第114話 差し伸べられた希望の手
「えっ!? だ、だれだお前は……?」
「どうした、フリード?」
「フリード兄様……?」
様子がおかしくなっているフリードリヒを心配するようにソルドレッドたちが声を掛けてくるが、今のフリードリヒはそれどころではなかった。
『聞こえたら返事をしてください』
(この感じ……おそらく念話魔法の類だろうか? だが、いったい誰が?)
不思議に思いつつも今は藁にも縋る状況のため念話で送り返してみる。
『こちらフリードリヒだ。お前はいったい誰だ?』
『やだな、昨日別れたばかりですよ。……俺です、紫音です』
『シ、シオン殿っ!?』
まさかの相手に思わずビクッと体が動いてしまった。
『なぜ、シオン殿が念話を? あれは相手の魔力の波形を知っていないとできないはずだぞ』
『ああ、そういえば言っていませんでしたね。フリードリヒ王子、自分と仮契約を結びましたよね。細かい説明は省きますがあれのおかげでこうして念話で会話ができているんですよ』
通常、念話を行うには受信する相手の魔力の波形を知っていなければ念話を行うことができないようになっている。
しかし、紫音と主従契約を結ぶことで自動的に契約した従者の魔力の波形が伝達されるため簡単に念話での会話が可能となる。
今ので念話の件は解決したが、フリードリヒにはそれ以外にも聞きたいことがある。
『いったい何の用だ! こっちは大変な状況なんだ! 報告したいことがあるなら後で聞く』
『大丈夫です。そっちが大変なことになっていることは分かっていますから。その証拠にさっき助けてあげましたが、そっちは無事ですか?』
『あ、あれは君がやったのか』
『まあ、厳密に言えば、俺が指示してメルティナにやらせたんですがね……』
自分の妹の名前が突然出てきてフリードリヒは動揺しながら声を上げた。
『なっ!? なぜティナがそこにいる! ここは戦場なのだぞ! なぜ連れてきた!』
紫音を怒鳴り散らしながらフリードリヒは、上空へ顔を見上げる。そこには、空を飛ぶ二つの影が見え、おそらくそのどちらかにメルティナがいることがすぐに分かった。
『そ、それについてすいません……。メルティナが意地でも付いていくって言うから根負けして連れてきちゃいました』
「オ、オイ! フリード、いったいどうしたんだ!」
横からソルドレッドが詰め寄ってくるため一度念話を中断し、フリードリヒはみんなに説明することにした。
「ティ、ティナがここに来ているだと!? なにを考えているんだあの人間は!」
「そ、それであの人間はなぜここに?」
「それについては今から聞いてみます」
紫音がこの戦場に来た真意を知るため念話を再開する。
『それで、シオン殿はなぜここに?』
『この場には取引をしに来たんですよ』
『取引……だと?』
『ええ、もし俺の提案を呑んでいただけるのならこの戦いに参戦し、エーデルバルムを完膚なきまでに叩きのめし、エルヴバルムを見事勝利へと導いて差し上げます』
「っ!?」
紫音の言葉はフリードリヒにとってはまさに天からの恵みのようにありがたいものだが、その甘言に惑わされず、肝心なことを尋ねる。
『……その、提案というのはなんだ?』
『先日も言ったが、国同士の友好を結ぶ件について前向きに検討してもらえないだろうか? それが無理な場合は、あくまで仕事上の関係だけということで国同士での商品の売買で手を打ちましょう』
『そ、そのような提案が呑めるわけないだろう! 断れない状況だからってその提案はあんまりではないか』
『……でも、後半の内容に関しては難しくはありませんよね? こちらから提示する商品はきっとあなた方が喜ぶものばかりですし、損はないかと思いますが?』
そこでフリードリヒは、先日の交渉の場で紫音が出した魔石について思い出していた。
あれほどの高純度の魔石は、エルヴバルムではなかなか手に入らない代物。しかもそれが、アルカディアでは、頻繁に取れるという。
そのことを思い返して難しい提案だが、背に腹は代えられないと思い、一度ソルドレッドを見た後にある決断に出る。
『……了解した。友好の件については父上に決定権があるため私が君たちの味方をするという形で手を打ってくれ。代わりに商品の売買に関してはある程度、私にも権限があるためおそらく叶えられると思う』
『……いいですよ。それで取引は成立とします。……では、さっそく俺たちも参戦していいんですよね? 国同士の戦いに第三者が介入するので一応断りを入れておきたいんですが……』
『いいだろう。父上には私から説明する』
そう言いながらフリードリヒは、父親に顔を向けると、真っ先に頭を下げた。
「申し訳ありません、父上。私の独断で彼らの力を借りることにしました」
「か、彼ら……? ま、まさかアルカディアとかいう新参者たちのことか!? なにを勝手なことを!」
「お叱りなら後でいくらでも受けます! ですが、今は彼らの力を借りなくては我々が負けてしまいます」
「……私もフリード兄様に賛成です。あの緑樹竜様に勝つほどの力を持っているのでしょう。このまますべて失うくらいなら私も彼らの力を借りたいと思っています」
「お、お前ら……」
フリードリヒたちの熱意に負けたのか、それ以上何も言わず、口を噤んだ。
『シオン殿、父上の説得は終わった。さっそくやってくれ』
『そうですか、安心しました。……それなら今戦場に出ているエルフたち全員を後退させてください』
『なにを言っている! 私たちも一緒に戦うぞ』
『いえ、ここら辺一帯はすぐに危険になるので、はっきり言ってみなさんがいると邪魔になります。……なのでみなさんには手を出さず避難してほしいんです』
『分かった……。すぐに指示する』
言いながらフリードリヒは、クリスティーナの方に顔を向けながら先ほどの念話の内容について話す。
「クリス、シオン殿からの指示だ。全部隊に今すぐ後退するよう通達してくれ」
「こ、後退っ!? この状況でですか?」
「ああ、どうやらもうすぐここは危険地帯になるようだ。仲間たちが危険にさらされる前に早く後退の指示を送ってくれ」
「わ、分かりました!」
クリスティーナは慌てた様子で戦場にいる同胞たちに念話で後退するよう通達した。時間はかかるだろうが、ひとまずこれで紫音たちが戦いやすい場を作ることができる。
「っ!?」
突然、辺りに充満していた煙が突風にでも吹き飛ばされたかのように消え去っていく。
この現象を前に動揺していたフリードリヒは、当然判断が遅れてしまい、煙が消え去った後に再びルーファスと対峙してしまった。
「まさか煙幕ごときに時間を取られるとは思ってもいませんでしたよ」
やられた、といった顔をしながら頭を掻いていたルーファスは、ふと上を見上げていた。
「いったいいつの間にあんなものが……? さて、どちらから対処しましょうか? あなたたちからか……それとも上空にいるあの物体からにしましょうか?」
どちらもそれほど危険視していないのか、ルーファスは余裕な表情をしながらそのようなことを口にしている。
その後、少し思案したのちに、うんと頷きながら答えを出す。
「決めました。……まずは確実に仕事をこなすためにあなたたちの捕獲からにしましょう」
フリードリヒたちの捕獲を選択し、ルーファスはゆっくりとフリードリヒたちの元へ歩みを進めていく。
「させてたまるか!」
重症のソルドレッドを庇うようにフリードリヒが前に出る。
「クリス! 父上とともに急いで下がってください! 時間は私が稼ぎますから」
「フ、フリード兄様! そのようなこと言わないで一緒に逃げましょう!」
「そうだ……。お前が犠牲になる必要は……ない」
「し、しかし……」
フリードリヒの指示を聞かず、ソルドレッドたちがその場を動こうとしない間にもルーファスはどんどんと近づいてくる。
「フフフ、このような状況で親子ゲンカをしている暇はありませんよ」
(くっ、ま、まだなのか……シオン殿……このままでは……)
この危機的状況の中、まだ紫音たちに動きがないことを嘆いていると、
「オイ! なんだあれは!」
少し離れた方向から驚いた声を上げている男の声が耳に入ってきた。
「……っ?」
今の声の内容が気になったのか、ルーファスは歩みを止めて声がした方へ顔を向けた。
すると、今度は別の方向からもみんなに聞こえるくらいの大きな声が耳に入ってくる。
「みんな! 上を見ろ! なにか降ってくるぞ!」
その言葉は次々と辺りへと広まっていき、やがて戦場にいるみんながいったん戦闘を止め、全員が空を見上げていた。
「あれは弓矢……か? いや、それにしてはやけに大きいような……」
フリードリヒは、みんなと同じように空を見上げると、確かになにかが降ってきているのが見えた。
それは一つや二つではなく、数え切れないほどのなにかの影が降ってきている。
目を細めながらしばらく観察していると、その正体を掴んだフリードリヒは思わず影の正体を口にしそうになったかが、別の誰かが大声でその正体を叫んだ。
「ま、ま、魔物だー! 魔物の大群が降ってくるぞー!」
それは大量の魔物たちが空から襲来してくるという世にも珍しい光景がエルヴバルムの空に突如として現れた。
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