第113話 偽りの戦い

 ソルドレッドは、まるで夢か幻でも見せられている気分になっていた。


 死闘の末、ようやくニーズヘッグの幹部、ルーファスにトドメを刺せたというのにまったくの別の場所から同一人物に致命傷を与えられているこの現状に整理が追い付かずにいた。


「なぜだ……? 貴様はつい今しがた私の手で殺したはずだぞ……」


 顔をさらに移動させると、そこには確かに大剣に貫かれているルーファスの姿がある。体から血が流れているため氷で作られた偽者ではないことは間違いない。


「フフフ、面白いくらい引っかかってくれましたね。……どうでしたか? 僕にトドメを刺せて嬉しかったですか?」


「な、なにを言っている……」


「フフ、つまりは……こういうことです」


 パチン。


 ルーファスがソルドレッドに見せつけるように指を鳴らした途端、急に周囲の景色が歪み出す。

 その歪みが収まると、次々と景色が別の物へと変わっていく。


 周囲に広がっていた凍り付いた森の景色が元に戻っていき、ルーファスの攻撃によって発生した戦闘のあとや氷の破片もなくなっていく。


 そして、トドメを刺したと思っていたルーファスの姿も歪みとともに消え去り、後に残ったのは、ソルドレッドが付けたと思われる戦闘の痕だけだった。


「こ、これは……いったいどういうことだ?」


 まるで始めからルーファスと戦っていなかったと錯覚するほどの光景にソルドレッドはただ茫然とするだけだった。


「まだ分かりませんか? すべて僕が見せていた幻覚だったんですよ」


「ば、馬鹿な……貴様、氷の魔法以外にも幻影魔法も使えたのか?」


「ええ、そうですよ。まあ、僕が見せる幻覚はその魔法とは別のものですがね……」


「……っ?」


「あなたが今まで戦っていたのは僕が創り出した幻覚。つまりあなたはずっと僕の手のひらで踊っていたわけです」


 まんまとルーファスの策略に嵌まってしまったことに気付き、悔しそうに奥歯を噛み締めていた。


「な、なぜこんなマネを……?」


「なぜ? 決まっているでしょ。あなたのような強者相手に真っ向から勝負を挑んで勝てるなど思っていないからですよ」


「フッ、戦う前から負けを認めるなど軟弱なやつだな」


「軟弱で結構ですが、その軟弱者に追い詰められているあなたはいったい何なんでしょうね?」


「……くっ」


「それに、あなたたちエルフが使う精霊魔法はなかなかやっかいですからそれを封じるためにも幻覚を使わせていただきました」


「っ!?」


 まさか精霊魔法のことが敵側に知られているとは知らず、思わず言葉を失ってしまう。


「くそっ!」


 悔しさのあまりソルドレッドは涙が出そうな思いになっていた。

 ルーファスの術中に嵌まり、幻覚相手に戦った結果、体力を消耗したばかりか、精霊魔法も使用回数を使い切ってしまい、もう一発も残っていなかった。


「さあ、そろそろ捕縛と行きますか」


 話も終わり、疲れ切っているソルドレッドを捕まえようと、動き出す。


「お前の好きにさせてたまるか!」


 ソルドレッドは、無理やり腰を後ろに捻ると同時にルーファスの顔目掛けて拳を放った。


「フフ」


「ガアァッ!」


 拳がルーファスに届く前にソルドレッドの体に蹴りを入れて後ろに跳んで華麗に躱す。

 蹴られたソルドレッドは、体をよろけさせながら地面へと倒れ込んだ。


「ま、まだだ!」


 すぐさま立ち上がろうとするソルドレッドにルーファスが追撃を加える。


「《アイス・ピラー》」


「グアアアアアァァッ」


 魔法によって創り出された氷柱をルーファスが飛ばすと、立ち上がるソルドレッドの両手に襲い掛かり、地面に固定されるように氷柱が貫かれた。


「アァ……」


 両手に走る激痛にソルドレッドは身動きできずにいた。


「ご安心ください。後でうちの治癒術師に治させますので、今は僕たちのところへ来てもらいましょうか」


「貴様らの手に落ちてたまるか!」


「ほう、まだ元気のようですね。随分とタフな人だ。……しょうがないですね。それならあなたもあの人たちのように氷漬けにしてから運び出すとしますか」


 ルーファスは横目で最初に氷漬けにしたソルドレッドの仲間を見ながら近づいていく。

 それに対してソルドレッドは、この身動きの取れない状況に観念したのか、諦めたかのように項垂れてしまっていた。


「すまない……。どうやら私はここまでのようだ」


 呟くようにそう言いながら敗北を認めるソルドレッド。

 その間にもルーファスとの距離はどんどんと詰め寄っていき、手を伸ばせば届く距離になってしまった。


「フフフ、楽しかったですよ」


 笑いながらルーファスは、氷漬けにするためソルドレッドに触れようとする。

 そのとき、


「その手を……離せっ!」


 突如、森の中から凄まじい勢いでフリードリヒが飛び出してきた。


「――っ!?」


 驚くルーファスにかまわず、フリードリヒはソルドレッドに手を出そうとしているルーファスの手に向かって風を纏った剣を振り落とす。


「精霊剣――『エアリアル・スラッシュ』!」


「チッ、《氷河壁》」


 ルーファスは咄嗟に地面から分厚い氷の壁が出現し、自分の身を守る防壁を作る。


「無駄だっ!」


 宣言通りフリードリヒの剣は分厚い壁であろうと何の抵抗もなく斬り捨てられる。

 しかし、氷壁に目がいっている僅かな時間にルーファスは、フリードリヒの剣の射程範囲外にまで移動していた。


「ハア……ハア……間に合ったか?」


「キャアァッ! お、お父様っ!」


 続けてクリスティーナも現れ、ソルドレッドのむごい姿に悲鳴を上げていた。


「クリス! 早く父上の手当てを!」


「は、はい! 今すぐに!」


 クリスティーナに指示しながらフリードリヒは再びルーファスに視線を移す。


「……よくも父上を!」


 怒りに満ちた目を向けるが、ルーファスは涼しい顔をしながら口を開く。


「フフフ、かたきでも取るつもりですか? ……無駄ですよ。先ほどの絶好の機会を逃すような相手に僕が負けるつもりはありませんから」


「な、なんだと!」


「それに……そう虚勢を張らなくてもいいんですよ。ここまで来るのにかなりの数を相手にしてきたのでしょう? 随分と疲労が溜まっているように見えますよ」


「なっ!?」


 ルーファスが発した言葉はまさに図星だった。

 フリードリヒ自身、連戦続きで碌に休息を取れずにいた。


(まずい……認めたくはないがこの男の言う通りもう俺には戦う力は残っていない。さっきの一振りでもう限界だ)


 今握っている剣もただの見せかけ。

 こうして構えているだけで精いっぱいでもう剣を振るう力は残っていなかった。


(勢い余って出てきたはいいが、私は限界の上、クリスもあまり戦闘向きではない。……どうする)


 フリードリヒは父親を助けることで頭がいっぱいになっており、この後のことはまったく考えていなかった。

 早くも手詰まりになってしまい、必死にこの場を打開する案を巡らせていた。


「そっちから来ないなら……こちらから行かせてもらいます。親子仲良くおとなしく捕まってくださいよ」


「だ、誰がお前なんかに!」


「その口振り……親そっくりですね」


 フリードリヒの言葉に笑みを浮かべながらルーファスは氷塊を創り出し、戦闘の準備を整えていた。


(こうなったら……せめてクリス達だけでも)


「……行きますよ」


 そう宣言しながらルーファスは、攻撃に入ろうとしたとき、


「――っ!?」


 何かを感じ取ったルーファスがなぜか上空に向かって氷壁を張る。

 瞬間、上空から何かが飛来し、氷壁に激突すると突如、爆発が起きた。


「ゲホッ、ゴホッ。」


 その爆発は、周囲に広がる煙幕へと変わり、一瞬で森中を煙で覆い隠し、お互いの姿が確認できないほどになった。


「ゲホ。な、なんだこれは?」


「フリード兄様! どこですか?」


「ここだ! 今からそっちに行く」


 クリスティーナの声を頼りに歩いていき、なんとか合流することができた。


「フリード、大丈夫か?」


「ええ。私は大丈夫ですが、父上は……」


「へ、平気だ。それよりもなんだこの煙は?」


「そ、それは私にもなにがなんだか?」


『ああー、あぁー。フリードリヒ王子、聞こえますか?』


 突然の展開に戸惑っているフリードリヒたちにさらなる展開が押し寄せてきた。

 聞き覚えのある声が突如、フリードリヒの脳内に届けられた。

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