一息つけることができた紫音のもとへリースとレインが一目散に駆け寄ってくる。
「やりましたね、お兄ちゃん!」
「さすが兄貴だぜ! カッコよかったです!」
嬉しさのあまり抱き着いてくる二人をなだめながらみんなの姿を目で探していた。
(……あれ? ディアナの姿が見えないな。まあ、あいつのことだからなにか考えがあって行動しているだろうから心配ないけど……。それよりも竜人組はなにやってんだ? こっちが大変な目に遭っているのにずいぶんとヒマそうにしているじゃないか)
フィリアとグリゼルの姿を見つけた紫音は真っ先にそんなことを考えていた。
フィリアは優雅にお茶を飲んでおり、グリゼルにいたっては寝転がりながらぐうすかといびきを立てていた。
そんな二人に若干の苛立ちを覚えていると、メルティナとユリファが話しかけてくる。
「す、すごいですね……シオンさん。あんな強そうな魔物たちを全部倒しちゃうなんて……」
「まあ、どっちかっていうと、アルカディアにいる魔物のほうがずっと強いからな勝算はあったよ」
「シオン様の戦いをずっと見ていましたが、ただの人間とは思えない強さに感服いたしました。後ほど
「え、ええと……まあ、機会があったらいつかお願いします……」
返答に困った紫音は、社交辞令を言いながらその場をしのぐ。
「そ、それよりも……フィリア! グリゼル! いつまでのんびりしてんだよ! こっちはもう終わったぞ」
「……なに? もう終わったの? もう少しゆっくりしたかったのにな……」
「ぐう……ん? なんだ、やっと終わったのか? あんな奴らにいつまで時間かけてんだよ……まったく」
二人は揃って皮肉を言いながら重たい足取りで紫音のところへと歩いていた。
「はあ……あいつらはもう……。そういえばさっきからディアナの姿が見えないんだが、どこに行ったか知ってるか?」
「お兄ちゃん、ディアナさんなら少し前に『ちょっと様子を見てくる』って言ってどこかへ行っちゃいましたけど」
「えっ? どこに行ったのか知らないのか?」
「ご、ごめんなさい……」
それほど強く言ったわけでもないのに涙目で謝ってくるリースの姿に慌てて紫音は謝罪の言葉を口にした。
「わ、悪かった! 別に攻めているわけじゃないから」
ディアナの行方も大事だが、それ以上に今すぐやらなくちゃいけないことが紫音たちにはある。
「すっかり太陽が昇っているけど……もしかしてもう戦いは始まっているのか?」
「ど、どうでしょうか……? 確かエーデルバルムが攻めてくるのは今日の朝なんですよね。……だ、だったら森で足止めされていると思うのでまだ大丈夫……かと」
「姫様のおっしゃる通りですね。エルヴバルムに通じる森にはいたるところに罠を仕掛けているとのことなのでそう簡単に進めないかと……。それに結界を破るのにも相当な時間がかかると思うのでまだまだ余裕があるかと思います」
メルティナとユリファの意見に耳を傾けながら紫音は顎に指を当て、考え事をしていた。
「じゃあ、少し休んだらいったんエルヴバルムに向かおうか。さすがに連戦続きで疲れたから休ませてくれ」
「休んでいる暇があったら一刻も早く向かったほうがいいかもしれんぞ」
突如、上空から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
見上げると、魔法杖に腰掛けながら空を飛んでいるディアナの姿が見えた。
「どうゆうことだ、ディアナ?」
「どうもこうも先ほど上空から見てきたが、どうやらとっくに戦争は始まっているようじゃぞ」
「そ、そんな!?」
「それは本当ですか! いくらなんでも早すぎます」
「そうはいってものう……向こうのほうで複数の強大な魔力反応をあったんじゃよ。あれはおそらく攻撃魔法の類じゃな」
エルヴバルムがある方向を指差しながら状況を説明していた。
「しかた……ないか。それならこっちも早く準備を進めるか。とりあえずみんなは出立の準備を進めておいてくれ」
紫音は、この場にいるみんなにそう言いながら先ほど倒してきた魔物たちのもとへと足を進める。
「おい、お前ら。約束通り勝負に負けたんだからお前ら全員、俺の配下になれ」
一応、魔物たちのボスになったため命令口調で指示するが、どいつもこいつも近くの魔物の顔を窺うばかりでちっとも返事をしない。
時間がないためか、魔物たちの反応に少しばかりイライラしてきた紫音は従わせるために強く言おうとすると、
「……いいだろう」
「……ん?」
重く低い声で紫音の命令に同意したのは最後に倒した大猿型の魔物だった。
「悔しいが、俺らの力じゃあオメエには勝てねえ。力の差を認めてお前の下についてやる。……で、俺らはなにをすればいい?」
「お前ら、まだまだ戦い足りないだろう。これからお前らを戦場に送り出す。ある程度なら好きに暴れていいぞ」
「オイオイ、まさかテメエみたいなヤツを相手にしろって言うんじゃないんだろうな」
「安心しろ。相手は人間だが、俺みたいに一撃でお前らを倒しちまうような化物なんてそうそういないと思うぜ」
「ほう、それなら思いっきり暴れられそうだな。……テメエら! もうひと暴れするぞ! 準備はできているだろうな!」
「オォー!」
大猿の掛け声の下、多くの魔物たちが気合の入った声を上げていた。
「よし! みんなの気持ちが一つになったところでお前らに守ってもらいたい約束事がある」
「……?」
「これさえ守れば後は好きに暴れてかまわないぞ」
「そりゃあいいな。早く言ってみろ」
紫音は、指で一の数字を表しながら約束事を言っていく。
「一つは、俺の指示には従ってもらう。時間がないから戦闘の直前や戦闘中に指示するが、そのときは必ず守って実行してくれ」
「……っ」
納得していないような顔が多く見えるが、紫音はそれを無視しして二つ目へと行く。
「二つ目だが、これからお前らにはいくつかのチームを作ってもらう。各チームでボスを決めて戦闘中はそのチームごとで行動してもらう。……一応言っておくが、くれぐれも船上では単独行動をとるなよ」
「オイオイ、そりゃあないだろ。俺らの中には一人で暴れたいヤツらもいるんだぜ。そんなのムリだぜ」
「そうだそうだ! ほかのやつらなんかいてもジャマなだけだろ」
「てめえ! いま、オレ見て言っただろう!」
紫音の一言が起爆剤となり、魔物たちが言い争いを始め出した。
その光景に頭が痛くなる思いをしながらも話を進めるために紫音は大声を上げた。
「お前らっ! 少し黙れ!」
「――っ!?」
紫音の一声で辺りはシーンと静まり返った。
「一つ言っておくが、集団で行動することはお前らのためでもあるんだぞ」
「聞かせてもらおうか」
納得していない大猿はふんぞり返りながら紫音の話を聞く。
「……お前らを死なせないためだ」
「……どういう意味だ?」
「集団で行動すれば危なくなってもお互いにカバーできるになる。そうすれば死傷者も出ないはずだ」
「人間相手に俺らがやられるはずねえだろ」
「その油断の結果が今のお前らだ」
「っ!?」
魔物たちはハッと気づかされたようにビクッと体を震わせていた。
「死にたくなければ単独行動はとらないことだな。文句があるやつはいるか?」
誰も意見を申し立てるような奴はいないのか、みんなして黙りこくっていた。
「それじゃあ最後の三つ目だ。戦場にはエルフもいるだろうが、戦う相手は人間だけだ。エルフには一切手出ししないように以上!」
「……ん? それだけなのか?」
「それだけ……だけど?」
「てっきり、自分の盾になれとでも言われると思ったが……」
「そんなことするわけないだろ。せっかく仲間になった奴になんで奴隷みたいな扱いをしなくちゃいけないんだよ」
「……っ」
なぜか急に黙ってしまった大猿を尻目に紫音は話を先へと進めることにした。
「とにかく今すぐお前らにはチーム作りとボス決めに俺との契約をしてもらう。時間がないから急いでしろよ」
紫音の指示の下、魔物たちは一斉に動き出した。
そして、数十分後。
横にずらりと並んだ魔物たちの列が完成した。紫音も途中から数を数えるのをやめてしまったが、数にして数百、もしくは千を越える数の魔物が紫音のもとに集まった。
紫音は満足げに頷きながらフィリアたちのもとへ戻っていく。
「お前ら、準備は終わったか?」
「こっちはとっくに終わったわよ。あんた待ちよ」
「ところでマスター? 戦場にあいつらを出すみたいなことを言っていたが、どうするつもりだ? あんな数で移動してたらそれこそ戦争が終わっちまうぜ」
グリゼルは当然のことを心配しているようだが、紫音にはすでに解決案を見出していた。
「それについては俺に考えがあるから安心しろ」
「あ、あの……シオン……さん。私も連れて行ってください!」
グリゼルと話していると、今度はメルティナが困らせることを言いながら話に入ってきた。
メルティナの発言に慌てた様子でユリファが止めに入る。
「行けません姫様! 戦場に行くなど私が認めません! せめて王宮で戦いが終わるのを待ちましょう?」
「イ、 イヤです! 皆さんだけ行かせて私一人、安全な場所にいるなんてできません」
メルティナとしばらくの間、生活していて分かったが、普段は人見知りで内向的なくせにときどき頑固なところがある。
こうなってはテコでも動かせない。
「いいぞ。俺たちの傍を離れないっていうなら連れて行ってやる。もちろん、ユリファさんも一緒だ」
「あ、ありがとうございます……」
よほどうれしいのか、メルティナは頬を朱に染めながらお礼を言っていた。
ユリファもメルティナの頑固なところを知っていたためか、しぶしぶ了承した。
「さて、後はどうやって俺たちも戦争に割り込むか……だな。まあ、いくつか手は考えているし、大丈夫だろう……」
「ねえ、紫音?」
「なんだ、フィリア?」
「もしかしたらこの戦争がアルカディアの初お披露目になるだろうし、やっぱり派手に行きたいんだけど……どうかしら?」
突拍子もなく言ってきたフィリアの言葉に賛同するかのように紫音はニヤリと笑っていた。
「同感だな……俺も同じことを考えていたところだ。……というか、もう考えてある」
まるで今からイタズラをする子供のような笑みを浮かべていた。
そして、それから数時間後に宣言通りアルカディアの派手な初陣を披露することとなる。
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